第16話:信者は薬にも毒にもなる
アイツらが……事件現場の近くにいただと……?
そんな情報は一度も聞いたことがなかった。
でも、どうしてアイツらがあんな場所にいたのだろうか?
「……翼、ちょっと今の話をもう一度整理していい?」
「もちろん。今のは、わたしも説明不足だったと思う」
東雲翼は優しい言葉でそう言い、具体的な説明をしてくれた。
「苔ノ橋くんのお母さんが殺された日。実はその近くで、廃進広大たちを見たという目撃情報があったんだよ。ここまでは大丈夫かな……?」
突然浮上した真犯人。
それも、自分と同じクラスメイトだったなんて。
そんなのありえないと思いたいのだが——。
「その目撃情報というのは、どうやって知ったの?」
「偶然だよ、偶然。アイツラを徹底的に潰せるネタがないかなぁ〜と思って調べてたの。そしたら、こ〜いう書き込みを見つけてしまったわけなんだよ」
『推しのカリスマ集団を発見。全員黒の服を着てて、カメラを回してた。もしかしたら、撮影中だったのかな? 今後も令和のカリスマとして頑張ってほしい! 広大くん、最強に大好き!!』
そのアカウントの主は——。
純粋な廃進広大の動画視聴者だった。
地元をもっと盛り上げるを目標に掲げる令和のカリスマ集団。
今までも、何度かオフ会を開いているらしく、それに参加しているようだ。
余程コアなファンらしく、肩を組んで撮影しているものもあった。
「顔は隠してるけど……何だか可愛らしい感じの女の子だね。中学生ぐらいかな〜?」
「……可愛い?」
ピクッと東雲翼の耳が動く。
それから腕を組んで、声色に怒気を混ぜて。
「ふぅ〜ん。苔ノ橋くんはいつからロリコンになったのかなぁ〜?」
「……えっ? ロリコン……?」
ロリコン扱いされる筋合いはどこにもないのに。
何か逆鱗に触れてしまったのか、東雲翼はご機嫌斜めである。
「女子中学生に興味を持つのは、ロリコンの始まりだよ?」
「嘘つきは泥棒の始まりぐらい理不尽な言い分だと思うんだけど……?」
それにさ、と呟き、苔ノ橋は鋭い指摘を入れるのであった。
「僕たちはまだ高校生だし。中学生ぐらいの女の子に興味を持つこと。つまり、二歳差とか三歳差ぐらいは許容範囲に入ると思うんだけど。あと、現実問題、大人になってからは歳の差なんて大きな問題ではないし。実際、歳の差婚とかもあるから、その言い分はよろしくないと思うよ」
正論過ぎる正論。
東雲翼は唇を窄めたままに、「ううう!!!!」と悶えている。
彼女も必死に何か言い返そうとするのだが、言葉が中々出てこないようだ。
それでもこのままでは負けられないと思ったのか、言葉途切れに。
「…………最近の苔ノ橋くんは距離感が近くになってから生意気になった」
「えっ? 生意気……? 僕は普段通りだと思うんだけど……」
「わたしのことを世界で一番幸せにするって言ったのに……」
愛しの彼女は外方を向いて、頬っぺたを風船みたいに膨らせたままに。
「もう知らない」
「えっ〜。翼さん……? ちょ、ちょっと機嫌を直してもらっても?」
「別に機嫌悪くないし……」
「どこからどう見ても、不機嫌が見て取れるのですが……」
「誰の一言がこんな気持ちにさせたのかなぁ〜?」
(僕の彼女は、ちょっと面倒なところがある)
「もう誰のために必死に調べたと思ってるのかなぁ〜」
(まぁ〜それだけ愛されると思えるんだけど……)
「学校もあるから、こっちは睡眠時間を削って調べたのに」
「その件は、本当に申し訳なく思います」
「本当に思ってるなら、頑張った彼女のために労いの言葉があっても」
「オツカレサマ、ツバサさん」
ジィーと見つめてくる琥珀色の瞳。
キラキラと光る虹彩を見ていたら、宇宙空間にいるのかと錯覚してしまいそうだ。
それほどに彼女は人を魅了し、人を吸い寄せる力がある。
ただ、未だに不機嫌なご様子の彼女は言う。
「…………何か、今の言い方は片言だったと思う」
「いつもと翼と違って……何か緊張しちゃってさ」
片言になったのは申し訳ない気持ちもある。
でも、それ以上に——。
「その……僕何か悪いことしたかな?」
「自分の胸に聞いてみれば?」
「聞いても何も答えが分からないから聞いてるんだけど」
(う〜ん。翼がどうして怒ってるのか、分からないなぁ〜)
乙女心は難しい。
そう結論を下し、困り顔を浮かべる苔ノ橋剛。
そんな彼を置いて、東雲翼は両手で顔を覆い、小さな声で不満を漏らした。
「普通さ、彼女が居る前で他の女の子を可愛い発言しないでしょ」
ごにょごにょ。ごにょごにょ。
蚊が鳴くぐらい微かな声で続けて。
「どうして苔ノ橋くんは分からないんだろう。もう……男の子って鈍感なの? 普通頑張った彼女に感謝の言葉を述べて……ギュッと抱きしめてくれたり、頭をぽんぽんするんじゃないの?」
(……なるほど!! そ〜いうことだったのか!!)
