第二十八話 謁見
王族との面会までそこまで大きなことはなかった。
会議が一通り終わった後、アルベルトに会議の内容を話せる範囲で聞いたが、一番の話題はやはり国内の不作が挙げられていたそうだ。その対策として王族は自身が改良した新たな作物を普及させようと提案し、この会議で承諾されたそうだ。既に王都でも栽培が始まっているものなので即戦力になるだろう。この時に不作の原因を尋ねてみたが、いまいちぱっとした内容は挙げられなかったのでおそらく国内の精霊力が落ちてきているのが原因で間違いないと思う。
他は他領との交易の交渉で、こちらは森が広がる土地であることから食糧を、他領からは塩などのこちらでは得られない必需品を、とやりとりしたそうだ。
あと会議では国内の領主が集まることになっている。ということは、先日中途半端な襲撃をかけてきたギルメット領主とも顔を合わしたそうだ。手紙を送ってから日が経つのでこちら側の抗議文を読んだギルメット領主は自身の領地で起こったことへの非礼を詫びてきたと言っていた。ただ、「盗賊はこちらでも手を焼いているが、大きな怪我などなくて良かった」と回りくどく言われたみたいで、アルベルトは憤慨していた。あくまでもあの襲撃にはこちらは噛んでないよ、というスタンスで行くようだ。まあ相手を捕らえられていない時点でわかりきっていたことなのだけれど。また、ギルメット領主から婚約者のことをチクリと言われたようだ。内容はもちろん、領地同士の結びつきをさらに強くしようということで、自身の姪であるリオレッタを推す声だ。ヴィルヘルムは第一夫人に対して言った通り、「今は領主になって間もなく、引継ぎも完了していないので」という名目で濁し、明答を避けたそうだ。しかしこれも時間の問題だと思う。ギルメット領主が圧をかけたのならばあっという間だろうから。
わたしは会議中は、借りている日記の読み進めとお守りの作成を行った。
しっかりとシヴァルディに尋ね、お守りに適した形を聞いてきた。彼女が眠る前までは、指輪や髪飾り、腕輪などが主流だったそうだが、お守りを作るための精霊力量は当時のジャルダンくらいなければ作れないため、そうそう見かけるものではなかったと言っていた。ただ首飾りだけは婚姻関係を示すもののため、避けるようにと助言された。首にものを身に付けるということは、その者に命や気持ちを捧げているという意味になるらしい。なるほど、納得だ。
そして、ヴィルヘルムにお守りを再び作ることを伝え、首飾りを除外した上でどのような形状が良いか尋ねておいた。装飾品は配下に当たるので、指輪などの装飾品は嫌がられるかと思ったが、今回は腕輪にするように、と言われた。あら、意外と思ったのだが、半袖を着るという概念がなさそうな貴族生活で腕輪は服の下に隠すにぴったりだそうだ。ジャルダンの色である翠色を取り入れておいてくれ、と注文を受けたので、服を着ても目立たないぽつんとエメラルドグリーンの石が光るシンプルな形にしておいた。ごてごてしたものはわたしの趣味ではないので、丁度良い。
これでわたしとヴィルヘルムの最低限のお守りは作成できたので、一度は身を守ることができるだろう。ヴィルヘルムにはもう一つ二つくらい必要かもしれないので、そこは本人と要相談だ。
日記の方は、不作の内容以来、特にこれといった内容は見つけられていない。本当にただの日記だ。ただ稼働している精霊道具が現在よりも多そうなので、当時のジャルダン領主の精霊力保持量は高めであることがわかった。ということはどんどん人の精霊力量も時とともに落ちているのか。保持量が落ちることで使う量が減っているのか、使う量が落ちることで保持量が落ちているのか、そこが疑問である。とりあえず、わたしやヴィルヘルムは特殊だということがわかった。
そして春の会議も終わったということは、わたしの王族との謁見が待っているということだ。
正直腹痛で辞退したいくらいだが、そういうわけにもいかないので、キリキリと痛む胃を抑えながら準備を整える。正式な場ということで、領地の色を表す翠色のドレスを身に纏い、半年かけて綺麗に整えられた銀髪を梳かす。
「さすがフェデリカですね」
鏡を見てそう漏らすと、フェデリカは「勿体ないお言葉ですわ」と微笑んだ。ボサボサボロボロのリアだった頃のわたしとは雲泥の差だ。服や髪形のチョイスは彼女に任せておいたら文句を言われることはないと思う。わたしにはない感覚だ。
今回の謁見では、わたしは未成年のため保護者同伴でなければならない。だからアルベルトは必須だ。そして、責任者としてヴィルヘルムも付いてくることになっている。アルベルト、ヴィルヘルムがいるならば、失敗しても何とか誤魔化してくれると思う。心強い味方だ。
準備が終わり、部屋を出るとアルベルトが椅子に座ってわたしの支度終わりを待っていた。自身の養女の言動に気が気でないのかそわそわとした様子だ。
「オフィーリア。わかっていると思うが、王族に対して失態は許されない。オフィーリアの失敗は領地の失態となるのだからな」
