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第十八話 お断りされました


 気付けばそんな言葉を出していた。言った瞬間に何を言っているのだと我に返り、固まってしまう。隣のイディも固まっているのがわかる。


 いいいいい今、わたし、何を言いましたか!?


 先程自分が吐き出した言葉を思い返し、ボンッと顔が赤くなってしまう。

 これではまるで愛の告白ではないか。しかしわたしはヴィルヘルムに対して恋心はこれっぽっちもない。好きとか愛しているとかは、断じてない!

 ただヴィルヘルムが自分の命や気持ちを蔑ろにしているのが気に食わなかった。特に命の方。前世で不慮の事故で死んだわたしとしては、簡単に身を危険に晒すような真似をされるのが嫌で仕方なかったのだ。ヴィルヘルムのおかげでわたしは今、上位貴族であるし身分的にも派閥的にも適当だと思う。だから先にわたしと婚約することで、リオレッタとの婚約をなしにできるのではないかと反射的に考えてしまった。


 わたしが自身の発言で慌てていると、わたしの考えなしの発言をわかっているかのように、ヴィルヘルムは今までにない深いため息をついた。物凄く呆れられているのがそれから痛いほど伝わる。


『結論を先に言うと、其方とは婚約しない。私と婚約することで其方が確実に命を狙われる。リオレッタとの婚約を先延ばしにはできるが、それしか利益がない』

「先延ばし、ですか?」


 婚約をなしにできると思っていたわたしはヴィルヘルムの回答に首を傾げてしまった。気の抜けたわたしの言葉にまた精霊道具から深いため息が聞こえた。


『リア、領主は一夫多妻制ですよ。リアと婚約を結んでも、リアは上位貴族ですので第二夫人、そしてリオレッタは領主の娘なので第一夫人に収まることになるでしょうね』

「あ……」


 シヴァルディに指摘されて自分の考えなさを改めて思い知る。そうか、子を残すためには多くの妻を娶る方が効率が良いし、確実だ。わたしなんかが婚約しても結局は時間稼ぎ程度にしかならないし、ヴィルヘルムの足枷になってしまう。しかし時間を稼ぐだけでも他領から嫁を探す時間を得られるので大きなメリットだと思うが、わたしの命の方を優先するヴィルヘルムはやはり優しいと思う。生き残るためにはどんな手段を取っても良いのではと思うのに。


『よくわかったか? だから婚約はしない。この話は終わりだ』

「わかり、ました……」

『勢力さえ削げば最悪の状況は防げるのだ。其方が気にすることでない』


 気落ちしたわたしの声色に反応して、ヴィルヘルムはぶっきら棒だが付け足しをした。声のトーンは低く、いつものように不機嫌だがその言葉には温かみがある。


 わたしはいろいろな人に守られて、助けられてばかりだなあ……。


 孤児院でもここでもわたし自身は無力な子どもだ。改めてそう感じている間に挨拶もそこそこにヴィルヘルムとの通話は終わった。その後イディが何か声をかけてくれた気がするが、正直ボーッとしてて覚えていない。

 大好きな解読作業もそこそこにわたしは寝台に潜り込み、眠りについた。




 翌日もアルベルトに連れられ、登城した。こんなに頻繁に登城しても良いのかと躊躇うが、これは職探しの一環、という体だそうだ。

 アルベルトは「オフィーリアは確実に文官向きだな」と笑っていたが、わたしもそう思う。剣を扱う騎士や人の世話をする側仕えはわたしにはできない。しかもわたしは上位の立場にいるので、仕えるならばもう領主しか残っていない。そう考えるともっと無理だ。わたしがヴィルヘルムの世話をしているところを全くと言っていいほど想像できない。


 そして今、昨日と同様に執務室に置かれている大量の資料と向き合っている。読むだけなのでそこまで苦労はしていないが、何せ量が量だ。着実に減ってはいるものの元の量が多いので、いつ終わるのだろうと未読の資料を見てげんなりとしてしまった。今のところ、わたしが知らぬ未解読文字どころか精霊殿文字で書かれた記録すら見当たらない。全てがここ約二千年以内の資料である。この領地の歴史や他領や王都から来た書類などがほとんどを占めているので興味深いところもあるのだが。


「あ……」


 流れ作業のようになっていたが、わたしが適当に手に取った一冊の本を開いたところで声が漏れてしまった。


 ありましたよ! 精霊殿文字!!


