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第三十九話 答えはイディファッロータ


 ──何故、其方は孤児にも関わらず字が読めるのだ?


 ヴィルヘルムの質問に、遂に来た、と握っていた拳に力が入る。

 この問いかけはここに来る前に予想していた通りだ。だからシミュレーション通りに返せばいい。


「その答えは、これです。……イディ。出ておいで」


 わたしが一声かけると、何もない空間が突然淡く光り出す。イディの色である橙色の光の粒が徐々に一箇所へ集まったかと思うと、パンッと弾けた。オレンジ色の鱗粉のような光の粉を撒き散らしながら、(ことば)の精霊イディファッロータが姿を現した。


「イディ、領主様に姿を見せてる?」

『もう許可してるから見えてると思うよ』


 わたしはイディからヴィルヘルムに視線を移す。ヴィルヘルムは驚いているのか目を見開いてイディを凝視していた。


 あれ……? シヴァルディ、言ってなかったのかな?


 わたしが呼び出してから約二日経っているはずだが、この反応を見るにイディのことは初見のようだ。わたしは説明するためにイディの方を指した。


「わたしが文字を読める理由はこの精霊の加護のおかげです。この子はイディファッロータ。(ことば)の精霊で、わたしと行動をともにしています」

「精霊だと……? シヴァルディ、聞いてないぞ」


 我に返ったのかヴィルヘルムはシヴァルディを睨みつけた。


『貴方は私を呼び出すや否や私に関する文献を探して話など聞いていなかったではありませんか。リアの話をしてもすぐに会いに出て行かれましたし』

「それは……」


 シヴァルディはヴィルヘルムの睨みをものともせず、きっぱりと言い切った。図星だったのかヴィルヘルムは言い返すことができず、黙ってしまった。


(ことば)の精霊イディファッロータですね。私たちの(ことわり)から外れた精霊のようですが、どのように生まれたのか聞いても?』


 ヴィルヘルムが黙った代わりにシヴァルディがイディに目を向けて尋ねる。目を向けられたイディは緊張しているのか固い動作で橙色に染められたスカートを広げた。


『先日は大変失礼致しました! ワタシがイディファッロータです。どうかイディとお呼びください。それで、精霊様の質問に答えますと、ワタシはリアがこの世に生を受けた時に生まれました』

『万物に宿るわけでなく、人から……?』


 シヴァルディの疑問にイディは頷いた。


『ワタシはこの世の理から外れた存在。リアの文字を強烈に愛する魂から派生し、誕生したのです』

「文字を強烈に愛する……だと?」


 今まで黙っていたヴィルヘルムが理解できないといった表情でわたしを見ている。その顔は何だか解せないが、とりあえず気にしないほうがいいだろう。イディはヴィルヘルムに対してニコリと笑いかける。


『リアの魂もですが、もちろん今のリアも文字に関して情熱的です。ですから、精霊様の呼び出し方もそうして読み解いたのです』

「ではこの精霊のおかげでその精霊殿文字が読めるということか」


 ヴィルヘルムが腕を組みながら言う。しかし、イディは首を横に振った。


『ワタシは精霊としては生まれて間もないので加護があって読める字は旧プロヴァンス文字だけです。なので、精霊殿文字はリアがほぼ自力で解読しました』

「訳がわからぬ……」

『ヴィルヘルム。リアは特殊なのですよ』


 頭を抱え唸るヴィルヘルムに対して、シヴァルディは自分の頬に手を当ててため息をついた。


 何だか諦められてる? そこに見知らぬ文字があったら、誰しもが解読したくなるでしょう?


 二人の様子に理解できず、首を傾げていると、イディが、頭を抱えながらも話を理解しようとするヴィルヘルムの前に飛んでいく。


『領主様。リアは孤児ですが、失われた文字を解読する力を持っています。そしてアナタを害するつもりも敵になるつもりも全くありません。ですので、寛大な配慮をお願いします』


 そう言ってペコリと小さな頭を下げた。イディの言葉に温かいものが広がっていくのがわかる。


『ヴィルヘルム、いくらジャルダンの子と言えど、この子を処分するならば私は貴方を許しませんよ』


 顔はよく見えないけれど圧のあるシヴァルディの言葉も加わり、ヴィルヘルムは眉を(ひそ)めた。そして、とても鬱陶しそうな顔を見せる。


「処分などしない。シヴァルディを呼び出し、この精霊も生み出すほどの力を持つ者であるのに、そのようなことをする方がおかしいだろう。私は其方が敵になりうるかを判断したいだけだ」


 ため息をつきながらヴィルヘルムは言った。頭を下げていたイディが嬉しそうに顔を上げた。


「まだわからぬ……が、マルグリッドにも言った通り、悪いようにはしない」

『ありがとうございます!』


 明るい声を上げながらイディはまた頭を下げた。ヴィルヘルムの言質を取ることができたのでわたしは密かに胸を撫で下ろした。悪いようにはしないということは、一先ずは殺されないということでいいのよね?


