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第五話 ヴィルヘルムが来るらしい


『旧プロヴァンス文字に関する解読書……ですか。精霊道具ならば使い勝手が良いですしね。良い判断だと思いますわ』


 わたしの手の中にある解読書をシヴァルディは見つめながら頷いた。イディは褒められて嬉しかったのか、ぽりぽりと指で頬を掻いた。


『今のところリアとワタシしか旧プロヴァンス文字を読めないので……。これが後世に残れば他者が読んで学ぶことができます』

「じゃあ、これはわたしが持っておかずに置いておいた方が良い? ここの本棚とか」


 そう言ってわたしは殺風景な棚の一部を指差した。今日ここにやってきたばかりなので必要最低限のものしか用意されていないため、棚には何も置かれずにいる。花一つさえもないので相当急いで準備を整えてくれたのだろう。

 わたしの言葉にイディはため息をついて首を横に振った。


『この部屋はリアだけじゃなくてデルハンナやお掃除の人が入るでしょ。もし手に取られて見られたら、どういう風に説明するの?』


 イディは呆れかえっている。孤児院暮らしの時もランタンを部屋に置けなかったように、ここでも人の出入りがないとは言い切れない。そのため疑われるものは隠しておくのが必須なのだ。

 しかしわたしの部屋に置いておけないならば、どこに置いておくのが良いのだろうか。わたしが知る限り、選択肢はもう精霊力に変換して手元に持っておくしか思い浮かばない。他の場所で良いところなんてあるのだろうか。そんなわたしの疑問にシヴァルディは答えが分かったのか軽く手を叩いた。


『ヴィルヘルムの城ですね。あそこなら資料室がありますし、適当ですわ』


 イディは正解と言わんばかりにシヴァルディに笑顔を向け、大きく頷いた。

 ──そうか、城か。そこなら領主しか入れない部屋などあるかもしれない。また著者を隠せば、資料室にしれっと置いておくこともできるかも。……あ、それならば羊皮紙の本にして擬態させたら良かっただろうか。


『では、私が預かってヴィルヘルムに渡した方が良いですか? それとも明日会うつもりだとヴィルヘルムは言っていたので、その時ですか?』

「あの……、明日、というのは……?」


 シヴァルディの発言の中に聞いていないことが含まれている気がしたので、わたしは聞き返した。明日会うつもり、と聞いたが、明日の予定は家庭教師の顔合わせと勉強のはずだ。ヴィルヘルムが来る、または彼に会いに行くという予定は聞いていない。するとシヴァルディは呆気に取られたのか、ただ目を見開いて一瞬ぼんやりとした。そしてすぐにわたしの意図を理解したのか、口を開く。


『明日プレオベールの家に行くと言っていましたけど、……もしかして伝わっていないのですか?』


 シヴァルディの言葉にわたしは全力で首を縦に振った。そしたらシヴァルディは淑女に似合わない大きなため息を深くついた。これはヴィルヘルムの行動に呆れているのだろう。


『そうですか。おかしいと思ったのです。本来家長に許可を取り、家の段取りなどを整えるため早くとも面会は二日後だと思っていたのですが、今回は次の日と早かったので……。今、急ぎで連絡が行って慌てているせいか、貴女に連絡が行っていない状態なのでしょうね』


 シヴァルディは眠りにつく前はジャルダンとともにいたようなので、この辺りの貴族のしきたりなんかは詳しいのかもしれない。きちんと理解しているシヴァルディだからこそ、このヴィルヘルムの奇行に呆れ返っているのだろう。

 でも、急ぎで人に会いたい時はどうするのだろうか。申請して面会できるのが早くとも二日後ならば、大抵の急ぎの用事は終わってしまっている気がするのだが。


『とりあえず、明日リアの様子を見にヴィルヘルムが訪ねる予定です。……確か、午後だと。そちらの準備もあるかと思いますがご容赦くださいね。……ヴィルヘルムにはこの後、しっかりと言っておきますわ』

「訪問についてはわたしの方は大丈夫です。きっと予定をずらすことになるだけだと思うので……」


 わたし自身はヴィルヘルムが突然訪ねてこようが問題はない。困るのはプレオベールの家を切り盛りするクローディアやデルハンナたちだ。領主という来客のために穴がないように必死に準備することになるのだ。わたしは邪魔にならないようにし、予定がスムーズに進むように協力するくらいしかできないだろう。

