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第十七話 夜の密談


 下城して夕食と湯浴みを終え、やっと一人になれた夜。夜の鐘はとうに鳴り終えたので寝台に潜り込まなければならないが、本当の意味でのわたしの自由時間はここしかない。十歳になった成長期の体に睡眠不足は大敵だが、自身の欲望を満たすためならばそれも致し方ない。


『この時刻になるとリアはキラキラするね』


 喜びが滲み出ているのかイディは苦笑しながらわたしを見ている。その表現は正しい。好きなことだけできていればこんなに楽しいことはないだろうが、現実的に難しい。ああ、春乃の時が懐かしい。あの頃はわたしが学生だったから好き勝手できていたということもあるが。


「シヴァルディの記述の続きをしたいところだけど、先に領主様だよね」


 自分で連絡すると言ったので解読欲を優先するわけにいかず、ヴィルヘルムから渡された通信道具を取り出した。そしてヴィルヘルムへの報告書とは別にわたしが読んでいる中で気になった箇所をメモした紙を鏡台の上に広げた。これで準備完了だ。


 ────シヴァルディ、道具を使いますね。


 胸に手を当て呼びかけ、しばらくするとシヴァルディから了承の返事が戻ってきた。あちらも準備が整ったということだ。

 握っていた精霊道具に精霊力を流し、通話ボタン代わりの出っ張りを押し込み、話しかけた。


「領主様、聞こえていますか?」

『……聞こえている』


 ややあってからヴィルヘルムの応答が返ってきた。聞こえる声が大きすぎないか確認し、音量を調節した。


「お忙しいところありがとうございます」

『良い、気にするな。それで聞きたいこととは何だ?』


 時間を取ってもらったことに礼を述べると、すぐに用件に移るように急かされる。聞きたいことは覚えているが、万が一漏れがあったらいけないのでメモに目を落とした。


「報告書に書いておいた通りですが、今日読んだ資料はこの領地の歴史が書かれたものがほとんどでした。大体の内容は既に学んだものと同じだったのですが、一部気になる単語がありまして……」

『ほう、何だ?』


 ヴィルヘルムは興味深そうに聞き返してきた。わたしはメモした部分から目を離さずに続ける。


「パタ、ティム、ドゥーという名前の作物……ですかね? それが出てきたのですが、ご存じないですか? わたし、作物の種類はそこまで詳しくなくて……」

『パタ、ティム、ドゥー……か。私もそこまで詳しくはないが、シヴァルディ何か知らぬか?』


 そうか、シヴァルディは五穀豊穣を司る精霊だから知っているかも、と思い至り、ヴィルヘルムの振りに感謝した。初めからシヴァルディに聞けば良かったと思ったが、結局はヴィルヘルムにも報告はしないといけないのでまあ良しとしよう。

 シヴァルディはヴィルヘルムとともにいるので、精霊道具から考え込むような悩み声が聞こえてきた。懸命に思い出そうとしているのか。


『おそらく貴方たちが知るパパタタ、ピュティムの改良前の作物かと。パタとティムは眠りにつく前に改良され、広まったもののはずです』

「ではそうなるとドゥーはパミドゥーの可能性が高いでしょうね」


 わたしはドゥーと書いたところにパミドゥー? と疑問形で書き込む。

 ピュティムは前の世界で言う麦のことだ。絵でしか見たことがないが、茎の根元の方に小麦、茎から伸びる枝に実るのが大麦と変わった作物だ。わたしの知らない作物の名前が今の知っている作物の元になる部分になっているということは、より多くの収穫を見込むために品種改良が進んだということだ。

 しかし実際に育てているとそこまでの収穫があるように思えない。精霊力を注いでから収穫したあの真っ赤なパミドゥーを思い出すと、品種改良自体に意味があるのかと疑問に思ってしまう。


「品種改良されたということですよね。実際に育ててみると良くなっているのかは疑問です」

『そうなのか? 改良を主に担っているのは王族だ。彼らは研究者として一面が強いと言われている。彼ら王族がここまで残ってこられたのもその研究結果が大きい』

「王族が研究、ですか……」


 王族と言われると玉座や城で踏ん反り返っているイメージしかなかったわたしはぽつりと呟いた。プレオベール家で学んだ歴史で国王一代一代の功績が多いのもそれが影響していたというわけだ。国王本人だけでなく、その家族が品種改良を行ったり、国民のためになる制度を考えたりとして王族という血統を守っているのか。


『精霊や土地の精霊力の話を信じてなかった頃は王族の研究はただ素晴らしいものだと思っていたが、今は違った見方ができる』

「どういうことでしょう?」


 解読からわかるように研究自体、プラスになる部分が多いはずなのにヴィルヘルムの言い方にはマイナスの見方ができると言っているように聞こえる。ヴィルヘルムの言葉に疑問に感じ、わたしは首を傾げた。


『精霊で(おこ)した国は精霊の力ありきであったはずだ。しかし何らかのことがあって精霊は去った。王族は精霊なしで国民が飢えることがないようにこの国を守らねばならない。その結果がこの状態だ。もしかして王族は衰えた土地のことを知っていてこのように動いているのではないだろうか』


