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1.冒険者の血

2023/12/11 新規ハイファンタジーを投稿しました。新規投稿記念で三話連続投稿です。

筆者は過去二作歴史小説を書いておりましたが、やはり異世界ものを書きたいと欲求に駆られて投稿に踏み切りました。基本的に毎週月曜日の7:00に投降します。

ですが、仕事も忙しい中、プロットが出来上がってもおらず見切り発車的に始めましたので、投降頻度が頻繁に狂うかもしれません。

本作はアクションやや多め、エロなし、ギャグ少なめ、ラブ要素ありの、魔法とスキルが支配する異世界を舞台としたヒューマンドラマです。亜人種も魔物も出てきます。

※投稿時に「前書き」には筆者の他愛もない感想を添え、「後書き」にはその章での登場人物解説を記載いたします。



 大陸歴1067年-


 人間種(ヒューマン)三カ国は亜人打倒を掲げて大同盟を結ぶ。大陸内で圧倒的勢力を誇る人間種(ヒューマン)は、近年徐々にその数を増やして来た亜人達を一掃すべく、亜人種を束ねる魔族の国(デミヒューマニア)に宣戦布告した。

 人間種(ヒューマン)の生活域を脅かす亜人種(デミヒューマン)、通称魔族を討伐する為、大陸三カ国は大規模な軍を編成し侵攻を開始した。だが魔法の扱いに精通しない人間種に対し、全ての人種が高度な魔法に精通した魔族が圧倒的な力の差を見せつけた。人間種(ヒューマン)亜人種(デミヒューマン)との対決は、魔法の精通差によって人間種の大敗となった。


 大陸歴1068年-


 人間種(ヒューマン)三カ国は魔法を扱う魔族に対抗する為、各国の冒険者ギルドに魔族討伐令を発動する。各国のギルドは魔族を討伐できる実力を持つ冒険者を招集して討伐隊を編成。そして魔物との戦闘経験を豊富に持つ冒険者達は、魔族との戦闘に勝利を重ね人間種の反撃が始まった。だが国家に属する事を嫌った冒険者は三カ国の精鋭軍との連携行動は行わず、独自行動を取っており、その事が人間種(ヒューマン)三カ国の不評を買う事になる。


 大陸歴1069年-


 人間種(ヒューマン)三カ国は全国の冒険者ギルドを解体し、国軍直属組織とする。これは、多くの冒険者が国家に属する事を嫌い冒険者業を廃業する結果を招く。それでも魔族に対抗せんと三カ国の命令に従った冒険者が討伐軍に加わり戦争を続けるも、その数は足りておらず一進一退の繰り返しとなった。そして三カ国は魔族の力に対抗しうる「勇者」を広く集め、やがて六人の強者が三カ国の下に集った。

 「六人の勇者」三カ国の支援を受け、大陸各地の魔族との戦乱を収める事に成功し、魔族の支配地へと乗り込む。


 大陸歴1071年-


 遂に勇者一行は魔族の反抗を退け、敵の本拠地に侵入する。仲間の犠牲を払いつつも、魔族の王と対峙し、長い戦いの末に勇者と魔族の王は相打ちす。魔族の王は倒れ、従えていた亜人らは霧散し、遂には魔族を追い払う事に成功する。生き残った勇者一行は人間種(ヒューマン)三カ国へと凱旋し、人々はその勝利に歓喜した。…だがこの勝利は多くの優秀な冒険者たちの流れた血の上に立ったものであった。



 大陸歴1075年-


 共通の敵を失った人間種(ヒューマン)三カ国は直ぐに互いの利権を求めて意見が対立を始める。間もなく三カ国は大同盟を解消し、国家間の緊張が大きく高まった。


 大陸は人間種(ヒューマン)三カ国によって支配地の奪い合いが始まろうとしていた。同時に、各国の辺境域は魔物の巣窟から奪う為にあちこちで開拓が行われる。

 辺境を開拓して人間種の支配域を広げる…それは迷宮(ダンジョン)と呼ばれる魔物の発生域(ポップエリア)を発見し、そこから素材を獲得して都市部に還元する人間を増やして村を発展させる事である。三カ国は解体した冒険者ギルドを復活させ、多くの人間を辺境地域に送り込んで迷宮(ダンジョン)を見つけ、開拓村を作り、冒険者を呼び込んだ。


 魔族が滅んで5年…。


 人間種(ヒューマン)三カ国の一国…セントバナリウス神教国の辺境にある開拓村ウッズ。まだ村民は十数人しかいない小さな村であるが、低級の迷宮(ダンジョン)を保有し、冒険者ギルドの出張所も開設されている成長性のある村。此処に一人の若者が住んでいる。

