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第10話:地道な努力

 松葉杖生活からの脱却。

 それを夢見て、苔ノ橋はリハビリへと通っている。

 一番最初に来たのは数ヶ月前のことだった。


「……い、痛いッ!」

「苔ノ橋さん、無理はしないでいいですからね」

「いえ……だ、大丈夫です。僕はまだまだ頑張れます」

「大丈夫です、初めてなんですから。焦らずが大切ですよ」


 支柱二本のポールに挟まれた数メートルを歩くのみ。

 転びそうになったら掴めばいいだけ。

 それだけの話だと思われるかもしれないが。

 苔ノ橋はできる限り掴まないと決めている。

 目標があるから。そのために早く自由に歩きたいから。

 何よりも、自分に甘えたくないから。


「うっ!!」


 足を踏み外してしまう。

 たった数メートル二足歩行で移動するだけなのに。

 以前までは簡単にできていたことが、できなくなってしまっていた。

 歩く感覚を忘れてしまっているのだ。


「だ、大丈夫ですか? あんまり無理はしないほうが」


 苔ノ橋剛の専属ナース——南海春風(ナンカイハルカ)は忠告する。

 でも、苔ノ橋剛はその忠告を振り切って。


「早く歩けるようになりたいんです」

「どうして?」

「翼をデートに誘ってあげたいから」


 東雲翼は毎日病院へと足を運ばせ世話を焼いている。

 学校終わりに毎日足繁く通うのは大変なことだろう。

 だからこそ、苔ノ橋剛は恩返しがしたいのである。


「そうですか。なら彼女さんのためにも頑張らないとですねっ!」


 ナース——南海春風から優しく励まされながらも、苔ノ橋は日々の辛いリハビリを乗り越えていく。

 たったひとりの女の子をデートに誘いたい。それだけの理由で。

 男という生き物は、それほどに純粋で、それほどに単純なのであった。


「やったぁああああああああ!! ゴールだぁああああああ!」


 思わず、苔ノ橋は叫んでしまった。

 体のうちから湧き上がる達成感。

 まるで、エベレストの山頂に辿り着いたかのように。

 たった数メートル。されど数メートル。

 その一歩は短い距離かもしれない。

 それでも寝たきり状態の生活を強いられた者にとっては、大きな前進だ。


「やりましたね! 苔ノ橋さんッ!」


 南海春風がそう言って近づいてきてくれる。

 若干、涙目になっている。涙脆いのかもしれない。

 そう思いながらも、苔ノ橋は笑みを浮かべて。


「まだまだ僕はやりますっ! トレーニングの量を増やしてください!」


 意気込む苔ノ橋に対して、ナースは優しい口調で言った。


「体を休めるのも治療の一環なんだよ。だから、ダメ」

「そうですか……」


 苔ノ橋は悲しそうな表情を浮かべながらも。


「でも足腰に負担がかからないならいいですよね?」

「そ、それはそうだけど……何かするつもり?」

「はい。実は僕もっと強くなりたいんです!」


◇◆◇◆◇◆


 そして——数ヶ月後の現在。

 苔ノ橋剛は今日もリハビリで一汗掻いていた。

 と言っても、既に苔ノ橋のリハビリはトレーニングの一環と呼べる領域だが。


「ふぅ〜。まぁー今日はこれぐらいでいいか」


 苔ノ橋はそう呟きながらも、重たいベンチプレスをゆっくりと下げた。

 重さは80キロ超えだが、軽々と持ち上げている。

 それでもまだ苔ノ橋は納得できていない。


(翼を守れる男になるんだ)


(もっともっと強くなければならない)


(もしも、廃進広大一味が翼へと襲いかかってきたとしても)


(僕の腕力ひとつで、彼女を必ず助け出せるように)


