最初からずっと恋のはなし
「アリシア、悪いがお前との婚約を破棄させてもらう」
「そんな……殿下、どうして……っ」
婚約破棄を告げられた令嬢が青褪め、続く言葉を言おうと口を開いた瞬間、
「なぜですのー!!!!」
どーん、と突撃してきた少女が、キール殿下の腰にクリーンヒットした。
ここダルトン王国の王城内。
賓客を持て成す為の応接室は、外国産の高価な絨毯が敷かれ家具はわざと揃いのものではなくソファの一脚、テーブルやチェストなど素材も色も違うものが配置されているというのに、それらは複雑な窓格子の隙間から入る午後の光に照られて不思議な調和を保っている。
そんな風に持て成す側の配慮の行き届いた部屋に、突如として飛び込んできた珍事。
「ぐわっ!!?」
驚いたキールはそのまま横に吹っ飛ばされ、少女は驚くような機敏さで急停止して立ち止まる。ふわりと広がるドレスの裾と、それに一拍遅れて流れる美しい金の髪。
白い白磁の肌に、整った顔立ち。王族特有の幻想的な紫水晶の瞳の美しい少女が、そこに勇ましく立っていた。
磨き抜かれた床に無様に倒れた兄王子を、妹王女は潤んだ瞳でキッと睨みつける。
「見損ないましたわ、お兄様! アリシア様との婚約は議会で決められた政にございます! それを一王子の考えで反故にしようなどとそれこそ国家反逆罪! 恥を知れ! というもの。かくなる上は実の妹であるわたくし自ら引導を渡して粛正することでしか、国とアリシア様に報いる方法はありませんわ……!!」
立て板に水の如く口上を述べ、どこかから取り出した大振りの死神の鎌のようなものを震える手で握りしめる少女。真っ青な顔で勝手に悲壮な決意を固めている。
彼女はそれこそティーカップよりも重いものを持ったことなどないのだろう、嫋やかな腕が怯えと重量の所為でぷるぷると震えている様は、携える得物が死神の鎌でなければ可憐、と言えなくもない。かもしれない。
そこに彼女を追いかけて来た男が開いたままの扉から部屋に新たに入ってきて、そのシーンを目撃すると慌てて声を上げた。
「馬鹿者が! 落ち着けミモザ!」
ぽこん! と頭を軽く叩かれて、ミモザ王女は顔を上げた。大きな瞳には涙の膜が張っていて、瞬きのタイミングでほろりと零れる。
「まぁ、ジャックお兄様……そうですわよね、ジャックお兄様はキールお兄様の側近……自ら引導を渡し己の首まで括る覚悟がおありなのね、それでこそ我が強き国・ダルトンの男子です! さ、これをお使いになって……」
そっと死神の鎌を渡されて、ジャックは無表情でそれを部屋の隅に打ち捨てる。
ガランガラン、と磨き抜かれた床に鎌が音をたてて転がる軌跡を、ミモザは上品に口元に手を当ててきょとん、と見ていた。
「ええと……ご自分で得物をお選びになりたい、という意思の表れですか?」
「キールの首を刎ねるつもりはない、という意思の表れだ、馬鹿」
ジャックは眉間に皺を寄せたが、ミモザはシリアスな表情になる。
「ジャックお兄様まで国家反逆勢に加担なさるなんて、わたくしは悲しゅうございます!! やはり身内の恥は身内が始末をつけるべきですわね……! わたくし、初めてですが頑張りますわ!」
決意も新たに素早く死神の鎌を拾いに行こうと向かう小さな体を、それよりも早くジャックが捕まえる。
ぐいっと華奢な腰を抱かれてしまい、ふわりとミモザの足先が浮いた。じたばたと暴れるものだから宝石のあしらわれた靴を履いた小さな足が露になり、ジャックはそれを隠すようにそっと彼女を降ろす。
が、声は厳しいままだ。
「落ち着け、暴走娘! まず話を聞け!」
「そうやって悠長に構えていて、逆賊を逃がしたらなんとなさいますっ!」
もはや実兄を逆賊扱いである。
「その思い込みが冤罪を生んだとは考えられんか」
鋭く言い返されて、ミモザはハッとなった。
ジャックからすればひどい茶番なのだが、この斜め上方向にスタートダッシュする癖のある少女を一応止められたことに内心安堵する。
「そうですわね……最高裁でも、判事様は最後の情けで罪人に申し開きがあるかどうか尋ねるものですし、わたくしがここで短慮に及んでは王族の恥の上塗りですわ……」
