表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/189

第十三話 儀式の考察


「……ということは、オフィーリアの魔力はリオレッタ様より多いということですか?」

「そういうことになる。しかしこれを知っているのは我々と、第一夫人とその娘だけだ。他の貴族にはわかるまい」


 ヴィルヘルムは腕を組み、はあと息を吐いた。アルベルトも何とも言えない顔になっている。


「領主並とは聞いていたので予測はしていたが、あの場ではリオレッタも小細工をするので上回らないだろうと踏んでいた。しかし、甘かったな」

「事前に言ってもらえれば何か策を考えましたのに……」


 こればかりはわたしは何も聞いていなかったので、ヴィルヘルムの采配ミスだと思う。もし直前にでも相談してもらえたならば何かしら対策をイディやシヴァルディと話し合って考えたのだが。例えばできるかわからないが、めぐる精霊力を吸い出されないように少々抵抗するとか。このように、ヴィルヘルムは一人で考えて全て片付けてしまおうとする癖がある。人のせいにはしたくないが、今回ばかりはわたしのせいではないと思う。


「しかしあの場で、リオレッタがオフィーリアと同程度光らせてくれたのは助かった。他の貴族たちもリオレッタより上回る魔力を持つとわかれば、多少なりとも混乱はする」

「そこは不幸中の幸いでしょうね」


 アルベルトがヴィルヘルムの話に同意しながら頷く。リオレッタと同等くらいに光ったことによりジャルダン領にいる貴族にバレなかったのは助かったが、第一夫人とリオレッタには知られてしまったのでわたし的にはあまり意味を成していないと思う。


「だが、第一夫人には其方の価値が良く伝わってしまったので、武官を付けずにふらふらすることはないように。どう出てくるのかわからない」

「わかりました」


 ヴィルヘルムの言葉にわたしはこくりと頷いた。面倒ごとになるのは御免なので、その忠告はきちんと聞いておこう。


「あと、オフィーリアと人を排して話がしたいのだが」

「二人で、ですか?」


 アルベルトの眉間に皺が寄る。おそらくヴィルヘルムの話というのは解読結果についてだろう。儀式の部分はほぼほぼ読み解くことができ、内容は把握しているので、それについて詳しく説明して貰いたいといったところか。しかしアルベルトはヴィルヘルムの頷きを見て、首を横に振った。


「オフィーリアは十になりました。そろそろ婚約のことも視野に入れなければなりません。ですので未婚のヴィルヘルム様と二人になるとは、少しばかり……」

「ここここ婚約ですか!?」


 いきなり降って湧いた自分の結婚話に動揺してしまう。春乃の時ですら結婚どころか恋愛もしたことがないのに、十歳で婚約を考えると言われると早すぎるのではないかと思ってしまう。しかし、パッと見上げた先にアルベルトの驚いた顔とヴィルヘルムの笑いを噛み殺すような表情でハッと我に返った。すぐに表情を取り繕い、「申し訳ありません」とぎこちない笑顔で話に割って入ってしまったことに謝罪する。

 よく考えたら、昔の日本も輿入れが早かった姫はたくさんいる。特に出産が命懸けだろうこの世界で、早く子を成すことは重要なことだ。そう考えると成人が十五で、十でお披露目の会がある理由が見えてくる。

 アルベルトが父親の顔になって苦言を呈しているが、ヴィルヘルムは面倒臭そうに眉を顰めた。


「領地の情勢が安定せぬのに婚約などしてられぬ。そしてわたしは十になったばかりの子どもには興味はないし、感情を隠すのが下手な者に手を出すつもりもない」


 きっぱりと言い切るヴィルヘルムに対してアルベルトが「そういうことでなく……」と困りながら返すが、ヴィルヘルムはさらに不機嫌な表情になっていく。

 それよりわたし、婚約者にしてくれとも言っていないのに振られてない? さらりと酷いことを言われているし。

 しかし、ヴィルヘルムは未婚だということを聞いて驚いた。若いけれど領主だから夫人の一人や二人いると思ったのだが、そうではないらしい。そしてヴィルヘルムの言い方から婚約すらしていない状態だということもわかった。前領主の奥方である第一夫人とぶつかっている状態ならば、婚約しないというヴィルヘルムの判断がわからないでもないけれど。


「そのため間違いも起こるはずもない。緊急なのだ」

「ですが……」

「……それならば扉は開けておく。すまないが、本当に話がしたいだけなのだ」


 ヴィルヘルムの頑なな態度にアルベルトはため息をつくと、わたしの方を向いて「何かあれば大声を出すのだぞ」と念押しして席を立つ。抵抗していたのにあっさりと引き下がったアルベルトの態度にわたしは拍子抜けしてしまう。


「外にいる武官にも口を閉ざすように命じておいてくれ」

「わかりました。……本当に、言い出したら聞かないのはシリルガーヌ様とよく似ておられる」

「父上は関係ないだろう」


 シリルガーヌという人物の名前に聞き覚えがあったが、ヴィルヘルムの言葉で前領主だということを思い出す。そうしている間にアルベルトは疲れたような表情を見せると、そのまま扉を開け外に出ていった。前領主の時も同様に振り回されて困ったのだろうな、と考えると思わず同情してしまった。

