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第22話:【胸糞注意】留年祝賀パーティー

 苔ノ橋剛は拳を握り締めながらも必死に怒りを抑えた。

 ここで暴れてもいいのだが、敵の数が多い。

 幾ら体を鍛えていると言っても、一人対複数人では勝てそうにない。


「あ、そうだ。お前ら、アレをやるぞ」


 廃進広大の声と共に、取り巻き連中が準備を開始した。

 西方リリカは腕を組んで、苔ノ橋を無様そうに見つめている。

 口元が若干緩んでいるのは、これから起こることを既に知っているのだろう。


 何が起きるのか。

 そう悩む前に、顔面にホイップクリームが飛んできた。

 べちゃっと嫌な音だ。

 それに合わせて、ギャハハハハと汚い笑い声が聞こえてきた。


「………………っ!!」


 苔ノ橋が声を漏らすと同時に、もう一度同じことが起きる。

 バラエティ番組でありがちな、パイ投げである。

 そんなことを病室内で繰り広げているのだ、奴等は。

 奴等は片付けする気が更々ない。

 だから、こんな非常識な真似ができるのだ。

 誰が——この部屋の片付けをすると思っているのだろうか。


「おいおい……何こっち見てんだ? あぁ?」


 パイで白くなった顔を向ける苔ノ橋に対して、廃進広大が怒鳴った。


「こっちはよ、お前を祝いに来たんだぜ。それなのに、何だよ。その態度はよ〜」


 祝いに来た。その通りに廃進広大一味の連中はお祭り騒ぎである。

 手を叩きながら苔ノ橋の周りを回って、おちょくってくるのだ。

 パーティーグッズを持参して、人様の不幸を嘲笑っているのだ。


「ふざけんなよ……お、お前ら……お前ら……」


 怒りが止まらない。止まる気配がしない。

 コイツらを許せない。コイツらを許さない。

 しかし、ここで——問題を起こしたらダメだ。

 暴力を振るってしまえば、奴等の思う壺である。

 必死にここは堪えるしかない。そうだ、落ち着くんだ。


「なに? なに? 豚くん、もしかしてお怒りモード?」


 取り巻き連中のひとりがそう呟くと。


「よしっ。もう撮れ高いいぞ。次の段階に移れ」


 廃進広大が指示を出した瞬間——。

 苔ノ橋を襲ったのは、腐った牛乳だった。

 悪臭を放つそれを頭から掛けられ、全身がベタベタになってしまう。

 ただ、顔に付着していたクリームは全部消え、視界がはっきりと見えた。

 部屋の中は、便所掃除中と思えるほどベチャベチャな状態だ。


「…………ざけるな」


 もう限界だった。

 堪忍袋の尾が切れてしまった。

 完璧に。完全に。


 苔ノ橋は無言のままに廃進広大の元へと向かい。


「おっ? 何だ? 何か言いたいことでもありゅ——」


 廃進広大の頬を思い切り、殴り飛ばすのであった。

 威力が強かったのか、不意打ちだったのか。

 廃進広大は無様にもベチャベチャな床へと転んでしまう。


「……ざまぁみやがれ。この腐れ外道がよ」


 苔ノ橋は吐き捨ててやった。

 たった一瞬の出来事だったが、心は多少晴れた。

 でも、まだまだ怒りは治る気配を見せない。

 逆に嫌な汗がダラダラと垂れてくるのだ。


「おいおいおい……マジでやっちゃったねぇ〜」


 無様にも床に倒れていた廃進広大。

 彼は、殴られた右顎を押さえながら立ち上がる。


「イキリクソ陰キャラのバチャ豚くんが暴力を振るってみたか」


 最高に笑えるなぁ。

 これは、再生数100万狙えるなぁ。

 と、感想を述べてから。


「お前もつくづく思うが、本当バカだよなぁ〜」


 クスクスと気味の悪い笑みを浮かべる廃進広大。

 そんな自称カリスマ動画投稿者を見据えて、苔ノ橋は言う。


「動画撮影してるんだろ? それぐらい分かってるよ」

「多少は頭が回るようになったらしいな。豚も少しは学習できるんだな」

「あぁ、お前ら腐れ外道とは違うからね」

「ははぁ〜ん。言ってくれるねぇ〜。バチャ豚くん〜」


 廃進広大は得意気な表情で続けて。


「だが、お前はオレたちの一生ドル箱なんだよなぁ〜」


 廃進広大一味の目的は、『バチャ豚くん』シリーズの撮影だ。

 大好きな幼馴染み——西方リリカを奪われたバチャ豚の奇行に密着する体で、シナリオは進んでいるらしい。


 そして今回の企画は——。


『バチャ豚くんの留年決定! 現実を受け入れられないバチャ豚が病室内で暴れていた件』になっているらしい。で、物や周りに怒りをぶつける彼を、廃進広大一味が優しく声をかけてあげるという流れになっていたのだとか。


「撮影されてることぐらい最初から分かってたよ」


 カメラがどこにあるのかはわからない。

 ただ、どこかで撮られていることだけはわかった。

 元々、奴等が撮影もしないのに、ここに来るはずがないのだから。

 奴等にとって、苔ノ橋という存在は金を作る道具に過ぎないのだから。


「よしっ……なら話は早いな」


 口元をニヤつかせて、大きく手を広げる。

 それから、呼びかけるように。


「今、コイツ……俺を殴ったよな〜?」


「うん、今見てた!」「やったやった」「暴力反対!」「暴力最低!」「豚が暴力しました〜。もうこれって犯罪だと思います〜」「豚もう死ねよ。調子のりすぎだろ」「人様をいきなり殴るのは最低な行為だよな」


