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第二話 プレオベールの家族


「失礼します」


 デルハンナの一声が響き、扉が開かれる。アルベルトはそのまま中に入っていったので、わたしもその後に続いた。


「クローディア、待たせたな」

「いいえ、アルベルト。待つ楽しみがあって良かったわ。……それでその子が?」


 クローディアと呼ばれた女性は萌葱色(もえぎいろ)の瞳をこちらに向け、笑みを浮かべた。おっとりとした声で優しそうなお母さんといった雰囲気を(まと)っている。

 アルベルトはわたしの手を取るとクローディアの近くまで手を引いて行く。


「ああ、この子が話をしていたオフィーリアだ。……オフィーリア、この女性は私の妻、クローディアだ。其方の養母になる。挨拶を」

「お初にお目にかかります。オフィーリアと申します。正しい挨拶の仕方がわかりませんので、礼で失礼いたします」


 デルハンナの時は失敗してしまったが、今回はアルベルトの妻でわたしの養母だ。礼をしてもおかしくはないだろうと思い、わたしは礼を一つする。これだけ貴族に囲まれるという経験がないので震えていないか心配なところだ。

 無事に挨拶を終えるとクローディアは笑みを崩さずに両手を胸の前で合わせた。


「作法についてはこれから学べばいいわ。私はクローディア・プレオベールです。どうか母だと思って接してくださいね」

「ありがとうございます、お母様」


 プレオベール夫妻は教育さえまともに受けていないわたしを引き取ると決意してくれ、きちんと迎えようとしている。ブルターニュ夫人にお母様と決して言いたくなかったが、この二人の思いに報いるためにも義理は果たさないといけない。

 わたしの知りうるオフィーリアの記憶の中で心から言う初めてのお母様という言葉は何だか変な感じがしたが、クローディアは目を細めて喜んでくれた。


「オフィーリア、息子たちも紹介しよう。長男のフレデリックと次男のダーヴィドだ」


 アルベルトはそれぞれを指しながら紹介してくれる。どちらも父親であるアルベルトに似ているが、ダーヴィドは髪色が母親譲りの琥珀色だ。フレデリックの方はよく鍛えているのか体付きがしっかりとしているので、おそらく彼が武官で、線の細いダーヴィドは文官だろう。


「フレデリック、今年で十九だ」

「ダーヴィドだ。私は兄とは三つ違いの十六。よろしく、オフィーリア」

「オフィーリアです。よろしくお願いします、お兄様」


 挨拶をするとわたしの瞳をじっと見つめた後、ニカッと歯を見せて二人は笑った。笑い顔もそっくりだ、さすが兄弟だ。


「オフィーリア、貴女のお部屋はすでに整えてあります。部屋に行き、着替えて昼食にしましょう? デルハンナ、オフィーリアと一緒に部屋へ向かいます」

「わかりました」


 そう言ってクローディアはデルハンナに目配せをすると、デルハンナはゆっくりと頷いた。それを見ていたアルベルトは息を吐き、軽く肩をすくめた。……何かあるのかと変な胸騒ぎがして兄二人を見ると、彼らもわたしに同情するかのような表情を浮かべていた。


「女性の支度には時間がかかりますので、男性陣は仕事でも訓練でもなさっててくださいな。昼の鐘がなりましたら昼食が用意できるように料理人に伝えておきますので、その時にまた」


 クローディアは声を弾ませながら言うと、私を連れて扉の外へと向かおうとする。予想していた展開だったのかアルベルトたちは不満の声も上げず、皆それぞれ「ああ」と呆れたようなため息混じりで返事をした。おかしいな、少し前に朝の鐘が鳴ったなので昼の鐘までだいぶ時間があるのだが……。


「わかった。私はヴィルヘルム様に報告をしてくる」

「オフィーリア。母上の相手を頼むぞ」

「男の私たちでは母上を満足させられないのだ」


 男性陣はいっておいで、と言わんばかりに手を振っている。クローディアに肩を抱かれ、わたしは客間らしき部屋を出た。

 女性の支度、着替え、男ではクローディアを満足させられない……。それらを総合して考えていくと、一つの結果に辿り着く。


『つまりはリアは着せ替え人形的なものになるってことかな?』


 イディが唸りつつ正解を言い当てる。前世で幼い時も母親の趣味全開のフリルがふんだんにあしらわれたゴスロリ服を着せられたことを思い出して遠い目になってしまう。

 どこの時代も母親というものは娘を着飾りたいと思うのだろうか。……いや、ブルターニュ夫人はわたしに関わろうとしなかったので、例外もあるか。


「さあ、ここが貴女のお部屋です」


 階段を上り、ある一室の扉をデルハンナが開けると、クローディアが楽しそうに言った。

 部屋はアモリたちと過ごしていた部屋より断然広かった。一番に大半の女の子が好むような色味で統一された家具が目に入る。ごてごてと装飾されているわけでなく、とてもシンプルでその一つひとつはある程度の値が張る品だと思う。床に敷かれた絨毯も孤児院では見ることのない高級感あるもので、通るために靴で踏んづけてしまうのを躊躇ってしまいそうだ。