地獄耳をお持ちの苔ノ橋剛は、ゆっくりと東雲翼の元へと向かう。
両手で顔を覆う彼女を後ろから優しく抱きしめる。
「ごめんね、翼」
ぬくもりがある温度と肉付きのイイ柔らかさ。
触れれば触れ合うほどに、彼女への愛おしさが心の中で渦巻いてしまう。
「……抱きしめられたぐらいで許すほど甘い女の子じゃないから」
「分かってるよ。そのさ、ありがとうね……僕のために必死に調べてくれて」
「感謝の言葉を伝えられただけで許すほど単純な女の子じゃないから——」
東雲翼の言葉を遮って、苔ノ橋剛は彼女の頭を撫でる。
サラサラな黒髪。一本一本の繊維が細かい。
日頃からトリートメントなどを付けて、美容にも気を付けているのだろう。
「何のつもり……? わたしをそれで懐柔したつもり?」
「懐柔した気はないよ。僕は翼とは対等な関係でいたいよ」
「都合の良い関係じゃないの? 今日も幼馴染さんと密会してたし」
「密会……?」
「わたしが居ない間に、こっそりあの子と仲良くしてたっぽいし」
あの子ってのは、赤茶髪の幼馴染——西方リリカのことだろうか。
苔ノ橋にとって、もうあの女はどうでもいい存在なのだが。
ていうか、逆に人生が破滅してほしいほど憎い存在なのだが。
それでも東雲翼にとっては、不安なのだろうか。
「アイツは勝手なことをほざいてたけど、僕はアイツの手に墜ちることはないよ」
あの女からは、何度も交渉を持ちかけられた。
自分の奴隷にならないかと。自分の愛玩動物にならないかと。
でも、決してそんな展開になるはずがない。誰がなってたまるか。
「僕の心は今までもこれからも、東雲翼一筋だから。その安心して!!」
数十秒間に及ぶ沈黙。
ちょっと真面目に言いすぎちゃったか。
気持ち悪くなかっただろうか。自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけてしまった。
そう軽く後悔する苔ノ橋とは対照的に、東雲翼は「えへへ」と可愛らしい笑みを溢れさせて。
「さっきの話に戻るんだけどね」
そう呟いてから、彼女は得意気に続きの話をした。
「さっき見せた目撃情報を見たあとに、私も気になって調べてみたの。何か映像が残ってないかなって」
それで、と強気な表情で。
「あの日、廃進広大たちが偶然映り込んだ映像を発見しちゃったんだ」
「映像……? 警察が調べ尽くしたはずでしょ……?」
「警察が調べたのは事件現場になった場所と監視カメラの映像だよ。それにいち早く、犯人が自首したことがきっかけで、あのまま捜査は打ち切りになったからね。これ以上は何もなかった」
「なら……どうやって見つけたの?」
「わたしもさ、盲点だったんだ。どんな集団にも抜け穴がいるんだってことを知らなくてさ」
口元を緩めて、東雲翼はスマホを見せてきた。
「調べるときはさ、廃進広大の名前で調べてたのがいけなかったみたいだね」
そこに映っていたのは——。
「これどこからどう見ても……リリカの写真だけど? それも視聴者と撮った」
西方リリカは、サービス精神多めの女の子である。
自分は最強に可愛いと思っているからこそ、写真映りもバッチリだが。
この写真を見る限りでは、それが何の意味を指し示すのか全く分からない。
「苔ノ橋くん。この写真が投稿された日付を確認してみてよ」
その日付は、苔ノ橋が母親を失った日で間違いなかった。
人生をもう一度やり直すことができるなら、この日に戻りたいと思えるほどに。
「で、他にも多くの視聴者と一緒に撮影されてる写真や映像が残ってるんだよ」
西方リリカらしい大盤振る舞いである。
更には、サインまで書いて、ご満悦な表情を浮かべているものまであるのだ。
「だけど……それが何の手がかりが?」
「見逃してしまいそうだけどさ……しっかりと映ってるんだよ、アイツらがさ」
東雲翼は一本の動画を再生する。
その動画は、西方リリカが可愛らしいポーズを取る姿が。
で、その後方に——。
「廃進広大だ……それに取り巻き集団の奴等もいる」
「そう偶然に撮られた映像。撮影者は男性陣だから、廃進広大たちには全く目を向けてないけどね。だから、今の今まで問題視されてなかったけど……ここにハッキリと映像が残ってるわけ」
廃進広大とその一味は、全身黒一色に染めた格好をしている。
これだけで真犯人だと断定することは難しい。
ただ、鳥城彩花が嗅いだジャスミンのニオイも合わせれば——。
(……こんな偶然が起こるのだろうか? 真犯人はこいつらなんじゃないか?)