 そして開け放たれているので扉の外から何かを言っている声が聞こえたので、メルヴィルたち武官に閉口するように命じているのだろう。はっきりと何を言っているのかまでは聞き取りにくいので、声の大きさに気を付けたらまだマシだろう。


「……さて」

『やっとですね……』


 ヴィルヘルムはちらりと扉の外に目をやると、声を潜めてわたしに声をかける。すると同時に彼の隣にシヴァルディが現れた。彼女の手の中にはメモ帳型の精霊道具が収まっている。わたしもイディを心の中で呼ぶと、イディも姿を現した。


「わかっているとは思うが、扉が開いているので発言には気を付けるように。ある程度の防音はされているが、気休め程度だからな」

「わかりました」


 わたしが頷くと、ヴィルヘルムはシヴァルディからメモ帳を受け取って、慣れた手つきでカバーに精霊力を注ぐと最近書かれたページを開いた。


「儀式について解読ができたということだが、詳しく説明して貰えないか」

「わかりました。……では、それを貸してください」


 予想通りの話題にわたしは承諾すると、メモ帳を受け取り、目の前に置く。扉が開いているので金色に光る文字たちを出すわけにはいかない。内容は頭に入っているが、抜けがあるといけないので念のためだ。


「とりあえず解読できた部分の全文を読んだ方が良いですか?」

「そうだな、念のためそうしてくれ。ただし、声には気を付けなさい」


 わたしはページを捲り、儀式の初めの部分のことを書いたところを探す。ペラペラと捲りながら探すと、すぐにその部分が見つかった。わたしは扉の外に一瞬意識を向けて確認すると、すぐにメモ帳に目を落として該当部分を読み始めた。


「……年に一度、王を招きて、精霊殿ごとに儀式執り行ふ。王は精霊の王の力借り、力の器を成す。……地に力を込むるため、器にたむ。精霊殿に仕ふる者、儀式の補佐しす。……ええっと、ためし後、王がこの地、歩まむ。……この儀式あらば、王国、時めかむ。この儀式なくば、王国、衰退しゆかむ……ですね」

「それだけで半年か?」

「今は別のところに手を付けていますが、濁点が省略されている関係でなかなか時間がかかるのです。あと夜の時間も限られていますし……」


 いくら精霊殿文字の解読に慣れたからと言ってすらすらと読めるわけではない。まとめた表と一つ一つの文字を照らし合わせて読んでいかなければならないのと、言った通り濁点と半濁点の省略で予測しながらという作業も付随する。ヴィルヘルムの言葉に多少もやっとしてしまったことは隠しつつ、言い訳をしておいた。特に後半は考察も含めてかなり時間がかかってしまったのだ。


『ヴィルヘルム、読んでもらっているのに何を言っているのですか』


 シヴァルディがにこにことしながらヴィルヘルムに苦言を呈した。けれどヴィルヘルムはシヴァルディの言葉を聞き流し、メモ帳に書かれた一節を探し指差した。


「儀式は以前言っていた通りだったが、この『器にたむ』というのは、溜めるか?」

「そうですね。この儀式は魔力を王族が持つ器に溜める儀式なのだと思います。そして溜めた後は、王がそれを持って歩く、と」


 力の器、というのは精霊力を溜めるための器であることはわかったが、精霊道具かどうかのヒントは書かれていなかった。しかし全てを読み解いて、シヴァルディが以前、神聖な杯と言っていたものは精霊力の塊のようなものではないかと推測している。王が持ち歩く、という記述からだが、自信はない。


「持ち歩く、か。土地に魔力を注ぐという記述はないということは儀式とはまた別なのか、それとも当時の王族がそれを隠しているのか。魔力を集めてそのまま、というのはあり得ない。儀式が王国の繁栄を左右するのだから」


 ヴィルヘルムの言うことにわたしも同意だ。精霊力を集めるだけ集めて持ち去りでは訳がわからない。


「確か、五百十二年より前は領主制度ではなく、王族がこの国を行脚していたんですよね?」


 ジャルダン領などの領地ができたのは五百十二年の過半数の王族の死から一年後の五百十三年だ。少ない王族で統治するのは厳しいということで、土地に線引きをし、各領地が誕生した。それより前は王族が各地を歩き回り、各地を訪問して文官とともに土地から収める税を計算していたという。客観的にみると非効率極まりないが、非効率的なのにはきちんと理由があるはずだ。

 わたしの質問にヴィルヘルムは肯定したので、わたしは自分の考察を話すことにした。


「第三者から見るととても非効率にしか見えないんです。税の回収ならばその土地を管轄する者に任すか、文官を派遣するか、方法はいくらでもあるのにわざわざ王族か訪問しているのです。……推測になりますが、この行脚の時に各地に魔力を注いでいたのではないですか? 特に田畑を中心にして」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 完全に初期の頃のフィルディナンド様とローゼマインだ笑 分かってます、このふたりが後々くっ付くんですね(嬉しみ!)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