第四話 療養と情報収集
目を開けると古びた天井が目に入った。ボーッと眺めてしばらくしてから、「ああ、オフィーリアの寝起きする部屋だ」と気付く。体を起こそうとするも全身がだるくて力が入らないことに驚く。そして脈打つような頭痛が後から襲ってきて思わず眉をひそめた。
痛い……。しんどい……。
熱があるのかと思い額を触ろうと腕を上げるが、腕もだるすぎて全く上がらない。このわたしの体の火照り具合から熱が出ているであろうと推測する。前世でも最後に熱が出たのはいつだったか覚えていないくらい久々の感覚だったので、あまりにも不快感が多すぎて薄い布団を自分の方に引き寄せると寝返りを打った。しかし、寝返りを打つくらいでは痛みも不快感もなくなることはなく、わたしは頭まですっぽりと掛布団をかぶった。
『まだ魔力を使った影響は大きいわね』
先程まで聞いていた声が頭に響き、顔をしかめた。白い世界での記憶はきちんと保っているので、声の主は精霊イディファッロータだろう。何かを言っているがそれに構うのも辛かったが布団から顔を出しイディを視認すると睨みつけた。
『仕方ないでしょ、無理したんだから。時間はかかるけど回復するまで休んでなさい』
わたしの視線を無視してイディは言った。
とりあえず話しかけるのをやめてほしい。頭に響いて辛い。
そう思いながら睨みつけるのをやめる。するとわたしがごそごそと動いたからかわからないが、扉が開きマルグリッドが顔を覗かせた。
「あら起きたのですね」
わたしにゆっくりと近づくと私の額に手を当てた。そして自分の額にも手を当てて熱さを確認した。その隣には漂うイディ。
あれ、これって不味くない?
わたしは力を振り絞ってイディの方に手を伸ばし、自称精霊を掴んで布団の中に隠そうとした。こんなの見られたらややこしくて言い訳できるはずがない。しかし熱で体が上手く動かないのかその手は虚しく空を切った。
「動いてはいけませんよ。まだ熱が高いのですから」
急に動き出したわたしを制し、そのままベッドの上に寝かせる。本当はそこに漂っている物体を回収し隠したいのだが、大人の力には抗えないのでわたしはなすがままにされる。
このままじゃ……、ああでもしんどい……。気持ち悪い……。
不快感に思考が止まる。このまま眠りに落ちた方が楽なのかもと思うともう駄目だった。マルグリッドに頭を優しく撫でられたのが追い討ちとなってわたしは眠りに落ちてしまった。
結局、完全復活まで一週間ほど寝込んでしまった。初めの三日は熱も下がらず寝たきりで記憶が曖昧だ。でも四日目になると起き上がって体を拭けるようになった。熱が高かったのか汗でベトベトだったので体を拭いてさっぱりとしたので正直助かったが、本当は水でもいいから頭から被りたいくらいお風呂が恋しい。
意識が朦朧としながらも心配の種だったイディはずっとわたしの側にいたようだ。
動けるようになってすぐのことだが、ふと見るとイディがいつも通りですと言わんばかりにマルグリッドの側をふよふよと漂っていたのだ。それに驚き、慌てたわたしはイディの体を両手で掴んで布団の中に押し込み隠した。見つからずに済んだと安堵していると近くにいたマルグリッドがそのわたしの動作を見て怪訝な顔をしていた。まるでイディなど見えておらず、わたしが急におかしな動きをしたことを訝しむように。
しかし、その考え自体、大当たりだった。その精霊が許した者だけその姿を見ることができるので、マルグリッドには自分が許可しない限り見えないとイディがドヤ顔で語っていた。それならもっと早く言ってほしかった。そしたらこんなに焦らず、動かないで済んだのだから。
そんなこんなで療養期間が長く、日中一人で部屋に篭っていたのでこの一週間ほどはイディとたくさん話すことができた。イディは基本の知識として知っていることをわたしに教えてくれた。
まず精霊について。
