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第24話:【胸糞注意】ワガママな女は、かまってほしい

 廃進広大とその取り巻き集団は部屋を出て行った。

 今後の計画を念密に練るのだという。

 それでも、一人だけ残る奴がいた。

 苔ノ橋剛の幼馴染み——西方リリカだ。


「ねぇ、バチャ豚。アンタってさ、本当無様よねぇ〜」


 嫌味を言いたいからわざわざ残ったのか。

 痛みで床に倒れる苔ノ橋を見下し、リリカは吐露するのだ。


「この世界にアンタみたいな豚は必要ないから。ていうか、醜い豚が生きてちゃダメだと思う」


 別にこの女が何かしてくるわけではない。

 それなのに、どうしてこれほどまでに体中の痛みが更にズキズキと痛むのだろうか。


「豚くんはさ、利用される人生でちょうどいいと思うんだよね」


 人様の人生を勝手に決めるな。

 お前らのような人間に好き勝手されて終わるものか。

 どんな手段を取ってでも、必ずコイツらを地獄に落としてやるのだ。


「前にも言ったけど、あたしがアンタに優しくしてた理由を教えてあげよっか?」


 聞きたくない、と心の中で呟くのだが、西方リリカには聞こえない。

 そもそも人が嫌がることをするのだが大好きな身勝手な女である。

 本心を伝えたところで、ペラペラと喋り出すに決まっているのだが。


「アンタと一緒にいたら、優しい女の子って印象を周りに植え付けられるでしょ? それにアンタは馬鹿だから、あたしに好かれようとブヒブヒと努力を重ねてて……本当バッカみたいだと思ってた。まぁ〜あたしのために必死こいてる姿とかは最高に可愛いんだけどぉ」


 でもさ、どうしてなのよ。どうしてなのよ。どうしてよ。

 リリカの口から熱が込もった言葉が吐き出される。


「最近生意気なんだよ。新しい女ができた? ふざけんなよッ!! この豚ッ!!」


 蹴りが炸裂し、苔ノ橋は「うっ!!」と呻き声を出してしまう。

 痛む声を上げるボロボロの彼を見ても、赤茶髪の少女は不敵な笑みを浮かべて。


「アンタはさ、あたしのためにずっとずっと利用されないといけないのッ!!」


 二発目の蹴りが飛び、ローファーの先がお腹に食い込む。

 吐き気が催したくなるが、あと一歩のところで止める。


「あたしの命令には絶対遵守の哀れな豚じゃないといけないのッ!!」


 理不尽極まりない暴力に屈したくはない。

 ただ、従順な振りをしていないと、この女は余計に逆上するだけだ。


「どんなことが起きても、あたしの近くにいなきゃいけないのッ!!」


 三発目の蹴り。

 突き刺さるような痛みに、苔ノ橋はもう限界だった。


「ううううぇぇぇぇ〜〜〜〜〜」


 胃袋に収まっていたはずの食べ物を戻してしまった。

 吐瀉物が散乱した床を這いつくばることしかできない苔ノ橋。

 そんな彼へと冷ややかな茶色の瞳を向け、悪魔は言うのだ。


「アンタが悪いんだよ? 最近反抗的な態度ばっかりしてるから」


 自分のことを人間だと思っていない連中に逆らって何が悪い?

 自分のことを散々痛めつける害獣共に頭を下げる義理がどこにある?

 そんなもん、あるはずがない。

 だって、苔ノ橋剛にとって——この赤茶髪の女(クッソタレな女)は敵に過ぎないのだから。


(本当に自分は何を言っているのだ……?)

(この女に好き勝手されて……それでいいのか?)

(ダメだろ……? このまま尊厳も失ってしまったらダメに決まっている)


 長期滞在型の入院。

 少しずつ回復してきたと言えども、まだ万全な状態ではない。

 体力が完全に衰えた彼は、今も体の節々が痛み、身動きを上手に取れないのだ。

 それでも何か手はないかと探す苔ノ橋に、悪魔の囁きが聞こえてきた。


「ねぇ、バチャ豚。助けてあげよっか?」

「助ける気なんて元々ねぇーだろ?」

「ううん、助けてあげるよ」


 その代わりと、嬉しそうな声色で呟いてから。


「一生あたしの奴隷になるって条件付きだけど。どうする?」


 満面の笑みで一生奴隷になれと言われても。

 苔ノ橋の意見が変わるはずがない。

 もう彼には愛すべき女性がいるのだから。


「残念ながら……お前の手助けなんて要らない」


 苔ノ橋はそう言い切り、野獣のように瞳を鋭くさせて。


「僕が求めているのは、お前ら全員を地獄へと引きずり落とすことだけだ」

「ふぅ〜ん。女の前だから、そんなカッコいいこと言えるんだぁ〜。広大くんが居る前じゃ、何も言えなかったくせに。あたしだけになったら、デカい口を叩けるようになるんだね?」


 明らかな挑発だ。

 襲いかかってやるか。

 体力はもう限界に近いが、コイツの首を絞めあげることぐらいは——。

 いや、待て待て。

 こちら側が下手な真似をすれば、相手は何をするか分からない。

 カメラが設置されており、今もすぐ近くで撮影されているかもしれないのだ。


(冷静になれ……ここで相手の思い通りに動けば思う壺だ)


