表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/189

第九話 食事改善がしたい 後編


「リア、塩がなければ味がしませんよ……?」


 サラがあり得ないと言った表情でわたしを見つめてくる。なぜそんな顔をしているのか理解できず呆気に取られてしまう。


「リア……? 味のない料理はちょっと……」


 とても困ったように言うサラを見て、やはり素材の旨みを活かす調理法が浸透していないことがわかる。確かに今まで親しんできた味に慣れているならばわたしが言っている塩を減らすのはあり得ないことなのかもしれない。

 しかしここでめげては美味しい食事にはありつけない。夜にはまた部屋を抜け出して解読作業にせっせと(いそ)しまなければならない。


「やめておいてよ、私たちのご飯でしょ?」


 アモリはとても迷惑そうに言う。わたしも知らない側ならば止めていたが前世で旨味をさらに引き出す方法を知っているので引くわけにはいかない。


「じ、じゃあ、わたしのご飯だけ塩を減らしたスープにさせてください! 本当に……、お願いします!」


 必死になって懇願する。そんなわたしの様子にサラはどうしようかとじっと見つめている。


「わたしの分の材料を貰えたら自分で料理するので、みんなには迷惑かけません……! 本当に本当にお願いします!」

「……そ、そこまで言うなら……」


 わたしの押しに若干引き気味になったサラは渋々と承諾してくれた。


 やったあ! 美味しい食事にありつける!


 許可が出たことが嬉しくてわたしはぴょんぴょんと跳ねてしまう。そんなわたしの様子を見てアモリはもうついていけないと止めもせずただ見つめている。

 わたしは上機嫌で(かまど)の方へ案内してくれるサラに付いていく。アモリも仕方なしにわたしの後ろに付いて歩く。


「この鍋が余っているのでこれを使って。食材はもう切ってるから。……本当にいいの?」

「はい! ありがとうございます!」


 再度確認してくるサラにわたしは快活に返す。サラはやれやれと言った具合に一人分の少ない食材を器に入れて置いた。そして大鍋に向かってわたしたちが処理したパパタタの実を鍋に入れてかき混ぜ始めた。わたしの調理が気になるようだが仕事をしてしまわなければならないのだろう。


 よーし、前世での一人暮らしの成果を見せてやる!


 文字解読に憧れ、それを学べる大学は少ないので大学からは上京してずっと一人暮らしだった。仕送りはあったが心許なかったので自炊をして節約していたので料理はできると自負している。

 わたしは腕捲りをし分けてもらった油を鍋に入れた。そして火をつけようとしたがやり方がわからない。


「それはここを切り替えると……」


 困っているわたしにサラが竈に不自然についている切り替えボタンのようなものを押すと、ボッと青い火が灯った。わたしは驚いて声を上げてしまった。


「この竈は魔道具なの。マルグリッド先生に魔力はすでに込めてもらってるからわざわざ火を起こさなくてもいいのよ」

「すごい……」


 まるで前世で使っていたガスコンロだ。精霊道具はそういうものも作れるのかと感心していると、油が温まり水のように溶けていく。わたしは慌ててパパタタを含むカットされた食材を鍋に入れた。

 じゅわーっと水分が蒸発する音を立て、ほんの少し焼けた香ばしい香りがする。わたしは木べらを手に取ると軽く火が通るまで炒めた。


「いい匂い……」

「なぜスープ作りなのに炒めるの?」


 香ばしい香りに釣られてアモリとサラが興味津々に寄ってきた。


「炒めることで食材の旨みを引き出せるし、スープにしても形が崩れにくいんです。炒めることで甘みも出るのもあるので」

「そうなの……」


 説明すると二人は驚いて見ている。わたしは器に適量の水を入れ鍋に入れた。熱せられた鍋に水があたりじゅっと蒸発する音がした。このまましばらくすると水も温められ沸騰したので塩の袋に手を突っ込んで塩をひとつまみ入れた。あとはそのまま煮込んでおけば野菜の旨味がぎゅっと詰まったスープになるはずだ。コンソメがないのが残念だがこの世界の残念なスープよりマシだろう。