この国、プロヴァンス王国には精霊が存在する。日、月、水、火、風、地、森、時、武の九つに分類され、土地によってその数が異なる。イディが言う大昔には精霊は姿を見せ、王族や貴族に繁栄や恵みをもたらしていたそうだが、今は全くと言っていいほど姿を見せない。それは前にイディが言っていた、全ての精霊を統べる精霊王がある時を境に「時が来るまで姿を見せるな」と命じたかららしい。何かあったらしいけれど、イディは知らないみたいだし、この世界に来て間もなく知識のないわたしは知る由もない。
ちなみに、イディはわたしがこの世界にオフィーリアとして転生した時に生まれた副産物なので、九つの分類から外れる存在らしい。なのでわたしの目の前に現れても大丈夫のこと。本人も「言の精霊」と言ってたのであの九つの中に分類もできないし。
次に魔力について。
正しくは精霊力と言うらしい。いつからか精霊という言葉が廃れて魔力と呼ばれるようになっていたようだ。精霊力は王族、貴族が持つものだが、わたしのような貴族ではない人間も稀に持つ者がいる。ただ環境が整っていないので平民で力を持つ子はすぐに死んでしまう方が圧倒的に多い。
そんな精霊力は精霊と協力して使うのが本来の姿だそう。言うなれば精霊のエネルギーの元だ。今回のわたしが使っていたペンで言うと、見えないイディに精霊力を渡して模倣品としてペンが現れていたのだ。けれど保持と使用に精霊力を使うので、なかなか使うのも力が多くないと厳しい。それを解消するためにあるのが魔道具、改めて精霊道具というもの。精霊と一緒に莫大なエネルギーをもとに生み出すものなので貴重ではあるが、壊れにくく使用時の精霊力の消費量が少ないのが利点だ。ただし、先程の理由から精霊はいないので普通に手に入らないのが難点だ。
最後に待望の文字について。
イディは言の精霊ということもあってこの国の言語関係の知識はある程度あった。この国はプロヴァンス語を使っている。文字もプロヴァンス文字を使用しているが、ここ数百年かけてだいぶ簡略化しているようだ。ひらがなで言ったら現代で使われているものと旧字体ぐらい違っている。だからあの壁文字を旧プロヴァンス文字とこれから呼ぶことにした。そしてわたしが旧字体を読めたのはイディの加護のおかげのようだ。しかし、あの壁の上部分のところは読めなかったのでイディの加護で全てが読めるわけではないようだ。中途半端な加護だが、わたしは文字解読がしたいのでそれで良かったと思う。全部読めたらチートで確かにいいのかもしれないけど、前世で未解読文字を解読したい夢を持っていたわたしにとって、そんな有り難くない能力はいらない。
以上のことがイディが知っている知識をざっとまとめた感じだ。精霊や魔力のことは正直どうでも良かったが、文字の情報が入っていたのは喜ばしかった。あの壁文字が旧字体ならば上部分の文字は何だろうか。そう疑問に思ってイディを連れて行って実際に見てもらいたくて講堂に向かおうとしたが、マルグリッドが止めた。
「熱が出て倒れて一週間も休んでいたのにどこへ行こうというのです! 貴女が出来なかった仕事を他の子どもたちが分担してやってくれたのですよ。恩に報いるのが筋でしょう!」
その言葉にぐうの音も出なかった。わたしが一週間休んでいた分他の子どもたちが仕事をこなしてくれた。これ以上わたしがサボって負担を増やすわけにはいかない。
わたしは大人しく仕事をこなすことにした。
しかし一週間も休んでいたので体力が落ちているのかなかなか仕事が進まない。水汲みだけでも前の二倍ほど時間がかかっている気がする。だから仕事は終わらず、時間だけが過ぎていくのに焦りを感じた。
『体力が戻るまでは講堂に行くのは無理ね』
イディが呆れたように言うと、わたしはがっくりと肩を落とした。講堂に行くためには時間を作らねばならないが、仕事が終わらないのは致命的だ。
ああ、時間ができるのはいつなんだろう……。早く残りの解読に取り掛かりたい……!
目の前に人参があるのに走らされている馬の気分になってげんなりとした。
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今回はイディからいろいろ聞いてまとめる回。
ちょっと総まとめ的になりました。
解読作業がお預けされましたが、それで諦めるオフィーリアではありません。次回、何とかしようと考えます。