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第二十三話 守りたい気持ち


『ジャルダン領を出るまでに事を起こしにくるかと予想していたが、特に動きはなかった。不安要素は取り除いておきたいが、こればかりは仕方がない』

「フロレンツィオ領では襲ってこないのですか?」

『そうだな、他領で問題は起こしにくい。揉み消しにくく、領地の交易の断絶を生みかねない』


 だからわざわざこの領地を経由していたのかと納得する。

 実はジャルダン領の隣領は三つある。フロレンツィオ領、アダン領、そしてギルメット領だ。ただ王都のあるプロヴァンス領に入るための関所は三大領地にしかないので、近い道を選ぶならば第一夫人の故郷であるギルメット領を通って行くのが正解だが、今回の件があるためギルメット領に入る時間を短くしたようだ。そうすることでまだ安全に移動することができると考えたのだろう。


『ジャルダン領内で襲うのが一番面倒も少ないはずだがそこを外してきた。ギルメット領に入った時から関所までの間に襲われる可能性もあるので、領地に入ったらより気を引き締めなさい』


 ヴィルヘルムの言葉にわたしはこくりと頷いた。ギルメット領に入るまではフロレンツィオ領内での移動になるが、結局敵はどこで仕掛けてくるのかはわからない。先程の情報はメルヴィルに伝えておいても良いだろう。


『このような危険な状態にもかかわらず其方を連れ出すことになってしまって申し訳ない』

「仕方がないことなのです。領主様が気にする必要はありませんよ」


 いつも感情が読み取りにくいヴィルヘルムの声が若干沈んでいるように聞こえる。連れ出す原因になったのは王族が半分を占めているし、精霊のことを調べると決めたのはわたしだ。そこに申し訳なさを感じる必要は正直ないと思う。

 しかし幼い頃からこのような環境に置かれているヴィルヘルムにとって、自身の問題で他者を巻き込むことが許せないのだろう。わたしがヴィルヘルムの立場だったら同じように思うかもしれない。そう考えると、ヴィルヘルムという人間が少し理解できるような気がした。


「わたしは領主様の力になりたいのです。前の孤児院長からわたしを助けてくれたように、わたしも領主様を助けたいと思っています。……といっても武力は零に等しいので物理的には守れませんが」


 思っていることを口に出してみると胸がくすぐったくて仕方がないが、この言葉は心からの言葉だ。嘘偽りはない。ヴィルヘルムは『……そうか』と一言残すと、わたしに知らされていた明日の予定を改めて伝えた後、通信を切った。何か誤魔化しているような感じがしたが、気を悪くしていないといいが。

 ヴィルヘルムはわたしの言葉に何を感じたのだろうか。プラスの感情を抱いてもらえたら良いのだけれど。わたしはそう願いながら、通信道具を自分の中に仕舞い込んだ。


『領主様を守れる方法は何かないのかな?』

「……お守りみたいなのを作れたらいいんだけど。そういうのってできる?」


 剣と魔法のファンタジーの世界を描いたラノベとかでは守りの魔法を唱えて直撃を回避したり、物に魔法付与したりしているシーンがあった。そういうものがこの世界でも作ることができるならば、わたしがヴィルヘルムを守ることも可能かもしれないと思い、イディに尋ねてみるがイディは腕を組んで唸った。


『うーん……、どうだろう? 精霊道具とはまた違ったものだけど、試してみても良いかも。きちんとイメージしたら不可能ではないんじゃないかな』

「じゃあ試してみよう!」


 そう言ってわたしはイディに向けて手を差し出した。イディはニカッと良い笑顔を向けて、わたしの手の上に自身の手を重ねた。

 お守りを作るならば身に着けられるものが一番良い。目立たなくて、コンパクトでと考えていくと、無難に指輪が良いだろうという結論に至った。カメラの時の失敗も踏まえて具体的な効果をイメージしなければならない。それならば命に関わるような攻撃を受けた時に弾き返すような効果にして、指輪に含まれた精霊力でヴィルヘルムの全身を覆い身を守る構造にしよう。そう想像すると、自分の中心からズズズッと多量の精霊力が抜き取られ始めた。


「あれ……? 光らない……?」


 いつもならば重ねた手の間から橙の光が生まれるはずが、全くと言っていいほど光らない。しかし精霊力はその手の中に集められていく感覚はしている。どんどん残量が減っていくことに焦りを感じながらも、わたしはさらに精霊力を引き出して手に集めていった。


『リア、無理したらダメ!』


 イディの叫び声が聞こえるが気にしない。頭がくらくらし始め、足に力が入りづらく思わずその場にへたり込んでしまったが、それでも抜き取られていく。


 ……気持ち悪くなってきたかも。


 お腹が空きすぎた時のような胃の気持ち悪さに襲われた瞬間にやっと二人の手の間から光と風が生まれ始めた。風がわたしの銀髪を撫でてくるが、その風も不快だ。わたしは吐き気を抑えるために口とお腹にきゅっと力を入れた。


