帰宅と拘束の指輪(私がお花畑脳なのかしら?)
「ただいまぁ~~~!」
「おかえりなさい、ベルセさ……」
「キルシュちゃ――……ぐえっ!」
ばぁん! と開いた扉から飛び込んで来たベルセさんの閉店後の掃除をしていた私に飛びつこうとしたのか、ぐーんと伸ばした腕……の指先が、あと少しで届く! ところで、彼はエレファントトードを潰した時のような声をあげて、なぜか床にぺしゃんこになった。
「え!? えぇ!?」
「助けなくて大丈夫です! お前は逐一、キルシェさんと距離が近い! 抱き着こうとするな! このまま騎士団で捕縛してもいいんだぞ!」
「アーシュラさん!」
吃驚して起こそうとしゃがんで手を伸ばしたところで、もう一つ、聞きなれた声がして顔をあげれば、朝と同じく凛々しい姿のアーシュラさんが私に向かって頭を下げた。
「ただいま帰りました、キルシュさん」
床に張り付いているベルセさんの事も気になるところだが、そんな風に頭を下げられた私はとりあえず立ち上がってアーシュラさんに頭を下げた。
「おかえりなさい。もしかしてベルセさんをここまで送ってくださったんですか?」
「えぇ、はい。彼は王都にまだ不慣れですから迷子になられると困る。 ついでもありましたし、これも仕事ですので」
時計を見れば7時半。朝迎えに来てくれてから半日以上たっているのだ。
「こんな時間までお疲れ様です」
穏やかに微笑むアーシュラさんは、軽く頭を下げて微笑んだ。
「お心づかい、ありがとうございます。携帯食も、皆で美味しく頂きました。ありがとうございます」
「お口にあってよかったです」
「駄目、笑うのは俺にだけにして~」
アーシュラさんの黒猫尻尾がふわりふわりと動いているので、お世辞ではないのだろう。その言葉に嬉しくなり微笑むと、床の方から苦しそうな声が聞こえた。
「それに! キルシュちゃん、そんな奴にお礼言わなくてもいいよぉ。俺、今日、そいつに滅茶苦茶怒られた! それより! すげ~いい匂いがする! 晩御飯? きょうはなに?」
(ふわっ! イケメンの笑顔プライスレス!)
床に突っ伏したまま、アーシュラさんを睨みつけて怒ったようになったかと思えば、泣き出しそうな顔になり、その後すぐにスンスンと鼻を鳴らして、満面の笑みを浮かべたベルセさんに心を打ちぬかれ、わたしは自分の足をこっそりつねりながら、平常心を装い伝える。
「今日は討伐隊がロック鳥を討伐したらしく市場でお肉がとぉっても安かったので、シチューとチキンステーキです」
「シチューにステーキ!? 絶対にうまいやつだね! 楽しみ!」
ぱぁっと顔を明るくしたベルセさんに、私は頷く。
「楽しみにしていてください。ですがその前に、随分と汚れているみたいなので、お風呂に入ってください。下着とお洋服は用意してありますので」
「うん!」
「あ! 待ってください!」
がばっと起き上がったベルセさんは、尻尾をぶんぶん振りながら、走って二階へ走っていこうとしたため、私は慌ててその背中に声をかけた
「その前に、ちゃんとアーラシュさんにお礼を言ってください。朝もお迎えに来てくださって、今もここまで送って来ていただいたんですから」
そう言うと、途端に鼻の上に皺をよせたベルセさん。
「え、えぇぇぇぇぇ~! やだ!」
「駄目です。お世話になった事には、ちゃんとお礼を言うのが礼儀です」
「うえぇぇぇ……。キルシュちゃぁん……」
心底嫌! という感情を思い切り顔に出し、耳も尻尾も下げてしまったベルセさんだが、私の方を見てどうにもならないと思ったのか、足取り重くアーラシュさんの前に立つと、ペコっと小さく頭だけを下げた。
「……ありがとうございました……」
(声ちっちゃっ!)
