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第9話:将来の夢

「んぅぅぅぅ〜〜」


 ベッドにちょこんと腰掛ける東雲翼は、頭を抱えて唸っていた。

 普段では絶対に見ることができない新たな可愛い一面。

 新鮮な姿なので、是非とももっと見ていたい気持ちもある。

 それでもこれ以上彼女が悩む姿は見たくない。

 というわけで、苔ノ橋は喋りかけることにした。


「どうしたの? 翼?」

「いやぁ〜。実はね、進路希望調査を出せって」


 東雲翼は一枚の紙をペラリと見せてきた。

 進路希望調査というのはあくまで希望的観測でしかない。

 特に、多くの高校生には、進学か就職の二択でしかないだろう。

 それにも関わらず、彼女には大きな問題なのだろう。とっても大きな。


「あぁ〜。なるほど、そっか……」

「とりあえず、将来の夢は決まったんだけどね」

「将来の夢?」


 将来の夢は決まっているのに、進路が決まっていない。

 不思議な話だ。

 将来の夢を目指す進路を選べばいいだけの話だと思うのに。


「……う、うん」


 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 頬を朱色に染めた東雲翼は口元を緩めて。


「苔ノ橋くんのお嫁さんにしたよ」

「………………」

「ん? どうしたの、呆然として。当たり前のことじゃん」


(進路調査の将来の夢に、苔ノ橋のお嫁さんか……)


(決して悪くはない。彼氏としては嬉しいんだけど……)


(バカップル感があって……何だか変な感じがする!!)


「でね、今悩んでるのは今後の進路。高校卒業後のね」


 東雲翼は続けて。


「もうわたしたち高校二年だし。来年は三年生だからね」

「あ、そっか……もう高校生活も終わるんだよな」


 感慨深いものだ。学校生活は長く思えるかもしれない。

 振り返ってみれば、あっと言う間に過ぎ去ってしまう。

 苔ノ橋は入院中のために学校へと通っていない。


 ただもう高校二年生の11月。

 そろそろ進路を考えて行動しなければならない時期である。


「将来の夢は、歌手になってみんなを笑顔にすることじゃないの?」


 苔ノ橋は呟いた。

 彼女が自殺未遂を図った際に、そう言っていたからだ。

 歌手になれなかったら、歌えなくなったら、もう死んでやると。


「うん。そうだけど……」


 戸惑いの表情を浮かべる東雲翼。

 強気な彼女の瞳に不安の色が混ざる。


「迷ってるんだよね、大学の進路」

「迷ってる?」

「音楽関係の道を進むか、それとも普通の道を選ぶか」


 大学というのは、文系と理系に大まかに分けられる。

 その分類に該当しないのが、芸術分野と呼ばれるものだ。

 文系と理系、迷ったら理系に行けと言われるご時世だが。

 東雲翼の選択は、芸術の道を進むか、それとも普通の道を進むかだった。


「うん。わたしね、ギター弾いて歌も歌えるけど」

「えっ! ギター弾けるの? す、すごい!」

「弾けると言ってもほんの少しできるレベルだよ。うん、本当に」


 あと、ピアノとヴァイオリンも弾けると、東雲翼は呟いた。

 他の人が言うなら、自慢話にも聞こえるかもしれない。でも、彼女があっけらかんと言うので全然嫌味な気がしないのである。


「苔ノ橋くんはどっちがいいと思う?」

「僕に聞かれてもな……進路というのは自分で決めるものだよ」

「逃げたね」

「逃げたよ。誰かの人生を決めるというのは難しいことだからね」


 苔ノ橋がこっちがいいと言えば、東雲翼は迷わずそちらを選ぶだろう。

 でもそんな簡単に決めてもらったら困るのだ。

 自分の生きる道は自分で切り開くことが重要なのだから。


「苔ノ橋くんはさ、将来の夢とかあるの? 参考までに教えてほしい」

「……将来の夢か。僕は一度も考えたことがなかったなぁ〜」

「ならさ、わたしの家で働きなよ」


 東雲翼は和やかな笑みを浮かべて言うのだが……。

 その言葉の意味をイマイチ理解できない。


「ん? 翼の家で働く……?」

「うん。屋敷で働けばいいと思うんだよね。執事とか似合うと思うよ」

「えと……あ、あの……屋敷で働くとか……執事とか全然理解できない」

「あ〜と……そういえばまだ言ってなかったのか。実はわたし——」


 東雲翼が言葉を遮って、着信音が鳴り響いた。

 楽しい会話をしていたのに、突然入った邪魔者。

 愛する彼女はほっぺたを膨らませて、不満有り気である。

 でも、目線でさっさと電話に出ればいいじゃんと訴えている。


『よぉ〜久しぶりだなぁ〜。バチャ豚』


 電話の主は——廃進広大だった。


『バチャ豚。お前、よくもやってくれたな。覚悟しとけよ』


 この世で一番聞きたくない声に、苔ノ橋剛は顔を歪めてしまう。

 その瞬間、東雲翼が電話を奪い、スピーカーモードへと切り替えた。


『このままお前が都合良く生きていけると思うな。三流の下等豚の分際でよ』


 キィーキィーと響く声。

 大きな声で怒鳴っているのだ。

 音割れが激しく、不快な音である。


『いい気になれるのも今のうちだぞ。楽しんでおくんだな、この楽しいひとときを。オレたちのことを少しでも暴露してみろ。ほんとうに殺すからな?』


 一方的に喋るだけ喋って、電話を切られてしまう。

 こちら側は何も喋る隙を与えられなかった。


「……頭悪そうな言い分だったね」


 翼はそう締めくくりながら、「こっちも見て」と自分のスマホを見せてきた。

 苔ノ橋剛の動画に対し、廃進広大が引用して呟いているのである。


『アンチ共全員まとめてかかってこい。オレたちが全員叩きのめしてやる』と。


「廃進広大たちが乗ってきた。企画の一環として進めるつもりだな」


 苔ノ橋は東雲翼と顔を見つめ合わせる。

 それから二人は思わず吹き出して笑ってしまう。

 物事があまりにも計画通りに進んで。

 自分たちが思い描くように、彼等が行動を取ってくれて。


「……やったね、苔ノ橋くん。作戦通りじゃん!!」

「あぁ」


 苔ノ橋は拳を力強く握りしめて。


「これで僕たちが会いにいかなくても、アイツらが勝手に会いに来てくれる」

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