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第三十八話 弁明


 ニコラに半ば引きずられるような形でマルグリッドの部屋の前まで連れてこられた。自分でも歩けるのだが、一時でも領主を待たせられないと思うニコラの焦りが痛いほど伝わってくる。巻き込んでごめんなさい、と心の中で謝罪する。


「……わかってるわよね? 目線は低く、腰も低くよ。失敗したらもう取り返しつかないから慎重に考えて動きなさいね」


 ニコラの凄まじい迫力にわたしは気圧される。わたしはこくりと頷いた。そして、ニコラは懐から来訪を知らせるためのベルを取り出すと、チリンと鳴らした。


「ほら、もう目線下げて」


 ちらりと横目でわたしを見ながらニコラが言ったので、わたしは視線を下にずらした。すると、目の前にあった扉が開き、令嬢が(まと)うドレスの裾が目に入る。華美でないそれはアリアがよく着ているものだとすぐに判断した。


「ニコラでございます。リアを連れて参りました」


 緊張し上擦った声を出しながらニコラはわたしのお尻をぐいっと押してきた。下を向いていたので突然のことに反応できず、押されるがままに前に出る。アリアの前で転ばなくて良かった……。


「ご苦労様。ニコラは戻りなさい。リアはこちらへ」

「はい」


 わたしが返事をすると、ニコラはそそくさとその場を去っていく。小走り気味の靴音が遠ざかっていった。

 アリアは一歩横に引き、わたしが部屋の中に入れるようにすると、手で合図を送ってきた。わたしは一度礼をして入る。


「案内をする前にマルグリッド様からの伝言です」


 中に入るや否や上からアリアの無機質な声が降ってくる。わたしは軽く頭を下げ、片膝をついてその言葉を待った。


「領主様は訪問理由を教えてはくれなかった。今回の来訪がどういう目的なのか掴めないので、言動には十分気をつけるように……とのことです」

「わかりました。お言葉、ありがとうございます」


 わたしはそのまま深めにお辞儀をし感謝の意を示した。アリアは面白くなかったのか、ふんと鼻を鳴らすとマルグリッドがいる部屋へと歩いていく。すぐに立ち上がり、足音を立てないように後ろをついて行く。


「マルグリッド様、リアが参りました」

「……通しなさい」

 

 マルグリッドの声が聴こえると、アリアは扉の持ち手に手をかけそのまま開けた。わたしは下の方を見ているのでどうなっているのかわからないが、目の端に二人分の人影が見えたので、そこにいるのはマルグリッドと領主だろう。わたしは入り口で深く礼をする。


「……近くへ来なさい」


 いつもの優しいマルグリッドの声ではなく、少し張り詰めたような雰囲気を纏った声が聞こえてきたので、わたしは二人がいる机より一メートルほど離れた位置まで進み出た。


「領主様、この娘がリアでございます。先日、孤児院での料理を運んできた子です」

「ああ……、あの銀髪には覚えがある。顔を上げなさい」


 わたしはゆっくりと顔を上げる。

 若草色の髪色、青磁色(せいじいろ)の瞳。先日見たジャルダン新領主──ヴィルヘルムがそこにいた。そしてその隣には気掛かりそうにわたしを見つめるマルグリッド。


「そうか、お前だったのか。……そんなに幼いのか」


 そう言ってヴィルヘルムはわたし探るような目を向けてきた。わたしはその恐怖に耐えながら、敵ではないことをアピールするために笑顔を浮かべたが、おそらく引き攣っていると思う。