「苔ノ橋さんっ! もうぉ、何やってるんですか!」

「ただのリハビリですけど?」

「リハビリなんかじゃありませんよ! あんなこと」


 子供を叱るように、南海春風は続けた。


「まだまだ万全の状況じゃないのに……あのようなことをして!」

「大丈夫ですよ。もう僕、松葉杖生活からコルセット生活に変わりましたから!」


 苔ノ橋剛は、念願の松葉杖生活からの脱却に成功した。

 骨は繋がっている部分と、繋がっていない部分があるらしい。

 なので、もう少しだけ病院生活が続くとのこと。

 ただ、ある程度は自由に動くので、気分的には楽である。


「そ、そういう問題じゃないんですよ!!」


 患者を見守るのが仕事の看護師。

 勝手で危険な真似ばかりする苔ノ橋剛に不服の申し立てを行いながらも、スポーツドリンクとタオルを持ってきてくれた。


「いいですか。苔ノ橋さん!!」


 そう言うと、南海春風は人差し指を上げて。


「傷口が開いたり、逆に骨が繋がりにくくなる可能性があるんですよ!」

「でも……僕は強くなりたいし……」

「強くなりたいのはわかりますが、体のことをもっと考えてください!」

「は、はい……分かってます。それに、ありがとうございます」


 感謝の言葉を述べると、南海春風は「ふぇ?」という表情を浮かべた。

 何を言われたのか、理解できてないようだった。


「僕のことを思って、そう言ってくれてるんですよね?」


 看護師という仕事は、あまりひとに感謝されない。

 ありがとう。

 その言葉を言われるのは、珍しいことだ。

 患者のことを思って言っているのに。

 うざい。お節介焼き。口出しするな。

 仕事だから。お金を貰っているから。

 そういった理由で、ありがとうと感謝されることは少ない。

 だからこそ——純粋な気持ちで吐かれた感謝の言葉には動揺してしまう。


「……うう……な、何ですか」


 南海春風の瞳から涙が溢れ出した。


「あわわわわわ、えーと。あ、あの大丈夫ですか?」

「大丈夫です、大丈夫ですよ!」


 必死に叫ぶけれど、大丈夫には全然見えない。

 それから溢れた涙を片腕で拭き取りながら。


「もう……本当に苔ノ橋さんは困ったひとです」

「困ったひと?」

「はい。一日目から無理をしてゴールへ辿り着きました」

「あ……そ、その節は……あははは」

「本当困るひとです。リハビリ表を組み替えましたし!!」

「迷惑ばかりかけてたんですね。も、申し訳ないです」

「いいえ。謝る必要はありません」


 まだ若い看護師はキッパリそう言うと。


「しっかりとやりとげた。凄いことですから」

「す、凄いって……そんな……ぼ、僕は」

「最初はみんな根をあげて途中で諦めてしまうものなんですよ」


 でも、と呟きつつ、尊敬の眼差しを向けて。


「苔ノ橋さんは諦めなかった。会った日からずっとずっと」

「大袈裟ですよ」

「いいえ。本当のことです。弱音を一切吐かなかった」


 だから、と呟いて。


「もっともっと自分を認めてあげてください。自分はできるんだって」


◇◆◇◆◇◆


「本日のリハビリは、これで終わりです。でも、まだまだありますからね!」


 苔ノ橋が浮かれないように、南海春風は釘を刺すように言う。

 けれど、苔ノ橋剛はあっけらかんとした様子で答える。


「はい、もちろんですよ。明日からもよろしくお願いします!」

「はい。かしこまりました……でも、ちょっと焼けちゃいます」

「焼ける?」

「彼女さんにです。苔ノ橋さんみたいなひとから思いを寄せられて」


 あ、しまった。つい口を滑らせてしまった。

 そんな表情を浮かべて、南海春風は慌てたように。


「ごごごめん。次のリハビリがあるから、私もう行くね!」


 視界から消えていく南海春風の姿。

 苔ノ橋は受け取ったスポーツドリンクを口に付ける。

 さっぱりしたレモン味が、リハビリ終わりの身体を癒してくれるのだ。

 それにしても——。


(あれは一体どういうことなのだろうか?)


 褒められたのか。それとも怒られたのか。

 どっちつかずの言われように、苔ノ橋は首を傾げてしまう。

 普段通りならもう少しだけ自主練を行ってから病室へ帰るのだが——。


(さっきも注意されたし、練習はほどほどにするべきか)


(と言っても、まだまだ病室で鍛えるんだけどな)


 そう思って、リハビリ室を出た瞬間——。


 パチパチパチパチと、拍手の音が聞こえてきた。


「リハビリお疲れ様❤︎」


 懐かしい声だった。

 と言っても、聞きたい声ではないのだが。

 懐かしさよりも先に怒りが込み上げてくるのだが。


「久しぶりだね、剛くん❤︎」


 明るい茶髪。それと同じ色のクリッとした瞳。

 学校終わりなのか、制服姿だ。

 学校内でも周囲の目を引くなら、病棟内でも同じこと。


「どうしたのかなぁ〜? 久々に可愛い幼馴染みに会えて嬉しくて声も出ないのかなぁ〜❤︎ あはははは、剛くん❤︎ 本当に豚さんだねぇ〜❤︎」


 歩く誰もが振り向く超絶美少女。

 どことなく甘い香りが漂ってくる。

 苔ノ橋を誘惑する妖しい香りが。

 散々今まで「豚」と人様を呼び、蔑んできた幼馴染みから。

お読み頂きありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になる。

そう思ったら、ブクマと評価をしてくださると幸いです。

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