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序章 おとぎ話
これは不出来なおとぎ話だ。
眠り姫の目を覚ますのは、王子様のキスじゃない。
少女は、少年を想い出さない。
少年の血は、少女を縛るように呪う。
少年は神様から授かった特別な力を持っている。
けれど、桜の花弁はいつだって指の間をすり抜ける。
物語はいつだってバッドエンドから始まる。
誰もが幸せになる結末など訪れることはない。
時はいつだって、刻むように押し流され、ただ薄れるのを待つだけだ。
私は眠り姫じゃない。
私の前に現れるのは、王子様なんかじゃない。
努力は報われるわけではないし、誰からも無条件で愛されるわけじゃない。
心はいつだって、海のように凪いでは荒ぶ。
海月は意思なく浜辺に打ち上げられる。
不出来で、救いがなくて、それでも掬い上げられる。
これは不出来なおとぎ話だけれど、運命の出会いの物語――だと思う。
「そう思いませんか、先輩」
薄紅色のドレスを纏った茨の花を愛でながら、少女はそう言って笑った。