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第26話:女王様と奴隷

「フフフ、リリカ……僕はずっとずっと君のことが好きだったんだよ」


 演技力皆無な苔ノ橋は、西方リリカの両肩を掴んで徐々に顔を近づけていく。


「ねぇ、リリカ。僕とチュウしてよ。チュウがしたいなぁ〜。チュウが」

「ええええええ、ちょ、ちょっと……ちょっと待て……ちょ、ま、ままま、待って」


 ジャスミンの香りが鼻腔を刺激する。

 女の子は甘い香りがするんだなと酔いしれていた。

 だが、今となってはただの異臭にしか感じられない。


「照れてるんだね、リリカ。僕の大好きな大好きなリリカ」

「いや……いや……そ、そんなの……ぜ、ぜったいにい、いいや……」

「フフフ。やっと二人きりになれたね。このときをずっと待ってたよ」


 我ながら、この作戦が気持ち悪いとは気付いている。

 でも、もう動き出したのだ。このまま逃げ出すわけにはいかない。

 もっと遥かに良い作戦があればと思っていたんだけど。


「……来ないで。これ以上近づいてきたら……こ、殺す殺す殺す殺す」


 自分がバカにしてきた奴に襲われる。

 こんな展開になるとは、今まで一度も思ってなかったのだろう。

 蒼白な表情が恐怖の色に染まり、涙を溢れさせようとしているのだ。

 まるで、小さな子供が一人ぼっちでお留守番を任されたように。


「いいよ。殺していいよ。どうせ、僕を殺すんでしょ?」

「マジでぶっ殺すからな!! この豚がッ!! 来るなッ!!」

「嫌だよ。リリカのことが好きなんだ。リリカのことが大好きで大好きで堪らないんだもん」


(リリカのことが好き……?)

(んなことあるか。誰がこの女を好きになるか)

(僕の作戦は、あくまでもコイツを部屋から追い出すこと)

(気持ち悪い幼馴染みから襲われている状況だ。この女は必死に抵抗して逃げていくはず)


「お願いだぁ〜。リリカぁ〜。僕とキスしてくれぇ〜」

「っや!! こ、こっちに寄ってくるな!! このキモ豚がッ!?」


(よし……その反応だ。それでいいんだ……)

(あとは、この女がもう少し強く反応したところで、僕は不意打ちを食らったようにして床に倒れる。その瞬間を突いて、このバカ女が部屋から逃げていけばいいだろう)


「もう僕はあと少しで死んじゃうんだよ。お願いだよぉ〜。一回だけでいいからキスだけでも〜」


(我ながら……どうしてこれほどまでに気持ち悪い男の役ができるんだろ?)

(……確実に同人誌の影響だな。可愛い女の子に群がる男たちの真似ができるのは)

(本当に世の中意外なところで勉強していると役に立つことが多い)


「——さっきから調子に乗るなッ!! この豚がッ!?」


 西方リリカが蹴りを入れてきた。

 スカートが乱れ、白い太ももが大きく露出される。

 更には、紅色のパンツが丸見えの状態にもなる。

 だが、彼女は全く気にしないらしい。

 今は、この豚男に襲われないほうが優先のようだ。それは当たり前か。


「アンタみたいな豚男は、さっさと死になさいよ!! この豚がッ!?」


 二発、三発と暴れた結果、西方リリカの蹴りは見事に顔面へ直撃。

 それをチャンスだと思い、苔ノ橋は後方へと倒れる。

 あくまでも、不意打ちで吹っ飛んだとでも言うように。


(ありがとう、リリカ)

(……全て僕の計画通りに動いてくれて)


 フフフ、と気持ち悪い笑みを浮かべて床に倒れた苔ノ橋剛。

 そんな彼を侮蔑した眼差しで見つめる西方リリカ。

 荒い息を整えながらも、乱れた服を元に戻し、埃を取っている。

 だが、それを素早く終わらせ、西方リリカは大きな足音を立ててやってきて——。


「……ぐふッ!?」

「アンタ、さっきからマジで調子に乗ってるんじゃないわよ!!」


 苔ノ橋剛の顔面を蹴り上げた。

 何度も何度も。

 反逆的な態度を示されたのが余程許されなかったのだろう。

 本当にコイツは懲りないタイプのようだ。さっさと帰ればいいものを。


「このあたしを襲おうとするなんて、何様のつもりなのよ!! この豚が!!」

「……フフフ、リリカのパンツは赤色なんだね。情熱的な色だね。僕のことを思って、履いてきてくれたのかな? フフフ、ツンデレな幼馴染みを持って、僕は大変だよ。素直になればいいのに」

