第3話:幸せな日常と崩壊する日常
絶世の美少女である東雲翼の自殺を食い止めた。
自分でもどうしてあんな大胆な行動を取れたか分からない。
ただ、今日も彼女が笑顔を浮かべる姿を見ると、幸せな気持ちになる。
「どうして僕に会いに来てくれるんだ?」
あれから数週間が経ち、苔ノ橋剛は東雲翼と関わることが多くなった。
毎日苔ノ橋の病室へと通い詰めているのだ。
「どうしてだと思う……?」
椅子に腰掛ける彼女は、得意気な表情を浮かべる。
足をバタバタさせる姿は、小さな子供のように見えてしまう。
「どうしてって聞かれても……僕には分からないよ」
「もう自分であの日言ったくせに……」
琥珀色の瞳を細めて、彼女はニコッと口角を上げて。
「キミがわたしを世界の誰よりも幸せにしてくれるから」
その言葉を聞き、苔ノ橋は覚悟を決めるしかない。
彼女を幸せにするために、今後も頑張らないといけないと。
でも——。
苔ノ橋剛には、どうしようもないことがある。
それは——東雲翼の病気だ。
歌を歌い過ぎた結果、喉を壊してしまった彼女の容体。
これだけは、普通の男子高校生である苔ノ橋の力ではどうしようもない。
東雲翼は日に日に声を失っていった。
話そうとするのだが、喉から声が出ないようだ。
そして、遂に手術が明日を迎えた日——。
「……翼は大丈夫なの? 明日……手術だけど……」
「もうさっきからしつこいよ、苔ノ橋くん。わたしは大丈夫だから!」
東雲翼は「大丈夫だよ」と断言する。
だが、その姿が無理をしているようにしか見えなかった。
だって、彼女は手術次第では夢を失ってしまうかもしれないのだ。
それなのに、生き飄々としているのは……あまりにもおかしい。
「苔ノ橋くんってさ、わたしのことが心配なの?」
「心配に決まってるだろ」
「そうだよね……えへへへへ、う、嬉しいなぁ〜」
苔ノ橋は拍子抜けしてしまう。
自分はもっと彼女のことが心配なのに。
逆に、彼女は全然不安も迷いもないのだから。
何だか、自分だけ心配してるだけのような気がしてしまう。
ただ、それもそれでありなのかもしれないな。
「でも、良かったよ。翼が元気そうで」
「どういうこと?」
「もっとナイーブになってないか心配だったからさ」
「心配だよ。とっても不安だよ。でも、大丈夫だよ」
東雲翼は当然のように続けて。
「だって、キミが必ず幸せにしてくれるって言ってくれたから」
永遠とも思う沈黙。
長い睫毛に琥珀色の強気な瞳。
端正な顔立ちで、誰もが見惚れる笑顔の嵐。
「……て、照れるからや、やめろよ……そんなこと言うの」
「キミが言ってくれたんだよ、あの日。二人だけの屋上で」
「いや……そ、そうだけど……」
「あの日のこと、わたしは一生忘れないからね」
「ちょっと恥ずかしいからや、やめてくれぇ〜」
「いや、やめないよ。キミのカッコいいところを他の人に教えたいもん」
その日の夜、消灯時間が過ぎた頃だった。
トントンとドアがノックされ、誰かが部屋の中に入ってきた。
その人影は躊躇うこともなく、苔ノ橋剛のベッドへ入ってきた。
誰かはすぐにわかった。柑橘系の香りですぐにわかってしまう。
毎日毎日一緒にいれば、誰なのかなど簡単だった。
「何があったんだ?」
苔ノ橋がそう訊ねながら、部屋の電気を付けようとするのだが。
その小さな人影は言うのだ。「電気は付けないで」と。
それから可愛い侵入者は苔ノ橋へと腕を回し、抱きついてきた。
「……今日だけ一緒に寝てもいい?」
苔ノ橋はすぐに理解した。
東雲翼は、普通の女の子なのだと。
多少、強がりでからかい上手っぽいところもあるのだが。
それでも普通の女の子と同じく怖いものがあるのだ。
「あぁ、今日だけな」
苔ノ橋はそう忠告し、東雲翼と一緒に夜を明かすのであった。
「……ありがとう、こんなダメなわたしを受け入れてくれて」
◇◆◇◆◇◆
十月が来た。
東雲翼の手術は無事に成功したのだ。
と言っても、まだ万全に歌うことはできないらしいが。
苔ノ橋剛は、まだ体調が万全ではない。
徐々にではあるが、骨がくっついてきた部分もあるのだが。
それでも、まだまだ痛みを伴っている。
『【速報】天使のツバサ復活宣言発表!』
「……う、うそだろ……? て、天使のツバサが復活するッ!」
よっしゃああああああああと、大きな声で叫びたい気分だったのだが。
ここが病院であることを思い出し、苔ノ橋は必死に声を押し殺す。
幸せだった。幸せがこの先もずっと続く。
そう苔ノ橋剛は願っていたのに。
そんな折だった。
病室の外から足音が聞こえてきたのは。
もしかしたら、翼が来たのかもしれない。
そう思って、ニコニコ笑顔になる苔ノ橋剛だったのだが——。
彼の元へと訪ねてきたのは、苔ノ橋剛の人生をぶち壊しにした奴等だった。
「おいおい、久しぶりだなぁ〜。豚くぅ〜ん。どうだ? 元気にしてた?」
「ちょっと広大くん。何言ってるの。元気なわけないじゃん。怪我してるんだし」
廃進広大と西方リリカ。
そして、取り巻きの連中が病室へと続々と入ってきたのだ。
「今日は豚くんに感謝を言いに来たんだわ」
感謝なんてされる筋合いはない。
聞きたくなかった。
「実は、オレたちのチャンネル登録者が100万人超えたんだよ! これも全部全部お前が、教室から飛び降りてくれたからさ。飛び降りたときの動画、実は動画投稿サイトでもめちゃくちゃ再生されてかなーり金になってるんだよ。といっても、音声は加工して、オレたちが強要しているのは全部カットしてるんだけどな」
苔ノ橋剛のおかげで、年収何千万も稼ぐトップ動画投稿者。
今、最も輝いている動画投稿者としても注目的な存在らしい。
奴等を終わらせるつもりでやった行動。
それが全て逆に動くなんて……。
「で、まだまだオレたちは上へ行きたいんだよ」
廃進広大はそう言うと、気持ち悪い笑みを浮かべて。
「だからさ、今日からまた豚くぅんの協力が必要ってわけ」
それに同調するように、西方リリカも続けた。
「そういうこと。今日からよろしくね、バチャ豚くん❤︎」
勝手に決めるな……。
これ以上、利用されたくない。
これ以上、こいつらの好き勝手にされたくない。
苔ノ橋剛はそう思うのだが——。
「今回の企画は、『飛び降り自殺を図ったバチャ豚くんの元に行ったら、実は精神病んでてめちゃくちゃヤバイ状態に陥っていた』なんだよ」
西方リリカが大好きなバチャ豚くんは決死の飛び降り自殺を図った。
しかし、生き残ってしまった彼は、今でも西方リリカのことが大好きで。
病室は、ごちゃごちゃに散らかり、西方リリカへの愛を書き綴っている。
そんな感じのシナリオになっているらしい。
「……ふ、ふざけるなよ……ふざけるな……だ、誰がするか……そ、そんなもの」
どれだけ人様をバカにすれば気が済むのだ。
どれだけ人様を利用すれば気が済むのだ。
ここまで不幸にさせておいて。
「何? お前、反抗的な態度取ってんだよ。もう決定事項なんだよ、全部な」