既に十二分に短慮に及んでいるのだが、せっかく収まった噴火を再び誘発する気のないジャックは沈黙を貫く。
その間にミモザ付きの従僕がやってきて、ぺこぺこ頭を下げながら死神の鎌らしき凶器を片付けていった。凶器が犯人の傍から遠ざけられたことに、一同はどっと安堵する。出来れば二度と王女の手に渡らない場所に持っていって欲しいものだ。
さてと仕切りなおして、その部屋に二脚ある一人掛けのソファにそれぞれキールとアリシアが座り、ジャックはミモザの腰をがっちりと片手で抱いて二人掛けのソファに座った。
言うまでもなく彼女が暴走した際に止める為だが、ミモザは華憐なかんばせを不思議そうに傾ける。
「ジャックお兄様、わたくし羊ではありませんのよ」
彼女の色気のない脳裏には、いつかの視察で見た牧草地で羊飼いに抱きかかえられた子羊の姿がプレイバックしていた。
「…………」
何言ってるんだろうコイツ、という目でジャックはミモザを見たが返事はせずに他の二人に顎をしゃくってみせる。
「アリシア嬢。突然のことで驚いたと思う、どうにもダルトン王族は短絡的でいけない」
「……ジャック、ひょっとしてそれは俺のことも貶めているのか?」
ギギギ、と錆びついた音をたてるかのようにぎこちなくキールはジャックの方に首を巡らせたが、あっさりと頷かれて頭垂れた。残念ながらこの場に彼を弁護する者はいないだろう。
「理由も話さず突然婚約破棄宣言だなんて、お前の暴走妹と同レベルだ馬鹿。アリシア嬢に事の経緯をきちんと説明するべきだろうが、馬鹿が」
「二回も馬鹿と仰ったわ……」
落ち込む兄を見つつ、ミモザは口元を両手で覆う。
侯爵令息であるジャックは、ミモザの兄・キールの乳兄弟であり側近も務めている。二つ年下のミモザと三人纏めて幼馴染として育ったが、ジャックだけはどこで学んでくるのかどんどん口が悪くなっていくのだ。
ちなみに彼女自身のこともジャックは先程馬鹿と散々罵ったのだが、自身に言われたことには頓着していないらしい。
「……では殿下。説明していただけますか、何故わたくしとの婚約を破棄なさろうとしておられるのか」
そう切り出したのは、キールの婚約者であるアリシアからだった。
アリシア・ローズはダルトン国の公爵令嬢である。幼い頃より第二王子であるキールと婚約を結んでいて、情熱的ではないものの穏やかな愛情で結ばれていた。
それが近頃何故かキールの様子が余所余所しくなり、王城での定期的な逢瀬も欠席されることが増えていた。でもまさか突然婚約破棄を突き付けられるとはアリシアも思っておらず、まさに今日の出来事はミモザの暴走も含め驚天動地の出来事である。
キールはしばしどう説明したものか視線を彷徨わせていたが、やがて覚悟を決めて真っ直ぐにアリシアを見つめた。
「実は、国庫に手を出してしまったのだ」
「粛正対象ー!!!!!」
突然ミモザが叫び、立ち上がる前にジャックに着席させられる。
「お兄様が!! お兄様が、女性の心を弄んだだけではなく、民から預かった大事な国費に手を付けていただなんて……! そんな大罪見過ごすわけにはいきません、これはわたくしの首も差し出し民に詫びるべきでは……!」
「ダルトン王族は本当に……!」
がつっ、とミモザの口を大きな手で塞ぎ、ジャックは忌々し気に唸る。
片や妹は不必要に饒舌で、片や兄は説明下手。手の焼ける二人の幼馴染に生まれたことに、ジャックは割と親を恨んでいるのだ。
キールの四歳年上の第一王子、王太子殿下は物静かで理知的な人なのに。
「……そもそも俺は王子なんて柄じゃないのは、アリシアも知っているだろう? それで、自分の力で出来ることを模索していこうと最近投資を始めたんだが……それが上手く行かなくて……」
「それで国庫に手を付けてしまった、というわけですか……」
アリシアもさすがに事の重大さとキールの軽率さに青褪める。
「正確には手を付けたのは、臣籍降下する際にキールに渡されることになっている財産だ。現在も議会の承認を得ればある程度はキールが動かすことを認められてはいるが、今回はその承認を得ずに使用したことが問題だ」
