3.嫉妬
三話連続投稿の三話目です。
少しずつ登場人物が増えていきますが、後書きで解説するようにしますのでどうぞ読んで下さい。
この日は早朝からカーナが出勤してギルドのカウンターに立っていた。まだ眠い目を擦りながら依頼内容を確認していると、ギルドの扉が開き、軽甲冑を着込んだ女の子が入って来た。カーナはその女の子の姿に気付いて直ぐに笑顔を向ける。
「おはよう、フェール!」
声を掛けられた女の子は少し恥ずかしそうな笑顔でカーナに応えた。
「おはようございます、カーナさん。」
「今日も採取に行く?」
「はい、お借りしている家の宿代を稼がないといけませんので。」
「どうせ空き家だったから良いのに…。じゃあ、ジャガの葉とテレオスの根の採取をお願いできる?」
カーナは明るい口調で話を進め、フェールに採取場所の説明をした。彼女が依頼内容を理解したところで覗き込むような仕草で尋ねた。
「貴方の相棒…の様子はどう?」
「はい…昨日もヴァラスタさんに打ちのめされていましたので……でも、昼過ぎには来ると思います。」
フェールは一瞬心配そうな表情を見せながら、明るい口調で返事した。カーナは健気な様子を見せるフェールに軽くため息をついた。
「まだヴァラスタに挑む気なの?…まあ、アイツのことだから、また受けて立つのでしょうけど。」
「昨日は魔力の纏い方がかなりスムーズになっていました。少しずつではありますが、ヴァラスタさんから学んでおります。」
「はぁ…フェールはどうしてあんな悪童の肩を持つの?」
「…彼とは同じ孤児院で育ちました。けれど、孤児院は焼けて、育ててくれたシスターも死んで……私には彼が唯一の“家族”なので…。」
フェールが見せる悲しそうな作り笑いに、カーナは心を痛めた。グライガの事はヴァラスタから聞いていたが、彼女も孤児院出身の境遇に、魔族との戦争がどれほどの人間を不幸にしているのかを感じざるを得なかった。
「貴方もヴァラスから槍術を学んでいるんでしょう?無理しないで依頼数を採取出来たらさっさと戻って来てね。」
「はい!」
フェールは元気よく返事して依頼書をカーナに返すとギルドを出て行った。その様子を物陰から見ていたヴァラスタがカーナに近寄って来た。
「…私から見ても、彼女は健気ですね。」
「あんな悪童なんか見捨てて独り立ちすれば、もっといい冒険者になるのに。」
「…二人は互いに支え合っているよ。どちらかが欠けても駄目なんだと思います。」
「あの悪童は改心できるの?」
「……彼次第ですよ。」
「…フェールの槍術も、私から見てもダメダメ…なんだけど。」
「そうですねぇ…彼女にはもっと適した戦い方があるんですが…彼女が前衛で盾役となり、グライガが後衛から魔法を撃つ戦闘スタイルなので、どうしても…ね?」
「…だったら尚更あの二人はパーティを組むべきではないわ。」
「…ここ数日で随分フェール殿と仲良くなりましたね。でもどうするかはあの二人次第。私たちが口を挟んではダメなんですよ。」
ヴァラスタに諭されてカーナは口を尖らせた。村内に同世代の女の子が少ないカーナにとっては、彼女にこの村に住んで欲しいと思っていたのだ。フェールには住んで欲しいけどグライガは出て行って欲しい。そんな都合の良い事で二人を引き離すのは筋が違う。カーナは十分にそれを理解しており、ヴァラスタの諫めで素直に口を閉じた。
昼過ぎになってグライガがギルドにやって来た。相変わらず尊大な態度でカウンターまで来ると彼を無視しているカーナに話しかけた。
「おい、俺様が来てやってんだ。ギルド職員なら挨拶ぐらいしろよ!」
「……グライガ…さん、何か依頼を受けに来たの?」
「俺様がそんな事する訳ねぇだろ!」
「じゃあ、挨拶する必要はないわね。此処は冒険者が依頼を受ける為に来る所なの。」
「は?」
グライガは怒りを滲ませてカーナに掴みかかろうとした。その瞬間にヴァラスタが奥からタイミングよく出て来た。
「グライガ殿、いらっしゃいませ。ご用件は何でしょう?」
丁寧な口調でグライガに話しかけると若冒険者はカーナににやりと笑って話し相手をヴァラスタに切り替えた。