「皿に盛らないの?」


 アモリがきょとんとして尋ねる。わたしは火加減を見ながら言った。


「しばらく煮込んだ方が美味しくなるの。その間サラ姉ちゃんの手伝いしよう。……サラ姉さん、何か手伝うことありますか?」

「ふーん……。姉ちゃん何かある?」

「机ごとにスープを配るからお皿を用意してくれる? こっちはもうできたかな」


 そう言ってサラは火を止めた。パパタタを入れてあまり時間が経っていないが、実が小さいので火も通りやすいのだろうか。

 わたしは返事をすると皿が置いてある方にいき、陶器の皿なので割らないように慎重に取り出した。それをアモリに手渡し、残りの皿を持った。


「ここに置いたらいいですか?」

「ええ、ありがとう」


 サラはそう言って微笑むと杓子(しゃくし)でスープを掬い、湯気の立つ熱そうなスープを皿に入れていった。アモリはスープが入った皿を持って配膳しに出ていった。わたしは自分の作ったスープの様子を見て大丈夫か確認すると、アモリと同じようにスープの入った皿を持って調理場を出た。


「みんなー朝食だよー!」


 食堂に戻るとアモリが食堂にいるみんなに声をかけていた。小さな子たちが嬉しそうな声を上げながらアモリに近づいていく。アモリは机の上に皿を置いて小さな子たちの目線に合わせて屈んだ。


「手の空いてる子は調理場に取りに行ってねー」

「はーい」


 元気の良い返事をして子どもたちは調理場に駆けて行った。わたしはそれを見送ると皿を机の上に置いて配膳する。


「リア姉ちゃん、あ、ありがとう! ……あれ、リア姉ちゃんの分、は?」


 空になった盥を持ったロジェが声をかけてきた。体を拭き終え、入っていた湯を捨てたのだろう。


「わたしの分は別にあるの。ロジェはこれね」

「あ、ありがとう。て、手伝おうか?」

「うん。レミと一緒にコップとスプーンを持ってきてくれると助かるな」

「わ、わかった!」


 ロジェはレミを誘って行った。その後ろをギィが付いていく。すぐに準備ができるだろう。


 そろそろ、かな?


 わたしは調理場の方を見る。あまり時間は経っていないが、少し煮込むことができた。なので鍋の元に戻り、あとは仕上げをすることにした。

 調理場に戻ると皿を持った子どもたちで賑わっている。サラはどんどんスープを入れて子どもたちに手渡していた。

 わたしは竈の方に行き、スープの様子を見た。


 本当はもう少し煮込みたいけどまあこんなものかな。


 グツグツと煮え、具材の角が丸くなっている。火がきちんと通っていることを確認すると杓子を手に取りスープの味をみた。少し塩を入れたが薄いので味を引き締めるためにもう少し塩を足した。


「うん、いい感じ」


 念のためもう一度味をみると優しい味のスープになっていた。久しぶりの旨みのある食事ににんまりとしてしまう。


『ふあ〜〜、いい匂い……』


 大きな欠伸をしながらイディがふわりと現れた。昨夜は遅くまで起きていたので今まで眠っていたのだろう。早く起きなければならないわたしとは違ってイディは遅くまでゆっくりと眠ることができるので正直羨ましい。代わって欲しいくらいだ。

 わたしは横目でイディを見るとそのまま自分の皿にスープを入れた。湯気からいい匂いがしてわたしは思いっきり匂いを吸い込んで堪能する。


『これ、リアが作ったの? 美味しそうねー。ワタシも食べたいー!』

「少しあげるからあとでね」


 独り占めするには量も多いのでここは素直に分けてあげることにした。しかしみんながいるので朝食後になると思うが、それは仕方がない。それくらいは我慢してもらおう。

 キラキラと目を輝かせたイディはぶんぶんと鍋の周りを飛んでいる。わたしは湯気立つ皿を持って食堂に戻った。


 戻るとほとんど配膳は終わり、みんな席に着いていた。外で体を清めていた男子も食堂に呼ばれたのか来ていた。わたしもそそくさと早足で自分の席に行き座った。その後ろから前掛けを外しながらサラが小走りでやってきた。そして前の方に来るとみんなの方を向いた。


