第四話 儀式と本作り
事前にセットしていたランタンが点滅し始めたのに気が付いたのはイディに揺さぶられてからだった。「え、もう?」という言葉とともに頭を左右に振る。同じ姿勢で長時間作業していたせいか、体が固まってしまっている。体を動かそうとしたら、少々痛くて顔を顰めてしまった。
『とりあえず点滅してるけど、成果報告しよう。ちょっとだけ力を注ぐね』
イディはそう言うと壊れてしまったのと疑ってしまうほどチカチカと点滅していたランタンの方へ飛び、ランタンに触れた。すると触れた瞬間にランタンは燃料を得て、また明々と辺りを照らし始める。
わたしはふう、と一息つき、一度軽く伸びをする。
『まずリアの方から。儀式の方は?』
「あ、わたしが先なのね」
てっきりイディから報告してもらえるのかと思い、気を抜いていたが、報告を促され、少し拍子抜けしてしまう。わたしは寝台に腰掛けながら、キラキラと輝く銀文字で書かれた一節と走り書きをしたふわりと光る金文字で書かれた一節を手で引き寄せた。紙を動かすのをイメージしてするとできることが解読作業時に判明したので、有効に活用させてもらう。
イディはわたしの膝上にやってくると、その小さな足を折り畳んで座った。
「ほとんどの子音と母音の組み合わせの発音はわかってるから当てはめるだけだった。言語は古い言い回しはあるけど、プロヴァンスの言葉だからね」
前世で文字解読をやっていて何が難しかったかというと、他言語への理解だ。解読者シャンポリオンは様々な言語を習得していたと言われている。そしてヒエログリフの解読の手がかりとして、エジプト語の一部のコプト語も学んだと言われている。わたしも同様に留学し、言語を学んだが、一日や二日で習得できるものではない。そう考えると、言語が同一である精霊殿文字はかなり取っ掛かりやすいのだ。
わたしは白銀色に光る文字を指差した。
「シヴァルディが言った通り、儀式は年に一度、国王を呼んでやっていたみたい。ここの部分だけだけど、こう書いてた。──年に一度、王を招きて、精霊殿ごとに儀式執り行ふ」
『精霊殿ごと……って、ここ以外にも精霊殿があるということ?』
イディの疑問にわたしは頷いた。
「ここには森の精霊シヴァルディが眠ってたでしょ? イディ、初めに言ってたじゃん。この地の精霊は九種類に分類されるって……」
『そっか。日、月、水、火、風、地、森、時、武……、それぞれがそこにいるんだね』
イディの発言にわたしは正解、と肯定した。
あの孤児院……ではなく精霊殿には森の精霊の記述とシヴァルディが存在した。ということは、この王国各地に精霊殿が少なくとも九つあるということだ。もしかすると領地ごとに一つあるのかもしれない。地理も明日から学ぶ予定なので要確認だ。
『それで続きは?』
「えっと……、王は精霊の王の力借り、力の器を成す、だったかな。精霊王のことが出てきたの」
『力の器……?』
イディがそう呟いて首を捻った。
わたしも力の器、と金文字で書いてクエスチョンマークを入れている。ここがよくわからない。精霊道具の類かと思ったが、それならそう記述してもおかしくはない。
それと国王は精霊王の力を借りる、とある。ということは、精霊王は消え去るまでは国王と共にいたのか、それに近い状態だったということになる。シヴァルディやイディがそれぞれの主と共にあるようにもしかすると国王の側にいたのかもしれない。
全ては予想でしかないんだけど……。
国王と何かあったのかもしれないし、精霊側に問題が生じたのかもしれない。それは当事者でないとわからないことだ。
『精霊王が作る力の器って何だろう? 力ってことは、やっぱり精霊力かな?』
「今までの記述からいくとその可能性が高いと思う。精霊力の器……、それが儀式に必要となると今の状態じゃ儀式すらできないよね」
精霊道具ならば孤児院の何処かに残っている可能性はあるが、道具と書かれていないので王族が持つものか、その都度に作るものなのかもしれない。
けれどまだ解読を始めて序盤の方なのでのちの方にヒントや答えがあるかもしれない。とりあえず読み進めるしかないだろう。
「今日はここまで。やっぱり、濁点がないと予測しながらになるから時間がかかるね。でも表音的だからまだやり易いから助かる」
『じゃあ、あともうちょっとかな?』
「どうだろう。でも前よりは時間はかからないかも。……それでイディの方は?」
わたしが報告できることは以上なので、次はイディの番だ。
わたしは空間に広げているメモたちを全て自分の中に仕舞い込む。きちんとした状態であるか確認しつつ、持っていたペンも消した。これでイディの報告を受けたら寝るだけになる。
イディはわたしの言葉を受けて立ち上がると、そのまま上へと浮上する。そして丸を描くようにくるりと指を回すと、わたしの走り書きとは違ったある程度の文量に整理された文章の塊たちが姿を現す。