「決まってるだろ!…決闘だ!今日こそ貴様をぶちのめしてやる!」
「…分かりました。それでは演習場へ向かいましょう。」
ヴァラスタはにこりと微笑んでグライガを演習場へ連れ出した。カーナはカウンターからその様子を眺めておりそこから動こうとはしなかった。決闘の結果は見えていたからだ。カーナから見ても彼の魔力量の多さは窺い知れる。だが魔力の纏い方が尋常じゃないくらい下手であった。此処で活動しているどの冒険者よりも酷い。こんな奴に能力未知数のヴァラスが負けるはずがないと思っていた。彼女はふんと鼻を鳴らしてカウンターに肘をついてヴァラスタが帰って来るのを待った。
二人の決闘はヴァラスタの圧勝で終わった。グライガの渾身の一撃は未だヴァラスタの魔力膜を破る事は叶わず、火球魔法も水属性の膜に打ち消された。だが打ち合う時間は徐々に伸びていた。全身に纏う魔力の揺らぎも初日と比べると随分とおとなしくなり、無駄な魔力の放出が少なくなっていた。なんだかんだと文句を言いつつ、グライガはヴァラスタの指導を受け入れ努力していたのだ。だがヴァラスタの無駄のない動きから繰り出された一撃であっけなく倒れるところは変わっていない。
剣を収めたヴァラスタは地面に倒れうずくまっているグライガに手を差し伸べた。グライガはその手を払いのけ、自力で立ち上がった。
「戦闘後も魔力の纏いを解かず、身体強化は続けて下さい。痛みも和らぎ回復も早くなります。」
グライガは唇を震わせた。自力で解いているんじゃない。貴様の一撃が重すぎて解かれているんだ。そう言おうとして黙り込んだ。言えば自分の弱さを証明してしまう気がしたからだ。
「冒険者の基礎は安定して魔力を纏い続ける事です。グライガ殿は私の攻撃を受ける事に集中しすぎて魔力膜が薄らいでいます。それでは身体強化が解け私の一撃に耐えられません。纏いを意識して下さい。」
「う、うるせぇ!」
怒りに任せて叫ぶと長剣を取って魔力膜を纏うと戦闘態勢に入った。
「もう一度勝負だ!」
そう言うとグライガはヴァラスタに斬りかかった。
夕方になってフェールがギルドに戻って来た。指定の数量を取るのに手間取り、途中魔物にまで襲われたようで、怪我もしていた。慌ててカーナが彼女に駆け寄り、ヴァラスタを呼んだ。
「ヴァラス!彼女に回復をお願い!」
その声にヴァラスタはグライガとの決闘を中断し、フェールの下に走った。
「…ちっ!」
中途に終わった事に不満を覚えたグライガは舌打ちをしてギルド内で治療を受けるフェールを睨みつけた。
「ちょっと!アンタの仲間が怪我をしているのよ!」
カーナがグライガの視線に気付いて怒ったがグライガはその声を無視して剣を仕舞ってスタスタと演習場を出て行った。ヴァラスタはその様子を見つつもフェールの肩の怪我に回復の魔力を押し当てた。ゆっくりと傷が塞がっていくと当時にフェールは痛みの声を上げた。回復の魔法は傷を治療するのではなく、患部の治癒力を魔力で向上させるものである。込める魔力によって治癒時間は変わるが、同時に激しい痛みを伴う。ヴァラスタはフェールが痛みに耐えれる程度の魔力を込めてゆっくりと治療した。
「…有難う御座います。」
痛みが退いて傷が塞がった事を確認したフェールはヴァラスタに礼を言った。
「冒険者のケアをするのもギルド職員の仕事です。礼など不要ですよ。」
傷の具合を確認して痕が残っていない事を確認したヴァラスタは笑って返事した。カーナはほっと溜息を吐いた。そして泣きそうな顔でフェールを抱きしめた。
「だから無理しちゃダメだって言ったじゃない!」
「…ごめんなさい。」
二人が抱き合う中、ヴァラスタはフェールの手にしていた槍を観察していた。そして納得したように頷く。
「フェール殿、やはり槍を扱うには技量が足りないようです。明日からはフェール殿も朝から訓練に参加して下さい。」
「けど…採取依頼もこなさないと、お金が……」
「大丈夫です。お金は魔物討伐ができるようになってからで構わないのです。」
ヴァラスタはフェールに優しく語りかけた。彼女はやや間を置いて小さく頷いた。