「奥の部屋は寝台が置かれているので、ここは来客対応の場所も兼ねています。急だったのであまり時間をかけて品を吟味できなかったのが心残りですが、精一杯のものを用意させていただきました」


 クローディアは微笑みながら中に入るように促してきたので、胸を高鳴らせながら一歩、部屋の中へと足を踏み入れる。

 来客をもてなせるように大きめの机と幾つかの椅子が置かれ、少し離れた場所に書斎机がある。その近くには物をしまうための棚が並んでいた。

 とても急ぎとは思えない家具を用意してもらえ、正直驚いている。わたしの基準が孤児院での生活なので、ここまで丁寧に心を込めて準備してもらえたのが嬉しい。


「とても……、とても素敵なお部屋です。わたしのために用意してくださり、ありがとうございます」

「良かったですわ。ねえ、デルハンナ」

「そうですわね、クローディア様」


 わたしが素直に感謝の言葉を伝えると、二人は顔を見合わせて笑った。やはり二人が中心になってこの部屋を整えてくれたようだ。養子になる契約も急でここに来るまでに二日ほどしか猶予がなかったが、とりあえずは歓迎されていると思っても良いだろう。朧げだが、貴族の子ども時代は両親や使用人との関わりもほぼなく、殺風景な部屋に閉じ込められていた記憶しかなく、ただでさえ実子ではなく養子という立場なのもあり、ここまで良くしてもらえるとは想像もしていなかった。


「では奥の部屋で着替えをしましょう。貴女の好みがわからなかったので幾つか服も用意しましたの。今日はその中から選びましょう」

「久しぶりなので腕が鳴りますわ。その美しい銀髪も綺麗に整えましょうね」


 そう言いながら奥の部屋へと向かう。二人の声がきゃあきゃあと嬉しそうだ。思った通り、わたしに服を着せて楽しむつもりなのか。「春乃はお洒落に興味ないわね。いいわ! 代わりに母さんがやってあげる」と楽しげに言っていた前世の母の言葉が蘇ってきた。大学院でも文字以外興味なしなわたしに髪を結おうもしたり、自分の趣味の服をわたしの箪笥(たんす)に忍び込ませたりとしていたっけ。全て慎んでお断りさせてもらっていたけれど。


 これから上手くやっていくためにも、ここは黙って流されよう……。


 そう思い、わたしは笑顔を崩さずに二人について奥の部屋へと入る。

 奥の部屋は言われていた通り、寝台が整えられていた。一人で寝るには大きい寝台と孤児院長の部屋で見た鏡台、そしてたくさんの服がしまえそうなクローゼットが置かれていた。デルハンナはそのクローゼットの持ち手に手をかけ、開いた。


「さあ、どれから試そうかしら」


 お母様。もう試そう、と言っています。自分が楽しもうという気持ちが全開で逆に清々しいです。

 そんな心の声を笑顔で隠し、わたしはクローゼットの中身を覗いた。どうかゴスロリファッションではありませんように、と願いながら。


「では、この白を基調としたものからなんていかがでしょう?」

「いいわね、じゃあまずはそれで」


 そう言って取り出されたのは真っ白で染み一つないひらひらの膝丈ほどのドレスだ。ゴスロリ調ではないが、こんな服、わたしに似合うだろうか。しかしここで口出しも無理な話なので、黙ったままなすがままにされることにした。


 その後、白、紺、紫、橙とどれだけ用意していたのかと愕然としてしまうほどのドレスを着ては脱ぎを繰り返し、濃いめの青を基調とした服に決まった。長く伸ばしていた銀髪も丁寧にとかされ、一部編み込みをされた。どこからどう見ても良いところのお嬢様だ。薄汚れた孤児ではなくなった。

 わたしという作品の仕上がり具合に満足したクローディアとデルハンナは満面の笑みを浮かべていたのは言うまでもない。

 そしてここに来る前のクローディアが言った通り、日は高く上り、昼の鐘はとうに鳴り終えていた。どれだけ着替えに時間がかかっているのか、と全てが終わってからだが驚いてしまったのは秘密だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に本好きの下剋上って感じ……ファンの方の作品かな?似てる点が多くて面白い
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