無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
豪奢なシャンデリアに照らされたダンスホール。
貴族たちの集まる舞踏会で、美しいドレスで着飾った女性を侍らせていた婚約者のウィラードから告げられたのは、婚約破棄の宣言ではなく、愛の告白であった。
「な、なんて……?」
ルーシャは一瞬、自分が何を言われたのか分からなくて困惑する。
遠巻きに見ていた人々も唖然としているが、なんと発言した張本人も驚いていた。
「なっ、なんで俺は本音を話してしまったんだ……!?」
ウィラードは呆然としているが、それはルーシャには聞き逃せない言葉だった。
(えっ、『本音』?)
おかしい。
この状況は絶対におかしい。
ウィラードはルーシャに対して無愛想で素っ気なく、ルーシャがどれほど彼に尽くそうがお構い無しの婚約者だったはずだ。
数年前に黙って隣国へ留学へ行ってしまい、ようやく帰ってきてくれたが、彼の態度は一向に変わらないまま。
手紙を出そうと考えたりもしたが、これまで一度も返事を貰えなかったことから、また何も返ってこないはずだと諦めたりもしていた。
しかし、帰ってきてからも無愛想なままのウィラードには一つだけ変化があった。
ルーシャ以外の女性と親しくしているのだ。
ルーシャとのお茶会はいつもつまらなさそうだったし、夜会でダンスをする時も目を合わせることすらしてくれなかった。
それなのに、その令嬢とは楽しそうにお茶会をして、彼女の友人たちも交えて談笑していたり、ルーシャとはまるで違う対応だ。
その上、パーティーで隣に立つどころか腕組みまで許している。
ルーシャは思ったのだ。
もしやウィラードは、この令嬢のことが好きなのだろうかと。
無愛想だった彼が心を許したのだから、これは恋心を抱いているに違いない。
二人の距離の近さからしても、そうだとしか思えないのだ。
特に好きでもなんでもないルーシャは、ただの親が決めた婚約者。
今のウィラードにとっては一番目障りで仕方ない存在になる。
だから、そろそろ婚約破棄をされるのでは無いのかと身構えていたのだが……。
(なんか、思っていたのと違うような……?)
ルーシャはようやく自分の間違いに気がついたが、もうウィラードは止められない。
「ウィラード様、何をおっしゃいますの!?あなたが好きなのは、このわたくしでしょう!?」
ウィラードが侍らせていた令嬢が、憤りながら詰め寄るも、彼は冷たくその手を振り払った。
「は……?君のことなんか好きでもなんでもないんだが。というより、どうして君はいつも俺の周りをうろついているんだ?今日だって離れてくれとずっと遠回しに言っていたのに、君のせいでルーシャに誤解されたじゃないか!」
「ええっ!?」
「はっ!俺はどうしてしまったんだ……!?」
なぜか令嬢とウィラードは二人して驚愕の声を上げている。
令嬢の方はまさかそんなことを言われると思っていなかったからなのだが、ウィラードの方はまたしても自分の発言に驚いているからだった。
ウィラードは口を抑えたあと、かつてないほど焦った顔をしている。
その険しい顔は恐ろしいほどの気迫で、誰一人として彼に声をかけることなどできなかった。
一体何がどうなっているのか。
ルーシャが婚約破棄されようとしていたはずなのに、なぜかややこしいことになっている。
(これは多分、私のせいなのよね……!)
