第十二話 第一夫人に会う
「顔を上げなさい」
艶やかな声で面を上げる許可が出て、視線を上げると目の前には何か企んでいそうな笑みを浮かべた第一夫人と敵意を隠さずにわたしを睨みつけているリオレッタがいた。クローディアはわたしの背中に手を添えると、第一夫人に紹介すべく声をかけた。
「アリーシア様、リオレッタ様、この度はおめでとうございます。そして我が家の十になりましたオフィーリアを紹介させてください」
「ええ、ありがとう。ですが、プレオベール家の娘はもういなかったはずでは?」
ちらりと第一夫人はわたしを一瞥すると、にやりと口の端を吊り上げてクローディアに目を向ける。
……もう? どういうこと?
第一夫人の言葉に引っ掛かりを覚えたが、表情を崩すわけにもいかないのでわたしは笑顔の仮面を貼り付ける。プレオベールにとって良くない意味を持つ言葉だということはわかるけれど、今は第一夫人に集中しなければならないと直感が訴えている。そんな第一夫人の口撃にクローディアは笑みをも崩さなかった。
「オフィーリアは新たに養子を迎えた子どもなのです。……おかしいですわ、ヴィルヘルム様も式の時に言っていたはずですのに……。あの領主一族用の席ではヴィルヘルム様の声が届きにくいのでしょうか?」
にこにことしながらクローディアは手を頬に当てながらほう、と息を吐いた。夫人が座っている席のせいにしつつも、第一夫人がおかしいということを言い切っている。しかし第一夫人はクローディアが吐いた毒に対して驚きも怒りも見せないどころか笑みはそのまま崩さずに、ふふっと笑った。今先程の言葉はただの挑発だったようだ。
「ああ、あのリョウシュサマの言葉はなかなか聞き取りにくくて。そうでしたか、知りませんでしたわ。……では、紹介してくださる?」
「はい。娘になりました、オフィーリアですわ。……オフィーリア、挨拶をなさい」
クローディアは挨拶するように促してきたので、わたしは左足を下げて頭を下げた。
「オフィーリア・プレオベールでございます」
「そう、優秀な子どもを養子に迎えたのね。その所作といい、魔力量といい、プレオベールの家はこれからも安泰ですわね」
「ありがとうございます」
下げた頭を上げると、わたしを見下ろす形でほくそ笑んでいる第一夫人の顔が目に入った。美しく研いだ刃物ような銀の色の瞳をギラギラとさせていて、そこからは何を考えているのか予測できない。背筋が寒くなっていくのがわかるが、表情を崩さないように努めて微笑んでおく。家庭教師やヴィルヘルムも言っていた表情に出し過ぎるなという言葉が反芻される。
「では、それほど優秀ならば成人後は文官かしら? 領地のためにしっかりと働いてほしいものですわ」
「もちろんですわ。アリーシア様を初めとして、領主一族皆様の力になれるように精一杯教育していますので」
「そう、それは成人が待ち遠しいわね」
ふふ、と目を細めた瞳がぎらりと光った気がした。クローディアも微笑むと、そのまま失礼する旨を伝えて第一夫人たちの前を去る。最後までリオレッタはわたしを睨みつけていたが、気にしないというか相手にしないのが一番だ。わたしはにこりと笑って下がった。
「お母様、強いです……」
「クローディアは強いぞ。子育てのために離れてしまったが、彼女は優秀な文官だったのだ」
しばらく歩いた後にクローディアに聞こえないようにぽつりと呟くと、その呟きを拾ったアルベルトが懐かしむような眼でそう言った。やはりクローディアは優秀で強かった。
その後領主一族に挨拶を終えた下の貴族たちがわたしたちのところにやってきて、挨拶をしてくる。わたしは二人の隣で微笑んでいるだけで特に言葉を発することはなかったが、やりとりで自分の派閥の人間の顔を知ることができた。第一夫人側の人間も挨拶をしてきた際に嫌味を含んだ言葉がちらほらとあったが、所詮は嫌味だ。華麗に聞き流すか、適当にあしらうなどしてその場はやり過ごした。
そして無事に宴を終えると、アルベルトに連れられてヴィルヘルムの執務室に行くことになった。どうやらヴィルヘルムはわたしに用事があるようだ。
部屋の前に到着し、メルヴィルたち武官は外で待たせることにして中に入ると、大きな執務机と壁に立ち並ぶ本棚が目に入る。机の上には漫画で見るような書類の山があり、それを一枚一枚丁寧に目を通すヴィルヘルムの姿があった。その量、終わるの? 大丈夫?