『旧プロヴァンス文字の整理が終わったから見てほしいの。こんな感じで本にしたらどうかなって』
わたしは改めてイディがまとめた文章を読んでいく。前孤児院長のごたごたの前に見たが、そこからほとんど内容は変わっていない。わかりやすく資料が入ったり、注釈を加えたりとしているくらいだ。資料も創世記しか知らないのでそれしかないのだけれど。
表音文字なので、今使われているプロヴァンス文字と対応させた表もあり、わかりやすい。これならばここを開いた状態にして変換することで旧プロヴァンス文字で書かれた文章も読むことができるだろう。
「わたしは本書いたことないけど、わかりやすくて良いと思うよ。これで本にしてみようよ」
『リアがそう言ってくれて良かった! 力の余裕があるなら今日作れたらと思って、ワタシの報告は最後にしたの』
「なるほど」
精霊道具一つ作るだけで多くの精霊力を持っていかれる。わたしが道具を作ってふらふらになってしまい、儀式のことが話せなくなってしまいかねないから先に報告させたのか。納得した。
「本、ね。それならシヴァルディも呼んだ方が良いかも。適性もバッチリだし」
『ということはあのメモ帳みたいな植物の紙の本にするの?』
「うん。普通の本とは違うってすぐわかるでしょ? 紛れてしまわないようにするためにもそうした方がいいかなって」
この世界の本は見たことがないが、おそらく羊皮紙を基本としたものだろう。恐ろしく高価で貴重な物だと思う。保存も厳重になり、読むのも大変だ。
わたしにとっての本は安価で字さえ読めれば誰でも手に取ることができる物だ。いつか資料も含めて、この本で様々な人が解読という人類の宝と言える素敵なものに感動し、解読作業を始めるきっかけになれば良いと思う。精霊道具なら多少乱雑に扱っても大丈夫だろうから、いろんな人が読めるようになれば良いな。
『じゃあもう夜も更けてるし、早く作っちゃおうか』
イディの言葉にわたしは頷くと、心の中でシヴァルディを呼ぶ。するとわたしの声に反応するように、わたしの心臓あたりが翠色の光で満たされる。呼応するかのようにわたしの中心部に溜められた精霊力をずず、と抜き取りながら目の前に光が集まり出した。
『お待たせしました、リア』
「急に呼び出してごめんなさい、シヴァルディ」
光の中から様々な木の葉を集めた髪飾りを着けた艶やかな深緑の長髪に翠色の瞳、そしてこの世のものと思えないほどの美貌を持つ森の精霊シヴァルディが現れ、微笑んでいた。わたしは急な呼び出しに対して謝罪すると、気にしないでと言わんばかりに首を横に振った。
『ヴィルヘルムの仕事ばかり見ていても暇だったので大丈夫ですよ。……さて、ご用件は何ですか?』
シヴァルディの言葉に思わず顔を綻ばせてしまったが、用件を切り出さねばとすぐにハッとする。
「精霊道具を作りたいのです。植物紙の本なので適性のあるシヴァルディの力も借りたくて……」
『そういうことですか。二人の精霊の力を使うので差し引きゼロな気がしますが、やってみましょう』
「ありがとうございます!」
わたしが礼を言うと、シヴァルディは目を細め整った顔で笑ってくれた。
わたしは手を差し出すと、シヴァルディが白い手、イディは小さな手をわたしの手に重ねてきた。
『文章はワタシが入れ込むから、リアは本を想像してみて』
わたしは頷いた。そして目を閉じ、思い描く。
本だから、表紙はシンプルがいいよね。ゴテゴテしてても見にくいし。大きさも小さすぎるとダメだよね……。
考えていくうちに一つのイメージが出来上がっていく。そしてそれぞれの適性を色で塗り潰し、はっきりさせる。すると重ね合わせた手の間から夕日の色と森の色の光が生まれ、それを中心として風が吹き、皆の髪を靡かせた。そしてわたしの内側に貯め込んだ精霊力が光の中に大量に吸い込まれていく。以前は貧血のような症状が出たが、今回はそこまでのものは出ない。適性のおかげで消費量が減っているのだろう。
『加護を与えた者の願い物をつくり給え』
二人の声が揃い、重ねた手から生み出される光が弾けて粒になった。橙色と翠色の光の粒がわたしたちに降り注ぎながら、頭上には一つの本が浮かんでいた。わたしは手を伸ばし、その本を掴む。
シンプルに、と考えた結果、表紙は革のブックカバーを付けた。もちろん取り外しは可能だ。イディの作った資料は膨大ではなく、簡潔にまとめられているので本にすると数十ページくらいのものになっていた。ある程度の薄さなので短期間で読めるだろう。
「できたね、イディ」
『うん、できた! ……旧プロヴァンス文字についての解読書が!』
わたしはイディに笑顔を向けると、イディは嬉しそうにニカッと笑った。




