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第19話:ウソとハッタリ

「そうだよ、あたしが犯人だよ。バチャ豚のお母さんを殺した主犯格の一人」


 やっぱり、この女が犯人なのか。

 遂に自白したのか。このクソ女が、母親を殺したのか。

 考えただけで苛立ちが止まらなくなる。どうしてこんな奴のために……。


「……………………」


 怒りのあまりに黙り込む苔ノ橋剛。

 頭の中がグルグルと回り出す。

 考えたことがないほどの、殺意が込み上げてくるのだ。


「……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す」


 母親を殺した恨みを晴らすためなら、どんな手段を使ってでもいい。

 奴等へ復讐ができるなら、自分が殺人鬼になろうと。

 人を殺して、犯罪者という肩書きを被ったとしても。

 死んだあと天国にも地獄にも行けず、あの世で彷徨い続けるとしても。


「……殺してやる、今すぐに」


 大切な人を失った者の怒りは、法律や倫理観を超えてしまう。

 奴等が苦しむ姿を見られるのならば、それでいいと望んでしまうのだ。

 実際に苔ノ橋剛もその一人だ。

 今も、頭が沸騰しそうなほどの悶々とした感情を抱え、スマホを握りしめている。

 そんな彼に対して、電話の主は笑みを漏らして揶揄うように言うのだ。


「なるほどねぇ〜。アンタの気持ちは、よぉ〜く分かったよ❤︎」


 でも、残念だね。

 そう呟いたあと、西方リリカは冷静な口調で。


「マジでムキになってどうしたの? 嘘に決まってるでしょ、嘘に」

「嘘だと……?」

「あったりまえじゃん。普通に考えて分からない? どうしてあたしが、自分から罪を告白しなくちゃいけないのよ……? 自分から言うわけないじゃん? それぐらいの分からないの?」


 冷静に考えれば、それはそうかもしれない。

 どうしてコイツがわざわざ嘘を報告する必要があるのか。


「本当に低能じゃん。ていうか、バカすぎるでしょ?」

「………………」

「アンタぐらいだよ。今の発言で勘違いするお間抜けさんは❤︎」

「………………」

「本当バカだよねぇ〜。ていうか、呆れるほどのバカなんだけどぉ〜」

「………………」

「デブでバカって……本当にどうしようもないゴミじゃん❤︎」


 自分よりも格下の人間を揶揄うのは、余程楽しいらしい。

 久々にバカにできる人間を見つけたと思ったのか。

 感情が昂った赤茶髪の幼馴染みは捲し立てるように。


「アンタみたいな間抜けな豚は、一生底辺で這いつくばって生きてればいいの。ていうか、それが国民全員の総意だと思うんだけど。役にも立たない社会のゴミは死んでよ❤︎」


 ていうかさぁ〜、と続けて、嬉々とした声を上げて。


「アンタぐらいじゃないの? さっきの発言を間に受けるのはさ。本当……笑えるんだけどぉぉ〜。豚の演技を生で見たかったなぁ〜。声だけでも迫力あったから、実際に見たら……最高に面白かったと思うんだけど、むふふふふふ」


 気になることがある。

 さっきから、何か変な音が聞こえてくるのだ。

 これは一体……?


「さっきからパチャパチャと音が聞こえてるんだが?」

「う〜ん。今、ちょうどお風呂に入ってるんだよねぇ〜」

「……お、お風呂……?」

「ナニナニ? その反応? やっぱり童貞臭い発言でマジでウケるんだけどぉ」

「どうしてお前は風呂に入ってる間に、電話を掛けてくるんだよ!!」


 本当にありえない。

 コイツは何を考えているんだ……?

 というか、電話しながらお風呂に入るとはどんな状況なのだ?


