第四十四話 報告書を作るために
「あ、そっか。精霊様を通じて相談したらいいのか」
ぽんと両手を叩き、シヴァルディと繋がっていることを思い出す。イディは持っていたテオの実をぱくりと一口で頬張ると、こくこくと何度も頷いた。ヴィルヘルムも何かあればシヴァルディを通じて連絡すると言われていたのに、何故思いつかなかったのだろう。
わたしは、両手を胸に当てて自身の精霊力の源に意識を集中させる。
────精霊様、精霊様!
そう心の中で呼びかけると、心臓辺りが翠色に淡く輝き、光の粒子が体から放出されていく。その瞬間にわたしの中心に溜めていた精霊力がずずず、と引き抜かれていく感覚がして、少しクラッとする。しかし、倒れるほどではないので態勢を立て直し、様子を観察するとその粒は目の前に集まっていき、次第に人の形へと成していった。
『リア、呼びましたか?』
玲瓏な声とともに、森の精霊シヴァルディが姿を現した。わたしは肯定のためにこくりと頷くと、シヴァルディは微笑んでくれた。
『あと、精霊様、でなくて、シヴァルディでいいのですよ。貴女は私の主なのですから』
「あ、はい……。シヴァルディ……」
私の主、ということを何度も言っていたがこう面と向かって言われると恐縮してしまう。領主が従えるほどの力を持つ精霊を呼び捨てにしてもいいのだろうかと怖気づいてしまうが、シヴァルディがそう言うのだから従っておくことにした。
シヴァルディは満足そうに笑みを浮かべると、わたしは自分の用事を切り出した。
「えっと……、領主様に報告書を書こうと思ったのですが、紙を貰ってなくて……。どうしようかと思って、シヴァルディを通じてお願いしようと思って呼んだんです」
『ああ……、そういうことでしたのね。そうですね……』
そう言ってシヴァルディは自分の頬に手を当てて考える仕草をした。
『私がヴィルヘルムに頼んで紙を手配してもらっても良いのですが、せっかくなので精霊道具を作りませんか?』
「精霊道具……ですか?」
わたしはぱちぱちと目を瞬きながら言った。何故ここで精霊道具を作るということになるの? と思ってキョトンとしてしまう。
『報告する内容はここ、精霊殿に仕えていたジャルダンの子しか知り得ない内容になるでしょう? 紙に書いて残してしまうとどこから漏れるかわかりません。なので、精霊道具にして精霊力を一定量流さないと見えないようにしておけば良いかと思いまして』
「そうか。なるほど……」
『確かにそうした方が良いかもしれないね』
シヴァルディの話にわたしたちは納得する。精霊殿文字は精霊殿に仕える者、つまりはジャルダン一族にしか読めない文字だ。だから、下の者には知らせてはいけない極秘事項があるから精霊殿文字、旧プロヴァンス文字と分けて使っていたのだろう。失われた情報を読み解くので扱いは慎重にした方が良い。
「シヴァルディの言いたいことはわかりました。……で、どのような精霊道具を作ったらいいのでしょう?」
『精霊力を含んだ文字を書くための紙のような道具が良いですね。貴女の持っているペンも使えるでしょう?』
「紙のような道具……」
わたしは顎に手を当てて考える。あのペンがあれば書いたり消したりは自由自在だ。だから、その精霊力のインクをのせる紙を想像したら良い。しかし、せっかく道具を作るのだから紙とペンをセットにしたものにしたら報告書の返事が貰えるようにしておいても良いかもしれない。
「わかりました。紙とペンのセットを作ります。えっと……、道具はイディと作ったら良いんでしょうか? それともシヴァルディと?」
精霊道具を作るためには精霊が必要だ。精霊がイディしかいないならイディと作るが、今はシヴァルディもいる。何故かシヴァルディを差し置いて、イディと精霊道具を作るのに抵抗を感じ、わたしはシヴァルディに尋ねた。
『実は、精霊道具は一緒に作る精霊によって精霊力の消費量は異なるのです。例えば貴女が持っているその明かりは炎ではなく、光ですね。だから日の精霊と作ったら格段に精霊力の消費量は抑えられます。他に、竈だったら火の精霊、製氷機なら水の精霊と、作るものによって秀でている精霊がいるのですよ』
「絶対に作れないわけじゃないんですね」
『ええ。私が竈を作っても性能が落ちることはないのですが、多くの精霊力を使ってしまいます。貴女はそれを作るときかなり精霊力を持っていかれたのではないですか?』