「き、気を付けます……」
アルベルトは険しい表情でわたしを脅してくる。言われていることは正しいし、良くわかっているつもりだが、そこまで脅されると逆に失敗しそうで怖い。わたしはぶるりと震えながら細心の注意を払うことを誓った。
「今回の謁見の目的は、其方の功績を褒めることだ。そこまで気負う必要はない。聞かれたことだけ答えるようにしなさい」
打ち合わせ通りにな、とヴィルヘルムは声に出さずにそう口を動かした。気負う必要はないと言いながら、余計なことは言うんじゃないぞ、という副音声がばっちり聞こえる。余計な面倒ごとには巻き込まれたくないので、わたしは首を縦にブンブンと振って肯定した。勿論だ。
「では準備もできたようなので、王城に向かおう。基本的なやりとりは私がするので、其方は王族に笑顔でも向けておけ。……感情をそのまま出すことのないように」
「出しませんよ!」
ヴィルヘルムはニッと口元を吊り上げながら、一つに集めた若草色に染まる三つ編みを翻した。文字さえ絡まなければ大丈夫なはずだ。イディもシヴァルディもそう言っていたし、王族もそんな話題を振ってくるとは思えないので問題ない。しかし最近、ヴィルヘルムはわたしをからかって遊んでないか? と思ってしまうが、口に出すのは怖いので思うだけに留めておこう。
わたしはむくれつつもアルベルトとともにヴィルヘルムの後に続く。歩きながらアルベルトが「そういうところだぞ」と頭に手をそっと置いて宥めてくれたが、わたしの気持ちは収まらない。とりあえず顔は指摘されたので戻しておこう。わたしたちはそのまま屋敷を出て、王城へと向かった。
「ジャルダン領より、領主ヴィルヘルム様と上位貴族アルベルト様、その娘のオフィーリア様です」
やはり王族に会うとなると緊張する。謁見の間に入る前に名を呼ばれて、背筋がぴんと伸びる。
大丈夫だ、この日のために教育を付け焼刃だがきちんと受けているし、及第点は貰っている。お腹に両手をそっと添えるように重ね置き、視界を広げるように前を見た。
目の前の扉もそうだが、さすが王城だ。調度品一つひとつが繊細な作りでお金がかかっていることがすぐにわかる。下に敷かれた絨毯も踏み心地が良く、ジャルダン領のものより良いものかもしれない。うん、さすがだ。
そんなことを考えているうちに、重厚な扉が守りの武官たちによって開かれる。この先に王族が待っていると考えると、息が詰まりそうだ。わたしはごくりと息を呑んだ。ああ、既に喉がカラカラに乾いている。
「オフィーリア、目線を下げなさい」
ヴィルヘルムに小声で促され、ハッとして軽く目線を下げた。相手は格上のため、敬う気持ちを出しておかねばならない。フォローありがとう、領主様。
そしてヴィルヘルムは開ききった扉の奥へと歩き出した。わたしとアルベルトもその後に続く。足元には真っ白い床が広がっている。コツコツと歩く度に靴音が立つ。慣れないので変な歩き方にならないように慎重に歩いていくと、上端に座っている人影が幾つか見えた。そうしたところでヴィルヘルムは足を止め、その場で片膝をついた。わたしとアルベルトも同様にした。
「顔を上げなさい。許す」
滑らかな口調だが渋い声が前方から聞こえ、ゆっくりと顔をその方向へと向ける。
目の前には三人。全員男性だ。白を基調とした袈裟のような羽織を身に纏い、一段上がった台の上の椅子に座っている。その中の真ん中の初老の人物はこのプロヴァンス王国の国王であるコンラディン・プロヴァンスだということがわかった。貴族の娘になり、この国のことを勉強した際に肖像画を何度も見せられたのだ。
コンラディンはわたしの顔を見て、黒色の眼をすう、と細めた。品定めされているのが手に取るようにわかる。
──何だか怖い。視線だけで殺されそう。
背中が冷えるような感覚とともに恐怖を覚え、足元がズンと重くなるが、ヴィルヘルムに言われた通りにわたしはコンラディンに笑顔を向けた。するとコンラディンは細めた眼をぱちりと驚いたように見開いた。……ん? わたし、何か気に障るようなことをしただろうか。内心不思議に思っていると、コンラディンはすぐに笑顔を向けてきた。
「ジャルダン、この娘がオフィーリアか?」
「はい、そうでございます。連れてくることが遅くなったこと、お詫び申し上げます。何分、十を超えていなかったもので」
「オフィーリアを連れてきてくれたこと、感謝する。一度会っておきたかったのだ」
コンラディンはゆっくりと頷きながら、わたしの顔を見つめた。わたしを探るような目だ。両隣の中年の男性たちも同じような目付きをしている。この二人は確かコンラディンの息子たちのはずなので、王子様ということか。右がフリードリーンで、左がブルクハルトだったか。左のブルクハルトが王太子で次期国王、右のフリードリーンは研究施設の長だったと記憶している。
「さて、オフィーリアよ。十五の壁を打ち破る方法を見つけてくれたこと、感謝する。しかしどのようにしてその方法を見つけたのか、ぜひ教えてもらいたい」