 彼の名はヴァラスタ。C級冒険者であったが、ギルド職員に身を転じ村の発展に貢献すべく四年前から働いている。普段の仕事は村の迷宮に潜る冒険者の管理、ギルド内に持ち込まれる依頼の管理、持ち込まれた素材の都市部への運搬・換金、住民への利益の還元、そして暇を持て余している受付嬢の話し相手であった。


「…ふぁ~あぁ………。今日も暇ね…。」


 ギルドの受付カウンターの前で大きなあくびをしながら制服姿の女性がヴァラスタに声を掛けた。ヴァラスタはカウンター越しに女性に答える。


「カーナさん、此処には冒険者は四名しか居ません。その四名共が朝から迷宮に潜っているのです。彼らが帰って来るまでやる事がないのは当然です。」


 カーナと呼ばれた女性はヴァラスタの答えに詰まらなさそうに言い返す。


「アンタが朝の間に書類の整理をやってしまうからでしょ。」


「それほどの量がある訳ではないですし…もしもに備えて暇な時間を作る事は良い事です。」


 カーナは再びため息をついた。


「真面目だねぇ…。」


 言いながらカーナはヴァラスタの横顔を見た。そして詰まらなさそうに見つめる。暫く無言が続く。ヴァラスタは今日発行した依頼の内容を確認している。カーナの視線には気付かずに書類に目を向けていた。


「…もっと会話を楽しんでもいいでしょうに……。」


 カーナはヴァラスタに聞こえない声で呟く。ヴァラスタがそれに気付かずに書類をめくっている姿に、カーナは再びため息を漏らした。


「お婆様は何時帰って来るの?」


 カーナは違う話題を持ち出してヴァラスタに話しかけた。


「素材の売れ具合次第ですからね。でも所長ならば明日にでも戻って来るのではないでしょうか。」


 ヴァラスタは書類から視線を天井に移して考えながらカーナに答えた。そしてカーナを見ることなく視線がまた書類にへと戻る。カーナは少し頬を膨らませた。

 元A級冒険者「赤髪の魔導女史」と呼ばれてその名を冒険者ギルド界隈に轟かせ、引退後はギルドのウッズ村出張所の所長となった祖母アルメーナの美貌と高い魔力を受け継ぎ、自他共に村一の美女だと自負するカーナにとっては、ヴァラスタのそっけない態度が詰まらなかった。チヤホヤされたい訳ではないが、もう少しかまって欲しいと思ってしまうのであった。


「…ねえ、暇だわ。何かお話してよ、ヴァラス。」


 カーナはいつもの愛称でヴァラスタを呼んで視線を向けさせた。ヴァラスタは少し考えて小さく頷くと、書類を丁寧に仕舞ってカーナに近寄った。


「では、先月に見て来たバーデンバーグでのとある冒険者の話をお聞かせしましょう。」


 ヴァラスタの言葉にカーナは嬉しそうにした。刺激の少ない村に居るカーナにとって、街の話は最高の暇つぶしであった。ヴァラスタはカウンター越しにカーナの前に立つと、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「アルメーナ所長の友人でもあり、ギルド内でも名の知れた冒険者で、エントール夫婦がバーデンバーグで活動しておりました………」



 冒険者ギルドは、所属する冒険者を七つの階級(ランク)に分けている。下の階級からF、E、DとAまで続き、最上級として「S」を設けている。階級ごとに活動できる範囲が制限されており、F級であれば、採取のみで迷宮探索は許可されていない。C級まで上がれば、中級迷宮への探索が許可され、高額の素材を入手できる確率が飛躍的に向上する。冒険者となった者の最初の目標が「C級の取得」と言われるほど、若手の冒険者の憧れでもあった。その階級が「A」ともなると、その名は街の内外に大きく広まり、高難易度の魔物の討伐や人外域への探索をこなし、貴族から指名で依頼を受ける事もあると言う。そんなA級を夫婦で活躍する冒険者がいた。アウグ・エントールとその妻ラスナで、二人のこなした依頼は街中でも1、2を争うほどであった。

 正義感の強かった夫婦は、七年前の「打倒魔族」を掲げた教国からの要請に応じて国都へと旅立ち、帰らぬ人となった。人間種より強大な魔力と強靭な肉体を有し、その個体別の能力が千差万別の魔族と戦う事の優位性の低さを知っている多くの実力のある冒険者は要請には応じず静観していた。だが結局、六年前に国はギルドを解体して冒険者を軍組織に組み込んで魔族との戦争を強行する。アルメーナを含めた多くの冒険者が、軍人になる事を拒否して冒険者を引退したのだが、エントール夫婦は「要請」の段階から軍人を志願したのだ。結果は魔族軍との戦闘において、高い魔力と比類なき強さから返って魔族軍の集中砲火を浴びる事となり、遂には戦死したという。


