第十一話 オフィーリアとリオレッタ
差し出された精霊道具に触れた途端、その光り方が尋常じゃないくらい眩しかったのできゅっと目を瞑ってしまう。今までふわりと明かりを灯す程度の光り方だったのが、カッと太陽が輝くような強い光がわたしを襲ってきたのだ。あまりにも強すぎて目を開けることすら難しい。瞼を閉じていても明るいことがわかるくらいだ。
「手を離しなさい、オフィーリア!」
ヴィルヘルムの焦った声に驚くと、触っていた道具から手が離れた。すると眩しくて目が開けられなかったのが嘘のように、一気に光が消え失せた。わたしは恐る恐る目を開けると、眉を顰めているヴィルヘルムと目が合った。わたしは困惑した表情のまま愛想笑いを浮かべてしまった。それを見たヴィルヘルムは更に眉根を寄せて不機嫌な様子になりながらも両手を広げ、声を上げた。
「この娘、オフィーリアは魔力量の高さから特例で下位から上位へと籍を移した! 先程の出来事から良くわかっただろう! オフィーリアはそれほどの価値があるのだ!」
ヴィルヘルムは良く通る声で呼びかけるとざわついていた観客の声がぴたりと止んだ。さすがは領主と言ったところか、前に立って話す機会が多いのだろう。ヴィルヘルムが言い終わると、舞台下にいる貴族たちの「あれほど魔道具を光らせるとは……」「だから特例で養子になられたのだ」といった会話がひそひそと聞こえてくるが、先程までこの道具を光らせていた子どもたちと比べてしまうとそういう話になってしまうのも納得できる。けれど、わたしだけ他の人間から異様に映っているのは恥ずかしい。
「そんな娘であるオフィーリアを私は歓迎しよう!」
ヴィルヘルムは大声でそう言い放つと、すぐに小声で「礼をするのだ」と急かした。わたしは慌てて左足を下げて背中が丸まらないように気を付けて礼をし、すぐに後ろを向いて同様に礼をした。すると拍手が生まれ、わたしは早く立ち去りたい気持ちからさっさと舞台から下りた。下りたところにはフェデリカとメルヴィルが待ち構えていた。
「素晴らしかったですわ」
「堂々とされていて、さすがはプレオベールの娘だと思いました」
『良かったよ、リア!』
二人と小さき精霊がわたしの姿を見ての褒めの言葉をくれるが、わたしにはどう聞いても失敗した子どもを励まそうとしているようにしか聞こえない。どんよりとした気持ちのまま、二人に連れられてクローディアのいる場所へと向かう。下りてすぐのところにクローディアがいたので、前から貴族の位順に振り分けられているのだろう。
「オフィーリア。あれだけの魔力を持つとは思いませんでしたが、良くできていましたよ」
「あ、ありがとうございます……」
クローディアがわたしを迎えると、にこりと微笑みながら褒めてくれるが、わたしの心は晴れないままだ。
「ヴィルヘルム様も十歳の時、あれくらい光らせていたのでオフィーリアの魔力は上位以上の現領主並ということなのがわかったのです。……さあ、リオレッタ様のお披露目が始まりますよ」
そんなにあっさりで良いの? と思うくらい、淡白な物言いにわたしは拍子抜けしてしまう。しかし周りはわたしを見てひそひそと何か言っている気がするが、クローディアがそう言うのでモヤモヤした気持ちに蓋をして残されたリオネッタを見上げた。
「次、ジャルダン家のリオレッタ様」
アルベルトの呼名リオレッタはスッと立ち上がり、ヴィルヘルムの元へと進んでいく。堂々としていて、かつ優雅な足取り、腰まで伸ばされた繊細な金の髪、どれ一つ取っても美しい姿はさすがはきちんと教育された領主一族と言ったところだ。上品で美しい足取りのまま、ヴィルヘルムの前までやってくると、差し出された精霊道具に手を触れた。するとカッと白く光り輝く。
『リアと同じ、くらい……?』
肩に乗るイディが目を凝らしながら言う。確かにカッと光る感じは同じだと思う。しかしわたし自身すぐに目を瞑ってしまっていたし、目の前で光るのを見るのと少し離れたところで見るのとは感じ方が違うのでどうなのだろうか。わたしは他の貴族たちがどのように反応しているのか様子を窺うために、会話がないか後ろに神経を集中させてみた。
「オフィーリア様と同じくらいか?」
「領主一族と上位貴族の娘が同等とは……」
「やはりオフィーリア様は特別なのか……」
そう言った会話がちらほらと聞こえてくるので、舞台下から見る側からもわたしが光らせたのと同じように見えたのだろう。
どうしよう、終わった後もわたし、目立ってるじゃない! リオレッタ様を差し置いてしまって睨まれない!?