「それでは恵みに感謝していただきましょう」


 サラがそう言うとわたしは両手を組んだ。みんなも同じように両手を組み祈りを捧げた。ここではこれがいただきますの合図だ。

 そして各々食事を始めた。スプーンを持ちスープを飲んだり、パンを千切って食べたりしている。わたしもスプーンを持ち、一生懸命作ったスープを掬い口に運んだ。


「おい、しい……」


 野菜の旨味が口の中に広がりあまりの旨さに思わずため息をつく。塩で味を締めている程度の味付けなのでさらに美味だ。久しぶりの旨味にスプーンの進みが速くなる。


「そんなに、美味しいの?」


 隣でサラが作っていたスープを食べていたアモリは怪訝な顔をしてこちらを見ていた。わたしは大きく頷いた。


「こっちの方が断然良い。食べてみる?」

「え……?」


 行儀は悪いが食べてみてもらう方がこの美味さを分かってもらえるだろう。わたしはスプーンを差し出した。

 アモリはわたしとスープを交互に見て躊躇っていたが意を決したようにスプーンを取るとスープを口に入れた。


「!」


 入れた瞬間アモリは目を見開いて固まった。そしてもう一度スープを掬ってまた一口。


「何なの、これ……。いつものスープと違って美味しい!」

「そうでしょうとも」


 アモリの言葉にわたしは誇らしげに頷いた。いつもの無味のスープと一緒にされちゃ困る。


「何っ? どうしたの、アモリ姉ちゃん?」

「リアねぇちゃのスープなんでのんでんの?」


 レミとギィが興味津々に尋ねてきた。アモリはスープに濡れた口元を拭いた。


「リアのスープがすっごく美味しいの! リアがね、スープの塩を減らしたがってたから別で作ったんだけど……」

「えー! そんなの美味しくないよー」

「それってだいじょうぶなの?」

「食べたら分かるよ! いいよね!?」


 アモリが目を輝かせてこっちを見てきた。わたしは黙って皿を二人に差し出すと、レミとギィは自分のスプーンでわたしのスープを掬って飲んだ。


「何これ! 美味しい!」

「リアねぇちゃ、すごいっ!」


 味わったことがない旨味に二人は感動して喜んでいる。わたしはその様子が微笑ましくて目を細めた。


「塩って少なくともいいのね! どこでそんなこと知ったの?」


 アモリはスプーンを返しながら尋ねてくる。馬鹿正直に前世で習いました、と言っても信じてもらえないのでどう言おうか悩む。孤児院で育っているので親に教えてもらったも通じない。考え込んでいると隣に涎を垂らしていたイディが目に入った。


「……精霊が、ね」

「精霊? 何それ」


 訳がわからないと言った表情をしているがそれ以上突っ込んでこなかったので何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろした。

 レミとギィがまだ欲しいと目を輝かせて見ていたが、これ以上わたしのスープを食べられるとお腹が空いてしまいかねないのでわたしは二人の熱い視線を無視してパンを口に入れてスープで流し込んだ。口の中のパンにスープが染み込んで美味しい。


 次はパンかなあ……。ふわふわにするには酵母がいるなあ…。他に野菜炒めもいいかも!


 次の料理の構想をしながら満足して食事を終えることができた。この調子で食事改善を進めていきたいところだ。


強行突破?してスープを作り上げたオフィーリア。

いつもの残念なスープでなく、旨みのあるスープにご満悦です。解読作業を早くしたいと思うでしょうね。


ブクマ、応援ありがとうございます!

執筆の励みになります。


2021/10/11追記

塩の扱いについて変更しています。混乱させてしまってすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