「つまり、魔法を使った集団戦闘経験の少ない教国軍の中で目立ちすぎる存在だったのね。」


 カーナの言葉にヴァラスタは頷く。


「はい、教国もその戦で魔法を使った集団戦の重要性を理解し、バスク魔導王国からの支援を積極的に受けるようになったと言います。」


 カーナは少し身を震わせた。バスク魔導王国とは魔導士が主体となって建国された国家で、その中枢は七人の宮廷魔導士で構成されていた。人々はその七人を「元老院」と呼び、その権力は主家であるバスク王家よりも強大である。取り扱える魔法も冒険者たちを圧倒するほどだと言われ、教国もその力を恐れて同盟当初から魔導士の支援を断っていた。だが、魔族との戦で大敗した事でその方針を転換し、魔導王国から派遣された魔導士を軍に組み込んで集団戦を行う様になったという。だがその背景にはエントール夫婦の様な優秀な人材の犠牲があっての事であった。


「…何故エントール夫婦が教国に協力したのかはわかりませんが、魔族との戦闘方法に大きな影響を与えたのは事実です。ギルドは彼らの行動を訝しみながらも夫婦を称賛しました。夫婦の財産は遺言に従って全額を教国が運営する孤児院に寄付し、一人息子の養育を依頼しました。」


「ふ~ん…良くある話よね。」


「…しかし、二年前にその孤児院は盗賊に襲われ施設も焼け落ち…多くの孤児が命を落としました。」


「エントール夫婦の子供はどうなったの?」


「その時の火事で焼け死んだと思われていたのですが……」


「ふんふん」


 カーナは少し身を乗り出した。面白そうな話になると思ったからである。


「十五歳となった二か月前にギルドを訪れたそうです。ギルドは生きていた息子を受け入れ、冒険者登録をしました。…ですが、素行不良で規律違反を繰り返し、ギルド内では厄介者扱いされているそうです。」


 思わぬ結論にカーナは唖然となった。てっきりA級冒険者の血を引く優秀な人材の冒険譚だと思っていたのに、真逆のはみ出し者だったとはと。


「どんなに優れた人間の血を受け継いでいても、教育を怠れば、社会に貢献できない者になる。ある意味良い教訓を踏まえています。組織下で活動する為に必要な知識経験が無ければこれを与えて指導していけばよいのですが、彼はギルドからの指導を受け入れる心も持ち合わせておりませんでした。」


 ヴァラスタの話にカーナは不快感と哀傷感を覚えた。どんな街にもどうしようもない人間はいる。他人を傷つけたり迷惑をかける事に忌避を覚えず、平然と犯罪を繰り返す者。だがそれは子供時代からの教育でその数を減らすことが可能だと言われている。現に冒険者ギルドは孤児への支援は定量的に行っており、冒険者として組織下に組み込むことも多い。だがそれで全ての孤児を救えている訳ではないと言う実例であったのだ。


「ちゃんと成長していれば、良い冒険者だったかもしれないのに…。」


「……話によれば、両親健在の頃からわんぱくで、孤児院に入ってからは手の付けられない悪ガキ…だったそうですよ。…どんなに素晴らしい冒険者であっても子への教育の良し悪しは別…だと専らになっております。」


「エントール夫婦も死んでそんな評価をされちゃ悲しいわね。」


「冒険者は有能であっても万能ではないんだ。勝手に何もかもができると思われても困るよ。その息子も、傑出した冒険者の血を引く子として、期待と嫉妬を周囲から受けていたんじゃないのですか?」


 カーナはヴァラスタの顔を見た。真面目な顔で奥の扉を見つめているヴァラスタには何か思い入れがある様に見えた。


「その息子さん、どこかで更生できればいいね。」


「…そうですね。……そう言えば少しお腹が空きましたね。」


 しみじみとした表情から、頬を緩めてヴァラスタは話題を変えた。食事の話を持ち出してカーナは眉を顰める。


「…何?また弁当自慢?……いいですね、毎日美味しいお弁当を作ってくれる奴隷(ヒト)が居て。」


 あからさまに不機嫌な態度でカーナはヴァラスタの言葉を突き返した。ヴァラスタは気にした風もなく笑った。


「彼女は僕の命令に従っているだけです。それにカーナさんの分も用意してくれているのですよ。」


「それも貴方の命令?」


「いえ、僕は何も言ってません。」


「…それがアタシにとってはいやらしいのよ。貴方の命令で作ってる方がまだ割り切れるのよ。」


「彼女は悪い奴隷(ヒト)ではないよ。」


「分ってる!だったらさっさと解放して自由にしたらいいじゃない!」


 カーナはヴァラスタが毎日お弁当を用意している彼女を奴隷のまま自宅に置いているのが納得できていなかった。その理由は自分でも分かっていない。その感情をこうやって彼にぶつけてしまっているのだが、ヴァラスタは動じることなく淡々と受け止めた。


