第二十九話 コンラディンという国王
コンラディンはいきなり本題に入ってきた。普通、世間話とかもう少し褒めの言葉とかを入れてから切り出さないか、と思いつつも、わたしは「わかりました」と得意ではない営業スマイルを浮かべながら答えた。
王族にとって褒めの言葉などおまけに過ぎないのだ。何故わたしが十五の壁を打ち破る方法を発見したのか聞きたくて聞きたくて仕方がなかったのだろう。長年、研究者である王族ですら発見できなかったことなのだから。
わたしはすう、とゆっくりと息を吸い、自分の気持ちを鎮める。そしてヴィルヘルムと事前に打ち合わせした内容を振り返りつつ、話し始めた。
「報告されているとは思いますが、この発見自体、奇跡のようなものです。わたしの同年代の友人がある日急に倒れ、死に石化しました。わたしはその友が救われないか精霊に祈るような気持ちで、弱りゆく友を見ていました」
わたしは友と呼んだ天真爛漫なアモリのことを思い出す。彼女の手足が死人のように白くなっていく様は今、思い出しても恐ろしいものだ。
ヴィルヘルムは今回の返答について、事実の中に嘘を混ぜ込もうと提案してきた。嘘で塗り固めてしまうとどこか矛盾が生まれてしまいがちだ。しかし本当のことの中に隠すべきところに嘘を混ぜ込むことで、まだ信じてもらいやすいそうだ。特にわたしは表情が顔に出やすい。そんなわたしに嘘をぺらぺらと吐き出させ続けるのは隣で聞いていて胃が痛くなるそうだ。うん、酷いこと言われているのはわかるけれど、その心配はまあ仕方がないと思う。実際にずっとヴィルヘルムや家庭教師らに指摘されていることだし。
わたしの話をコンラディンたちは食い入るように聞き入っている。わたしはその様子に軽く緊張しながら続ける。
「ですが、ある夜のことです。夢見の中である女性が枕元に立ちました。その女性はとても美しい女性で、この世のものではないと思いました。そして言ったのです。『友を助けたければ、魔力を流し、石になりかけている部分を溶かすのです』と。本当かどうかは疑わしかったのですが、やらないよりやった方が良いと思い、夢から覚めた後お医者様にわたしはそう頼み、実際にやってもらうと友の死に石化が治ったのです!」
マルグリッドに話した時は回復したこと自体が奇跡のように話したが、その時は自分の立場が平民という弱い立場であったし、相談相手もいなかった。今回はヴィルヘルムという心強い味方との相談の結果、夢のお告げであったことにすることにした。
子どものわたしがたまたま発見した、ということでは研究者である王族は表面では喜んでも納得はしないだろうとのことだ。確かに未解読文字を解読のかの字も知らない子どもに「たまたま解読できました」と言われたら複雑な気分にはなる。
「……では、今回の発見は其方の夢のお告げということか? その女性はどのような女性だったか?」
「深緑の美しく長い髪に様々な木の葉を集めた髪飾りをつけた女性でした。とても若かったです」
フリードリーンは思っていた答えではなかったのかあからさまにがっかりしている。しかしその夢の女性には興味があるのかそのことを聞いてきた。これは聞かれると事前に予想していたので、シヴァルディの容姿を伝えた。具体的なので脳裏にシヴァルディを思い浮かべるとスラスラと言いやすい。
するとコンラディンの笑顔がさらに深まった気がした。元からニコニコと笑う紳士だったが、何かを誤魔化すような笑顔だ。
「その女性の瞳は、何色、だったのかな?」
シヴァルディのことをよく知りたいのかコンラディンは顔の前で手を組み、両口端を吊り上げて尋ねてくる。貼り付けられた笑顔だ。わたしは「翠色でした」とさらりと答えると、コンラディンは「そうか。それは美しい女性だな」と笑った。わたしもそれに合わせて笑顔を向ける。
そしてわたしも確信する。
このコンラディンという国王は、シヴァルディという精霊を知っている、ということを。
しかしシヴァルディは現国王を知るはずなく、姿を見せる許可すら出していないはずなので、精霊のことが書かれてある資料が残っていてそれを読んでいる可能性がある。それか実は既に別の精霊を呼び出しているとか。それならば権威の象徴なので公表するか。結局は向こうが明かさない限り、予想しかできない。
「夢のお告げでは今後の研究の参考にはなりませんが、多くの子どもたちを救う方法が広まることになるのでそれはそれで良いことですね。オフィーリア、本当に良い発見をしてくれました。私からも礼を言います」
「勿体ないお言葉です」
ニコニコと笑顔を浮かべているコンラディンを横目にブルクハルトはわたしに笑顔を向けた。コンラディンは何かを知っているようだが、この男はどうだろうか。フリードリーンの態度は明らかにがっかりとした様子なので、この男は確実に精霊のことは知らないようだ。王太子ならば国王になるための教育を受けているため、ブルクハルトも同様に精霊のことを知っているのかもしれない。しかし今の言動からは何もわからない。さすが王族だ。
「今回の会議で十五の壁を打ち破る方法を公表しました。ジャルダンの願い通り、オフィーリアの名前は伏せていますが」
「こちらの願いを聞いていただきありがとうございます。オフィーリアは上位貴族に養子に入ってから日も浅いので、注目されることは避けたかったのです」
そう言えばアルベルトが会議の報告として、十五の壁を打ち破る方法の提示があったと言っていた。名前を公表するとその分他領からも目を付けられるので、わたしの名前とその領地は伏せたとも。
ヴィルヘルムの感謝の言葉にブルクハルトは首を横に振り、「気にせずとも良いのです」と謙虚な姿勢を見せた。そしてブルクハルトは爽やかな笑みを浮かべ、わたしを一点に見た。
「こちらとしてもオフィーリアの功績を公表できないのは歯痒いですが、ジャルダンの申し出ならば仕方がありません。ですが、何か褒美を与えたいです。……例えば、王族との婚約などは?」
「婚約、ですか?」
はい……?