ジャックが鹿爪らしく言うと、口を塞がれたままミモザは慄いた。口を塞いだままで正解である。
「ギロチン……?」
それでもジャックの掌の中で小さく囁かれた言葉を、彼は丁寧に無視した。
「過激で短絡的な奴は首を刎ねろと言うかもしれんが、小金の横領でイチイチ殺していたら、血が絶える。状況を鑑みてキールの身に直接的な刑の執行はないが、当然罰は与えられることになった」
さらりと短絡的、と貶められたミモザだが、慄き続けている為そこに反応はない。彼女は今やジャックに抱きかかえられるようにして呆然としていた。
沈痛な雰囲気の流れる三人に、ジャックは溜息をつく。何も命が取られるわけではないのだから、もう少し理性的に話が出来ればいいのだが。
「罰として、五年間王都の北の地を管理することが決定した」
北の直轄領は、痩せた土地であり魔物も多く出る為危険な地として認識されている。古くから辺境伯と王都から派遣した管理人が協力して治めているが、その難しい役目を課されたというわけだ。
ちなみに本来側近であり主を諫めるべき立場にあるジャックだったが、キールが完全に独断で行ったこととジャックには他にも「重要な役割」がある為、彼には咎めはなかった。
「そのような危険な土地に……キール様!」
アリシアは思わず、といった様子でキールの手を握る。
はっとしたように、キールの方でも彼女の手を握り返す。どこか甘く痺れるような雰囲気が二人に流れ、一人オロオロとしているのはミモザだけになったので何か哀れでジャックはその小さな頭を撫でた。
「……そういうことなんだ、分かるだろうアリシア。横領をした王子と婚約などしていては、君の評判に関わる。明日、このことが公表される前に君との婚約を破棄しておけば、後は知らぬ存ぜぬで通せば咎は……」
「馬鹿になさらないで」
アリシアはそこでハッキリと言った。それから改めてキールの手を両手で握りしめる。
「わたくしはあなたの婚約者、妻になる者です。妻とは、都合の良い時だけ夫の味方をするのではなく、悪い時も共にいる者のことですわ。キール殿下が北領地に送られるからといって、己可愛さに切り捨てるような女だと見縊らないでくださいませ」
毅然としたアリシアの言葉に、キールは感動する。
「……しかし」
「皆まで仰らないで。一緒に参りますわ、わたくしはあなたの婚約者ですもの」
二人はそこで熱く見つめ合い、一層手を握り合う。
ミモザはもう感動のスタンディングオベーション状態だった。強制的に座らされてはいたが。
二人を邪魔してしまわないように、と音が出ないように拍手をしながら熱く目を潤ませている。さすがに口元から手を離したもののジャックはしっかりとミモザの腰を抱き、行儀悪く組んだ膝の上に小柄な彼女を座らせていた。
「素晴らしいわ……アリシア様! これぞダルトンの淑女の姿……わたくしも見習いとうございます……!」
小声で叫び感動にむせび泣いていても不細工にならないのは、元の造形が整っているからだ。呆れながらジャックはミモザにハンカチを差し出し、彼女はそれを有難く受け取って目元を拭う。
「あ、わたくしが刺繍したハンカチ! 使ってくださって嬉しいわ」
「ああ、うん……」
一瞬、しまった、とジャックは顔を顰めたが、見つめ合う婚約者同士とそれに感激している少女しかいないので幸い誰にも気付かれなかった。
というわけで。
翌日にはキール王子殿下の横領は細部に至るまで詳らかに公表され、当然国民から多大なるブーイングを浴びたものの、幼い頃からの婚約者・アリシア嬢の献身も公表内容に入っていた為彼女のおかげで少しだけ批判は軽減された。
また彼らがすみやかに荷を纏めて北領地へと出立したこともあり、国民の反感は長くは続かなかった。
ちなみにこの後、投資にすら失敗して横領した馬鹿王子のレッテルを貼られたキールに北領地の管理が出来るのかと不安視されてもいたのだが、屈強な辺境伯と肝の据わったアリシアのサポートのおかげで彼はそれなりに北領地の管理人として成功する。
五年の任期の後もその功績を認められて北領地で管理人として過ごすことになるのだが、妻となったアリシアには尻に敷かれっぱなしだった。
しかしそれはまだ未来の話。
