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第四十五話 わたしの秘密と報告書


「えっと……、信じて、もらえないかもしれないのですが……」


 自分の秘密を打ち明けるのは何だかドキドキしてしまう。信じてもらえなかったらどうしよう、と考えても答えが出ない自問自答に陥りそうだ。しかし、ここで躊躇っていても意味はないので、わたしは息を思いっきり吸い込んでシヴァルディを見つめた。


「……わたしには、前世の記憶があるのです。……リアになる前のわたしはこことは別の世界で暮らしていました」


 ついに言った、と思い、シヴァルディの反応を窺うと考え込むように頬に手を当てていた。思いの外、驚いていないようだ。


『なるほど……。だから、その強い魂からイディが生まれた……と。納得ですわ』

「し、信じてもらえるのですか?」


 結構あっさりと納得されたことに驚くわたしに、シヴァルディはふっと微笑んだ。


『言葉遣い、所作、理解力……。どれをとっても貴女は今の見た目と不釣り合いだと思っていたのです。そして、本来万物から生まれるはずの精霊が人の魂から生まれた、ということは別の世界からやってきた時にできたもの、と考えると私は納得ができるのです』

『ワタシはリアの「解読したかった」という強い願いから生まれたのです。精霊様の考えで間違いはないかと』

『やはりそうなのですね。私はリアが前の世界の記憶を持っていても、貴女への思いは変わりませんわ。だから安心をしてください』


 ふわりとした笑みを浮かべるシヴァルディに、わたしは良かったと安堵した。気味悪がられるかもと思っていたが、杞憂だったようだ。


「それで、領主様には……」


 信じてもらえたならば、ヴィルヘルムの耳には入らないように口止めをお願いしようと口を開く。ヴィルヘルムは、まだわたしのことを疑っていない。それならば知らぬままで通す方が今は良いと思う。ヴィルヘルムのことなのでいつかは勘付くとは思うが。わたしの懇願するような表情にシヴァルディは笑顔のままゆっくりと頷いた。


『わかっていますよ、黙っておきますね。ヴィルヘルムは現実主義なところがありますから、言っても証拠を示さない限り信じてもらえなさそうですが』

「あ、ありがとうございます」


 わたしは礼を述べると、シヴァルディは『いいのですよ』と首を振った。

 わたしはゆっくりと立ち上がると、頭を軽く振った。少しの(だる)さはあるが、そこまで酷くない。


『大丈夫なの? もう少し休んだ方が……』

「ううん、もう遅くなっちゃうし。大丈夫。ありがとう、イディ」


 わたしはイディに笑顔を見せると、手元にある鉛筆とメモ帳をまじまじと見つめた。


 本当に想像通りにできてるな……。鉛筆なんて触るのどのくらいぶりだろう……。


 見た目だけでなく、触り心地も同じで精霊の力は凄いと改めて感心してしまう。


『想像通りですか? それは』


 そう言いながらシヴァルディは上から不思議そうに鉛筆たちを覗き込む。物珍しいのだろう。


「え、はい。むしろ想像のまま出てきたかのような、そんな感じです」

『それは……、私の知っているペンとは違いますね。ペン先も変わっていますわ』

「これは、『鉛筆』って言います。えっと、この先は黒鉛(こくえん)と粘土を固めて作られていて……、書くとこんな感じに……」


 わたしはもう一つ作った精霊道具であるメモ帳を開くと、そこに鉛筆の尖った先を押し当てくるくると円を描くように滑らせた。鉛筆が紙と擦れ、乾いたような独特な書き音がするとともに、紙の上に黒く細い線がくっきりと現れた。線を見ると、鉛筆にしか出せない濃淡が出ていて気持ちがいい。シヴァルディはその線をまじまじと見ながら不思議そうに眺めている。


『変わったインクですね』

「うーん……、インクというより炭素なんです。何だったらわかりやすいかな……。……木を焼くと炭ができるのですが、その時の黒い成分が炭素なんです」

『まあ、炭ですか! ……これも、リアの前の世界にあったものですか?』


 シヴァルディの問いにわたしはこくりと頷いた。


「ここで使う羽根ペンよりも、主流な書き道具の一つでした。特にわたしたちのような子どもが勉強のためによく使っていましたよ」

『鉛筆といい、その紙といい、リアの前の世界は不思議なもので溢れているのですね』


 感心したように言うシヴァルディの言葉に、前の世界でのわたしを認めてもらえたような感覚になり、わたしはその嬉しさから微笑んだ。今までオフィーリアとしての自分しか見てもらえていないようなそのような感じだったが、春乃としての自分もすべて含めて受け入れられることがこんなにも温かく、ホッとするものなのかと優しさに包み込まれたかのような感覚になる。とても、有難いことだ。

