第七話 初めての精霊道具
『作りたいものをイメージして。ワタシはそれを形にするわ』
「わかった」
方向性が決まればさっさと動くのが一番なのでイディはわたしの右手に自分の両手を重ねた。
わたしは目を閉じて考えた。
この世界のランプって言われると先生が持ってた蝋燭タイプのランプなんだよなあ。前世だと炎の光じゃなく、白熱電球やLED電球が主流だしそっちの方が馴染み深いからそれでいいか。あと、ランプって言われるとキャンプ用のランプしか思いつかないや。
わたしの頭の中にテレビのキャンプ特集で出ていたアンティークランタンが思い浮かんだ。見た目は古風でお洒落なランタンだが、明かりはLEDライトになっていてとても明るいと紹介されていたことも思い出す。
するとイディの手とわたしの手の間から夕日の色の光が生まれ広がっていく。光を中心として風も生まれ、わたしやイディの髪を靡かせた。そしてわたしの中にある精霊力が光の中にどんどん吸い込まれていく。一気に引き抜かれていく感覚に気分が悪くなるが気を確かに持ち体を支える足に力を入れた。
『加護を与えた者の願い物をつくり給え』
イディの厳かな声がするとともに光が弾けて粒になった。キラキラと光の粒がわたしたちに降り注ぐ中、わたしとイディの真上にランタンが浮いていた。そして重力とは無縁のようにゆっくりとわたしの手の上に落ちてきた。
『できたわ。受け取って』
「う、うん」
イディが重ねていた手から自分の手を引くとわたしは両手でランタンを受け取った。
まじまじと完成品を見ると頭で想像した通り、テレビで見た黒くシックなアンティークランタンだった。
あまりの精巧さにわたしは目を見張ってしまった。
『ちょーっとだけ精霊力を流してみて』
その言葉通りわたしは子ども用のジョウロで水をやるようにランタンに力を流した。するとランタンの電球に白い光が灯った。ランタンの大きさはあまり大きくないのだが、広範囲を照らしているのでここではじめて壁に刻み込まれた文字たちが姿を現した。
『あら、これが旧プロヴァンス文字ね』
イディが照らされた文字に近づいた。照らされた文字たちははっきりと見えるのでランタンの性能は良いようだ。
「うん、イディが言ってた旧字体の方だよ。上のは何かわかる? ここまでまとめたんだけど……」
そう言ってわたしは手のひらに込めていた精霊力の塊を体の外に弾き出した。わたしの周りに金色の走り書きが広がると、イディは興味深そうに書かれた内容をしげしげと見ていく。
『うーん……、文字の種類はわかるから多分これは精霊殿文字だと思う。精霊を表す独特の形が使われているし』
「読める?」
『ううん。精霊の文字じゃなくて人の手が加わったまた特殊な字だから今のワタシには読めない』
「そっか、よかった」
『え?』
キョトンとした顔をしたイディを横目にわたしは胸を撫で下ろした。
イディが読める文字をわたしが解読しても答え合わせをするような状態なので試行錯誤する楽しみがあることがわかり、口元がへにゃりと緩む。
しかし精霊殿文字と言っていたので、この自称精霊以外にも精霊がいるのだと改めて驚く。この世界に来てから精霊のせの字も見ないほどの消え具合だった。精霊力の呼び名が魔力になっているし、マルグリッドらの年長者もそのような話はしていなかった。わたしは精霊殿文字を指でなぞり、ほぅ、と息を吐いた。
すぐにこのわたしが解読してあげるからね! 待っててね、精霊殿文字ちゃん!
これを読めば精霊のことがわかるかもしれないと思い恍惚の表情を浮かべた。イディが冷ややかな目をしているような気がするが気のせいにして、精霊力を引き出し前回出したペンを取り出した。
* * *
ふと気がつくと、ランタンがチカチカ点滅していた。どのくらい時間が経ったのかわからず、伸びをしようと立ち上がろうとしたら力が入らずそのまま尻餅をついてしまった。尻餅の音にイディは手を止めわたしの前にやってきた。
『あら、もう精霊力の限界ね』
「え、もう? どのくらい時間、経った?」
『鐘が二回なったわ。二つ分と少し』
「そんなに?」
あっという間に時間が経っていたことに驚愕した。しかしほんのり光る金色の文字たちの量は前回より格段に増えているので相当作業に没頭していたのだろう。
今回の成果としてはあまり進んだとは言えない。精霊殿文字は旧プロヴァンス文字よりも字数が多いので上下を対応させようとするも噛み合いにくく難しい。ただ文字の種類は思ったより多くないので時間をかければできないこともないだろう。
「もうちょっとできない?」
『やめておいたら? ここで倒れて朝発見されたらもう夜の抜け出しも無理になると思うけど』
「それは困る」
同室の子どもや先生に黙ってここに来ていることが露見してしまうと夜の見回りも厳しくなり、ますますここに来づらくなる。そうなるのは絶対御免なので今日の作業はここで終了することに決めた。もらったテオの実もあと一つになってしまった。
わたしはこの書き殴りを保存しようとスクリーンショットをイメージして精霊力を少し注いだ。すると金色の文字たちが一斉に消え失せ、手のひらに熱い塊が入り込んできた。脳裏に先程まで書き連ねたメモが浮かんでいるので成功したことにホッと息を吐いて持っていたペンを消した。
今度は立ち崩れないように慎重に力を入れて立ち上がると何とか立つことはできたがかなりの疲労感が襲ってきた。もしこのまま続けていたら倒れてしまっても仕方がない状態であることがわかり、止めてくれたイディに心の中で感謝の意を示した。
「帰って、寝る……」
『そうした方がいいわ。だいぶ精霊力を使ってるからいつ倒れてもおかしくないわ』
「うん……」
ふらふらになりながらも据え置きになっているランタンのところへ行き、ランタンを持ち上げた。わたしの精霊力が枯渇しかけているせいかついたり消えたりを繰り返している。限界の時は近いのかと思い、扉に向かおうとして手に持っていたランタンをもう一度見た。
これ持って帰るの不味くない?