ルーシャが思い出すのは、つい二週間前の出来事だった。
◇ ◇ ◇
「ウィラードが、浮気?」
「ええ。もうあれは絶対に浮気だわ」
ルーシャは机に突っ伏して、友人のノーランにそう言った。
宮廷の錬金術師であるノーランは、同じく錬金術師であるウィラードと古くから面識があり、同時にルーシャの友人でもあった。
ノーランの研究室には、ルーシャとノーラン以外、他に誰もいない。
婚約者のこんな話をするにはうってつけの場所であった。
「いやいや、そんなまさか。だってアイツ、君のことが好きすぎて……」
「ウィラードは絶対にシエンナさんの事が好きなのよ。そうじゃなかったらおかしいわ」
ノーランはまだもごもごと何か言っているか、ルーシャはお構い無しに話を続けた。
コールドウェル侯爵家の次期侯爵であるウィラードは、親同士が子供の頃に決めた婚約者だ。
しかし今、彼はシエンナ・ルズベラという男爵令嬢とかなり親しくしている。
「あの無愛想で素っ気なかったウィラードが、あんなに仲良くしてるのよ。私にはお茶会の時ですら笑顔を見せてくれなかったのに……」
彼が好みそうなお菓子や紅茶を一生懸命に考えて用意しても、ウィラードは表情一つ動かさない。
どんな話をしても笑わないし、ただ、「ああ」と頷くだけ。
それなのに、シエンナには笑顔を見せるし、社交界でもルーシャにしたような冷たい対応は見せなかった。
冷静で常に落ち着き、凛とした姿勢でいるが、あまり周囲に素顔を見せることの無いミステリアスでクールな貴公子のように評されているウィラードが、婚約者以外の女性に優しくしているのだ。
今まではあまりの美貌に恐れ多いと、ウィラードの周囲に女性が近寄ることはなく、ただ遠くから見つめているだけの令嬢たちばかりだっただけに、ルーシャにとっても青天の霹靂ではあった。
しかし、いざこのような事態になっても不思議としっくりくるのだ。
「そもそも、私とウィラードじゃ釣り合わないのよ。家柄がどうとかじゃなくて、単純に見た目が。ウィラードは美男子なのに、私なんて大した特徴もない平凡な見た目なんだもの」
シエンナはかなりの美人で、社交的な人物だ。
対してルーシャは、どこにでもいるような顔の平凡な娘で、伯爵令嬢の肩書きも似つかわしくないくらい。
清廉で高潔なウィラードに、どちらが相応しいかなんて言わずとも分かること。
「そうかい?僕はルーシャの方が可愛いと思うけどねぇ」
「ありがとう、ノーラン。でもウィラードにとっては、美人でスタイルも良くて性格も明るいシエンナさんの方が魅力的なのよ」
僻みのようなことを言ってしまうが、ノーランはそんなルーシャを窘めるように優しくしてくれる。
「略奪愛なんかする女が、性格良いと思うかい?」
「何言ってるのよ。私たちの間に元々愛なんてなかったわ。私が一方的に、好きになってもらおうと馬鹿みたいに必死だっただけよ」
「おやおや、ルーシャがすっかり落ち込んでしまったなぁ。僕の言うことなんて気休めにしかならないけど、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」
やれやれとノーランは呆れつつも慰めてくれた。
「大丈夫なんかじゃないわ……。こんなことならもっと早く婚約を破棄してしまうべきだったのよ。機会が無かったから言い出せないだけで、ウィラードもそう思っているはずだわ」
「ちょ、ダメダメ!そんなのダメだって!」
「え?」
途端にノーランが立ち上がって、慌てている。
確かに、ノーランからしたら婚約していた同僚と友人が破談になったとしたら、顔を合わせるのも少し気まずくなるかもしれない。
けれども、彼がそこまで慌てることだろうか?
ノーランはルーシャの疑問を他所に、部屋の棚から何かを取り出して持ってくる。
「ルーシャ、どうしてもウィラードの事が信じられないなら、これを使ってみて。一滴……いや、三滴ぐらい、アイツの飲み物に入れてみるといいよ。飲んだ人の本心が引き出せる薬なんだ。まあ要は軽い自白剤のようなものだけれど、人体に害はないから安心して使ってやってくれ。きっと君の悩みは解決できるから」
ノーランが持ってきたのは、半透明な赤い液体の入った小瓶だった。
錬金術で作ったものなのだろう。
彼はよく、惚れ薬や声を変える薬など不思議な薬を精製しているのだ。
