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第二十話 オフィーリア、領地を出る


「オフィーリア、言っておかねばならないことがある」

「……何でしょうか、お父様」


 アロゴーヴァが曳く車に揺られていると、アルベルトが神妙な顔付きで言い出した。先程の朝食時の会話の雰囲気とは異なり、リオレッタが乗り込んできた時のようなピリピリとした空気を纏っている。わたしはきゅっと顔を引き締めて、恐る恐る聞き返した。


「今回の王都へ、そしてアダン領への旅だが、気を引き締めて行動してほしい」

「……それは相手方に失礼のないように、ということですか?」


 アルベルトの言いたいことが掴めずに、わたしは膝の上に置いていた手を握る。そのままの意味ならば、王族やアダン領主一族の前で失敗しないように努めるしかない。そのために短い期間だが教育は受けたのだ。

 しかしわたしの言ったことはアルベルトの真意ではなかったようだ。彼は首を横に振ると、深緑の瞳を真っ直ぐこちらに向けてきた。


「それも大切だが、アリーシア様のことだ。今回、リオレッタ様との婚約願いを退けた上で領地の外へ出ることになった。元よりヴィルヘルム様とアリーシア様の派閥は敵対している。アリーシア様の目的は、おそらくリオレッタ様を領主にすることだ。そのためにはヴィルヘルム様を害する必要がある。この領地にいる限りは問題はなかった」


 そこでアルベルトは区切った。そして俯き、貴族に似合わないため息を一つついた。


「領地を出るために武官を全て連れて行くわけにはいかない。この領地を空けるにあたって守りの武官を置いておかなければならない。そうなるとヴィルヘルム様の守りの武官は分散される。……もし私が敵側ならばヴィルヘルム様の命を狙うならば、この時を狙う」


 アルベルトの言葉にごくりと息を呑んだ。いきなり暗殺の話をされて驚かないわけがない。しかもその対象が散々世話になっているヴィルヘルムだ。

 アルベルトはすぐに表情を取り繕うと、深い緑色の眼を細めた。


「そういう意味で気を引き締めてほしい。ランベールがヴィルヘルム様を守るだろうが、アリーシア様はどのように動くのかは予想ができない。時期や方法など情報になるものを得ようとギリギリまで粘ったが、得られなかったのだ」

「……わかりました。メルヴィル、そういうことですので守りの方、よろしくお願いしますね」

「わかりました」


 わたしはメルヴィルに視線を向けると、メルヴィルはさらに気を引き締めたのか堅い声で了承の返事をした。アルベルトは「頼む」と一言言うと、車が止まった。もう城へと着いたようだ。


「先に降ります」


 アルベルトの武官であり、メルヴィルの父親にあたるマニュエルが声をかけ、先に車を降りていく。安全確認をした上で、その後にアルベルトが降りていく。アルベルトに手を貸してもらい、わたしも同様に車を降りる。

 出立の準備が整っているのか、わたしたちの車とは別の車が多く並んでいた。そしてそこには先程の話題の中心であるヴィルヘルムが待ち構えていた。


「早かったな」

「明けの鐘とともに出発と聞いておりましたので」


 もう少ししたら鐘が鳴るといった頃合か。アルベルトは笑みを貼り付けた状態で答えた。「動揺を悟らせるな」という家庭教師の言葉がスーッと蘇ってくる。さすがだと思う。


「王都へと向かう人数が多いので、偽装のため同じ車を幾つか用意している。アルベルトは他の文官と打ち合わせも兼ねてそちらの車に乗ってくれ。其方の娘は私が乗る車に乗るのでランベールが守ってくれるだろう」

「よろしいのですか?」

「構わない」


 二人のやりとりを見上げる形で聞いていると、どうやらわたしとヴィルヘルムは同じ車に乗るらしい。てっきりアルベルトと一緒に乗るものだと思っていたので面食らってしまった。

 ヴィルヘルムは気にしないというように手をひらひらとすると、アルベルトはヴィルヘルムの決定に了解した。そして「頼んだぞ」と言わんばかりにわたしを一瞥すると、自身の武官を引き連れて指示された車へと向かっていった。頼んだ、と言われても、武力でこられたらわたしはヴィルヘルムを守ることすらできない。