ただの孤児がいきなり精霊道具を持っていると知られると貴重なものなので問い詰められきっと取り上げられてしまうだろう。他の子どもたちと同室なのでこれを隠すというのも難しい。これはイディが力を貸してくれ自分の精霊力を使って作り上げたものであるのでそれは避けたいところだ。
「イディ、このランタン、部屋に持っていくの難しいんだけど何とかならない?」
イディが何か良い案を持っていないか尋ねてみた。イディは考える仕草をしながら言った。
『そういえばそうね、確かにあの部屋隠すところなんてないし。……そうね、ランタンの精霊力を自分に取り込んでみたら? ランタンの元は精霊力だしその力を保存するイメージを持ったらいけるかも』
ランタンの精霊力を自分の中に取り込んで保存することができるならスクショのように自在に取り出すことができるだろう。理論的には試してみる価値はあると思ったのでわたしはランタンを両手に持ち、瞼を閉じた。
視界を遮ることで自分の目の前にあるランタンに橙色の炎が揺らめく感覚を感じた。なるほど、これが精霊力か。
わたしはその炎を自分の中に吸い込むことをイメージして念じた。
するとランタンに宿る炎がすうーっと自分の手の中に吸い込まれていく感じがしたかと思うと、ランタンは手の中から忽然と姿を消した。
「消えた……」
『自分の中にある感じある?』
わたしは神経を集中させてランタンの精霊力を辿ってみた。確かに奥に橙色の精霊力の塊があるように感じた。しっかりと自分の中で保存できているようだ。
「ある。できたみたい」
『よかったわ。ランタンを出したい時は手のひらにその精霊力を引っ張り出してみて。多分スクショと同じ感覚だと思う』
「ありがとう、イディ」
わたしはイディに礼を言うと、扉の方へ行き慎重に扉を開けた。そして扉から顔を出して誰もいないか念のために確認した。
廊下は静まり返っていて人の気配はなかったので、わたしは音を立てないように廊下に出た。今さっきランタンの精霊力を取り込んだので少し回復したのか体をうまく動かせるようになったので少し早足で進むことができた。
『あと少し、頑張って!』
イディの言葉にわたしは頷く。もう階段のところまで来た。登り切ったら自室はすぐそこだ。わたしは肩の荷が下りたように吐息を漏らすと階段に足をかけた。
「!」
上の階が微かに明るくなってきている。近くはないが誰がこの階段に向かってきているということは明白だ。全身の血がひやりと冷えわたって動悸が高まる。ここで見つかったら何をしていたのか説明しなければいけないが何も言えない。厠も正反対なのだ。
『リア! 隠れて! そこ、階段裏!』
ぐいぐいとわたしの服の裾をイディが引っ張りながら奥の方を指さす。階段裏は掃除道具を置くための物置にされている。わたしは慌てて階段の裏側に滑り込んだ。
コツコツコツ……。
足音が近づきほんのりと明るくなって階段を照らしている。翠色の羽織に真っ白な衣を纏う男性が階段を降りていく。そしてわたしを気にすることなく、講堂に繋がる廊下へと消えていった。
わたしはホッと息を吐き、音を立てないようにゆっくりと出た。
「危なかった……」
『ほんとにね。また見回りが来る前にさっさと戻りましょ』
「うん……」
どっとした疲れが襲ってきたが、力を振り絞って階段を上り切り自室の扉に手をかけ細心の注意を払い中に滑り込んだ。
子どもたちはすやすやと眠っている。わたしは抜け出したままになっていた自分の布団に潜り込みそのまま目を閉じた。
作業で精霊力も消耗し夜更かしの眠気もあったためか、わたしはものの数秒で眠りに落ちてしまった。
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精霊道具を初めて作りました。ランタンですね。
他にも作ると思いますが、それはのちのちに。