「本当!?ありがとうノーラン!これで私たちの婚約は解消されて、新しい一歩が踏み出せるわ!」
「ああ……うん、そうだね……」
この色ならば、ワインに入れるのがちょうど良いだろう。
偶然にも、2週間後には舞踏会がある。
そこでウィラードはルーシャをエスコートする予定だが、シエンナも会場にいるはずだ。
二人が揃っているなら、ちょうど良い機会になる。
ルーシャは喜んで研究室から帰っていった。
残されたノーランはただ一人、ため息を吐いて苦笑いをする。
「ま、これはアイツの責任だからねぇ。そろそろ解らせてあげたほうがいいってことだよ」
ノーランが渡した薬が、心の声を暴いてしまう薬だということも知らず、ルーシャはウキウキで二週間後の舞踏会を迎えたのだった。
◇ ◇ ◇
舞踏会では予定通りウィラードがエスコートしてくれたが、やはりどこかぎこちない。
ずっと上の空なものだから、ウェイターから受け取ったワインに薬を数滴入れたのにも気づいていなかった。
「ウィラード。そのワイン、美味しいかしら?」
試しにそう聞いてみると、ウィラードは残りのワインを一気に呷ってしまった。
いつの間にそんなに酒に強くなったのだろうか。
「……あ、ああ。だが君には、少し早いかもしれないな」
遠回しに、ルーシャはシエンナと違って子供っぽいと言われているのだろう。
「……ウィラード。私、少し疲れてしまったようだから外の風に当たってくるわね」
「……まっ、……いや、気をつけて」
何か言いたげだったが、ルーシャは背を向けてバルコニーへ向かった。
もう薬の効果が出ているのだろうか。
なんだか彼にしては歯切れが悪かった。
薬を盛るような真似をしたのは申し訳ないが、これも二人の正しい未来のためだ。
ウィラードだってルーシャから解放されてシエンナと結婚できるようになった方が嬉しいだろう。
どうせ、もうすぐ婚約者でなくなるのだから責められても仕方がないが。
「これで良かったのよ……。愛されないのに結婚なんかしたって、辛いだけだもの」
覚悟は決まった。
シエンナとウィラードを、応援しよう。
彼の幸せのために。
会場に戻れば、美しく着飾ったシエンナと会話をしているウィラードがいた。
周囲には他の貴族たちに囲まれていて、注目の的となっている。
当然だろう。
今まで人々と線引きをしてきたウィラードが、人気者の美人なシエンナと一緒にいれば絵になるに決まっている。
「ねぇ、ウィラード様。一曲目はもちろんわたくしと踊ってくださるのよね?」
「ああ……今日の一曲目は、君と踊ろう」
会場に戻り、ゆっくり彼らの元へ歩いていけばそんな会話が聞こえてきた。
「まあっ、嬉しいわ!」
ぎゅっと密着するが、ウィラードは何故か離れようとした。
「少し、近すぎるかな。俺には君が、眩しすぎるかもしれない」
「ウィラード様ったら……!お上手なんですから」
どうやらウィラードは、シエンナが美しすぎてたまらない、ということを言っていたようだった。
一体どこであんな文句を覚えたのだろうか。
色気のあるその標所に、周りの令嬢たちもうっとりしている。
ルーシャには、なんだかウィラードが違う人に思えてきた。
「あら、ルーシャさん!お久しぶりですわね!」
「え、ええ……」
ウィラードより先に、シエンナがルーシャに気がついてそう声をかけられる。
やっぱりあの娘ではウィラードには相応しくなかったのだと言いたげな、周囲の視線が突き刺さった。
シエンナは嫌味を感じさせない華やかな笑顔だが、ルーシャにとってこの状況はあまりに辛かった。
「ごめんなさいね」
「……っ!」
駆け寄ってきたシエンナは、素敵な笑顔のまま、周囲に聞こえないくらいの声量でそう言った。
「でも、あなたよりわたくしの方がウィラード様に相応しいのだから、当然のことよねぇ」
悔しいけれど、何も言い返せない。
「今まで婚約者、お疲れ様でした。これからはわたくしがその役は引き受けますから」
「……」
その一言で崩れ落ちてしまいそうだった。
けれど、シエンナの言うことは間違っていない。
ルーシャにとってはシエンナにウィラードを略奪されたということでも、傍から見ればウィラードの愛を勝ち取ったのは他でもないシエンナなのだから。
「ルーシャ、これは違うんだ……!」
様子が変わったルーシャを見て、ウィラードが慌てる。