城での言動には気を付けなさい、というアルベルトたちの言葉を思い出し、変な汗がだらだらと出てき始めた。そして後ろからのざわつきが大きくなってきたような気がした。わたしとリオレッタを比べる会話がちらほらと聞こえてきている。しかし、そんなざわつきを止めるかのようにヴィルヘルムが声を上げた。
「リオレッタは領主一族だ。今後は成長とともに魔力は伸び、そしてジャルダン領のために働いてくれるだろう! リオレッタ、其方をジャルダン領の貴族として迎えよう!」
ヴィルヘルムが声を張ってそう言うと、周りは水を打ったようにしんとなった。リオレッタはヴィルヘルムに対して礼をすると、すぐにこちらを向いて丁寧に頭を下げた。その美しさに周りはわっと拍手を送りながら、「領主一族は魔力量が高いし、リオレッタ様はまだ十になったばかりだから上位より伸びしろも大きいだろう」「ジャルダン領の発展のためしっかり動いてくださるだろう」といった上向きの話を始めていた。実際に成長とともに魔力は伸びるのかと言われるとわからないが、ヴィルヘルムの誤魔化しに心中で感謝しながらわたしもリオレッタに対して拍手を送る。
そしてわたしは上位貴族の席のため前方にいたので、頭を上げたリオレッタとバチッと目が合う。するとリオネッタは元々吊り上がり気味の目をさらに鋭くしてわたしを睨みつけてきた。
……怒ってますね、これは。領主一族と同等と見なされる結果はダメだよね……。やってしまった……。
しかしその睨みつけも一瞬で嘘のように消え失せ、リオレッタは微笑みながら横へとはけていく。それを目で追っていくと、彼女は舞台から降りずにそのまま進み、舞台に繋がる花道のような場所に置かれていた椅子に座った。そんなところに席があると思わなかったと改めてよく観察すると、その隣の席にはリオレッタと同じ薄い金色の髪をきっちりとまとめ上げた妖艶な女性が口元を吊り上げながら一言二言と声をかけていた。
『この人が領主様たちが言う第一夫人ね』
イディに言葉にわたしは小さく頷く。リオレッタが成長するとこのような女性になるのかと思わせるくらい良く似た風貌を持っている。それがリオレッタの母親であると言われても誰しもが納得できるだろう。ただ瞳の色だけは銀色と異なるので、リオレッタの瞳は父親譲りであることがわかる。
この人がヴィルヘルムの警戒対象か、と思うと、緊張してしまうのか自然と手に力が入ってくるのがわかる。
「今年は八人の子どもが貴族の仲間入りを果たした。五年後の成人後が待ち遠しい! さて、次の春に向けてだが……」
リオレッタのお披露目が終わったところでヴィルヘルムが声を上げたので、わたしはハッと舞台上に目を移した。余所見をしてしまっていたことに焦りつつもわたしはその後のヴィルヘルムの領主報告に聞き入った。上のフロアにいる第一夫人がわたしを睨みつけていることを知らずに。
領主の報告は春の王都で行われる王国会議に向けてのことだった。
王国会議とは各領地の領主と王族が集まり、王族の提案事項に対して受諾するか、拒否するか、また各領地の取引の決定など様々な事柄が話し合われる。この会議自体は領地制度になってから生まれたもので、いくら王族という立場でも領主たちの承認が得られなければ新たに制度を制定することができない仕組みになっている。以前ヴィルヘルムが言っていた、フォンブリュー領、トゥルニエ領、ギルメット領は発言力が高いこともあり、ある程度は王族が無理を通そうとしても通らないそうだ。ただし、一領主対王族となると領主の立場は弱くなるのは基本的に変わらない。多数の領主だから成り立つ会議なのだ。
ヴィルヘルムはその会議でのこのジャルダン領の方向性を話し、会議での決定は領地に戻ってからまた集まって報告をすることになる旨を伝え、ヴィルヘルムは舞台から去っていった。その後は貴族たちの派閥に応じた挨拶回りが始まるが、上位貴族であるプレオベール家が挨拶しに行くのは領主一族くらいで、あとは下の貴族が挨拶に来るのを待つだけだ。そのため嫌でも第一夫人には接触しなければならないので、経験豊富なアルベルトとクローディアにくっついて向かうこととなった。