「ヴィルヘルム様」
アルベルトが近くまで寄って声をかけると、ヴィルヘルムはふっとアルベルトを見上げ、「ああ」と小さく声を漏らした。そして見ていた書類を脇に寄せると椅子から立ち上がる。
「そこに座りなさい」
目線で近くの椅子に座るように訴えかけてきたので、わたしはアルベルトのサポートをもらいながら椅子に腰を下ろした。アルベルトはヴィルヘルムが着席するのを見届けてから席に着いた。
「オフィーリア。其方、魔力量が増えていないか?」
「え?」
開口一番にそのようなことを言われて素っ頓狂な声を上げてしまった。本来ならわたしを咎めるクローディアが居なくて良かったと安堵しつつ、わたしは咳払いをした。
「どういうことでしょうか?」
「はぐらかすな。先程の披露の時のことだ。何故リオネッタと同じくらい魔道具を光らせることができたのだ?」
ヴィルヘルムの言葉にわたしは首を傾げた。領主一族並の精霊力を持っているから、が答えではいけないのか。しかしヴィルヘルムが聞きたいのはそういうことではないようなので、わたしはどう答えたら良いのかわからず口をつぐむ。
「ヴィルヘルム様。オフィーリアが領主一族並の魔力量を持つことは稀なことですが、何故そこまで焦っておられるのですか?」
困っていたわたしに手を差し伸べるようにアルベルトがわたしの思っていたことをヴィルヘルムに聞いてくれた。ありがとう、お父様!
ヴィルヘルムはハッと我に返ったのか目を見開くと、すぐに表情を隠して腕を組んだ。
「あの魔道具は魔力の有無とその量を測定するものだ。魔力を持っているならば流れる魔力を吸い取って感知する仕組みだ」
「そうでしたね。魔力保有量が多いほど流れる量も多いので、それで自身の保有量も理解した上で職を考えるというのが一般的ですよね」
なるほど。十歳のあの披露はそういうのも含めていたのか。
ただの顔見せだけではなく、精霊力をどのくらい持つのか知ることは自分だけではなく、受け入れ側にとっても大切なことだ。この領地の生活を回すために多くの精霊道具が置かれているのでそれを使うためには精霊力は必須だからだ。
ヴィルヘルムはアルベルトの言葉に頷きながら続ける。
「そうなのだが、あの道具には抜け道がある。……まあ、領主一族が他の貴族より多くの魔力を持っていることを対外的に示すために教えられたものだが、……あの道具に魔力を注ぐと多少かさ増しができる」
ヴィルヘルムがそう言うと立ち上がり、執務机に向かう。そして書類の山の中から黒い塊を取り出した。それは先程触れた測定用の精霊道具だ。バトンのようなそれは茶色っぽい部分と黒い部分がある。ヴィルヘルムが持っているのは茶色の部分だったが、すぐに黒い部分に持ち替えると中心の宝石のような部分が私が光らせたようにカッと光った。急に光ったので眩しさに目を薄くしてしまった。
「今は何もしていない。……しかしこれに精霊力を注ぐと……」
ヴィルヘルムがそう言った瞬間にさらに眩く光り輝く。あまりにも眩しいので反射で目を瞑ってしまった。目を閉じても暗くなく、赤々としていたが、すぐにそれもなくなったので、光が消えたのだと理解しわたしは目を開けた。
「このように変わるのだ。……二人はこれを知っても悪用はしないと思うが、黙っておいてくれ」
「も、もちろんです」
「はい、わかりました」
私とアルベルトは頷くとヴィルヘルムは持っていた精霊道具をわたしに差し出した。わたしは黒い部分に手を触れると、式と同様の明るさでカッと光る。心の準備はしておいたが、やはり眩しくてすぐに手を離してしまった。
「リオレッタは裏技を使ってあれほど光らせたと思うので、其方の魔力量より低いことは明らかだろう?」
「そうなりますね……」
ヴィルヘルムの言葉にわたしはひくりと口元を引き攣らせた。そんな裏技があるなんて知らなかったとはいえ、リオレッタから見ると裏技も使っていないのにこれだけ光らせるヤバい人だ。だからリオレッタからずっと睨まれていたのだ。領主一族なのにそれより魔力量が多いわたしは嫌な奴に映ったに違いない。
「それが、何故オフィーリアの魔力量が増えているという初めの言葉につながるのでしょう? 元々魔力量が多いとは聞いていましたが……」
話の筋を元に戻すようにアルベルトはヴィルヘルムに問いかける。確かに初めに言われたのは「魔力量が増えている」だ。わたしはこの測定器ではかったことはないはずだ。
「まず魔力は十歳から多少は伸びるとされているし、私がこのくらいになったのはここ最近だ。オフィーリアは私と同等の魔力量を持つと……いうことを調べてある。そうなると私と同じ速さで成長しているということになるのだ」
領主様、シヴァルディのこと言いそうになったな。
今年の夏の時点でヴィルヘルムとわたしの精霊力量は同じとされていた。そして冬の今の時点でヴィルヘルムの精霊力量は増えているが、わたしも同様に光らせた。つまりはまだ十になったばかりで増えていないとされているわたしが成長しているヴィルヘルムと同じということは、わたしも同じように精霊力が増えているということだ。




