第十四話 国王と精霊王
わたしの考察にヴィルヘルムは興味深そうに自分の顎を撫でて唸った。
「確かに王族が直接、土地に赴くこと自体非効率だな。実際問題、今の王族は王都に居て、こちらに出向くこと自体稀だ。そう考えるとわざわざ出歩くことに意味があると考えるのが普通だな」
「ですが、そのようなことをすると他者から見られているのは確実です。だからこれはわたしの推測に過ぎません」
王族が土地に精霊力を注ぎ回っているとするならば、平民だけでなく同行する文官や武官もわかるはずだ。ただそのことが文書に書き綴られていなければ、語り継ぎになるのでこれだけ時間が経ってしまっていては残っていない可能性もある。どちらにせよ、わたしの考察を裏付けるための証拠がないので推測の域は出ないのだ。
ヴィルヘルムはわたしのメモ帳の一点を見つめて考え込んでいる。しばらくすると、顎を撫でていた手が動き、そのまま腕組みの状態に変わるとヴィルヘルムはシヴァルディの方を見た。
「眠りにつく前の王族のことで何か知っていることはないのか?」
名前を呼べないので目線で知っていることを言うように訴えかけている。シヴァルディは頬を手に当てて考え込む。約二千五百年眠っていた状態なので、そのあたりは覚えているのだろうか。
『私が知る王族は特殊、と言った方が良いかと。国王は精霊王プロ―ヴァ様とともにありますが、私たち九の精霊も配下に置いています。私で言うならば、国王とジャルダンの子の二人が主でした。ですが私はジャルダンの子に付く精霊ですので、国王とともに過ごしたことはないので、知ることは少ないです』
「……ということは当時の国王はあの間でも注いでいたということか」
『そういうことになります』
それは初耳だ。てっきり国王は精霊王プロ―ヴァのみ従えていると思っていた。しかし国王はあの精霊殿の中庭に入って精霊力を注ぎ、その地ごとの精霊をも従えていたということか。当時の王族の精霊力量ならば各地の精霊を従えるのも可能だと思う。
『あと精霊王も特殊で、プロ―ヴァ様は私のようにこの世界では実体を持ちません。お姿を見ているのは国王くらいかと思います』
「其方もか?」
『この世界はお声のみしか。当時の国王はどのようにしてプロ―ヴァ様と意思疎通を図っていたのかわかりませんが、プロ―ヴァ様の意思はきちんと反映されていたので、ともにあったことは確実かと』
精霊王がこの世界で実体を持たないという事実にわたしは目をぱちくりさせた。イディやシヴァルディのように姿を現さずに意思疎通を図るのは難しいのではないか。良く聞く念話のようなものが王族には備わっているのだろうか。それとも王城などの場所に降臨する場所があるのだろうか。確かめようにも難しい事柄だ。
「他にはないのですか? 精霊について、儀式について、王族について、何か知っていることは?」
わたしの質問にシヴァルディは右上の方に目線をやりながら考え込む。精霊、と口に出してしまったが、他が聞いても御伽噺のことだと思うだろう。
『精霊については貴族の位のように上位、中位、下位と分類されます。私は森の精霊を統括する立場ですのでその配下に上中下といます。本来ならば私の目覚めとともに復活されても良いのですが、他の貴族とこの土地の精霊力保有量が余りにも乏しすぎて出てこられないようです。特に後者は深刻ですわ』
シヴァルディの話によると、精霊は一部の人間が従えるものではないということだ。たくさんの精霊道具が残っているが、それを作ったのはヴィルヘルムの先祖だけではないはずだ。そう考えると上中下のそれぞれのランクに合った精霊を他の貴族が従えていてもおかしくはない話である。
その精霊たちがシヴァルディの目覚めとともに復活しないのは、やはり儀式による精霊力補給がないということが影響しているのではないだろうか。最後の「この儀式あらば、王国、時めかむ。この儀式なくば、王国、衰退しゆかむ」という一節が心の中で響いていく。
「其方はどうなのだ?」
『私はヴィルヘルムとリアから十分な精霊力を貰っていますし、石碑にも定期的に注いでいただいていたので今のところ問題ありませんわ。……儀式については、この地では精霊殿に十歳前後の貴族たちが集められて行っていたことくらいしか。リアの考察を聞いて、精霊力を集めていたのかと納得したくらいですわ』
シヴァルディの言葉にわたしは目を見開いた。
そして、手足が白くなったアモリ、マルグリッドが言っていた十五の壁の話、シヴァルディが教えてくれた打開する方法が鮮明な映像となってぶわっと蘇ってきた。
シヴァルディは十歳前後の貴族が集められて儀式を行っていた、そして儀式の内容は精霊力を杯に集めるというシンプルなもの。それが意味するものがわかり、わたしは「あっ……」と声を上げてしまった。
『リア? どうかしたの?』
聞き役に徹していたイディが心配そうにこちらを覗き込んでいる。わたしは首を横に振り、大丈夫とイディを伝えると、ヴィルヘルムの方を見た。彼も何か閃いたような顔をしていた。