「今は出来ないのです。」


「なんでよ!」


「それも、言えません。」


 カーナはむっとする。同時に奴隷を持つ者の制約も思い出す。

 奴隷は奴隷協会の定める法によって守られている。これは奴隷の人権を保護し、奴隷を悪用する事によって不当な利益や国家反逆を防ぐ事を目的としており、奴隷の使役者はこの法を順守する事が定められている。各国家はこの法を認可しており、法を犯した者は国家によって罰せられる。

 法の中には奴隷の過去の経歴を関係者外に漏らす事を禁じており、ヴァラスタが彼女の事を喋る事は禁止事項であった。同時にカーナはヴァラスタの奴隷に関しては関係者ではないという事を言われたに等しい事であった。


「すいません…」


 此処でヴァラスタはカーナの表情に気付き、申し訳なさそうに謝った。そのうえでカバンから弁当を取り出した。


「余り深く考えずに食べてくれませんか?そのほうが彼女も喜ぶはずです。」


 そう言って、二つある箱の一つをカーナに差し出した。カーナは少しためらう仕草を見せてから弁当箱を受け取る。


「…ずるいよ。」


 彼女は小声で言うと蓋を開けて中身を確認した。芋類を柔らかく煮て味付けした、彼女が好きな食べ物で適切な量になっており、まさにカーナ用に作られていると判った。それがカーナの心をキュッと締め付けた。ヴァラスタはそんなカーナを黙って見守っていた。



 夕方になると、迷宮に向かっていた冒険者たちが帰って来る。ヴァラスタは冒険者への対応をカーナに任せて、夜に備えて村周辺の警備の為にギルドを出て行った。冒険者たちは不足していた夜光石を大量にカウンターに出して来た。


「お!これまた頑張ったねぇ!」


 カーナは嬉しそうに置かれた夜光石の状態を確認する。納品物としての品質は申し分なかった。


「いやぁ…ヴァラスタさんから貰った情報で助かったよ。彼はあの迷宮の事は何でも知ってるねぇ。」


 冒険者の男は予想以上の収穫に、汚れた顔で満面の笑みを浮かべていた。


「ちょっと!納品物の確認はまだ掛かるわよ。風呂の用意はできているから、さっさと綺麗にしてきなさいよ。」


 カーナは怒った口調でギルド内の奥の扉を指さした。冒険者たちは申し訳なさそうな顔で謝りながら奥へと向かって行った。汚らしい恰好の彼らに侮蔑の様な視線を送りカーナはため息をついた。ヴァラスタは迷宮に潜っても綺麗な体で帰って来る。こいつらはドロドロに汚して下品に笑い、気持ち悪さを感じる。何で辺境の冒険者たちはこんなにも清潔感に無頓着なんだろうと憤った。国都で生活経験を持つカーナには辺境の人間たちの小汚さを嫌悪している。祖母も汚れに対して余り気にしない性格でよく注意していた。そんな中、ヴァラスタは常に清潔感を保っており、辺境の住人には似つかわしくなかったのだ。他人とは違う男にどうしても意識してしまうのが彼女にはもどかしかった。



 日が暮れてヴァラスタが戻って来た。カーナが処理した依頼書の達成内容を確認し、未帰還の冒険者がいない事を確認すると軽く深呼吸をする。


「今日の業務はこれで終わりですね。私は明日の依頼予定を纏めてから帰りますので、カーナさんは先に帰っても結構ですよ。」


「…じゃあ先に上がらせて貰うわ。」


 期待していた言葉と違っていた事に少し不満を覚えつつも彼を意識しない様に心掛けているカーナはさっさと立ち上がってカウンターから出ようとした。突然ギルドの入り口のドアが勢いよく開き、長身の女性が入って来た。振り向いたカーナは女性を見て直ぐに笑みを浮かべた。