 心がぽかぽかと温かくなっている状態に酔いしれていると、シヴァルディが話を切り替えるように声をかけてきた。


『さ、もう部屋で休まなければならないのでしょう? 早く報告書を書いてしまいましょう』

「そう、ですね」


 暁の鐘が鳴ってかなり経っているので、あと少ししたら二度目の鐘が鳴ってしまう。そうしたら夜明けに近づくことになるため本日の睡眠時間はえげつないことになるだろう。

 わたしは落書きのような鉛筆の試し書きを消すために、手を軽く振った。黒い文字がすっと透けていき見えなくなっていった。この仕様はわたしの愛用のペンと同じだ。これでメモ帳は真っ白な綺麗な紙へと戻った。わたしは鉛筆をとんとんと顎に当てながら考え込む。


「何を書いたらいいんだっけ……」

『今日の解読結果とリアの考察は絶対必要だと思うわ。……あと、領主様に聞きたいことがあれば、それも書いておいたらいいんじゃないかしら』

「ん。ありがとう、イディ。そうする」


 子どもが夜更かしするにはだいぶ苦しい時間帯だ。正直、眠気が襲ってきて瞼が閉じそうだ。こんな時に報告書を書くのは非常に非効率的だが、毎日この講堂へ来られるとは限らないし、一人になるための空間と時間が得られるとも限らない。できるときにやっておくほうが無難なのだ。


 えっと……、まず、地に力込めん、のところから王国衰退せん、までの解読結果を書くでしょ……。それで、わたしが気になってること、イディの見解も入れておこう。……なんかこれ、レポート書いてるみたい。うわー、懐かしい。


 鉛筆を走らせながら春乃として生きていた時にヒエログリフに関するレポートを書いていた時のことを思い出し、過去を(しの)ぶ。前世の記憶を思い出してからの日数的にはそこまで経っていないのだが、その期間が濃密すぎてとても長かったように感じてしまうのだ。

 薄っすらと輝く黄金色の解読結果を引用しながらメモ帳に順序立てて書いていき、その後に、精霊殿が中心になって土地に精霊力を注いでたのではないかということ、精霊殿が孤児院に成り代わったのでなくなったのではないかという考察を添えておいた。イディが言っていた大切なことなのになくなるのはおかしいのではないかという矛盾についても付け足しておく。


 ……あ、歴史が知りたいって頼んでみようかな。もしかすると教えてもらえるかも。


 教育も受けていない孤児のわたしでは、知識に偏りがある。領主の立場で自由が利くであろうヴィルヘルムならば、何かしら助力はしてくれるだろうと見込んで、その旨も報告書の最後にしたためた。


『リア、この精霊道具たちの使い方も書いておいてくれるかしら? ヴィルヘルムから返事を貰うならばこれに書いてもらった方が便利でしょう?』

「わかりましたぁ……」


 ページを飛ばして最後のところに鉛筆とメモ帳の使い方を記しておく。こうしておけば、どこに書いたかわからないということはなくなるだろう。……でも、初めに書いておいた方が良かったかな。まあいいや。

 そして、働かない頭で文章を念のため読み直し、誤字脱字がないか確認する。眠い時にレポートを書くと必ずやらかしてしまうので、念入りにしておこう。相手はジャルダン領の領主だ。いくら目を瞑ってもらいやすいとはいえ、そこは(わきま)えておかなければならない。


「ん……、大丈夫、かな?」


 二、三回読み直し、間違いがないことを確認すると、メモ帳を閉じ、艶のある革の表紙に手を当てた。そして、いつもより多めに精霊力を流し込んだ。


『何してるの?』


 イディが奇妙な表情で尋ねてくるので、わたしはメモ帳をイディの前に開いて広げた。


『……文字が消えてる!』

「精霊力を手帳に流し込んだら文字が消えるような道具にしてみた……。これなら秘密も守りやすいかな、と」

『さすが、リアですね』


 二人が感心しているのを横目にわたしはその手帳に鉛筆を挟んでシヴァルディに差し出した。


「これを領主様に渡してもらえますか?」

『確かに、受け取りましたわ』


 そう言ってシヴァルディはメモ帳を手に取り、指をぱちんと鳴らした。すると、メモ帳が跡形もなく消えてしまった。しかしこれは、いつもイディがやっていることなのでそこまで驚きはない。


『では、また私がこちらに来るときは一度呼びかけますね。もちろん。リアの方が用事があっても今日のように呼びかけてくださいね』

「では、よろしくお願いしまぁす……」


 眠気をかみ殺したような声を出してぺこりとお辞儀をすると、シヴァルディは優しい笑みを浮かべ「おやすみ」と一言言うと、スッと姿を消した。これで、報告書は無事にヴィルヘルムの手元に届くだろう。


「じゃあ、帰りましょ……」

『そうね』


 さっさと空間に広げているすべてを自分の中に取り込み、(だる)い体と襲ってくる眠気に耐えながら講堂を後にする。

 薄い布団に潜り込めたのは、二度目の鐘がなってしばらくのことだった。明日は寝不足のまま、孤児院のことをしなければならないのでどんよりとした気持ちを引きずりながら、眠りについた。


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