「領主様。もしかして、とは思うのですが……」
「ああ、『十五の壁』だろう?」
わたしが言おうとしていることを察しているのか、ヴィルヘルムは行儀悪く机に肘をついて言った。青磁色の瞳は真っ直ぐとわたしを捉え、真剣そのものだ。わたしはその言葉を肯定するように頷いた。シヴァルディとイディは何のことかわからず、首を傾げているので、わたしは説明することにした。
「子どもが死に石化する原因は魔力の流れが止まりかけるから、という話があったでしょう? それで、親は魔力を子に流すことでその流れが止まらないようにしていたのだけれど、十歳になるとそれも終わるという話を聞いています」
「そうだ。そこから職を選ぶ期間にもなるし、節目であるからな」
ヴィルヘルムの補足にシヴァルディとイディは頷いた。これは既出なのでわかっていることだ。
「十五の壁を打ち破れない子どもは魔力を使っていないのでは、と言っていたと思いますけれど、昔は十歳前後の子どもが儀式に参加していたことで死に石化の抑止力になっていたのではないでしょうか。年に一度なのでアモリのように急激に悪化する子もいたとは思うのですが……」
「昔はどうだったかわからぬが、十歳の文官や側仕え志望は魔力を使うこと自体少ないからな。家の魔道具を動かす機会がない限り、死に石化の危険性は上がる。また昔の方が魔道具も多く稼働していたようなので、儀式で魔力の使い方を学んでいたのかもしれぬな」
ヴィルヘルムの言葉にわたしは「なるほど」と頷いた。儀式にそういう役割もあったのかということがわかると、儀式がなくなってしまったことはかなりの大事だ。やはりきちんと文献を辿って、精霊のこと、儀式のことなどを調べていく必要があるのではないだろうか。今の壁文字の文書だけでは情報が足りない。
「領主様。城に精霊のことや古代のことが記された文献はないのでしょうか。土地の精霊力が衰えている今、作物の不作はそれが原因かと思っています。早く調べて解き明かさなければならないのと思うのですが……」
わたしの言葉に同意するようにシヴァルディも頷く。城に文献があるのならば、早く明らかにする方が良いと思う。決してわたしが読みたい、あわよくば未解読文字を見つけたいというわけではないよ、うん。違うからね。
「城の文献を探してみたが、幾つか精霊殿文字らしき読めない文書があった。それを読んでみても良いかもしれない」
ヴィルヘルムの言葉にわたしはがばりと身を乗り出した。読めない文書ならば未解読文字も含まれている可能性もあるやもしれない。まだプロ―ヴァ文字のこともわかっていないのだから。他にも統一前の文献もあるやもしれない。降って湧いた出来事にわたしの心は踊り狂う。誰もいなければ小躍りしていると思う。
「では! それをぜひ! わたしに! 見せてください!」
「……欲望が丸見えだ、オフィーリア。押さえなさい、感情を押さえないと見せぬ」
ヴィルヘルムがため息交じりに言うと、わたしはスッと姿勢を正しく微笑みを作った。
これでいいでしょ? と言わんばかりに笑顔を貼り付けてヴィルヘルムを見ると、ヴィルヘルムは笑いを堪えた表情へと変わる。わたしで遊んでいないか? 酷い。
「どちらにせよ、精霊殿文字は其方しか読めない。近日中に城の資料を読んでもらおうかと思う」
「ありがとうございます!」
半年かかってやっと文献を見られるようになったことに喜びつつ、わたしは礼を言った。ヴィルヘルムは表情を取り繕うと、もう一つ付け足した。
「しかし、確実に精霊のことが書かれているとは限らない。それならば精霊について詳しそうな領地の文献も探れるようにしたいと思う」
『そのような領地があるんですか?』
精霊が御伽噺と言われているのにも関わらずそういう領地があるのかと驚いてしまった。イディの問いかけにヴィルヘルムは頷くと続けた。
「アダン領がそれにあたる。精霊を崇拝し、幾つかの精霊の教えを守って暮らしていると聞いた。私の実母の生まれ故郷でもあり、アダン領主は私の叔父だ。精霊の話を出したらきっと、いや絶対に饒舌に話してくれるだろう」
「そういう領地ならば精霊の文献を大切に取っている可能性もありますね」
わたしの言葉にヴィルヘルムは頷いた。
アダン領はこことはまた違った文化を持つ領地だ。特に領主が変わり者と言われている。それが何故かはわからなかったが、この感じでは精霊関係を崇拝しているが所以なのだろうと予想できる。御伽噺の存在を今、話されても信じていない側は訳がわからないだろう。
「春に王都に行くついでに寄れるようにアダン領主に連絡を取っておこう。自身の領主就任の報告もしなければならなかったので、そのついでだ」
「では王都へわたしも行くのですね?」
「そうだ」
ヴィルヘルムはそう言うと、一通の手紙を取り出し、わたしに差し出した。受け取り裏返すと、封蝋されていたようだが中身を開封したことにより砕けてしまった跡があった。よって差出人は誰かわからず、中の手紙を取り出し、広げた。