「はぁぁ〜? 別にそれはこっちの勝手でしょ。アンタとの電話ぐらいなら、別に今でもいいと思っただけよ。ていうかね、あたしはアンタと違って忙しいのよ」


 だから、と強気な口調で言い、自称女子高校生の間でカリスマと呼ばれる女は続けて。


「だから、これでもマメに返事を返しているんだから感謝しなさい!!」

「お前の声を、今日また聞くことになるなんて最悪なだけだ」

「ふぅ〜ん。そんなつれないことを言うんだぁ〜。豚ってさ、照れ屋なの?」

「……お前は余程のバカらしいな。相変わらず」

「……このあたしをバカ扱いできるのは、アンタだけだよ」


 ちなみに、と呟いてから、赤茶髪の少女は声を弾ませて。


「今、あたしはSNSで『お風呂入ってたら、バチャ豚から電話かかってきた』と呟いちゃったよ❤︎」

「勝手にしろよ」

「あたしとバチャ豚のラブラブ加減がダダ漏れしちゃったかもね❤︎」

「誰と誰がラブラブだ。お前に抱く感情は殺意だけだよ」


 夜は、冷静な判断ができなくなる。

 鳥城彩花を守れなかった自分に対する罪意識が強くなって。

 何をやっているのだ。何を墓穴を掘ってしまっているのか。

 もっと冷静になれ。もっと冷静になって考えろ。

 このまま何も言い返せずに、終わるのは違うだろ。


「…………お前らが犯人だって証拠はもうすでにあるんだよ。バカはお前だろ?」


 男を誑かす技術はお手の物かもしれないが、頭脳戦は話が別だ。

 この女とテスト勝負で負けたことは一度足りともない。


「…………ちょっとマジで何を言っているのか、意味が分からないんだけど」


 声色に焦りが出ている。

 やはり、何か隠していると見ていいだろう。

 だが、それが何なのかは、特定することはできない。

 少しずつ奴が、ボロを出すまで待つしかないな。

 存在しない証拠があると、嘘を吐いてな。


「実はな、大変ありがたいことにお前らの犯行が目撃されてるんだよ」

「……ちょ、ちょっと何を言ってるわけ? ははははは、犯行? 全くさっきから言っている意味が分からないんだけど……どどどど、どうしてあたしが人殺しなんて……」


 この女は、何か後ろめたいことでもあるのかもしれない。

 今までも気づかなかったが、何かしらあったのだろう。


「さっさと自供したほうがいいと思うけどなぁ〜。少しでも罪を軽くするためには」

「ふふ、ふふふ……ふざけるんじゃないわよ!! このバチャ豚野郎ッ!?」


 我慢の限界が来たのだろう。無理もないさ。

 自分よりも立場が弱い人間に忠告を受けているのだから。


「自供するわけないでしょ? 自分が不利な状況に陥るだけなのに……それをわざわざ言う必要なんてどこにもないでしょ? それぐらいも分からないわけ? 本当バカぁ??」


 ねぇ、バチャ豚。

 そう吐き捨ててから、昔は愛らしかった少女は感情を爆発させて。


「アンタさ、さっきから何を偉そうに語っているわけ? どっちが上で、どっちが下か。教えてあげないといけないわけ? 今日も舐めた態度を取ってきたけど、もう一度みっちりとしつけてあげないといけないみたいねぇ〜。まぁ〜楽しみにしていなさい」


 口が一度回り始めると、次から次へと言葉が出てくるようだ。

 饒舌と言うのか。それとも、図星を突かれて焦っていっているのか。

 もしくは、バカにされて我慢ができなかったのだろうか。


「バチャ豚が反抗的な態度を取れば取るほどにお仕置きは大きくなるからね❤︎」「アンタは一生あたしの奴隷にしてあげるんだから❤︎」「アンタの幸せは、あたしに支配されることでしょ?」「豚はね、豚らしく一生を過ごせばいいのよ。それでいいじゃない?」「あたしが可愛がってあげるわ。それで最高に楽しい人生になると思うけど?」


 これでもね、と呟いたあと、電話越しに水がバシャバシャと揺れる音が聞こえてくる。

 浴槽に溜まった水面を叩いているのだろうか。

 まぁ、別に知ったことではないのだが。


「これでもね、あたしはアンタのことを大好きなの。大好きで大好きで堪らないの」


 大好きで大好きで堪らないか。

 生憎だが、こちら側はもう二度と好きになることはないが。


「アンタみたいな気持ち悪くて惨めな豚という存在が、あたしの生きがいになってるのよ。調教して自分の思い通りに動く最高の奴隷を持っていると、あたしは嬉しくなるのよね」


 独占欲とでも言うのか。

 身勝手な支配欲とでも言うのか。

 もうこの女に懐くはずがないのに。

 もうこの女を愛することはないのに。

 この女は、まだそれを望んでいるのか。


「アンタは、一生あたしの奴隷❤︎ あたしの言うことだけを聞く無様な存在でいいの」


 口を開けば、身勝手な言い分をふりかざす奴だ。

 人様に対して、奴隷奴隷と。

 一体何が彼女をこれほどまでに歪ませてしまったのだろうか。


「それ以外のアンタは必要ない!! あたしの言うことを聞かないアンタは要らない!」


 そうだ。そうだよ。そうなのよ。

 彼女は小さな声で呟いてから、やっと一つの結論を導き出したようだ。

 生まれて初めてアリの巣に水を流し込んだ無邪気な子供のような笑みを漏らして。


「あたしが死んでと頼んだら本当に死んじゃうほど都合の良い男じゃないと困るの!」


 次から次へと——。

 この女は、うるさい女だ。

 自意識過剰で、女王様気取りなバカな女である。

 自分の言い分が正解で、それ以外は全て不正解とでも思っているのか。


「お前の言い分は分かった。ただ、これだけは伝えておく」


 聞きたい情報は手に入った。

 ならば、もうコイツと喋る意味もない。

 そう思いながらも、苔ノ橋剛は誓いの言葉を吐くのであった。


「——僕は、お前ら全員を地獄へ落とす」


◇◆◇◆◇◆


 電話を切ったあと——。

 幼馴染み同士の二人は、遠いところでお互いのことを思う。


 一人は、病院の一室で。


「やっぱりアイツは……何かしら事件に関与している」


 幼馴染みだから、嫌でも分かってしまうのだ。

 長年の付き合いだからこそ、あの女が何か知っていることは。


「もう少しでボロが出そうだ……アイツから何か聞き出せれば」


 そして——。

 もう一人は、自宅のお風呂場で。


「何か嗅ぎつけたな……あの豚。でも、どうして……?」


 幼馴染みだから、嫌でも分かってしまうのだ。

 長年の付き合いだからこそ、あの豚が何か知っていることは。


「ただ、何か決定的な証拠が足りずに身動きが取れないわけか」


 欺くして、幼馴染みの二人はお互いに誓うのである。


 一人は——。


「奴等を地獄へ落とす決定的な証拠を見つけ出すしかない!!」


 もう一人は——。


「あの豚が妙な真似を起こす前に、もう二度と何もできないようにしよう!!」


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