第7話:復讐計画
復讐計画。
安直なネーミングセンスだが、心が踊る。
果たして、計画とは一体何だろうか。
「あのひとたちのことを調べてみたの」
東雲翼はそう言って。
「これを見て」と、スマホを見せてきた。
『あのカップル動画投稿者、マジでゴミだわ』『某人気高校生動画投稿者、この辺の店一体に問題かけまくってる。晒そうか迷うが、訴えられそうだから狸寝入りするしかない』『某人気カップル、交差点で路上配信してたんだけど、マナーが悪すぎる。通行人のことを考えてほしい』『友達伝いに聞いた話だけど、あの大人気カップルさん、黒い噂があるって。ここでは言えないけど……』『この前心霊配信で使った場所、許可取ってないだろ?』
画面に表示されたのは超有名SNSのコメント。厳密に名前を公表してはいない。しかし、知る人が読めば、廃進広大と西方リリカに対する誹謗中傷だと分かる内容であった。
「こ、これは……!!」
奴等の名前をネット検索したことがなかった。どうせ称賛の嵐だと思っていたから。
でも、意外と彼等を批判する者の声もあるのか。全く知らない情報だ。勉強になる。
「どう? これは使えると思わない?」
スマホの画面をスクロールする東雲翼。
次から次へと奴等が今まで行ってきた迷惑行為や法律違反に関するクチコミが出てくる。
普段から態度が悪い奴等だ。その本性が少しずつ表沙汰になってきているのだ。
だが、幾らネット上の根も葉もない噂話では、その効果は殆どない。無意味に等しい。
「ぱぁっと見た感じ、以前からあのひとたちは最低なことをやってるらしい」
迷惑行為を受けているのは、多数のフォロワー数を有するインフルエンサーではない。
ただの何処にでもいる平凡なユーザーだ。
奴等に対する憤りはある。でもそれ以上に、100万人越えの動画投稿者を敵に回せば、変なことに巻き込まれてしまう。
そう恐れを抱いて、無数の被害者たちは名前を公表せずに不平不満だけをぶつけていたわけである。
「で、わたしが注目してるのはこっち」
東雲翼が指差すのは、廃進広大のSNSだった。
そこには一本の動画が埋め込まれていた。
再生ボタンを押してみると。
『最近、アンチ共が色々言ってるらしいが、オレたちはマジで何もやってない』
『だから、オレたちの視聴者はこれからもずっと追いかけてくれたらと思う』
『前から、オレたちは半グレだの、イジメ集団だの、毎回謂れのないことを言われ続けてきた』
『だけど、何度だって、そんな逆境を乗り越えてここまで辿り着いてきた』
『これからもまだまだ動画投稿者として、トップを狙いに行くんでガンガン応援してくれたらと思うッ! アンチ共、負けないからな』
「絶対に負けないぞと、アイツらは意気込んで、視聴者を味方に付けた」
実際に、廃進広大の動画は話題になっている。
まとめサイトやニュースサイトにも取り上げられ、『人気高校生動画投稿者「アンチに負けない」発言を発表』という記事まであるのだ。
「誹謗中傷を追い風にしてる。こんなの勝ち目が……」
本来ならば、悪い噂が飛び交うのは有名人にとって害悪にしか過ぎない。
でも、有名人自らの声がファンへと届けば、それは強固な信頼関係を築くことになるのだ。
不満を持っているひとが幾らでもいるのに。
これでは何の意味もないじゃないか。
「ううん。そうはならないよ」
東雲翼は拳を握りしめて。
「今は粗を探すとき。ううん、集めるときだ」
「どういうことだ?」
「うーん」
愛らしい彼女は口元に指を当てて。
「今からわたしたちでアイツらをぶっ潰す団体を設立します!」
俗に言うところの、と可愛い声を出しながらも。
「廃進広大たちを地獄へ突き落とすアンチリーダーになるってこと!」
東雲翼の計画は、至って単純なものだった。
SNS内で、廃進広大たちの今までに行った迷惑行為や法律違反の情報を集めるのだ。
今まで多くのひとが、彼等を指摘するコメントを繰り返していた。
でも、どんなに頑張ったところで、フォロワーが少ない一般人では勝ち目がない。
「だけど、その数字が10、100、1000」
そして、と口元を緩めながら東雲翼は呟いて。
「10000になったら、それはひとつの勢力となる」
「ひとりでは無意味な声かもしれないが、数が増えれば意味のある声になるか」
苔ノ橋剛は、東雲翼の考えが恐ろしかった。
敵に回したら、最も厄介な相手だと思ってしまう。
SNSには全く興味がない苔ノ橋。ただ復讐のことだけを考えていた。
けれど、東雲翼はSNSの知識に強く、次から次へとアイディアを出してくれるのだ。
「でも、この計画には二つ欠点がある」
東雲翼が言わなくても、苔ノ橋剛はその意味を理解できた。
「一つ目は変な団体だと思われてフォロワーが付かない可能性」
得意気に、苔ノ橋は続けて。
「二つ目は奴等を徹底的に陥れるために必要な物的証拠だ」
奴等をトップから引きずりおろすには、言葉だけでは足りない。
必ず証拠が必要になる。証拠さえ見つかれば、必ず奴等を引きずりおろせる。
「苔ノ橋くんって意外と理解が早いんだね」
「翼の柔軟性には負けるけどね」
計画を遂行するには、二つの欠陥がある。
それを解決するしか、アイツらを潰すことはできない。
「でも、この問題はどうやって解決する?」
「この二つに関しては、僕に考えがある」
「考えって?」
「簡単なことだよ」
苔ノ橋剛は笑った。
今まで散々屈辱的なことを撮影され、無断でネットに投稿されていたことが。
今更、役に立つ日が来たのだから。
「——僕が『バチャ豚』としてアンチリーダーのトップに立つよ!」
苔ノ橋剛は、自分が考えたプランを話した。
廃進広大のチャンネルに何度も出演し、敵対関係を作り上げてきたバチャ豚。
今ではネットのおもちゃとして、西方リリカを大好きで飛び降り自殺を図った伝説の男に君臨しているのだ。
そんな男が、突然SNSに参入し、廃進広大へと宣戦布告を行う。
「信者もアンチも、どっちも僕の味方に付くはずだ」
だって、と呟きつつ。
「廃進広大たちが新たな企画を始めたと、周り全員騙せると思うから」