 言われてみるとそう言う見方もできると思い、わたしは口元に指を置いた。

 この品種改良自体、栄養となる精霊力ができるだけ少なくとも実るように改良されているものだとしたら王族が作物が育つために精霊力が必須であることを知っているということになるのではないか。いつか精霊力が宿らない野菜が開発されてもおかしくはない。その時はわたしが前世でよく食べていた野菜の形に近いものになるのかもしれない。


『まあ推測の域を出ない話だが、あり得ない話ではない。本当に何も知らない可能性もあるがな』

「直接王族に聞くのも難しいですし、改良前の作物も手に入らないので本当に予想しかできませんね……」


 事実を確かめることもできない状態なので、結局はここで何かを言い合っても物事が進むわけではない。改良前の作物の種が手に入れば実際に育ててみて精霊力の有無でどのように変わるか検証できるのだが、千年ほど前の種が残っているとは思えない。

 何も進まないことがもどかしくて、わたしは息を吐いた。


『パタ、ティムなら種を出せますよ。出しましょうか?』


 精霊道具からシヴァルディの声で突然降って湧いたかのような提案にわたしは目を見開いた。精霊ってそんな便利なスキルがあるの? それならば利用しなければ勿体ない。


「それならパタの種を。ティムは難しいので……。パパタタと同じなら今が植え付けの時期ですし、精霊力を含んだ土と今の状態の土で育ててみたら違いが出るかもしれません」

『わかりました。リアに種を今渡せばよろしいですか?』

「いや、明日のオフィーリアの登城の時に出してくれ。精霊力の量に応じて試してみたい」


 パパタタは孤児院でも育てていたので同系列のパタも似たようなものだと思うので種まきや世話はできるはずだ。プレオベールの家の庭の端でこっそりと育てようと思っていたが、ヴィルヘルムの横槍が入ったので城で育てることになりそうだ。シヴァルディはわたしに了解を取って、『わかりましたわ。では明日』と話を終わらせた。


『他の資料には目ぼしい内容はなかったか?』

「はい。歴史書くらいでしたので、今のところは。文字も旧プロヴァンス文字でしたので」


 わたしは今日の成果をもう一度報告する。資料自体はまだまだあるので見ていない中に目当てのものが入っているかもしれない。何とか春の移動までに読み切りたいところだ。わたしはまだ精霊殿文字以外の未解読文字も諦めていないのだ。できればそちらの方もひょっこり混ざっておいてほしい。


『では明日、また登城することになっている。また資料を読み、気になるところや報告すべきところがあれば連絡をしなさい。城ではやはり他者の目が多い』

「わかりました。……あの」

『何だ?』


 今日の報告は済んだのでヴィルヘルムは通信を切ろうと話をまとめ始めたところで、わたしはヴィルヘルムにもう一つ話を切り出した。ヴィルヘルムは低い声で用件を尋ねてくる。もしかして機嫌悪い? しかし、そんな雰囲気など気にしないようにしながら、用件を伝える。


「リオレッタ様との婚約について……、どうなさるおつもりでしょうか。今の断り文句だと春の会議が終わった後くらいにまた婚約を押されることになりますが……」


 余計なお世話であることは承知なのだが、今のヴィルヘルムの考えが読めないのだ。問題を先送りにしているだけで何か対策をしようとしているように思えない。それに対して養父であるアルベルトが気を揉んでいるのも気がかりで不憫だ。自分の身に危険が迫っているのにも関わらず、どこか他人事のような態度は気になっていたのだ。


『其方は余計なことを考える……』


 かなり不機嫌そうなヴィルヘルムの声が精霊道具から漏れてくる。返答はわかっていたけれど、あからさま過ぎないか?


「痛いほどわかっていますが、領主様の命がかかっているのですよ!? ちゃんと教えてください!」


 なかなかわたしが知りたい答えを言おうとしないヴィルヘルムに腹立たしくなり、わたしは声を荒げた。すぐに大声を出してしまったことに焦り、口元を覆う。そして来客対応の部屋を覗き、部屋の外の動向を探るが、特に気付かれた様子もないようでホッと胸を撫で下ろした。


『……婚約は必要ならばリオレッタと結んでも良い。しかし今の状況ではこちらの利益はないに等しい。できれば第一夫人の勢力を削いだ上で考慮したい。他領の娘の方がこの領地の利益になるならばそちらを選ぶし、リオレッタと婚約することでこの領地をまとめることができるならばこちらの方が良いだろう』

「それって、領主様のお気持ちはないですよね?」

『貴族の婚姻とはそういうものだ。特に上の立場になるほどその決意を固くせねばならない。平民の婚姻とは訳が違う』


 面倒臭そうに説明するヴィルヘルムにわたしは常識の違いをかなり感じた。

 日本で生きていた頃は結婚は本人の意思の元で行われるものだった。実際に結婚など程遠い生活を送っていたが、同世代の友人が次々と幸せそうな笑顔を浮かべながら結婚していくのを見て祝福を送っていた。結婚とはそういうものなんだ、と思っていたので、ヴィルヘルムの言葉に唖然としてしまった。甘い考えだとは思うが、ヴィルヘルムの答え方がどうも他人事のように感じてしまう。


「じゃ、じゃあ! わたしと婚約はどうですか!」



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[一言] まさか自分で言うとはねー
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