翌日からヴァラスタは二人同時に訓練を行う様にした。2対1で模擬戦を行うもあっけなく打ち破られる。ヴァラスタは二人に連携の重要性を説明し、力の弱いフェールが前衛に回るよりも、グライガが前衛に回って戦うよう提案した。だがグライガは頑なにこれを断り、フェールをタンク役として活動できる様にしろと命令口調で言い返した。カーナがそれを聞いて文句を言い始めたが、ヴァラスタはカーナを落ち着かせて、フェールの指導を始めた。
槍を使った前衛の動きとしては、敵の攻撃を受け止めて相手の動きを止めるという方法がある。だが力の弱いフェールでは身体強化を使っても思い通りに動きを止められない為、後衛を担うグライガの攻撃が上手く定まらないという有様だった。そこでヴァラスタは相手の動きの止め方を指導した。攻撃を受け止めるのではなく、相手の攻撃をいなして動きを止める方法を教えた。多少繊細な魔力操作が必要だが、力よりスピードを求められる方法はフェールに合っていると考えたからだ。予想通り、魔力操作のコツを掴んだフェールは魔力による身体強化を素早さと正確性につぎ込んで相手の攻撃をいなすやり方を習得した。夕方には何度かヴァラスタの斬撃をいなす事も出来た。
「有難う御座います!」
槍の扱いが向上した事に喜ぶフェール。だがその後ろでグライガは面白くない顔をした。彼女はヴァラスタの攻撃を弾いた。だが自分は弾く事ができずにいる。しかもたった一日で自分を追い越したように思え、フェールに嫉妬の目を向けていた。
「次は貴方の番です、グライガ殿。」
フェールの指導を終えたヴァラスタがグライガに近寄る。グライガは怒りを覚え、練習用の剣を投げ捨てた。
「…馬鹿々々しい。俺様がギルド職員の指導など受けん!」
グライガは今日の訓練を間違って解釈した。決闘と称して自分が訓練させられていないと感じた。その理由は至極単純で訓練の中で何も向上できていない。なのにフェールはたった一日で技を身に着けた。明らかに差別だという結果論だけである。
グライガの歪んだ思考はヴァラスタの行動をそう捉えて嫌気がさした。彼の思わぬ行動にヴァラスタは驚く。グライガはヴァラスタを睨みつけて地面に唾を吐くと演習場を出て行った。取り残された二人は呆然としてグライガの背中を目で追っていた。
「…彼は施設に入ってからは孤独でした。高すぎる自尊心が周囲の子らと馴染めず、いつも一人で居ました。そうしているうちに彼に話しかける人は、私だけになってしまっていました…。そして孤児院が盗賊に襲われ私たちは全てを失い…一年間のスラム生活を耐え冒険者となりました。」
ヴァラスタはフェールから二人の過去について少し聞いた。戦災孤児としても余り良い生活は送っていない。ヴァラスタはこの二人を助けたかった。特にグライガは性格に難があるものの、“勇者”の素質を持ち、将来的に貴重な戦力になる可能性がある。
「…一度、心を折るしかないか。」
あまりやりたくはない方法だが、グライガを更生させるには仕方ないとヴァラスタは腹を括った。
翌日、フェールがギルドを訪れた。ヴァラスタはフェールからグライガが昨日の一件で不貞腐れている事を聞くと「丁度いい」と言って、野外訓練と称してフェールを村の外へ連れ出した。目的地は低級モンスターが出没する森であり、彼は此処でフェールに実践経験を学ばせるつもりでいた。
「この道の先に迷宮があるのですが、その途中のこの森はよく森林狼が出没します。それを一人で狩ってみてください。」
ヴァラスタの指導にフェールは生唾を飲み込む。実践はグライガと何度か経験はしている。だが一人では初めてだった。自分の槍さばきにまだ自信の持てないフェールは少し恐怖を感じていた。だがヴァラスタは優しく彼女に語り掛けた。
「大丈夫です。後方支援は私が行います。貴方は目の前の相手に集中してください。」
そう言って励ました。この時フェールはヴァラスタに何とも言えない温かみを感じていた。
森の中に入った二人は注意深く周囲を探り最初の敵を発見した。相手も二人に気付き、唸り声を上げて近寄って来た。フェールは震える身体を抑え込むように槍を構える。
「もう少し力を抜いて…ゆっくりと魔力を練って全身に纏って…」