罰として流刑になるわけだから、王子が赴任するからといって盛大なお見送りのパレードなどが行われるわけではない。
キールとアリシアの出立はよく晴れた日の朝で、一行は王都の北門からひっそりと出て行った。
長く続く、馬車を含む隊列を城門の上からこっそりと見送りながら、それでもまたミモザは寂しさに目を潤ませていた。愚かな男ではあるが、キールは彼女の兄である。
一人の兄としては、彼にも良いところはたくさんあった。
「……どうぞお元気で、キールお兄様、アリシア様……!」
今日は自分で持参したハンカチで目元を拭う彼女の隣には、背の高いジャックがいる。彼は正式にキールの側近の任を解かれ、今はちゃっかり王太子の側近となっているのだ。
「ジャックお兄様は本当にご一緒なさらなくてよかったの? キールお兄様ととても仲がよかったではないですか」
「ああ、まぁ最初からキールが臣籍降下する時は王太子付きになるのが決まっていたしな。キールを一人で北領地に送るのは不安だったが、アリシア嬢があの一件以降立派に手綱を握ってくれているので任せることにした」
「なるほど……困難が二人の絆を強固なものにしたのね……!」
またもやお手軽に感激しているミモザに、ジャックは思わず笑う。
「……ああ、本当にダルトンの王族は簡単でいけない」
「まぁ。王族批判ならば見過ごせませんわ、お兄様」
珍しいジャックの笑顔に見惚れていたミモザだったが、慌てて拳を握る。そんな小さく嫋やかなものでは、ジャックに傷一つ付けることは出来ないだろう。
しかし、実のところミモザはジャックに対してのみ非常に有効な武器を持ってはいるのだが。死神の鎌などではなく、もっとずっと簡単な方法で。
「いや、お前個人のことを馬鹿にしてるんだ」
「なんという直接的な罵倒……!」
両手で口元を覆って、ミモザはショックを受ける。思考が複雑かつ腹黒いジャックに比べればそりゃあ自分は単純でもの知らずだろうけれど、それでも言っていいことと悪いことがある。
何かに夢中になっている時は頓着しない言葉だが、さすがに二人きりの時に馬鹿と言われては腹も立とうというものだ。
「ジャックお兄様の意地悪。わたくしだって、お兄様のことなんか嫌いです」
「それは困る」
ぷい、と顔を背けたものの、ちらりと見遣ると仏頂面をしているジャックに思わずミモザは笑ってしまう。
「いつも言ってるだろう、嫌いとは言うな」
「あら、でしたらわたくしのことを馬鹿と罵るのもおやめになって」
ミモザが唇を尖らせると、それを摘まんでジャックは器用に片眉を上げた。
「事実を指摘することを止めろと言われてもな……」
「でしたら、わたくしだって、お兄様のそういうところが嫌いなのは事実ですから、やめませんわ!」
むきになって言い返すミモザに、ジャックは溜息をついて彼女を抱き上げる。長いドレスの裾が彼女の体に添って重力に従い、今日はその小さな足元まで覆い隠した。
それを満足げに見遣って、彼はミモザの唇にキスをする。
「…………今、そんな雰囲気ではありませんでしたわ」
つん! とミモザは顔をそっぽに向けるが、降ろせとは言わない。ほんのりと頬を赤くしているのが、また愛らしい。
その様をとっくりと眺めて、ジャックは口を開いた。
「王太子殿下の側近になる時期が早まったことと、第二王子が城から離れたことを鑑みて王族の地盤強化を急ぐことになった」
「うん……?そう……キールお兄様は実質継承権を失くしたようなものですものね……勿論大切な御身ではありますけれど」
ダルトン現国王には息子が二人、娘が一人しかいない。つまり、王太子に何かあった場合の為に備えて、まだキールから正式に継承権を剥奪するわけにはいかないのだ。
「だからミモザ、俺とお前の結婚が早まることになる」
「まぁ……」
驚いてミモザは目を丸くした。
そう、ジャックはミモザの婚約者なのだ。兄の乳兄弟であり、侯爵令息である彼はその優秀さも認められていて将来は王の側近となる身だ。
ダルトンのたった一人の王女、ミモザを娶るに相応しいと選ばれ、彼は愛する少女と婚約したのだ。