「……きもっ!!」

「これもある種のプレイなんだよね? リリカはやっぱり僕のことが大好きなんだね」

「ひぃ、ひぃ!!」


 苔ノ橋剛の口から漏れ出た言葉に、西方リリカは後退りしてしまう。

 これ以上関わったらマズイと思ったのだろうか。

 それならば、苔ノ橋の作戦勝ちだ。

 あくまでも、今はこの女を退場させることが重要だから。

 それに——。


(もう体力が空っぽだ……身体も痛いし、動きたくない……)


「リリカ、もっと僕に刺激を頂戴よ。フフフ、リリカの愛の鞭が欲しいな」


(相手側が痛みを求める展開……これには流石のリリカも手を止めるだろう)

(コイツの原動力は、僕をイジメることだ。つまり、僕が喜ぶことではない)

(——勝った。完璧だな……僕の勝利だよ)

(まぁ、あまりにも失ったものが多いけどね。僕のプライドとか……)


「本当アンタって気持ち悪いわ。ありえないほどに気持ち悪い」

「フフフ。そんな言葉を吐いても、逆効果だよ? もっと好きになるだけだよ」

「……はぁ〜。次から次へと口を開けば、キモいことを言えるなんて……。もうある意味才能よね。本当アンタには呆れちゃうわ」


 ううん、逆に感心しちゃうわ。

 でも、ちょっとイラってしちゃったわ。

 赤茶髪の少女は蜂蜜色の瞳をキラリと光らせてから。


「こんなことで、あたしの目を誤魔化せると思うなんて」


(誤魔化せる……? どういうこと……?)


「その言葉遣いとか演技じみた態度とか、本当に気持ち悪いわ❤︎ アンタの幼馴染みであるあたしが、アンタの嘘を見破れないはずないでしょ? ふふふ、本当に残念だったね、剛くん❤︎」

「み、見破る……? な、何を言ってるんだ……?」

「まだ言ってる意味が分からないんだ? それなら教えてあげるわ❤︎」


 そう呟いてから、西方リリカはポケットから黒い何かを取り出した。

 それを苔ノ橋剛の首元に当てると——。


 バチンッ!?


 青白い稲妻が灯る。

 同時に、強烈な痛みが生じる。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ」

「護身用にスタンガン(これ)持ってて……正解だったわ❤︎ アンタを痛めつけるのにちょうどいいし❤︎」

「……やめて……リリカ……や、やめて……やめて……」

「やめるわけないでしょ?? あたしを襲った罪は大きいわよ、地獄を見せてあげるわ」


 女王様気質な西方リリカは、容赦がない。

 特に、自分に歯向かってきた相手には。

 相手が壊れるまで。相手が破綻するまでやめるはずがない。


「ふ〜ん。なるほどねぇ〜。ずっと録音されてたってわけか……」

「えっ……?」


 苔ノ橋が気付いたときには、もう既に遅かった。

 彼のポケットから落ちたスマホを、西方リリカは持っていたのだから。


「でも、アンタの考えなんてぜ〜んぶお見通しだから❤︎」


 将軍の首を掴んだ気分になっているのだろうか。

 英雄気取りの少女は続けて。


「とりあえず、この録音は全部削除してっと❤︎」


 あぁ〜本当に最高❤︎

 相手の裏をかいて、全部計画を潰すなんて❤︎


「本当残念だったね。もう少しで大成功だったのに❤︎」


 そうすれば、と夕陽に照らされた赤茶髪を揺らして。


「アンタは、あたしたちを潰すことだってできたのにね❤︎」


 電気を流された苔ノ橋は、痺れて全く動けなくなる。

 そんな彼が佇む部屋の鍵が——。


 ガチャリ♪


 今、完全に閉ざされた。

 内側からの鍵を掛け、スライド式のドアにモップを挟む。

 これでもう外側から、誰かが入ってくることはできない。

 そんな状況下で、赤茶髪の幼馴染みは満面の笑みを浮かべて。


「部屋のドア閉まちゃったね❤︎ まだまだこれから遊べるね、剛くん❤︎」

カクヨムで先行公開してます

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