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第一話 プレオベールの家へ


 孤児院の中でも出入りしたことがない貴族エリアの玄関を出て、マルグリッドに別れを告げた後、そのままどう見ても馬ではない生き物が繋がれた馬車のようなものに乗り込んだ。これに乗って移動するのが主流なのだろうか。今回、養父となったアルベルトは一緒だが、ヴィルヘルムは余計な混乱を避けるためにこの場にはいない。


「オフィーリア、今から我が家へ向かう。そこで私の家族を紹介する」

「わかりました」


 アルベルトの家族は妻と子どもが二人だそうだ。子どもはどちらも成人済みだそうで一人は騎士……ではなく、武官として、もう一人は文官として働いているようだ。しかし今日、わたしが引き取られてプレオベールの家に入るためわざわざ休みを取って待機してくれているらしい。……何だか申し訳ない気持ちになる。


『リア、大丈夫?』


 イディが心配そうな表情でわたしの顔を覗き込んでくる。アモリたちと別れてからそれほど時間が経っていないので、わたしの目尻には涙の痕がしっかりと残っているのか、イディは小さな手でそれを撫でている。今近くにアルベルトがいるので、視線で平気の合図をする。

 強がっているのはわかっているが、ここで取り乱してぐすぐす泣いていても状況は変わらないのだ。もし泣くなら自室でこっそりあの日々に浸りながら静かに泣きたい。


「ところで、オフィーリアはどうやってヴィルヘルム様と知り合ったのだ?」


 小さな窓から外をぼんやりと眺めていたら、アルベルトがわたしに話しかけてきた。沈黙が耐えられなかったのか、形式上娘との対話がしたかったのかはわからないが、こちらを訝しんでいるような嫌な感じはしない。


 ……正直、精霊繋がりなんだよな。


 本来ジャンダンが呼び出しているはずの森の精霊シヴァルディを、アモリを助けるためにわたしも呼び出したのがきっかけだ。以前に領主視察の時に会ったのは会ったが、あれで知り合ったと言えるだろうか。こちらが一方的に知ってます、という感じならわかるけれど。


「いや、知り合ったというのは間違いだな……。マルグリッドの報告を受けてヴィルヘルム様から其方に会いに行った、と聞いているしな」


 黙っていたのが困っていると思われたのか、アルベルトは自身の顎を指先で撫でながらぶつぶつと呟いている。これ、年頃の娘に何の話題を振ろうかと考えあぐねている父親の図のようだと思うと、急にアルベルトの好感度が高くなっていく。


「このくらいの年齢の娘と話すのは久しぶりでな……。何か別の華やかな話の方が面白いだろうか?」


 困ったような顔で笑みを浮かべたのを見て、気を遣わせてしまったことに気が付いた。そこまで顔に出ていたのだろうかと焦ってしまうが、わたしはすぐに首を横に振った。


「お気遣いありがとうございます。もしよろしければこの地の文字について教えていただけたら……」


 このジャルダン領の領主の文官であるアルベルトならば統一前の文字のことを知っているのかもしれない。駄目元で聞いてみたが、アルベルトは眉を顰め不思議そうな顔になった。

 ……あれ? 何か不味いことでも言った?


「文字? ……そうか、其方は字が書けぬのだったな」

「え、あ……」


 違います、そうじゃなくて……と否定しようとしたところで横にいたイディが慌てて口を塞いでくる。


『ワタシの加護のおかげなんだから余計なこと言っちゃダメだよ!』


 そうか、そうだった、と思い出す。わたしはイディの加護のおかげでプロヴァンス文字だけでなく、旧プロヴァンス文字まで使いこなすことができる。当たり前に使っていたのですっかりと忘れていた。イディが寸前のところで止めてくれて助かった。


「どうかしたか?」

「い、いいえ。何でもないんです! お勉強、楽しみです!」


 ほほほ、と自分の中で貴族らしいと思う笑い方をして誤魔化した。アルベルトは「そうか」とぽつりと言うと口元をふっと緩めた。


「オフィーリアは勉強がしたいのだな。良い家庭教師をつけるのでしっかりと勉強しなさい」

「ありがとうございます。ですが、『学校』はないのですか?」


 以前も家庭教師と言っていたが、この世界には学校はないのだろうか。この世界の成人は十五歳で、十歳くらいならば学校に通っていてもおかしくはないと思うのだが。

 わたしの発言にアルベルトはまたもや眉根を寄せた。


「『学校』とは何だ?」


 この感じでは学校というものはないようだ。不味いことを言ってしまったと思いつつ説明する。


「え、と……、子どもたちが一箇所に集まって集団で勉強する場所です」

「そのようなものはないな……。読み書き計算は共通だが、魔道具など家によって異なるため個人的に教わるのが一番良いのだ」

「そ、そうなのですか……」


 そう聞くと学校で学ぶメリットは大きくなさそうだ。集団での利点は競争ができるということだ。高め合い、様々な視点を持つきっかけになりうるが、精霊力を各家の精霊道具に流すことについては家で教わる方が効率的なのは確かだ。そう考えると家庭教師という手段を用いる方が有効だ。