「いいえ、いいのよウィラード。あなたがシエンナさんを愛していることぐらい、私だって分かってるわ」
「ルーシャ!待ってくれ!」
ウィラードは弁明をしたいようだが、今更誤魔化したりなんかしなくたっていい。
ルーシャは彼の声を遮り、キッパリと顔を背けた。
「私たちの婚約は、終わりにしましょう。今まであなたに窮屈な思いをさせてしまってごめんなさい。もうあなたの前には現れないようにするから、どうか私を許してね」
うっかり泣いてしまっても、泣き顔を見られないようにと思って顔を背けたのだが、次の瞬間、ウィラードの言葉で思いっきり顔を上げることになった。
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを、世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
そして、冒頭に戻る。
◇ ◇ ◇
「一体どうなってるの……?」
ルーシャはすっかり、何が何だか分からないと困惑してしまった。
ウィラードは自分のことが嫌いだったはずなのに、愛しているなんて。
「ルーシャ、俺はずっと君のことが好きだったんだ。ルズベラ嬢とは、君が思っているような関係ではない!」
「そんなまさか。だってあなた、私には全然笑ってくれないし会話をしてもつまらなさそうなのに、シエンナさんといる時はずっと楽しそうだったわ。それに、さっきだってシエンナさんの美しさを褒めていたじゃない」
「あれは違う!遠回しにこれ以上近寄るなということと、化粧がけばけばしいということを伝えたかったんだ……!」
「え」
シエンナが一気に表情を崩す。
確かに、少し近すぎると言っていたし、眩しすぎるが化粧がケバいの意味でならそうなるだろう。
「で、でもダンスも踊るって……」
「『今日』の『一曲目』は、なんだ!一度だけ要求をのんでやるから、二曲目も踊るだとか、次の舞踏会でも踊るだなんてことは無いと言いたかったんだ!」
「ど、どうしてもそんなことおっしゃるのよウィラード様!」
シエンナがウィラードの腕を掴もうとするが、ウィラードはさっと身を翻して避けた。
それから、今までの涼やかな表情から想像出来ないくらいに嫌悪感を露にした表情になる。
「ルズベラ嬢がしつこいのは正直嫌で嫌で仕方がなかった」
「なんですって!?」
甲高いシエンナの悲鳴が響く。
「だが、ルズベラ嬢はルーシャの友人なのだろう。適当にあしらって万が一怒らせてしまったら、粗暴で失礼な男だとルーシャに思われないか不安で……」
(友達、ではないかな……)
何となく、見えてきた。
どうやらシエンナは、ウィラードへルーシャの友人として近づいたようだった。
友達でもなければ、それほど親しいわけでもない。
けれど、そう名乗ればまず相手にされないことはないと確信があったということだ。
ウィラードはシエンナの事が好きではなかったが、シエンナがルーシャの友人を名乗って近づいたことで、ルーシャを思うあまりに避けようにも避けられなくなったのだろう。
「直接、ルズベラ嬢にしつこいと伝えたくても、そのまま言ってしまえば傷つくと思い、こういう時は遠回しに伝えることが優しさだと教わったんだ。君の友人なのだから、丁重に扱わなければ。それに、俺が気遣いのできない男だとルーシャに思われたらと想像すると、どうにも困ってしまったんだ」
元々口数の少ないウィラードが、あんな文句を覚えてくるなんてと不思議に思っていたが、行き過ぎた気遣いの結果だったとは。
「そんなわけないわ。誰が、あなたが粗暴で失礼な男だなんてこと思うの?」
「ほら、俺は昔から、顔が怖いと周りから遠ざけられてきただろう?友人も少ないし、君を楽しませてあげられる話だってできない」
「……ん?」
何かがおかしいような。
「それで、優しくて完璧な婚約者になれるように努力をしたんだ。女性にはどんな対応をすれば良いのか、どんなことを言えば喜んでもらえるのかも学んだんだ」
自信満々な表情のウィラード。
ウィラードは遠ざけられていたのではなく、その凛とした佇まいに近寄り難いと羨望の眼差しを遠くから受けていただけだったのだが、そんなこと本人の知る由はなく、大きな誤解を生み出していた。
どうやらウィラードにはまだまだ誤解があるようだ。
「一応聞きますけど……学んだって、誰に」
