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第四十話 打開


 状況が一変する、という言葉から、やはりマルグリッドが言うように抜け道があるということなのかと確信する。しかし、どういう抜け道なのかが思いつかず、わたしは首を捻った。そんなわたしの様子を見てヴィルヘルムは自身の言葉の意味を説明し始めた。


「貴族名簿に残っていると、貴族同士のやりとりで籍を移すことができるのだ。……其方の場合はブルターニュ家の当主である親だな。親が其方が行方不明だったと言って孤児院から引き取り、その後別の家に引き渡すことができる。領主である私は承認するだけで家同士のやりとりは口を挟めないのだ」

「では、わたしの場合はブルターニュの家と孤児院長が……?」


 わたしがいないところで勝手にやりとりして、わたしは孤児院長側に入ってしまうということだろうか。わたしの考えにヴィルヘルムは肯定するように頷いた。


「ブルターニュの家は下位貴族だ。ディミトリエの家は中位になるので、ブルターニュは逆らえぬ。要求されるがまま、其方を引き取り、そして引き渡すだろうな」

『そんな……』


 イディが悲痛そう声を上げて口元に手を当てる。おそらく孤児院長はその方法を考えているのだろう。ヴィルヘルムはさらに続ける。


「其方と初めて会った時に、ディミトリエが『引き取ろうと考えている』と言っておったであろう? 其方が魔力持ちであることは、敢えて言わずにそう言ったのだ」

「領主様はあの時、肯定も否定もしませんでしたよね?」


 あの時、考えるふりをして何も言わなかった。きっと孤児院長の考えを見抜いていたに違いない。

 ヴィルヘルムは「そうだ」と頷きながら、何か企むような含みのある笑みを浮かべて顎を撫でた。


「あそこで私が肯定していたら、言質を取られたことになり、其方は成人とともにディミトリエの支配下に置かれていたぞ。奴は狡賢(ずるがしこ)い。だから何も反応しないのが一番だ」

「そ、そうなのですね」


 ありがとう、領主様! と心の中で拍手大喝采とともに叫びながら、そのような発言をする孤児院長が領主に対して好戦的だなとその度胸に舌を巻く。孤児院長は狡賢い、というヴィルヘルムの言葉に思わず納得してしまう。


『では、どうされるのですか? 今回貴方が肯定も否定もされなかったのなら、その孤児院長はブルターニュの家に働きかけるのではないですか?』


 シヴァルディの言葉にヴィルヘルムは「そうなるだろうな」と頷きながら言った。ならばもう時間の問題なのでは、と自分の置かれている状況を理解し、背中がヒヤリとした。


『ヴィルヘルム、何とかならないのですか?』

「そうだな……」


 シヴァルディは焦ったようにヴィルヘルムを急かすと、ヴィルヘルムは両腕を胸の前で組み、考え込む。他力本願になるが、そうでないと子どもで平民レベルの力しか持たないわたしには対処できない。


「其方は私と同等の精霊力を持つと聞いたが、それを示すことができれば手はある」

「示すのですか?」


 わたしはキョトンとした顔で聞き返すと、ヴィルヘルムは楽しそうな顔で頷いた。


『ヴィルヘルム、私が証明しているのにそれではいけないのですか?』

「対外的に示さねば意味がない。シヴァルディの存在は今のところ伏せようと考えているからな」

「そうなのですか?」


 領主という上の立場なのにシヴァルディを公表せず隠すとはどういうことなのかと疑問に感じた。


「精霊についての記述は創世記にある。そしてある時にパタリと消えたのだ」

「消えた……?」

「そうだ」


 イディの話では、「時が来るまで待て」と姿を見せることを精霊王から禁止されたと言っていた。そして、シヴァルディは眠りについたと言っていた。おそらくそれは全て重なるのだろう。


「精霊は王族の権威の象徴として創世記に描かれている。しかし、消えたまま今の今まで精霊は姿を現していない。王族も感知していない。──しかし、私たちが精霊を呼び出したと知られたら?」

「王族が出てくる?」


 わたしの言葉にヴィルヘルムは「それだけでない」と否定する。


「今、王族を差し置いて我々が精霊持ちだということが露見すれば、王族は黙っていないだろう。権威を保つために何かしらの行動をしてくる」

「それは困りますね」

「私はこの領地を守らねばならない。王族に潰されるのは御免だ」


 ヴィルヘルムは吐き捨てるようにそう言うと、わたしを真っ直ぐに捉えた。


「精霊を見せる以外で其方に力があることを示せば、上位貴族の養子として引き取り、保護することができる。こちら側の事情だが、力のある其方をディミトリエ側に取られるわけにはいかない」