ただ、ミモザがまだ年若い十六歳であることや第二王子キールが成婚していないことなどが理由で、結婚自体は数年後だと思われていた。
「……やっと名実共にお前が俺のものになるな」
「あら、ジャックお兄様がわたくしのものになるのですわ」
ふふ、とミモザが幸福そうに可憐に微笑み、ジャックの頭を抱きしめた。
「嬉しいです」
「ああ……」
うっとりと恋人達はしばし幸福を堪能した。が、ミモザはハッとして体を離す。
「ジャックお兄様……あなた、まさかこのことを狙ってキールお兄様の横領を見逃した、なんてことはありませんわよね?」
じろりと彼女が睨みつけると、ジャックは大変心外だとばかりに睨み返す。
「国に仕える臣たる俺が、結婚を早める為だけに国庫の横領を見逃すとでも? そんな男だと思われていたとは、これは随分な侮辱だ、大層傷ついた」
「あっ、あっ、さすがにそこまではなさらないわよね……いくら腹黒いジャックお兄様でも」
「ミモザ?」
「うっ……疑ってごめんなさい」
ミモザは素直に謝ると、お詫びのキスを彼の頬に贈る。それを受け入れて、ジャックはもう一度彼女を抱きしめた。
ミモザはジャックにお詫びのキスをすると、彼の瞳を覗き込む。
彼女の紫水晶の様な瞳が心の奥底まで見透かしてくる様な気して、ジャックはわざとにっこりと笑ってみせた。
「あ、何か嘘くさい!」
「嘘くさくない。失礼だぞ」
ジャックはそう言ったが、こう言う時のミモザの勘は正直非常に当たる。キールの横領を誘発してはいないものの、何か含みはあるのだろう。
ジロジロとミモザはジャックを睨んだが、ここで説明してくれる男ならば彼女もこれほど疑ったりはしない。
「……まぁいいわ。じっくり聞き出してみせますわ」
「時間はたっぷりあるからな」
ジャックは余裕たっぷりに唇を吊り上げる。意地悪な恋人を見遣って、ミモザは宣戦布告のキスをもう一度彼に贈った。
ジャックの名誉の為に言っておくと、彼はキールに投資を勧めただけである。
元々優秀な兄と非凡な妹に囲まれて、美しい淑女の鑑の様な婚約者を持ったキールは己の凡庸さ加減を嘆いていた。ジャックは武術や学問でさほど彼が劣るとは思えなかったが、キールは真面目で思い込みの激しい性格故に近頃は本当にそのことで思い詰めていた。
何か良策はないだろうか、と聞かれてそれでは投資はどうだろう、と提案したのだ。
物理的な危険はないし、世情を知るのにも適している。そして何より、こう言っては何だが失敗しても失うものは金だけだとジャックは考えていたのだ。
だが、思い詰めていたキールは投資に失敗すると、今度はジャックに相談せずに国庫から横領をしてしまったのだ。これには後から聞いたジャックも開いた口が塞がらなかった。
いくら何でも、思い詰めすぎだろう。
しかし結果的にアリシアと打ち解けることが出来て、これからは彼女に何でも相談すると約束させられていたので、今後は心配ないのかもしれない。
ジャックとしては、キールが自信をつけてアリシアとの長い婚約期間に終止符を打ち、さっさと結婚してくれないだろうか、と言う目論見もあるにはあったのだが、事は彼の思惑を外れて急展開で進んでしまったのだ。
実を言うとその程度で、ミモザが懸念する様な暗躍はしていないのだがジャックは口を慎み深く閉じておくことにした。
何せそうしておけば、まるで鉄砲玉の様にあちこちに飛び出していく暴走癖のある恋人が、ジャックの傍に自主的に留まってくれるからだ。
華奢な彼女を地面にそっと下ろし、風に靡く麦わら色の髪を梳いてやるとミモザは嬉しそうに笑う。
「なぁに?」
「何が」
問われたことが不思議でジャックが尋ね返すと、ミモザはこの上もなく美しく笑った。
「だってあなた、笑っているのだもの」
彼女の言葉に、自覚のなかったジャックは目を丸くする。
「そんなにわたくしと、早く結婚出来るのが嬉しいの?」
「ああ、嬉しいね」
何せミモザに恋をしたのは、もう随分前の少年の頃だ。
それから数年。婚約してからだって随分と待たされた。
「ジャックお兄様ったら、実はかなりわたくしに恋をしておられるのね」
ふふ、と微笑まれて、今度はジャックの方からミモザにキスを贈った。
「そう、これは最初からそういう話だ」