後ろからヴァラスタが指示を出し、フェールは頷きながら全身に魔力を纏う。その時、狼が走り込んで来た。
「今です!」
ヴァラスタの合図でフェールは魔力を肘から下に込めて迫りくる狼の牙を槍でいなした。槍で弾かれて面食らう狼にフェールは渾身の突きをお見舞いした。森林狼は低いうめき声を上げて槍に腹を突かれた。だが次の瞬間別の場所から森林狼が二匹現れた。威嚇の声を上げ、フェールは悲鳴を上げる。だがそのうちの一匹が地面から生き物の様に生えて来た木の根に絡みつかれた。
「一匹は押さえました!貴方は其方の一匹に集中してください!」
ヴァラスタの支援の声がフェールに届き、彼女は慌てて槍を構え直した。魔力を纏い全身に巡らせ、身体を強化する。そして相手の息に合わせて槍を突き出した。槍の穂先は見事に狼の脳天を捉え絶命した。もう一匹はヴァラスタがそのまま木の根で絞め殺して、二人は戦闘に勝利した。フェールは二匹を倒した後その場にへたり込んだ。ヴァラスタは肩で息をして座り込んでいるフェールに優しく話しかけた。
「良い集中力です。貴方の槍であれば、この辺りの狼は一撃で倒せます。一匹ずつ対応すれば問題ありませんから明日からは討伐の依頼も受けてみてください。」
フェールは吃驚した。そして次に嬉しさが込み上げてきた。誰からも…グライガからさえも認められていなかった彼女は、初めて認められた事に涙を流した。そんな彼女をヴァラスタは暫く頭を撫でて宥めていた。
セントバナリウス神教国の国都、メイダ・バナリウス。その統治者は五年前に魔族の王討伐を達成した「六人の勇者」の一人、マドナレアと言った。彼女は「聖女」と呼ばれ、魔族討伐でも大いなる功績を挙げ、魔族の王討伐に生き残って凱旋した三人のうちの一人でもある。帰国後、枢機院からの推挙で「女教皇」として神教国のトップとなった。まだ若いながらも類稀なる知性と慈悲深さで国都での支持は非情に高い。
そんな彼女が神教宮殿に一人の女性冒険者を呼び出した。登殿した冒険者は、冒険者ギルドに所属しながらも神教国に仕える立場にあり、彼女はマドナレアに臣下の礼で拝謁した。
「御尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉ります、猊下。」
統治者の証である太陽と月をあしらった錫杖を手にマドナレアは威厳高く冒険者に言い放った。
「遠くバーデンバーグの街に「勇者適正」を持つ者が見つかった。」
「なんと!…で私への命は…。」
「その者の確保し、国都まで連れて来るのだ。」
「畏まりました。……でその者の名は?」
「…グライガ・エントール。十六の若者だ。」
女教皇の言葉に恭しく頭を下げると、女冒険者は立ち上がった。去ろうとする彼女をマドナレアが呼び止める。
「今、教国に仕える勇者はお主を含めて三人。他国と比べれば心もとない。何としてでも連れて戻るのじゃ。」
「…はっ」
女勇者はもう一度頭を下げてその場を辞した。彼女を女教皇より賜った銀地のマントを靡かせて宮殿内を歩いて行く、すれ違う者が次々と彼女に敬意を込めた挨拶をしていく。彼女は軽く手を上げてそれに応じつつ宮殿を出て日の光を浴びた。眩しそうに手をかざして空を見上げた。
彼女の名は“教国の審判者”…イヴァンヌという。
グライガ・エントール
ウッズの村に滞在し、ヴァラスタの指導を受けて、剣術と魔力操作の基礎を覚えつつあったが、急成長した幼馴染のフェールに対して嫉妬の感情を抱く。
フェール
グライガと共にヴァラスタの指導を受け、槍術を飛躍的に向上させる。グライガの命で前衛職を鍛錬しているが、もっと彼女に適した武器があるらしい。
マドナレア
五年前に魔族の王を討伐した「六人の勇者」の一人で「聖女」と称されていた。魔族討伐に生き残った三人の一人で、凱旋後は枢機院の推挙を受けて「女教皇」となりセントバナリウス神教国の頂点に立つ。アルディック騎士王国、バスク魔導王国との対立に備えて新たな「勇者」の捜索を行っている。
イヴァンヌ
魔族の王討伐後に「勇者」の称号を与えられた冒険者。ギルド所属ながらセントバナリウス神教国に仕えている。“教国の審判者”の異名を持つ