「其方をどうするのか、考えなければならぬ。今は私の庇護下にあるとはいえ、成人後はそうはいくまい。ただでさえ、厄介な人物に目をつけられているのだからな」

「う……」


 思い当たる人物は孤児院長しかない。あの人はわたしを引き取ろうと画策している。その孤児院長がヴィルヘルムから見ても厄介ならば、引き取られた後のことを考えると嫌な予感しかしない。


「一番良いのが成人後に私が引き取るというのだ。元々孤児院で暮らしているので私の庇護下にある。能力を買われて下働きとして……、というのが無難な筋書きだろう。それならばディミトリエも文句は言えない」


 ヴィルヘルムの突然の就職先斡旋に口元が緩む。わたしが目指していた第一希望の就職先だ。領主の城でまだ見ぬ未解読文字の文献から解読作業をいそいそとさせてもらうつもりなのだ。あくまでこっそり隠れての予定だが。

 しかし、本当にあるかはわからない。これを言い出したのはイディだ。イディ自身がその目で確認したわけではない。わたしはおずおずと話を切り出した。


「……あの、聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「領主様の城には王国統一前の文献などは残っていますか?」


 思い切って聞いてみると、ヴィルヘルムは訳がわからないといった表情に変わる。けれどわたしにとって死活問題なのだ。これを逃したらいつヴィルヘルムと話せるかわからない。会えても声はかけられないのだから。


「……それを聞いてどうするのだ?」

「もちろん、わたしの成人後の過ごし方を考える一つとして……」

「残っていたら解読する気だろう?」

「う!」


 バレた! さすがにわかりやすかったかな?

 ヴィルヘルムの呆れ声にわたしはこくりと頷くと、ため息を深くつかれた。その近くにいるイディもやれやれといった表情でわたしを見つめている。


「そんなのでよく今までやってこれたな」

『文字が絡まなければリアは優秀なのです。文字が絡まなければ!』


 残念そうな顔をしながら言うヴィルヘルムに対してイディが必死にフォローを入れようとしているが、全くフォローになっていない。わたしはジト目でイディを睨みつけていると、わたしを抱きしめていたシヴァルディがするりと手を離し、ヴィルヘルムの方へと向かっていった。


『兎に角、文字を解読できる加護持ちは貴方にとって力になるのではなくて? 早めに手元に置いておく方がいいと思うのだけど』

「そうなのだが、平民の孤児を安易に引き取れぬ。こちらとしても放っておくのは忍びないが、特例を作るのは難しいのだ」

『でも目をつけられているのでしょう? その前に掻っ攫われるかもしれませんよ?』


 そう言ってシヴァルディはわたしの方を見た。

 孤児院長のことね、と思いながらわたしは頷くと、ヴィルヘルムは首を横に振った。


「孤児院は私の庇護のある場所だ。孤児院長独断では動けぬ。孤児一人引き取ろうとしても最終的に私の許可が必要のはずだ」

『……あ、ダメだ!』


 ヴィルヘルムの言葉に対して、イディが突然声を上げた。


『リア、マルグリッドが言ったこと覚えてない? アナタは厳密に言うと、()()()()()()ということ』

「どういうことだ? 説明しなさい」


 ピクリと眉を動かし反応したヴィルヘルムを見て、わたしはハッとする。領主視察やアモリのこと、シヴァルディのことなどこの短期間で一気にいろいろなことが起こったから、失念していた。

 わたしは本来捨てられた時点で精霊力不足で死ぬはずだったが、運良く生き延びることができたのだ。わたしはヴィルヘルムの青磁色の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「領主様。わたしは、リアと名乗っていますが、それは平民として生きるために孤児院長から与えられた名です」


 そう言うと、ヴィルヘルムの瞳が少し揺れた気がした。しかし、きちんと説明しなければいけないと思いそのまま続ける。


「わたしの本来の名は、オフィーリア。オフィーリア・ブルターニュです」

「オフィーリア……ブルターニュ、だと?」


 ヴィルヘルムは目を見開いて固まってしまった。

 しまったと思いながら申し訳なく思い、ヴィルヘルムを上目遣いで見つめる。

 平民の孤児でなく、貴族の生まれだと抜け道があるとマルグリッドが言っていた。どういう抜け道があるのかいまいちピンとこないが、マルグリッドがそう言うのだからあるのだろう。

 少しの間固まっていたヴィルヘルムも、何か考え込むようにして顎に手を当てた。


「其方が元々、貴族の出ということはわかった。しかし、厳密に言うと()()()()()()ということは、貴族名簿に残っているということか?」


 ヴィルヘルムの問いかけにわたしは肯定した。


「マルグリッド先生が言うには、です。わたしはよくわからないのですが、死に石が出ていないので行方不明扱いになっているだろうと聞きました」

「そういうことか……」


 ヴィルヘルムは顎から手を離し、納得したようだ。しかし困惑した表情に変わり、腕を組み、目を伏せた。


「それならば、状況は一変する。至急、手を打たねばならない」


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― 新着の感想 ―
[良い点]  好奇心に執着する人って理解されにくいですよね。 [一言]  僕は好きですけど。
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