 ヴィルヘルムもヴィルヘルムで何か抱えているのかと感じ、詳しく事情を聞くのは憚られた。こちらとしても、孤児院長に引き取られるのはご遠慮願いたいので、わたしは力を示す方法がないか模索することにした。


 しかし、どうやって見せるのが普通だろうか。


 悩んでいると、イディが耳元に寄ってきて耳打ちしてきた。


『精霊力の塊を見せたらいいんだから、ペンとかランタン見せたらいいんじゃない?』

「そうなのかな?」


 力を見せるなので、ファンタジーの世界で良くある内なる光を光らせたり、魔法を使ったりという方面を想像していた。

 ペンやランタンを見せるなら簡単だ。わたしは目を閉じて自分の中心にある精霊力を引き出した。


「それっ」


 手を掲げ、いつものペンをイメージしながら手のひらから精霊力を放出する。すると、愛用のボールペンが姿を現した。


「それは、魔道具か?」


 ペンを凝視しながらヴィルヘルムは尋ねてくる。ペンは精霊道具じゃなくて精霊力の塊なので、わたしは首を振った。


「精霊道具は、こっちです」


 そう言って左手から精霊力を注いでランタンを取り出す。

 もう全て見せた方が早いと思ったので、精霊力で書かれた金色の文字のメモをざっと何もない空間に広げた。いきなり現れたほんのりと光る文字たちにヴィルヘルムはビクッと驚いたようだ。


「このペンとこの走り書きは精霊力を使っているので、燃費は悪いものなので精霊道具ではないです。ですが、この明かりはイディと初めて作った精霊道具です」

『これでわかったんじゃないかしら』


 シヴァルディが勝ち誇った顔でヴィルヘルムを見つめる。ヴィルヘルムは、はーっと息を深く吐きながら額に手を当てた。あれ? 呆れされた?


「……ああ。本来注ぐしかない精霊力をこうやって使う者は初めて見た。しかし、その膨大さ、よくわかった……」


 呆れたのではなく、予想の範疇を超えて頭が痛くなっていたようだ。わたしの周りには精霊道具がなかったので、自分の力をそう使うしかなかったのだ。仕方ないと思う。


『私の存在を一先ず隠すのなら、子どもの死に石化を解消する方法をこの子の手柄として公表したらどうかしら? そうすれば精霊力も功績もあるから、遠慮なく養子として迎えられるでしょう?』


 シヴァルディの言葉にヴィルヘルムはバッと顔を上げる。


「十五の壁を打ち破る方法があるのか?」

『ええ。むしろ、何故そうなっているのかこちらが聞きたいのだけど、リアの手助けになるでしょう?』

「十分すぎる。筋書きを考え、すぐに行動させてもらう。十五の壁を打ち破る方法が広まれば、跡取りが急死することもなくなるからな。そして王族にも恩が売れる」


 口の端を上げてヴィルヘルムはほくそ笑んだ。シヴァルディの提案は思ってもみない収穫だったようだ。


「さて、最後に講堂の精霊殿文字とやらを見て一度協力者を得に城へ戻る。マルグリッドも待たせておるしな」


 そう言ってヴィルヘルムは胸元に忍ばせているベルを取り出し、数回振った。しばらく待っていると、扉が開き心配そうな表情を浮かべたマルグリッドが現れた。


「お話は終えられましたか? それとも、リアが何かご迷惑でも……」

「いや、恙無(つつがな)く終わった。悪いようにはしないと言ったであろう? あと、私が帰った後余計な詮索はせぬよう」


 わたしの身を案じていたマルグリッドはヴィルヘルムの鋭い目で睨まれ、念押しされる。マルグリッドは何か言いたげな表情を見せつつも「はい」と頭を垂れ、美しい礼を見せた。


「最後に講堂へ向かう。此奴も連れて行く。心配なのはわかるが許せ」

「ご一緒しても?」

「ああ。ただ中に入る時は遠慮してもらう。機密事項だ」

「わかりましたわ」


 わたしとヴィルヘルムが何を話していたのか、心配で気になっていると思う。けれどそれを感じさせず、マルグリッドは勇ましい表情で頷いた。そしてマルグリッドは扉の外に目配せをすると、入り口にアリアが現れた。一瞬、目が合ったかと思ったら睨みつけられ、慌てて目線を下にした。


「では行くぞ。案内しなさい」

「はい、こちらですわ」


 マルグリッドが先導を切って歩き始め、ヴィルヘルム、アリア、わたしの順で進み始めた。わたしはアリアの不興を買わないようにできるだけ近づきすぎず遠すぎずの距離を保って慎重に歩く。その隣をシヴァルディとイディがすーっと飛びながら付いていく。


「そうだ、マルグリッド。其方に聞きたいことがある」


 突然前方を歩くヴィルヘルムがマルグリッドに問いかけた。


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