「お婆様!お帰りなさいませ!」


 カーナから声を掛けられ女性は彼女を見つめ少し微笑んでから返事した。


「戻ったよ、我が愛しい孫娘よ。」


 そう言って女性はカーナを抱きしめる。ギルドに入って来たのはバーデンバーグに素材売却に行っていたウッズ出張所の所長、アルメーナであった。六十を超える老齢の女性だがその足取りはしっかりとしていて、無言で仕事をしているヴァラスタの後ろに椅子を置いて荒々しく座ると大きなため息をついた。


「…お帰りなさい所長。何か機嫌が宜しくないご様子ですが?」


 ヴァラスタの挨拶にアルメーナは返事の代わりにもう一度ため息をついた。その様子にヴァラスタは書類確認の手を止め、所長のほうに向き直った。


「……悪童グライガ・エントールがこっちに向かったそうだ。…何でも迷宮討伐の実績を求めているだとか。」


 エントール…。カーナは聞き覚えがあった。少し考えて、あっと思い出す。昼間にヴァラスタから聞いた名であった。


「迷宮討伐ですか…。それは捨て置けませんね。」


 ヴァラスタが無表情に答える。


 迷宮には最奥にボスと呼ばれる強い魔物が存在する。これを倒すと、光り輝く宝石が出現するのだ。この宝石を収穫すると迷宮は全ての機能を失い、消滅する。これを「迷宮討伐」と呼んでいるのだが、特別な理由がない限り、これを行う冒険者はいない。討伐すれば、二度と迷宮から素材を手に入れられなくなるからだ。当然、ウッズの低級迷宮も迷宮討伐は禁止している。メリットが何もないからだ。しかしグライガという男がそれを求めていると言う事は、相当な理由を抱えているのだろうとヴァラスタも容易に想像できた。


「…二日前に徒歩で出発したと聞いたからな。明日には到着するだろう。」


 大げさに足を組んで不機嫌さを表しつつアルメーナは話す。ヴァラスタは少し考えてアルメーナに返事した。


「迷宮には夜明け前から見張りを立たせるようにします。私もいつもより早く出勤しておきますよ。」


「……グライガは早朝から行動するような冒険者じゃないよ。」


「念には念を…です。」


 そう言うとヴァラスタは顔の表情を引き締めた。彼は普段は柔らかい物腰に徹しており、余り感情を表に出さない。だが今は明らかに何かを決意する表情を見せていた。彼は強い。元C級冒険者だと聞いているが、カーナの見立てではそれ以上の強さを秘めていると考えている。恐らく祖母と同格であろう。その彼が気を引き締めている。グライガという男はそれほど強い冒険者なのだろうか?確かに冒険者としての血統は良いのであろう。しかし、話を聞く限り強さに見合う精神力がないように思える。


 カーナは自分の手のひらを見つめた。自分にも優秀な冒険者の血が流れている。魔力も人と比べて高い。修練すればいい魔法使いにもなれるだろう。


 けれど、アタシは冒険者にはならない。


 カーナは見つめていた手のひらを握り込んだ。


「ヴァラスタ、アタシは先に帰るね。」


 普段通りの仕草で立ち上がり、カウンターの奥へと向かう。


「…明日は私がカウンターに立ちます。カーナさんはいつもより遅めの出勤でも構いませんよ。」


「…そうさせて貰うわ。」


 カーナは振り返らずに手だけを振って応えて奥へ消えて行った。その様子をじっと見つめていたアルメーナは鼻で笑った。


「…勿体ないね。あの魔力の高さであれば、いい稼ぎのできる冒険者になれるのに。」


「彼女の道は彼女が決めるのです。所長がとやかく言っては反抗してしまいますよ。」


「そうだねぇ。グライガの様な悪童になられたら困るな。」


 ヴァラスタはこれからやってくる予定の冒険者の名を聞いてもう一度表情を引き締めた。


「所長だけに申し上げておきます。彼は…「勇者適正」を持っているんです。」


 ヴァラスタの言葉にアルメーナは驚愕の表情で椅子から立ち上がった。


「なんだって!?」




ヴァラスタ

 本物語の主人公。4年前にウッズの村を訪れてそのまま住人となり、冒険者ギルドのウッズ出張所の職員として働いている。元C級冒険者であるが、冒険者を止めた理由は誰も知らない。


カーナ

 冒険者ギルドのウッズ出張所で働く女性。祖母が所長を務めている伝手で受付嬢をやっているが、冒険者という存在はあまり好きではない。ヴァラスタに自分でも判らない感情を抱いている。国都での生活経験あり。


アルメーナ

 ウッズ出張所の所長で、元A級冒険者。「赤髪の魔導女史」の異名を持つ凄腕であったが、三カ国同盟の冒険者動員令に反対して引退した。


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