「あ、そうだ。次の出演予定を教えておくね」


 わざわざ聞きたくもないのに、リリカは遠慮もなく言う。


「クリスマス直前の一週間前! 場所は学校の教室!!」


 心底楽しそうに、学園の女王に君臨する彼女は今後の話を語り始める。


「さっきも説明したけど、あたしたちはドームを貸し切って、大型のオフ会を開く」


 お前らみたいなクズに騙されている視聴者の皆様が可哀想で仕方がない。


「でも、ひとを呼び込むには沢山視聴者の心を掴む必要がある」


 ドームなどを貸し切るくせに、人様を呼び込む力もないのか。


「だから、アンタにはクリスマス直前一週間前に死んでもらう」


 だから、というその接続詞の意味が分からない。

 どうして自分が死ななければいけないのか。

 そもそも論、コイツらは自分たちの人気だけでは人を呼ぶことができない。

 だからこそ、バチャ豚という存在を利用して、呼び込もうと考えているに過ぎない。

 要するに——自分たちがちっぽけな人間だと言っているようなものではないか。


「そうしないと面白くないでしょ? 大切なクラスメイトで、バチャ豚として大活躍してたアンタが自殺で死んじゃう。あたしは悲劇のヒロイン。もっともっと可愛い存在になる。視聴者は思うはず。もっともっと彼等を応援しようって。もっともっと西方リリカを応援してあげようって」


 だからさ、と強い口調で言い切り、昔は可愛らしかった幼馴染みの少女は結論を下す。


「だからさ、もう一度自殺してよ。そして、もっとあたしを輝かせて!」


 黙り続ける苔ノ橋。

 そんな彼を侮蔑する眼差しで眺めるリリカ。

 何を思ったのか、口元を歪めた彼女は苔ノ橋の背中を踏んだ。


「……返事は?」

「………………」

「何も聞こえないんだけど、もう一度聞いてあげる。返事は??」


 グリグリとローファーの先が、肉に突き刺さってくる。

 ただ、苔ノ橋は声を荒げることも反抗的な態度も出さなかった。

 そうなると、流石の西方リリカも張り合いがなくなってしまったようだ。


「つまらないわね。しかばねと喋っていても、何の面白味もないわ」


 どうすればアンタをもっともっとイジメることができるかしら。

 西方リリカは小声でそう呟き、弱い頭を働かせる。

 それから数秒が経過したあと——。


「あ、そうだ。アンタが目ん玉を吹っ飛ばすような話をしてあげる❤︎」


 邪悪な笑みを浮かべた西方リリカは、苔ノ橋剛の耳元へと顔を近付けた。

 夕陽を浴びて紅色に輝く長い髪。

 こちらに迫ってくる度に揺れ、甘ったるい香りが漂ってくる。

 苔ノ橋剛と西方リリカの距離は、数センチ近づけば、ほっぺたにキスができるほど。

 そこまで近づいてから、西方リリカは右手で口元を誰にも見えないようにした上で。


「本当のことを言うとね。実は、剛くんのママを殺した犯人を知ってるんだ❤︎」


 母親を殺した犯人を探していた。

 電話したときから、コイツが情報を持っている。

 それは分かっていたが、自分から教えてくれるのか。


「ふふふ❤︎ やっぱり瞳が動いてるね❤︎ 動揺してるのかな?」


 それならもっと面白い情報を教えちゃおうかなぁ〜❤︎

 西方リリカは真っ赤な唇に指先を当てた。

 思わせ振りな態度を取っているのだ。コイツに吐かせるしかない。

 でも、コイツの性格を考えるに——。


「別に要らない。俺は……もう犯人探しはやめたんだ」

「うそ〜?? 剛くん、ママのことをもう忘れちゃったの? ひど〜い」

「もう僕は誰かを憎むのも、誰かに憎まれるのももう嫌なんだ……」

「ええ、ちょ、ちょっと本当にいいの?? あたしの情報は、とっても面白いのに??」


 ほらな、完璧だ。

 西方リリカと喋るときには、コイツの思い描く展開にしたらダメなのだ。

 今も、口元をモゴモゴさせている。余程、喋りたくて仕方がないようだ。

 言いたくて言いたくて仕方がないのが、見ているだけで伝わってくる。


「この情報を知ったら、剛くんは真犯人の存在を知ることができるんだよ!!」

「……もう僕はクリスマス前には、死ぬんだろ? 犯人が分かっても意味がないだろ?」

「い、いや……そ、それでも……知りたいでしょ? 知りたいよね?? 母親の仇なら!!」

「知ったところでもうどうでもいい。復讐する気持ちも何も分からないからな……」


 昔から隣に居たからこそ、この女の表情が手に取るように分かる。

 爆発寸前まで頬が真っ赤に染めて、口元を「ヘ」の字に歪めているのだ。

 ただ、彼女は我慢ができるタイプではない。

 女王様気取りで、今までも自分が言いたいことを散々言ってきた。

 一度喋ると決めたら、絶対に喋らないと気が済まないタイプなのだ。

 故に——悶々とした表情を浮かべていた彼女は、遂にその口火を切るのであった。


「——実はあの事件、あたしたちが真犯人なの❤︎」


 あぁ、そうかい。知っていたよ、それぐらいね。

 お前らぐらいしか目星の犯人像が考えられなかったからな。


「はぁ〜。スッキリした。やっと言えた。どう?? 驚いたでしょ??」


 驚いたよ、お前が予想以上のバカで。

 どうやって詮索するか迷っていたが、自分から吐き出しちまうなんてな。

 でも、こうなるだろうなとは、予想はしていたよ。


「衝撃の事実を知って、剛くんは放心状態なのかなぁ〜? むふふふふ❤︎」


 だって、この女は昔からかまってもらうのが一番好きなのだから。

 誰かにかまってもらうのが、彼女にとって最大の幸福なのだから。


(本当にコイツはバカだな……こっちがスマホでずっと音声を録音していることを知らずに)

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