『そんなに怖い顔しなくとも、ワタシやシヴァルディ様が領主様を守るよ。特にシヴァルディ様は森の精霊様だから、守りの力は強いはず』


 イディに耳打ちされて、自分が怖い顔をしていたことに気付く。フッと表情を消して、口の端をやや吊り上げ微笑んでいるように見せる。

 そうだ、ヴィルヘルムにはシヴァルディが付いている。ヴィルヘルムに何かあればシヴァルディが気付くはずだ。


「さて、アルベルトに何を吹き込まれたか知らないが、自分の身くらいは自分で守る。其方が気にすることではない」

「……わかっています」


 青磁色の眼を細めながらヴィルヘルムは釘を刺してきた。わたしが浮かべた表情から察したようだ。アルベルトのように上手くいっていないことにため息をつきそうになるが、ぐっと我慢して返事をした。


「車に乗りなさい。もう明けの鐘が鳴る。日が沈む前に今日の目的地まで辿り着かなければならない」

「はい」


 ヴィルヘルムに促され、わたしが今回乗る車へと向かう。途中で襲われてもどこにヴィルヘルムが乗っているかわからないように同じような見た目の車が前後にずらりと並んでいる。そのうちの一つの車にヴィルヘルムはさっさと乗り込んでいった。メルヴィルに手を貸してもらってわたしもその後に続く。

 乗り込んでしばらく経ってから準備が完了したのか、車が動き出した。ひたすら揺られる時間だ。メルヴィルやランベールがいなければ、ヴィルヘルムに資料を見せてもらおうと思っていたのだが、同乗しているので絶対に無理だ。そう考えているとヴィルヘルムが思い出したかのように話題を切り出してきた。


「そうだ、ランベールたちを紹介していなかったな。オフィーリア、其方も自分の武官と側仕えを紹介しなさい」

「そうでした。わたし、ランベール様のお名前は聞いていたのですが、ご挨拶をしておりませんでした」


 目の前のランベールと顔を合わすのは合わしていたが、紹介はしてもらえていなかった。正直それどころではなかったということもあるが、今回長旅になるのできちんと自己紹介はしておいたほうが良いだろう。領主の第一武官ということなので、確実に上位貴族だ。

 車に揺られているので、正式な挨拶はできないが姿勢をぴんと伸ばしたまま、頭を垂れた。


「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。この夏にプレオベール家の養子となりましたオフィーリアと申します」

「ランベール・エテックスだ。あの時の娘がここまでできるようになったとは、努力の賜物だな」


 エテックス、と言われて、その家がわたしのもう一つの養子縁組の候補だったことを思い出す。ランベールと繋がっていなかったが、言われてみるとヴィルヘルムの腹心で、かつ上位貴族となると彼しか該当しない。少し情報を整理したらすぐにわかることだが、考えていなかったので言われて初めて気が付いた。……興味がなかったという方が正しいかもしれない。

 ランベールはわたしの挨拶を見て、孫を見るような目で褒めの言葉をくれた。ランベールの年齢的には前世でいうとわたしのお父さん、という感じなのだが、短命が基本のこの世界ではもう孫がいてもおかしくはない年齢だそうだ。


「ヴィルヘルム様の側仕えのパトリシア・エテックスです。ランベールの妻ですわ。この子が言っていた子ですね。素敵な娘ではないですか」


 三十代後半といったところか、パトリシアと名乗った女性はキリッとした凛々しい顔付きでわたしを見つめてきた。同様にエテックスと名乗り、そして武官の妻だと言われて驚いてしまった。この二人は夫婦なのね。そうなのか。ヴィルヘルムの側仕えと話す機会がなかったので、ここが初めてだ。デルハンナ同様にてきぱきと仕事を片付けていたのが印象的だった。

 二人ともわたしを褒めてくれるので、何だかくすぐったくなった。作法については及第点は貰えたが、まだまだ学ぶことは多いし、注意されることも多い。元平民の暮らしをしていた娘、というフィルターをかけるとそう見えるものだろうか。


「ありがとうございます。ですが、わたしはまだまだ未熟です。この長旅の間、よろしくお願いします。……そして、わたしの側仕えのフェデリカと武官のメルヴィルです」


 わたしが二人に話を振ると、二人は各々挨拶をした。領主、上位貴族に囲まれて緊張気味な気がしたが、仕える主が主なので仕方がない。

 無事に挨拶を終えると、ランベールがこれまでのプレオベール家での暮らしについて尋ねてきた。わたしを探ってくる感じではなく、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に行った時に「元気にしてたか?」的なノリだ。念のためフェデリカとヴィルヘルムに確認のために目配せをしたら、問題ないとのことで、しばらくはわたしの夏の出来事後の話をすることになった。


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