聞き取れるか取れないか、くらいの小さな声に私が突っ込みを入れる前に、アーシュラさんが頷いた。
「今日はよく頑張ったと思う。今晩はゆっくり休んで、明日からしっかり仕事をするといい。――五年だ。五年の間、堅実に仕事をし、評価を上げ、そして揉め事を起こさなければ、君にはルフォート・フォーマの永住権が与えられる。わかったな」
「……はい……」
そのことばに、とがらせていた口を元に戻し、しっかりと真剣なまなざしでアーシュラさんを見据えて頷いたベルセさんに、アーシュラさんは頷き、それから! と人差し指をベルセさんの鼻先に押し当てた。
「絶対に! キルシュさんに無理を強いたり、迷惑をかけるんじゃないぞ!」
「それはもちろん!」
先ほどまでの小さな声と違い、大きく言い切ったベルセさんに、先ほどまで厳しい顔をしていたアーシュラさんは僅かに口元を緩ませると、すぐにきゅっとそれを引き締め『では行け』といった。
その言葉に、表情を緩め、転げるように急ぎ二階に上がっていたベルセさんの背中を見送ってから、私は同じようにベルセさんの背中を負っていたアーシュラさんを見た。
「あの、ありがとうご……」
「キルシュさん」
「はい?」
突然名を呼ばれ、びっくりした私にアーシュラさんは先ほどまでとはまた違う、至極真剣な表情をしていた。
「あの、なにかあったんですか?」
「いえ。ですが、お礼を言われるのはまだ早いです」
そう言うと、アーシュラさんは胸のポケットから一つ、銀色に、青く光る小さな石の嵌った指輪を取り出し私に渡してきた。
「あの、これは?」
「拘束の指輪です。」
「拘束?」
「はい。先ほど彼を送って来たと言いましたが、それはついでです。本来の用件は、これを貴女にお渡しするためです。その指輪の対となる赤い石の嵌ったリングが、彼のしっぽの付け根につけてあります」
「尻尾に?」
驚いて私は指輪からアーシュラさんに視線を戻した。
「獣人族において、尻尾は弱点だったりしないのですか?」
「弱点、とは異なるかと思いますが、一般的にはあまり触れられたくない場所ではあると思います」
「では、なぜ?」
「これは、彼の身元保証人となった貴方の身を守るための物です。王宮魔導技師が、作っている契約道具の一つでまだ試作品ですが、これを持っている限り、彼は貴方に《《自ら》》触れることはできません。貴女の合意なく振れた場合は、尻尾の付け根に嵌めたリングから全身に雷が走るようになっています。十分程度ですが、彼の体の動きを封じることが出来るでしょう。そしてそれが発動した場合、我ら警ら騎士も把握できるようになっています」
その話に、私は少し気持ちの悪さを感じて、アーシュラさんを見た
「10分も動きを封じ、騎士団にまで知らせが行くと言うのは……随分と過激で厳重な監視ではありませんか?」
「キルシュさんから見ればそうかもしれません。ですが、彼を番加害者だとして見た場合には、それ以上の行動制限、監視はありませんので、かなり優遇されている方か、と」
「……そう……ですね」
「えぇ」
そう言われてしまえば、番の被害者が逃げるための装置だとするならば。
前世の執着にも似た付きまとい犯罪を考えても、本当に必要な処置だと納得せざるを得ない。
「10分あれば、逃げて他者に助けを求めることも可能です。そもそも彼はこの国の者ではなく、現在は貴女に保護されている身です。貴方の身を守ること、騎士団が監視をすること。すべて必要な事です。番を見つけた獣人は何をするかわからない。今が大丈夫でも次の瞬間には本能に負けるかもしない」
強い口調に、つい、私の弱さが言葉に出た。
「でも、薬を飲むから殺さないで、と」
「貴女から同情を得、皆をだまし、貴女を得るための演技かもしれません」
冷たい表情でそう言い切ったアーシュラさんは、すみません、と一つ頭を下げた。
「そういう者がすべてだとは言いません。けれど獣人の番に関しては……ことさらこのルフォート・フォーマでは、今なお心に傷を負った者が多いのが事実です。ですから、彼だけに甘い処分を下すわけにはいかないのです」
肩を落とすように息を吐いたアーシュラさんは、少しだけ上を見、其れから私の方を見る。
「キルシュさん。なんでもいい、何か少しでも困ったことがあったら、ギルドの『空来種』担当に必ず助言を求めてください。それでは、失礼いたします」
それだけ言って、店を後にしたアーシュラさんを見送って。
私は指輪を指定された左の中指に嵌めながら、彼の待つ二階へと上がった。
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