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転生美女は戦闘狂暗殺者と旅をする

作者: ミツリ

 綺麗に生まれたのなら、それ相応の人生を歩むのだと思っていた。

 美しく整えられた、神様がひと際丁寧に作り上げた顔をしているのなら。多少のやっかみや苦労はあるにしろ、幸せに、なるのだと思っていた。

 それがとんだ勘違いだったのだと知ったのは、一度死んで、誰もが一目見れば息を呑むような美貌を手に入れてからだった。

 綺麗なだけでは幸せにはなれない。幸せになるのに必要なもの。美しいヒロインになるために必要なもの。それは例え、意地悪な継母や継姉でもいい。とにかく、後ろ盾を持っていることだった。

 後ろ盾なんて何もない、貧乏な農村に突然国に一人いるかも分からないほど綺麗な女の子が生まれ育ったならどうなると思う?

 ご想像通りの、悲惨な目に遭うのだ。


 前世の記憶なんてなければよかった。そうしたら、幸福とは何かを知らずに生きることができたのに。

 美しい顔になんて生まれなければよかった。そうしたら、たとえ貧しくとも、前世よりは苦労したとしても、ただの村娘として一生を終えることができたのに。少なくともこんな。私と言う人間の尊厳を。私という女の性を。ここまで踏み躙られることもなかったのに。


 そんな風に、全てを憎んで恨んで諦めながら、身体には取り返しがつかないからと傷ひとつ付けられないまま、心だけは容赦なくズタズタにされていたある日。

 全てを薙ぎ払う鬼が目の前に現れた。


「悪いな、お前らの飼い主は俺が依頼で殺しちまった。逃げたきゃ逃げな。俺は奴隷には興味ないんでね」


 持ち逃げしやすい小さくて高価な宝石を物色しながら、「ご主人様」の「人間コレクション」たちにそうのたまった男は、言葉通り私たちには目もくれずに物も人間も一緒くたに詰め込まれていた宝物庫の鍵を開け放った。

 四人目になる今のご主人様は、どうやら何らかの理由で殺されてしまったらしい。どうでもいい。今までのご主人様たちだってみんな私だったり他の何かだったりの理由で殺されて、私は逃げ出して捕まってまた売られての繰り返しだった。

 嬉しくもなんともないことに、私は他の奴隷とは違って血眼になって探される、比べものにならないほどお高い商品なのだ。

 確かに前と今の世界を含めても、この顔の私より綺麗な人は見たことがないなぁと。どうでもいいことを考える。私は平和に幸せに暮らせていた、前の顔と人生の方が好きだった。


「ねぇ暗殺者さん」


 私は逃げて捕まるのも体力の無駄だと思って、暇潰しにどこからどう見ても歴戦の傭兵と言った風貌の男に声を掛ける。彼は私に一瞥をくれた後、すぐに金品の物色に戻ってしまった。返事すらない。

 というか。


「すごい。私の顔に興味ないの?」

「俺はな、嬢ちゃん。強い奴と命を懸けて殺し合うのが好きな類いの気狂いなんだよ。そんな奴が人間の美醜なんて分かるわけないだろう?」

「でも宝石の良し悪しは分かるんでしょう?」

「どういう形と色に価値があるかを覚えているだけだ。綺麗だなんて俺自身は思っちゃいないさ」

「それと、どうして殺し合いが好きな人がお金しか持っていない弱い下種を暗殺なんてしに来たの?」

「あのな嬢ちゃん。俺は忙しいんだ。お前もさっさと逃げな」


 呆れたように、けれどやはり宝石から視線は逸らさずに案外会話を続けてくれる見てくれに似合わず鷹揚な男に、なんだか楽しくなって私は多くの人に歌うようだと褒められた美しい声音で身の上話をかいつまんで聞かせてみる。

 だから逃げるのは無駄なのだと告げて、先ほどの質問の答えを促した。


「強い奴との殺し合いだけじゃ食っていけないからな。傭兵だの暗殺者だのもやってるんだよ。まぁ、好みは一対一だが、多勢に無勢って状況をひっくり返すのも嫌いじゃねぇしな」


 ふうん、と。結構想像通りだったな、と考えて。ふと妙案が頭に浮かんだ。

 私の話に一切の興味も持たず同情もしなかった、聞く限りだと世界でも上から数えた方が早いくらいの戦闘力を誇る男。


「ねぇ暗殺者さん。私をどうか連れて行ってくださいな」


 はぁ? と怪訝そうにやっと体ごとこちらへ振り返った男に、私はまた楽しげに告げる。


「私、暗殺者さんが今まで見た中で一番高そうな顔してるでしょう? 実際、とっても高いのよ。前の前のオークションの支配人も、歴史に残る美貌、だなんて言ってたの。ねぇ、こんな顔、とんでもないトラブルを呼びそうじゃない?」


 そして、とんでもないトラブルには、とんでもなく強い人が対処するものじゃない?