「しかし同じ場で読み書きなどの一定の教育を受けるというのは質の保持として良いのかもしれぬ。職についたら初めは集団での教育を受けるものもあるからな」


 アルベルトはニヤリとした笑みを浮かべながら自身の顎を撫でた。


「まあ、実現は難しいだろう。階級があるのだ。導入するには反発が酷いからな」


 先程の表情とはころりと変わって、アルベルトは、はははと一笑すると、動いていた馬車がキッと音を立てて止まった。すると慣性の法則が働いてわたしは前によろめいてしまったが、アルベルトがすかさず体を支えてくれた。


「あ、ありがとうございます……」

「慣れないから仕方がない。さあ降りよう。着いたぞ」


 がちゃりと外に繋がる扉が開くと、太陽の明るさに目が眩んだ。そういえばわたしは孤児院から外に出た覚えがないことに気付き、初めての外だと思うと少し興奮してきた。

 馬車から降りるには段差が激しいのでアルベルトがわたしを抱えたまま降りると、地面に下ろしてくれた。


 目の前には広い庭が広がっていた。小ぶりの花々が色とりどり咲いていて、可憐で美しい世界だった。そしてその奥には城とまでは言わないが、そこそこ大きめの石造りの屋敷が見える。屋敷に繋がる道も丁寧に整備されていて定期的に手入れされていることが窺えた。


『キレイね……』


 孤児院では絶対に見ることができない景色にイディが感嘆の声を上げる。わたしも同様に思ったので声は出さずにこくりと頷いた。


「ここがプレオベールの家だ。今日からここがオフィーリアの家となる。困ったことがあればきちんと家の者に言いなさい」

「ありがとうございます」


 わたしが礼を言うとアルベルトは目を細めて、奥にある屋敷に向かって歩いていく。わたしはその後ろをきょろきょろとしながら付いていく。あまりにも孤児院と違いすぎて目移りしてしまう。


「……そんなに珍しいか?」

「は、はい。あまりにも綺麗で……。花は野菜の花くらいしか見ていなかったもので……」


 わたしの落ち着きがない様子に苦笑しながら尋ねてきたので、わたしは正直に答えた。悲しいことだが孤児院では食べるものを育てるのに必死で花など育てる余裕はなかったのだ。わたしの返答にアルベルトは目を見開いた後、くっくっくっと笑いを堪え始めた。


「きちんと手入れされているからな。だが私が生まれる前はもっと大きな大輪の花を咲かせる花もあったとか」

「それはないんですか?」

「ああ。咲かなくなったと言っていた。だから美しく咲く小さな花ばかりになっているそうだ」


 アルベルトの言葉を聞いて孤児院の中庭を思い出す。あそこの花々は大輪のもの、小ぶりのものと様々な大きさがあった。何故ここまで差があるのかと考えてしまう。

 改めて考えるとあそこはシヴァルディを呼び出すために精霊力を流す場所だ。これは予想だが、ヴィルヘルムや前領主ら領主一族が定期的にあの場所に精霊力を流していたとすると、あの中庭の土は精霊力に満ちているはずだ。だから大輪の花も含め様々な花が咲き誇るほどの養分があったと考えると辻褄が合う。


 やっぱり儀式で何をしているのか、目的を早く解読する必要がありそうね……。


 次にヴィルヘルムに会った時は中庭で何をしていたのか確認し、情報を一つでも多く得た上で解読作業を進めたいところだ。


「さあ着いたぞ」


 そう言うとアルベルトは扉の脇にある小さめの鐘を鳴らすと、重そうな扉が開く。


「お帰りなさいませ」

「ああ、デルハンナ。クローディアたちは揃っているか?」

「はい。皆様、首を長くして待っていますよ」

「わかった」


 中から出迎えてくれたのは初老の女性だった。デルハンナと呼ばれた女性は灰色の髪をぴっちりと一つに纏め、美しい所作で礼をし、微笑んでいる。雰囲気から察するにこの人はこの家に仕える者ではないだろうか。


「オフィーリア。この女性はデルハンナ・トランティニャンだ。このプレオベール家に勤めている。……デルハンナ、この子が私の娘となるオフィーリアだ」

「オフィーリアと申します」


 わたしは礼をしてデルハンナに向けて挨拶をした。デルハンナは困ったような顔をすると、首を横に振った。


「オフィーリア様、使用人に頭を下げるのは上位貴族の娘としてあってはならぬことですわ。この家で失敗するのは今は仕方がありませんが、これから学んで外で恥をかかぬようにしていきましょうね」

「わかりました。ありがとうございます、デルハンナ」


 わたしがそう言うとデルハンナはにこりと笑ってくれた。アルベルトはホッと息を吐くと、わたしに声をかけて中に入っていく。前世でも見たことのない広い玄関を通り抜けて、そのすぐ近くにある扉まで真っ直ぐに進んでいく。デルハンナはアルベルトの前にサッと行くと、懐からベルを取り出しチリンチリンと到着を知らせる音を鳴らした。


「入ってください」


 中から女性の声が聞こえたのを確認すると、デルハンナは扉の持ち手に手をかける。


 わたしの家族になる人が、この中にいる……!


 わたしは緊張から思わず息をごくりと呑んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  学校は難しいですよね。上位貴族の子供には下位貴族の大人ですら逆らえませんし、子供同士の格差もありますからね。
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