「隣国で教わった。どうすればルーシャに愛される男になれるのかと、振る舞い方を身につけてきたんだ」
だから急に百戦錬磨の色男みたいなことになっていたのか。
一体誰なんだ、ウィラードにそんなことを教えた人は。
「……あなた、隣国で何を学んできたの?」
「錬金術だ」
「嘘でしょう!?それってどんな錬金術なのよ!?」
隣国、恐るべし。
なんとかため息を飲み込んで、話を続けようとする。
「ともかく、だったらどうして私にはそういう振る舞いをしてくれなかったんです?」
ルーシャに対しては、留学する前ならまだしも、帰ってきても態度は変わらなかったではないか。
やっぱり本当はルーシャのことが好きではないのだろうと問いただしてみたところ。
「それは……君があまりに可愛いものだから、緊張してしまって、練習の成果が発揮できなかった。俺の未熟さ故に、君に辛い思いをさせてしまったんだ。本当に申し訳ない。謝っても許されるとは思っていないが、どうか謝らせてくれ」
ウィラードは膝を着いて、ひたすらルーシャに謝る。
「ちょっと、ウィラード!?」
「本当にすまなかった……!君の前では緊張してしまって、どうにも出来なくなるなんて言い訳にしか過ぎないけれど、本当にそうなんだ。どうでもいい令嬢には教わった通りの対応ができるのに、君相手ではどうにもならない。好きすぎて、自分が自分でいられなくなるんだ!」
真っ赤な顔で叫ぶウィラードに、周囲は唖然としていた。
今のウィラードには凛とした貴公子の面影もなく、ただひたすらにルーシャに愛を伝えるのに必死な青年だった。
「ルーシャは俺にとって、直視することが出来ないほどの眩い輝きであり、俺の一生の希望でもあるんだ。好きすぎておかしくなるなんて、馬鹿げた話、信じてくれなくたっていいんだ。今の俺には、君の婚約者である資格なんてないんだ」
直視することが出来ないほどの輝き。
(だから、目も合わせてくれなかった……?)
長年の積もりに積もった誤解が紐解かれていく。
「君に相応しい男になろうとするあまり、俺は大切なことを見失っていたようだ……」
こんな情けない顔のウィラードは初めて見た。
それほどまでにルーシャの心を繋ぎ止めるのに必死で、言い換えれば、普段の麗しい表面を脱ぎ捨ててしまえるほどにルーシャを想ってくれているのだ。
「許してくれ、なんて言わない。だがどうか、この想いを伝えさせてくれないか。もう取り繕うのはやめる。これからは素直に愛を伝えよう」
「じゃあ、今までお茶会でつまらなさそうだったのも、手紙の返事をなかなかくれなかったのも……」
「ああ。君と二人きりなんて、緊張しておかしなことでも口走らないか怖くて、自分を律するのに必死だった。手紙も、内容を何度も考え抜いて何十枚も書き損じているうちに、返事をするのがはばかられるぐらいに時間が経ちすぎてしまった」
「そ、そんなに……」
「君から貰った手紙はひとつ残らず大切に保管してあるし、プレゼントも綺麗に飾って大切にしてあるんだ!」
「えぇ……」
どんどんウィラードの本性が暴露されていく。
それも、他でもない自分自身の手によって。
「でも、一つだけ……五歳の時にくれたハンカチは、今もずっと大切に使っている。いつだって肌身離さず身につけているんだ」
ウィラードが上着の内側から取り出したのは、色あせた小さなハンカチだった。
それを見て、ルーシャは昔それを彼にプレゼントしたことを思い出す。
ちょっと下手な刺繍は、間違いなくルーシャのものだ。
一生懸命、彼の名前を練習して作った。
大切にしてくれたら嬉しいなと、心を込めて作ったのだが、今も大切にしてくれていたなんて。
(嬉しい……本当に、ずっと使ってくれていたんだ)
「ウィラード……」
「ルーシャ、愛している。もう二度と君を悲しませたりなんかしないと約束しよう」
その真摯な眼差しは、真っ直ぐにルーシャのことを見つめてくれている。
これが、今まで隠されていた無愛想な彼の本心だった。
ノーランの言ってくれた通りに、ウィラードはルーシャのことを愛してくれていたのだ。
だがそれを良しとしない人物がここにはいる。
「ちょっと待ちなさいよ!わたくしのことはなんだって言うのよ!?」
見つめ合う二人を引き裂くように、見ているだけだったシエンナがウィラードに詰め寄る。