ランタンを作った時のことを思い出し、確かに引き抜かれていく感覚から気分は悪くなったということを思い出す。しかし、シヴァルディを呼び出した時ほどの不調はなかったのでそこまで持っていかれた感覚はない。
「気分は悪くなりましたが倒れるまでは……」
『……やはり精霊力の器自体が大きいのですね』
シヴァルディはそう言いながら目を細めた。春乃の魂が覚醒したため器が変わったと以前イディが言っていたが、器が変わったことを見透かされそうで息を呑んでしまう。転生のことは今のところイディと二人の秘密になっているのだ。言ったとしても信じてもらえないだろうが。
『それで、今回ペンを作るならイディの方が適任でしょう。言の精霊だと言っていますし、適性があると思います。ただ紙は羊皮紙らしきものになるので……、私でもイディでも良いでしょう』
「シヴァルディの適性は何ですか?」
『木の関係の物ですね。保護の力も込められるので特別な部屋に取り付ける扉を作ったりしましたよ』
ではこの孤児院の何処かの扉にもシヴァルディの作った精霊道具があるということだろうか。機会があれば探してみても良いかもしれない。
それで、木の関係の物、と言われてわたしは羊皮紙でなく、植物紙にしたらどうかと考えた。そして、いつもの愛用のペンを作ろうと思ったが、そうではなく鉛筆にしたら木製で使い心地も良いのではないか。しかし、ペンの作成はイディに適性があると言っていたが、イディとシヴァルディ共同で作るとどうなるのか、可能なのか気になるところだ。
「シヴァルディとイディとで精霊道具を作ることは可能ですか?」
『精霊二人を使うのですか? 私はやったことがありませんが、二人分の精霊力を消費しますよ?』
「作るものを少し変えたのでイディとシヴァルディ二人とも適性だと思うんです。あと二人でやってみたらどうなるかっていう知的好奇心もありますが」
『リアが良いのなら良いのです。……では作りますか?』
シヴァルディの言葉にわたしはこくりと頷き、右手を差し出した。それを見て、イディは自身の両手を、シヴァルディは自身の右手をわたしの手の上に重ねた。
『では、作りたいものをしっかりと想像してください。そして、私たちの適性に合っている部分を強く思い浮かべてみてください』
わたしは目を閉じた。
私が作りたいのは鉛筆と植物紙のメモ帳だ。それらを頭の中で思い浮かべ、それぞれの精霊のカラーで適性の部分を塗りつぶしていく。イディなら鉛筆の芯、シヴァルディなら鉛筆の外側とメモ帳の紙の部分。
すると重ね合わせた手の間から夕日の色と森の色の光が合わさりながら広がっていく。光を中心として風も生まれ、皆の髪を靡かせた。そしてわたしの内側に貯め込んだ精霊力が光の中にずずずず、と大量に吸い込まれていく感覚がした。ランタンや精霊力の塊の石を作った時とは全く異なり、貧血で血の気が引いていくような感覚に気分が悪くなっていくが、何とか足で踏ん張り今の体勢を保つ。
『加護を与えた者の願い物をつくり給え』
二人の揃った声が聞こえたかと思ったら、急に光が弾けて粒になる。橙色と翠色の光の粒がわたしたちに降り注ぐ中、頭上にはわたしがイメージした通りの木の色の鉛筆と、黒い革のカバーがついたメモ帳が姿を現した。そして、ゆっくりとわたしの手元へと落ちていった。
『大丈夫!?』
「うん……」
鉛筆とメモ帳を受け取るや否やわたしは気分の悪さに座り込んでしまった。イディがわたしの顔を覗き込み、心配する表情を浮かべる。
「ちょっと座ってたらマシになる、と思う……」
『いいから、休んでて』
そう言ってイディはわたしの肩を摩った。わたしは目を閉じて深呼吸をし、息を整える。
『かなりの精霊力を使ったと思うのに、その程度で済むのですか……。やはり、リアの器自体ヴィルヘルムに匹敵していますね。何か隠している、ということは?』
上からじっとシヴァルディに見つめられ、どうしようと悩み、思わずイディに目を向けた。イディは『いいんじゃない? 言っても』と言いたげに首を縦に振った。中途半端に誤魔化そうとしても、もう疑われてしまっていては難しいだろう。それなら、正直に言って口止めする方が良いと思ったので、わたしは真実を告げることにした。