 廃進広大一味は口々に呟く。

 奴の目的は、奴等の目的は——。


「これはもう正当防衛だよなぁ〜?」


 バチャ豚を一方的に殴っても何も言わせない権利をもらうため。

 一度暴力を振るわれれば、正当防衛という大義名分が手に入る。

 過剰防衛とも呼ばれるかもしれないが、廃進広大は動画投稿者。


 言わば、人気者である。


 自らの命を守るために、バチャ豚を返り討ちにする。

 それはもう既に傍から見れば、正当な行動となるのだ。


「そんじゃあ、始めっぞ。地獄への入り口へようこそぉ。バチャ豚野郎ッ!」


 クックック。

 薄汚い笑みを浮かべて、廃進広大は拳を握り締めて駆け出していく。

 この程度の早さなら避けれる。

 と、苔ノ橋は思っていたのだが。


「——く、クソッ!」


 取り巻き連中が苔ノ橋の両手両足を拘束してきたのだ。

 動かそうと思えば、動く。

 だが、取り押さえられてしまえば、もう上手く行動できない。

 羽を奪われた鳥みたいに、変な身震いを取るしかできなくなる。

 結句、ただ飛んでくる拳を真正面に受け入れるしかない。


「……うッ! ウッ! ううッ!」


 廃進広大は苔ノ橋の腹へと拳を打ち付ける。

 サンドバックを殴るボクシング選手みたいだ。

 と言っても、相手は一流プレイヤーではなく、ただの素人。

 下手くそなものである。

 小規模な力で最大限の威力を出す方法を知らない彼は、ただひたすらに力任せの一撃を喰らわせていくのだ。


「おらおらおらおらおらッ!」


 一撃ならば、誰でも耐えることができる。

 だが、それが続けば——話は別だ。


 一回、十回、百回、と増えれば増えるほどに、痛みは必然的に入っていく。

 それに、たった一撃だけならば、プロさながらの一撃を喰らわせることができてしまうのだ。数の暴力——相手の急所へと向けた最高の一撃を。


「…………ううううううッ!」


 苔ノ橋の鳩尾へ完全に入った拳。

 強烈な痛みに、苔ノ橋は吐瀉してしまう。

 昼頃に食べたものが、床に吐き散らかされる。


「うわぁ……きたねぇーな」


 取り巻き集団のひとりが言うと、全員が苔ノ橋への拘束を解いた。

 立ち上がる気力さえ見失った苔ノ橋は、そのまま倒れてしまう。

 顔面に付着するのは、自らが吐き出した吐瀉物。最悪な臭いが漂った。


 終わった。見逃してくれた。助かった。

 苔ノ橋は安堵した。心の底から、今日はここで終わりだと確信していた。

 でも、そんな淡い期待など、簡単に壊されてしまうのだ。


「ねぇ〜。広大くん❤︎ 早速アレやっちゃおうよ❤︎」


 今の今まで、口元を緩めてクスクス笑っていただけのリリカ。

 彼女が、コツンコツンと足音を立てて、近寄ってきた。


「ねぇ、バチャ豚❤︎ 今、アンタはどんな気分??」

「……お前に教える気はねぇーよ。この悪魔が……」

「ふふ〜ん。まだ反抗的な態度を取るんだぁ〜。へぇ〜」


 そう呟きながら、西方リリカは右足を持ち上げる。

 膝上十センチほどの短い丈のスカートを履く令和のファッションリーダー。

 苔ノ橋の位置からは、彼女の白くてきめ細かな太ももが見える。

 そして、その先に——赤色の布切れと女性の秘部を象徴する筋さえも。


「そんな豚さんには、お仕置きが必要だよねッ!!!!」


 赤茶髪の悪魔がそう叫んで、苔ノ橋の頭を思い切り踏みつける。

 グリグリと床に押しつけられるように踏まれ、身動きが取れなくなる。

 打ち所が悪かったのか、鼻からは血が流れ出てきてしまう。

 ただ、そんな無様な姿さえも、西方リリカの興奮を更に掻き立てるようだ。


「最高❤︎ 最高だよ、剛くん❤︎ 本当に無様でイジメ甲斐があって最高ッ!!」


 口元からは唾液を溢れさせ、恍惚な表情を浮かべる西方リリカ。

 両手で必死にとろ〜んとした顔を抑え、悦に浸っている。

 余程、彼女の性癖にドストライクだったのだろう。

 現に——先程までなかった黒くて深いシミが、赤色のショーツに出来上がっているのだ。


「ったく……リリカ。お前はやりすぎだっつの」

「えぇ〜。でも、あたしもこれぐらいはやりたいもん❤︎」


 それよりも、と呟いてから、意地汚い少女は続けて。


「アレをやろうよ。あたし、楽しみにしてるんだけど」

「それもそうだな。よぉ〜し、お前ら!! 次の段階に移るぞ!!」


 勢いのある声に呼応して、一味の連中が声を上げた。

 このときが遂に来たかと待ち焦がれていたかのように。

 笑みを隠しきれない廃進広大は、邪悪な目を光らせながら。


「——今から豚の丸焼きだ。漏らすんじゃねぇ〜ぞ、豚野郎!!」

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