謎は深まるばかりだが、可能性は大いにありえる。
でも、可能性があるだけで、それを証明する決定的な証拠が足りない。
「犯人が自首して事件は幕を閉じた。真犯人がいるとはずっと前から思ってたけど、もう諦めていた。警察に助けを求めても、終わった事件だと言われて相手にされなかったし」
でも、と拳を握りしめながら、苔ノ橋剛は強い意志を持って。
「もしもアイツらが真犯人という可能性があるなら……」
廃進広大一味を壊滅できるチャンスが舞い降りてきた。
またとない機会である。ここで奴等を引きずりおろせばいい。
「でも、今のはあくまでも可能性の話だよ。突拍子で根拠もない話」
それは分かっている。
東雲翼の言い分が正しい。
廃進広大一味とて、最低限の一般常識と倫理観は持っているだろう。
特に、グループのリーダーである廃進広大は、狡猾な男である。
法律に背く真似をするとは到底思えにくいのだが——。
「それでもさ、心臓の動悸が止まらないんだ」
虫の知らせとでも言うのだろうか。
苔ノ橋剛は確信に満ちていた。
鼓動が止まぬ心臓と、冷静に状況を分析して冴えた脳。
(奴等が……真犯人なら納得できるんだ。全ての辻褄が)
そもそもな話。
どうしてアイツらが通り魔事件の犯人を自首させる動画を撮れたのか。
それをもっと深く考えるべきだった。
有名なインフルエンサーだったら、幅広い情報源を持っているだろう。
そんなふうに受け止めていたが……あまりにもご都合すぎる展開なのだから。
「——もしかして犯人はでっち上げられた……?」
「そうだろうね。誰が手を回したかは分からないけど、可能性は高いと思うよ。犯人は毒死したって話が、週刊誌でも明かされているし」
通り魔事件の犯人は、自白した上で毒死した。
遅効性の毒を含んだ上で出頭し、真実を話して死亡。
週刊誌やニュース記事では——。
『罪を償う気がなくて〜』『刑務所で暮らしたくないから〜』
などの理由で、それほど問題視されていなかったが……。
「犯人が真相を語る前に、毒死させたとすれば……」
「苔ノ橋くん、ちょっと飛躍しすぎじゃない?」
「企画の一環だと言って、犯人を警察に出頭させていたら……」
「いやいやいや。どうして犯人がその企画に参加するの?」
「脅されていた。もしくは、それなりの報酬を受け取るはずだった。犯人の無実を証明する確たる証拠があったんだよ。その日、決定的なアリバイがあったんだってね」
「…………いやぁ〜。流石にそこまで狡猾かな? 上手くいく?」
考えれば考えるほどに。
奴等が真犯人なのではないかという疑いが深まる。
相手の首根っこを掴む直前まで来ているのだ。
でも、そのためには——どうしても証拠が足りないのだ。
奴等を徹底的に陥れるために確たる証拠が。
「でももうこれ以上の証拠は絶対に出ないよ。もう通り魔事件が起きてから時間が経ちすぎちゃったし……警察も協力してくれない。こんな状況で真犯人を探し出すのは不可能」
だから、諦めよう。
東雲翼がそう口にしようとした瞬間——。
「それなら本人たちに直接聞いてみるのが一番早いでしょ?」
苔ノ橋は自分のスマホを取り出し、電話を掛けるのであった。
自分を破滅へと導いたあの悪魔みたいな赤茶髪の幼馴染みに。
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