 しかし、シヴァルディは笑顔を貼り付けたまま佇んでいる。多分、いや、絶対怒っている。その張り付いたような笑顔が怖い。わたしはシヴァルディの怒りが自分に飛び火しないように無理矢理笑顔を作った。もう話は切り上げて終わらせよう。うん。


「……でも、教えてくださってありがとうございます。この本も領主様に会った時にお渡しします。あと儀式についての報告もその際に、とお伝えください」

『ええ、わかりました。……それでは明日、また会いましょう?』


 美麗な笑みを一つわたしに向けるとシヴァルディは姿を消した。わたしとイディは同時にホッと息を吐き、顔を見合わせて笑ってしまった。


「じゃあ、解読書は領主様に渡すで良いんだね?」

『そうね。預かってもらうっていう感じの方が強いから、それは伝えてね』


 イディの願いにわたしは頷くと、一先ずは隠しておくためにイディに手渡した。イディは受け取ると指をぱちんと鳴らして、解読書を消してしまった。これで見つかる心配もないだろう。わたしは安心して、自分のランタンの精霊力を吸い取り、自分の中に仕舞い込んだ。

 今日は精霊道具も作り、解読作業で精霊力を使ったのに、倒れてしまうほどの疲労感は感じられない。精霊力を使うことに慣れたのだろうか。それとも道具を作る際、適性がきちんと働いてそこまで精霊力を使っていなかったのだろうか。その辺りは少しわからないが、この状態が続くのならば万々歳だ。


「じゃあ、寝ようかな……。ああ……」


 作業が終わったので酷い眠気が襲ってきて、思わず欠伸をしてしまう。十歳目前の成長期の体に睡眠は大切だ。一刻も早く眠ろうとわたしは寝台にごそごそと潜り込んだ。天蓋付きの豪華なものなので中に入り込むと月明りしかなかった暗い部屋が更に暗く感じた。わたしは軽やかに浮かび上がりそうなほどふんわりとした布団を自分の体に掛けると、そのまま横たわり目を瞑った。隣にアモリがいないことに寂しさを感じたが、そう感じていたのはほんの一瞬のことだった。





 そして、プレオベール家で迎える初めての朝。

 寝台が変わったからなのか、緊張からなのかわからないが、鐘の音で自然と目が覚めた。レミやギィに起こされていた時のことを思い出し、胸がぎゅっと締め付けられたが、くよくよもしていられないのでわたしはゆっくりと体を起こした。寝台を降り、窓の外を覗く。夏の時期のせいか、日が出るのが早い。そのためもうすぐ夜明けといった時間で先程鳴ったのは最後の暁の鐘だということがわかる。

 いつもの生活ならばもう起きて活動を始めなければならない。勝手に動いても良いものなのだろうか、とわたしは孤児院と貴族の生活の違いに困惑した。けれど、昨日の夜も寝る直前までデルハンナが付いていたことを思い出し、余計なことをしてはいけないと判断しわたしはそのまま寝台に戻り、横になった。もちろん目はばっちり覚めたので眠れないけれど。


 貴族って、面倒くさい……。


 誰も咎める者がいないので、わたしは小さくため息をついた。



 結局、デルハンナがわたしの部屋にやってきたのは明けの鐘が鳴ってからだった。わたしが早く起きていることを見抜いていたのか、デルハンナは「それでよろしいのですよ」と笑顔を向けて頷いていた。どうやらわたしが早く起きて活動すると、それに合わせて仕えの者も動かなければならないそうだ。他の人に迷惑をかけることにならなくて良かったとこっそりと安堵した。


 そしてシヴァルディが言っていた通り、午後にヴィルヘルムがやってくることになった。わたしがプレオベール家に養子として入る前の庇護者がヴィルヘルムなので、その様子を見るという名目で来るそうだ。そのためわたしは領主に対して失態がないように午前中に作法を学ぶことになった。歴史や地理はまた明日、というわけだ。お預けなんて残念過ぎる。

 そうして午前中はみっちり、貴族の礼からマナー、言葉遣いなどを叩き込まれたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  貴族っていうか、立場の高い人って大変そうですよね。  僕はパスタもスープも音を立てて食べますよ。笑
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