『か、加護を与えた者の願い物をつくり給え……!』


 焦りを含んだイディの声が聞こえ、光が弾けた。そして頭上にはわたしの髪色と同じシルバーの指輪が浮かんでいるが、正直それどころではない。襲ってくる吐き気と頭痛に顔を(しか)め、片手で頭を支えた。


『リア!』


 イディの声が頭に響いて、こめかみをぎゅっと押す。頭が痛くて仕方がない。もうすぐにでも横になって休みたい。


「……ごめん、イディ……。今日はもう寝る……。し、りょうは、また、あ、した……にする、から、あずかってて……」

『わかった、わかったから! 早く寝台へ……!』


 イディに支えられながら、何とか立ち上がるとふらつく足取りで寝台の上に倒れ込んだ。フーッと息を吐いて落ち着くと、体が火照っているような気がした。精霊力を使い過ぎた時に出る熱か、と思い出しながらも、やってしまったと後悔した。


 ……今、旅の途中なのに……。


 ここで寝込んで旅の日程を狂わせるわけにはいかない。会議の日もきちんと決まっているので、それに間に合うように皆は動いているのだ。最近、精霊道具を作っても熱が出たり、倒れたりはしなくなっていたので油断していた。指輪一つにここまで精霊力を奪われるとは思ってもいなかったのだ。


 ……明日までにこの熱は下げなきゃ……。


 ああ、遠くからイディの心配する声が聞こえる。定期的に殴られるような痛みの頭痛に歯を食いしばりながら耐えながらも、わたしは意識を手放した。




「……ん」


 暗闇から急に意識が浮上し、目を開ける。わたしは横向きで寝ていたようで、珍しくイディが隣でスースーと寝息を立てていた。わたしはイディを起こさないようにゆっくりと体を起こし、窓の外を見る。日の出直前なのか空は薄暗い。ボーッとしていた頭を動かしているうちに、自分がどのくらい眠っていたのかわからず、急に不安になってきた。


「……イディ、イディ」


 隣で気持ちよさそうに眠っているイディを揺すると、焦げ茶色の瞳がぱちりと見えた。そしてわたしを視認すると、わたしの目の前にすぐに飛んできて額に手を当てた。


『熱は? 頭痛は? 大丈夫なの!?』

「……そういえば全く感じない」


 イディに指摘されてわたしは自分が体調不良だったことを思い出した。そのくらい嘘のように調子が戻っているのだ。わたしの言葉にイディは安心したのか、ホッと息を吐いた。『良かったあ……』という漏れるような声とともにへなへなと下へ落ちていく。


「イディ、わたしどのくらい眠ってたの?」

『リアが眠った時に夜最後の鐘が鳴ったから……、鐘四つ分未満くらい? 明けの鐘はまだ鳴ってないはずだから』

「え、それだけ?」


 イディの回答にわたしは目をぱちぱちと瞬いてしまった。いつもなら熱が引かず数日は寝込むはずだが、今回はいつもの睡眠で回復してしまったということだ。どういうことなのか全く理解できず、わたしは首を傾げ考え込む。


 ……回復が早くなってるのかな?


 精霊力の使い過ぎで最後に倒れたのはシヴァルディを呼び出した時だ。その時は丸一日と半分眠っていたが、その前の時は丸三日だった。回復のために眠る時間がどんどん減っていることを考えると、そのような結論に至るのはおかしくはないはずだ。……しかし何故? わたしは特別なことを何かしただろうか、と考えるが、特に思い当たることはない。


『とにかく調子が戻って良かった! あ、そうだ! これ、指輪。渡しておくね』


 一生懸命に原因を考えるわたしにイディは喜びつつ、指輪を虚空から取り出し、わたしに手渡した。わたしは両手で指輪を受け取ると、そっと自分の中に仕舞った。しゅんと指輪が消えた瞬間に、膨大な精霊力が自分の中に流れ込んできて、思わず「うっ」と声を漏らしてしまった。イディが急に心配する表情へと変わる。


『だ、大丈夫?』

「……うん、平気。たくさんの精霊力に体が吃驚しただけ」


 これほどの精霊力を秘めた指輪ならば、それを作ったあの夜、気分が悪くなっても仕方がない。いつも作っている精霊道具とはまた違った効果を持つこの指輪は想像していたものを発揮するのだろうか。試してみたいところだが、命に関わる怪我をしない限り確かめようがない。実際に作成が失敗していてこちらが大怪我をするのはさらに良くないため、確かめるのは不可能だ。


 暴発とかはなさそうだから、とりあえず渡しておこうかな……? 受け取るかわからないけど。


 カメラのように確認できないことをもどかしく思いながらも、わたしは胸に手を当て俯いた。そして遠くから夜明けを知らせる鐘の音が聞こえてきた。もうすぐフェデリカが起こしにくるのでわたしは再び横になって狸寝入りをはじめた。



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