ヴィルヘルムの問い返しにも若干の動揺が含まれているのがわかる。謁見に行ったら婚約を申し込まれた、なんてそんなこと予想できただろうか。ブルクハルトの顔は笑っているが、目は笑っていない。
『リア、この人たち……怖い』
隣でイディはぶるりと震えた。ブルクハルトが何かを企んでいるということはわかるが、婚約を申し込んだ意図がわたしにはわからない。事前に決めていたことなのか、わたしの受け答えを聞いて急に提案してきたことなのかわからない。わたしはちらりとヴィルヘルムを見た。
「オフィーリアの功績を公表しなかったのでジャルダン領以外は王族の研究成果だと思うでしょう。それではジャルダン領に旨味がない。それならば王族との縁ができる方がジャルダンも今後、動きやすいでしょう?」
「有難い申し出ですが、王族の方が気に病む必要はありません。このこと自体、私が願ったことですし、オフィーリアには既に婚約者がいますので」
ヴィルヘルムは下手に出ながらも、はったりをかましつつ提案を一蹴した。ジャルダン領、ヴィルヘルムの利益だけを考えたら、わたしを差し出した方が良いに決まっている。ちなみにわたしには婚約者は存在しない。しかしそうしないのはおそらく、わたしの気持ちを考えてのことだろう。
ブルクハルトは「そうですか。根回しもしていませんでしたし、急に申し出て申し訳なかった」と一言言うと、すぐに引き下がった。コンラディンも「早急すぎだ」と彼を窘めている。この二人には要注意だ。
「ではまた夢のお告げがあればぜひ教えてくれ、オフィーリア」
「はい、喜んで」
コンラディンの締めの言葉にわたしは笑顔で答え、今回の謁見は終わりを告げた。
ゆっくりと後退し、わたしたちは部屋を出た。そして謁見の間に繋がる扉が閉まった瞬間にずっと空気だったアルベルトが息をはーっと吐いた。緊張していたのだろうか。威厳があったもんなあ……。
「まだだぞ、アルベルト」
「申し訳ありません、やはり慣れませんね。寿命が縮むかと思いました」
「話は屋敷に帰ってからだ」
ヴィルヘルムは軽く目を細めてアルベルトを睨んだ。とりあえず細かい話は屋敷に帰ってからだというので、それに従おう。
王城を後にし、屋敷の方に戻った。椅子に座り一息ついていると、パトリシアやフェデリカたちがお茶を用意してくれた。王都でよく飲まれているお茶だそうで、いつも飲み慣れたものとは違い、何だか落ち着かない。
「さて、謁見は失態もなく終えることができたが……」
「婚約のこと、ヴィルヘルム様はどう思われていますか?」
アルベルトがティーカップをソーサーにかたんと置きながら尋ねてきた。一番はその話題だろう。ヴィルヘルムは下唇を軽く噛みながら考える。
「こちらの利になるのならば有りだとは思う。しかし発言力はある程度は増すと思うが三大領地よりは下なのは変わらないので、魅力的とは思わないな。それよりも魔力豊富で有望な人材を取られる方が痛い」
「そうですか……」
ヴィルヘルムの返答にアルベルトは少し安堵したような表情を浮かべる。わたしのためかと思ったらそうではなかったか。ちょっと恥ずかしい気分だ。わたしは下を向き、膝の上の拳を見つめた。
ヴィルヘルムははあ、とわかりやすくため息をつくと、テーブルの上に肘を突いた。
「今回は引き下がってもらえたが、今後も打診はあるかもしれない。そのために対策はしておかねばならない」
「となると、やはり……」
「まずは正式な婚約を考えておかねばならないな」
……オフィーリア、十歳で婚約者ができそうです。