 叫びたくなる衝動を抑え、食い入るように本を見つめる。そこには講堂で見たあの均整な文字が並んでいた。すぐに読み解きたくて空虚に手を伸ばし、金文字を出そうとしたところで目の端に奥に控えていたフェデリカが映って我に返る。そうだ、この空間はわたしだけではない。フェデリカやメルヴィルがいる。

 しかし確実に読むためにも対応表は必要だ。イディと協力して暫定でも解読書を作っておけばよかったと悔やんでしまう。それならば資料に紛れ込ませて開き、しれっと解読作業ができるはずだったのだ。


 ……どうしようか。今はできない。


 やっと見つけた手掛かりの一つが目の前にあるのに身動きが取れないのが苦しい。どうしたら良いものかと悩むが、仕方がないのでそっと閉じて、端の方に置いておく。もし借りられるならば借りて、屋敷で読む方が確実だ。無理ならば時間はかかるが書き写すことにしよう。

 だから今は、この資料以外に精霊殿文字、または他の未解読文字が見つからないか探すことにした。そちらの方が後々の作業の効率も上がるだろう。


「オフィーリア様。先程昼の最後の鐘がなりましたが、休憩なさってはいかがですか? 鐘二つ分ほどずっとお勉強されていますので……」


 次の資料を手に取ろうとしたところで、フェデリカが申し訳なさそうな表情をしながら声をかけてきた。鐘の音など聞こえていなかったので、もうそんなに経ってしまったのかと驚いてしまった。まだまだ読めるが見た目は十歳だ。フェデリカの言う通りに休憩した方が良いと判断し、許可を得ようとヴィルヘルムの方をちらりと見た。


「もうそんな時間か。それならば休憩がてら少し外に出よう」


 休憩がてら、と言っているが思いっきりこき使おうと思っているに違いない。それは既に休憩ではないが、ただでさえ休む暇のないヴィルヘルムに対して文句など言えない。多分外の用事は、昨夜話した種の植え付けだろう。


「研究の方ですよね?」

「……それ以外に何がある」


 わたしが確認を兼ねて尋ねたことに対して、ヴィルヘルムは不機嫌そうに眉を顰めて立ち上がった。



 このジャルダン領地は比較的暖地である。暦では冬にあたり多少気温は下がるが、雪は降らない。そのため、寒さに強いパパタタの植え付けは冬の半ばから終わりにかけて行われる。孤児院でもそろそろパパタタを植えている頃合だろう。アモリ、ロジェたちと並んで種まきをしたことが懐かしく感じられる。


「其方らはそこで待っていなさい」


 外に出てしばらく歩いたところで耕された畑が見え始めた。ヴィルヘルムはわたし以外の人間に対して待つように指示すると、わたしを連れて少し離れた畑の一角へと向かう。城に畑があるとは思わなかった。きちんと人の手で手入れされているのか、野菜の苗が見える箇所がある。


「さて、この一角は自由に使えるように手配している。ここからここは精霊力を零として、ここは二十、あちらは四十というように注いでくれ」

「領主様は手伝ってくださらないのですか?」


 なかなかの広さの畑を指差しながら言うヴィルヘルムにわたしは不満の声を漏らした。


「其方はこの後、家に戻るのであろう? 私はこの後も道具に注ぐ仕事が残っている。今、この作業は適当な者がする方が良い。黙って注ぎなさい」

「はい……」


 それを言われたらぐうの音も出ないので、わたしは渋々ながらも返事をする。精霊力を使う仕事が残っている者ともう帰って休むだけの者ならば、後者に目の前の仕事を頼むのは納得のことだ。わたしは両手を広げ、水を撒くように精霊力を土地に注いでいく。孤児院でやっていたので慣れたものだ。量を調節しながらは難しいが、何とかヴィルヘルムの要望通りに注ぐことができた。念のために確認もしておいた。


「終わりました……」


 割と面積が大きい畑だったので、時間もかかってしまった。わたしはふう、と息を吐きながら、近くにあった支柱石のようなものに手をついて、もたれかかった。畑の真ん中にぽつんとあるので、下働きが休憩時に腰掛けするためにあるのかもしれない。


「種植えは下働きにやらせておこう。それでパパタタの時は収穫はいつだったのだ?」

「えっと……、夏前ですね。春の会議から戻った辺りには収穫できると思います」

「そうか。では会議が終わり、この領地に戻った際に収穫し、確認しよう。今日はもう下城しなさい」


 ヴィルヘルムは頷くと、そのまま踵を返す。今日はここまでということだ。疲れも出てきたし、ちょうど良いだろう。わたしは深呼吸をするとフェデリカたちのところへ向かおうとしたところで、あ、と気が付く。


「あ、領主様に資料を借りられるか聞くのを忘れてた……」


 そんな呟きが漏れた。


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[気になる点] 2000年ほど残る資料…… どんな製法で、どんな保存方法なのだろうか……
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