 国のとっても偉い大将軍とか、囚われの美女を救い出そうとする見当違いな勇者とか。色々、いそうじゃない?


「……」


 彼はしばしの間考え込んだが、結局近隣住民の通報を受けてやってきた騎士団が乗り込んできたタイミングで私の腕を取ると、「面白くなきゃ捨てる」と言い捨てて連れ去ってくれたのだった。


 それからは、薔薇色の日々。

 生きてるだけでトラブルを呼ぶ私に、暗殺者さんは大変満足してくれた。

 今までのあれやそれで性根が捻じ曲がってしまっていた私も、傭兵さんに挑んではぐちゃぐちゃにされる人たちを見てケラケラと手を叩いて笑う楽しい日々を過ごせていた。

 私はどうにも前世の記憶はあれどすっかり大事な何かが壊れてしまっているようで、暗殺者さんが何をしても大体は「わぁ」で済ませてしまえた。

 というのも、私の顔に狂っても実際に手に入れようとしてくるのは大概地位と難点がある人たちばかりで、正常な一般市民の方々は私の隣にいる赤鬼を見て諦めるのだ。だから私にも辛うじて残っている良心は痛まない。罪なき命令順守で突撃してきただけの兵士さんとかには流石に「わぁ、可哀想」くらいは思うけど。


 守ったり仕事にも連れていかないとあっという間に攫われるので、私を供にするのは骨が折れるだろうに、好きなだけ暴力を行使できるというただ一点で暗殺者さんは私を横に置き続けてくれている。

 彼は世界各国で指名手配されているようなやばい人なので、どんなお偉い相手でも容赦はしない。立ち寄った領地の領主様が私を所望して無理矢理騎士団を差し向けても楽しそうに蹴散らすだけだ。

 本当に、どこまでも釣り餌としてしか求められないので、人生で今が一番楽だった。美貌が衰えて価値がなくなったら痛みなく殺してくれと頼んでいるし、とても精神的に安定している。

 きっと私は、世界を恨んでいるのだろう。だから、暗殺者さんが世界を蹂躙していくのをキャッキャとはしゃぎながら眺めることができる。そんなにも死にたくて、かつ殺してもらえるのならば今すぐ死んでしまえばいいのに、生きているのは。きっと私が不幸だった分、人の不幸を見たいから。


 そんな世界に優しくない二人きりのパーティである私たちは、今日も利害の一致でつるみながら世界を好き勝手旅をしている。パーティといっても、私はサポートすらできないお荷物だけど。


「また指名手配になっちまった」

「じゃあ次は南へ行きましょう。人間だけじゃなくて生き物も大きいですから強い海獣とかいるかもしれませんよ」

「そうさなぁ、うまい魚も食えるかもな」


 釣り餌としての自覚がきちんとある偉い私は、せっせと日焼け止めのポーションを買い込んでいく。文句を言われればいつものように「投資ですよ」と微笑んだ。

 私が綺麗であればあるほど。それをひけらかせばひけらかすほど。暗殺者さんの望む強い誰かや、強い誰かに依頼してでも私を手に入れたい金持ちの誰かが釣れるので。

 たまにわざわざ偉い人がたくさんいそうな社交場にふらっと踊り子として(奴隷時代に仕込まれたのである程度は踊れるのだ)潜り込み、媚びを売るだけ売ってたらしこむだけたらしこんで、するりと暗殺者さんの隣へ帰ったりもしている。私は仕事のできる餌なのだ。

 私の後を付けてきた人たちを嬉々として暗殺者さんが返り討ちにするもはもう日常茶飯事だったりする。


 ご関係は? と問われれば、恋人ですとにっこり微笑むことにしている。

 全くの事実無根だけれど、その方が嫉妬を煽れる場合が多いので。


 私たちの生き方は、世間ではきっと悪者なのだろう。だからきっと、私も暗殺者さんも、ろくな死に方はしないはずだ。

 けど、その無様な死を迎えるその日まで。私はこの、私を世界で唯一助けてくれた強い人と、面白おかしく生きていられればそれでいいのだ。


 そんなことを考えながら、周囲に見せつけるよう日焼け止めを肌に塗り始めた。

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