「君は、ルーシャの友人なのだろう?友人だから親切にするべきだと思って対応していただけで、本当に君にはなんの感情もないんだ。誤解させてしまってすまない」
「こんな女、友達なんかじゃないわよ!ふざけないでちょうだい!」
シエンナは金切り声でそう吐き捨てた。
こんな女、という言い方にウィラードが眉を顰めた。
「せっかく侯爵夫人になれると思ったのに!許せないわ!騙したのね!?」
「なっ、騙したのはそっちじゃないか!友人ではなかったのか!?じゃあ、今まで君が教えてくれたルーシャの好きな物や最近の流行り、理想の男性像は嘘だったのか!?」
「当たり前よ!そんなの知るわけないわよ!能天気に生きてるお嬢様のことなんか何にも知らないに決まってるわ!そもそも、わたくしに簡単に騙されるあなたにも責任があるんじゃなくて?」
そう言われて、ウィラードはがっくりと肩を落としてしまう。
「確かに、そう言われても仕方がないな……。俺は、ルーシャを悲しませることしか出来ない、馬鹿な男だ……」
もはや、シエンナのことは視界にすら入っていないようだった。
というより、最初からウィラードが見ていたのはルーシャだけだったのだ。
シエンナに近づくことを許したのも、少しでもルーシャの情報を得るためであって、シエンナ本人には何ら興味はない。
それをシエンナは自分に興味を持ってくれたのだと勘違いして、舞い上がっていたのだろう。
こちらを見向きもしなくなってしまったウィラードに、シエンナはギリっと歯ぎしりをしながら、人々を押し退けてダンスホールから出ていく。
(じゃあ、結局全部最初から、勘違いだったってこと……)
すれ違い、誤解したままで、ようやくウィラードの本心が明らかになった。
「ウィラード、顔を上げて」
「ルーシャ……」
いつもは凛々しい顔が、今はどこかちょっと情けなくて、くすりと笑ってしまう。
「あなたの気持ちはよく分かったわ。私たち、やり直しましょう。もう一度、最初から」
「ルーシャ……こんな俺でも、いいのか?」
「ええ、もちろん。もう一度、お茶会をして、一緒の時間を過ごしましょう。楽しくなくても、かっこよくなくてもいいの。そのままのあなたでいてね」
「ルーシャ……!」
ウィラードにぎゅっと抱き締められる。
こんな風にされたのは初めてだ。
びっくりしたけれど、その優しい温もりが心地よかった。
自分たちに必要だったのは、心を暴く薬なんかじゃなくて、お互いに向き合って話をすることだったのかもしれない。
ウィラードの笑顔を見て、ルーシャはそう思った。
◇ ◇ ◇
「やれやれまったく、世話が焼けるよ。本当に……」
会場の隅で、ノーランは事の顛末を見守っていた。
ようやくこれで万事解決だと、一息つける。
ウィラードはこちらが辟易するほどルーシャへの愛を語っていた男なのだ。
浮気なんてあるわけないと思っていたが、やはり想像通りのことになっていた。
ウィラードの恋心を利用して、その地位を狙っている女性が彼に接触していたことは知っていたが、簡単に心変わりするわけが無い。
ルーシャを言い訳に、いいようにされていただけなのだ。
(懐かしいなぁ、昔からずっとどうやってルーシャに接したらいいかって聞いてばっかりで)
研究室で手伝ってくれるのかと思いきや、ルーシャの可愛さを延々と語られるだけだったり。
ルーシャが可愛いすぎて、顔がにやけてしまうから表情を鍛えなければ、だとか言い出したり。
凛とした美しい顔も、ルーシャの好みの顔では無いかもしれないと言い出して絶望しかけていたり。
ルーシャのことになると、冷静なはずのウィラードが気狂いでもしたかのようになるのだ。
(そんなことしなくてもルーシャは君のことが好きだよって言っても信じてくれなかったしなぁ……ホント、ルーシャもウィラードもよく似てるよ)
隣国へ留学してちょっとは成長したと思っていが、肝心のルーシャへの耐性がまったく変わらないとは。
ルーシャにそれとなくウィラードは君のことが本当に好きなんだと、何度も伝えてみても、簡単には信じてくれない始末だ。
二人の間に妙な誤解があることは分かっていたが、手出しはするなと言われていたので何もしなかっただけであって、ここまで来ればさすがの自分だって手を出さざるを得なくなる。
幸せそうに寄り添う二人を見て、ノーランは踵を返していく。
それなりに素直に生きている方が、良いこともあるということだ。