番認識阻害薬と運命の番について(さてどうしたもんか……?)
「その国際獣人番法って、具体的にはどんなものですか?」
「もちろん、これからご説明いたします」
私の言葉に頷いた黒猫耳警ら騎士様。
「現皇帝陛下はご自身の部下たちに命じ、『獣人の本能である番本能』の研究をなさいました。ご自身の部下と周辺二か国と協力し、獣人をお調べになったのです。もちろん、強制ではなく協力を仰ぐ形で。そこでわかったのは、『番の本能』に翻弄される獣人の苦しみです。『番と共にある事で得られる幸福感と各種能力の強化』は大変魅力的ではありますが、それ以上に『繁殖期』に自身の意志と関係なく湧き上がる凶暴性と性の衝動は、獣人として他の種族と共に生きる上でかなりの障害になります。番がおらずとも年に二回、種族によっては年に十回以上、短くて三日、長ければ一ヵ月の間、性衝動や攻撃性が高まるのです。そのため繁殖期は他種族、同種族問わず些細な会話から暴力事件を起こしてしまい、繁殖期が過ぎても人間関係にヒビが入ってしまったり、同意のない性交渉などで服役したりと傷ついたりと苦しいものであることがわかりました。その為、皇帝陛下はそれを抑制できる薬の開発をなさいました」
黒猫耳獣人警ら隊お姉さんはにっこりと笑うと、私が座る椅子の隣にあった机の上に置かれた小さな箱の中から、香水の瓶のような物を取り出した。
「これが、獣人が繁殖期の本能に縛られることなく、健康的に社会生活を送ることの出来る薬『番認識阻害薬』です」
「はぁ~。これがそうなのですね」
「はい。これは、獣人であれば各国にある王立薬局、又は騎士団にて購入できる物になります。ただし、他者が獣人の意志を無視して使う事がないよう、購入履歴、使用履歴が購入者、使用者の『命運の腕輪』に記録されるようになっています。無理やり使用した場合は、相手の人権を無視したとしてそれなりの刑罰が科せられます。この薬はあくまで本人の意志で使用することが前提なのです。しかし!」
ぎんっ! と、黄金の瞳を輝かせながら、体も顔も拘束され、涙目でこちらを見ながらキュンキュン鳴いているベルセを睨みつけた。
「犯罪者には別です! キルシュさんは彼から『ご自宅となる店舗への不法侵入』『押し倒され、強制的に体を拘束される』『転倒の際、頭部と首に軽度の捻挫、右肩、右肘、左肘、右膝の擦過傷を負わされる』『体の匂いを強制的に嗅がれるという性的嫌がらせを受ける』『一方的に番を強要される』という犯罪行為の被害者です! 被害者は加害者に対し強制的に『番認識阻害薬』を投与することの出来る権利が与えられています。それは、番に対する執着が前例を見ていただいてもあまりに異常であること、番を手に入れるためなら彼らは何でも……もちろん犯罪行為でもするからです。最近では、すでに同種族と家庭を持っている花樹人の女性が同様に番認定され、夫と子供に暴行された上、連れ去られそうになり、この権利を行使なさっています」
(わ……それは酷い……)
さすがに、前世番物小説が大好物だった私でも、実際にあった事件を聞けばドン引きである。
「そ、それは……使われても仕方ないですね」
「えぇ、もちろんです! 他者を傷つけてもいい本能などいりません!」
ギラギラとベルセを殺気だった目で睨みつけていた女性警ら騎士様は、その目元を柔らかく緩ませ、私の手にその小瓶を持たせてくれた。
「ですがキルシュさん、間違えないでいただきたいのは、私たちは『番う事』を嫌悪しているのではありません。『番』と出会い、思いが通じ合う事は喜ばしい事なのです。先ほど被害例だけをあげましたが、逆に、番だからこそ、誠心誠意、真摯に向かい合い、求愛し、相手の信頼を勝ち得、結婚されるケースもあるのです。鳥人にも『番』という本能がありますが、孔雀族は自らの美しい羽根をお相手に、マイコドリ族は親せきや友人と共に、番いたい女性に対し求婚のフラッシュモブを捧げ続けることもあります」
「そ、それは……街中でフラッシュモブとか、羽を貰い続けるとか逆に困りませんか?」
困惑してしまった私に、少し眉を下げる黒猫耳警ら騎士様。
「困りますね、親戚友人総勢20名での求愛ダンスが大通りで行われた時には、それが終わるまで警ら騎士達によって馬車の交通規制が行われました。あれは、関係各所や馬車に乗った方々、集まった野次馬への説明が大変でした……」
「大通りを占拠して女性に対してフラッシュモブ!? しかもそれを迷惑と言って止めるわけでもなく、交通規制と交通整理!?」
「えぇ、大変でした……まさか大通りをあの人数で占拠されることになるとは……増えるんですよ、見る見る間に、一人また一人と、マイコドリ族の男達が……」
そう言いながら、なんだか物凄く遠い目になった黒猫耳警ら騎士様の表情は、あまりにも真に迫っていて。
「ふ……あははは」
と、私はその苦労を想像し、噴き出してしまった。
「それは大変でしたね。途中で止めさせることはできないんですか?」
「お相手が拒絶の意志を示さない限り、人生のかかった大切な儀式を止めるようなヤボな事は致しません。えぇ、ですがとても大変でしたよ。1時間にわたる求愛の集団ダンスに、一時商人街の交通が止まってしまいましたので」
商人街とは大通りに面した様々な店舗が隙間なく連なる、観光客と地元民、どちらの人通りもかなり多い場所である。そんな場所で道を占拠しての求愛ダンス(20人+1人)とは……
「え? それはたいへんですね!? どうなったんですか?」
つい聞いてしまうと、黒猫耳警ら騎士様はぱちん、とウインクをした
「大成功でした。求愛されていたのはハイビスカス族の女性でしたが、一糸乱れぬパフォーマンスにいたく感動なさったとかで、その場で求愛の羽を受け取っていました。周囲で見守っていた方たちから割れんばかりの拍手と雄叫びが上がり、大量の祝福の花びらと羽が待って、それは美しい光景でした」
きっと、傍にいた花樹人達が花びらを、鳥人が羽を、獣人が雄叫びを、人族が拍手をしたのだろう。
「わぁ、素敵ですね」
「えぇ、本当に。ですからキルシュさん」
頷いた黒猫耳警ら騎士様は、そこで一つ息を吐き、真剣な表情になった。
「いまあなたの目の前にいる本能で突っ走った馬鹿獣人に対し、被害を受けた貴女はこの薬を使用する権利を得ていらっしゃるのです」
真剣な顔でそう言った黒猫耳警ら騎士様は私の手に《《それ》》を持たせると、ぎゅっと握った
「こちらを彼の鼻の中に入れれば、彼は貴方を番と認識することはなくなります。これの使用を私たちが強制することはできません。貴女の気持ち次第です。どう、なさいますか?」
ぎゅっと握らされた瓶の硬さと真剣に私を案じてくれている金の双眸、そしてすがるようにこちらに向けられた視線に、私は一つ、息をのんだ
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