『ヴィルヘルム、この子は無害よ。そんなに睨まなくとも』


 声がする方に視線を送ると領主の近くにシヴァルディが佇んでいた。領主に目がいっていたので気がつかなかった。

 すると、わたしの反応を察知したのかヴィルヘルムは口の端を上げた。


「マルグリッド、此奴と二人で話がしたい。其方はしばらくの間、席を外してくれないか」

「領主様……!」


 ヴィルヘルムの言葉にマルグリッドは反対の声が上げるが、ヴィルヘルムは折れずに首を横に振った。


「悪いようにはしない。突然来て呼び出したのだから、権力を笠に着た行動などせぬ」

「ですが……」

「本当のことだ」

「……はい」


 マルグリッドは心配そうにわたしを見ると、席を立ち退出していった。

 そして、ヴィルヘルムと二人……ではなく、シヴァルディもいるので三人になる。わたしはぴりっとした雰囲気に思わず息を呑んだ。


「……見えているのだろう?」


 いきなり核心をついてきたヴィルヘルムの言葉にわたしの手は一瞬震えた。しかしここで怯んでいては何も起こらない。わたしは腹を括ってヴィルヘルムを真っ直ぐに見据えた。


「……はい。森の精霊シヴァルディが見えます」


 ヴィルヘルムはわたしの返答に対してニッと口の端を吊り上げた。


「なかなか度胸のある子どもだな。さて、マルグリッドに言った通り、悪いようにはしない。これから聞くことに対して嘘偽りなく話しなさい」

「わかりました」


 わたしは胸に手を当てて了解のポーズを取る。すると、わたしたちのやりとりを見ていたシヴァルディが心苦しそうな表情を浮かべながら、近づいてきた。


『リア、ごめんなさい。ある程度説明はしたのだけど聞かなくて……。だから貴女に早く知らせるために()()()のですけど……』

「シヴァルディ、そんなことをしていたのか」


 シヴァルディの言葉にヴィルヘルムは眉を上げた。そんなヴィルヘルムの様子にシヴァルディはため息をついた。


 しかし、あの夢はシヴァルディが故意に見せたものだったのか。わたしに来訪を知らせるためと言っていたが、夢だと思っていたし、寝込んでいたしで役に立ったとはあまり言い難い。気が付いた時にはヴィルヘルムはこの孤児院にいたのだから。


『ヴィルヘルムは私の主ですが、同等の精霊力を注いでくれたリアもまた主なのです。主が困る状況を私が黙って見ているわけありませんわ』

「主が二人など……、あり得るのか? しかし其方には何故シヴァルディを呼び出すことになったのか聞かねばならぬ」


 ヴィルヘルムはわたしをじっと見つめた。シヴァルディはそんなわたしを守るように後ろから抱きしめてきた。


『ヴィルヘルム。一方的に上から聞こうとするのは公平ではないわ。私の主でもあるのですから対等に接してくださいませ』


 何を言っているんだ、この精霊は!

 思わずツッコミそうになる声を抑えながら、わたしは怖怖としながらヴィルヘルムを覗き見た。ヴィルヘルムは困っているのか苛ついているのか、両腕を胸で組んで目を瞑っていた。ややあって、目を開けると不機嫌そうな顔を見せる。


「対等……は無理だが、ある程度の発言には目を瞑る。早く言いなさい」

「……はい」


 シヴァルディ、怒らせちゃったよ! 余計に粗相できないじゃん!

 わたしは頭の上でニコニコしている精霊を軽く睨みつけてから、ヴィルヘルムを直視した。本来なら不敬だが、許しも得ているのでここで真剣度具合を見てもらわなければならない。わたしは一呼吸置いて話し始めた。


「精霊様を呼び出すことになったきっかけですが、友の死に石化です。わたしと同い年の精霊力持ちが突然死に石になりかけました」

「ほお……。精霊ならば何か知っていると思ったということか」


 わたしはこくりと頷いた。


「では何故中庭にシヴァルディがいるとわかったのだ?」

「それはもう素敵な壁文字からです!」

「はあ?」


 わたしは講堂に精密に彫られた旧プロヴァンス文字と精霊殿文字のことを思い出してうっとりする。シヴァルディを呼び出したっきり講堂に行けていないので、早く行きたくなってしまう。

 そんなわたしとは正反対にヴィルヘルムは私が言っていることを理解できないのか不可解そうな顔をしている。その後特に怒鳴りつけてくるわけでもなかったので、機嫌を損ねていないことに安堵しわたしは咳払いを一つした。


「貴族様がいらっしゃる場所から少し離れたところに講堂があるのです。その中に公文書として壁文字が彫られています」

「壁文字……? そこにシヴァルディのことが書いてあったのか?」


 ヴィルヘルムは興味深そうに反応して椅子から身を乗り出した。わたしは頷いた。


「全ては読めていないのですが、そこにこの地を治める森の精霊の記述がありました。そしてそこに精霊様がどこに眠っているのかも書かれていました」

「全ては読めていない? どういうことだ?」

「公文書で書かれた文字は旧プロヴァンス文字……、今のプロヴァンス文字の旧字体のような文字と精霊殿文字という未解読文字なのです」


 わたしの説明にヴィルヘルムは驚いたのか目を見開いた。何かおかしなことを言っただろうか。


「精霊殿文字だと……? そのようなものがあるのか!?」

「実際に見てもらえたらより理解してもらえると思いますが、わたしはそれを読み解きシヴァルディを呼び出しました」

『ヴィルヘルム、精霊殿文字は精霊殿に仕える者が読める字で私が眠りにつく前には実在したのですよ』

「何ということだ……」


 ヴィルヘルムは理解が追いつかないのか両腕を組んで唸る。けれどシヴァルディもわたしの話が本当だと後押ししてくれたので、ヴィルヘルムも信じるしかないのか微妙な顔つきになっていた。


「理解し難いがその文字とやらはあとで見せてもらおう。……では何故、其方は孤児にも関わらず字が読めるのだ?」


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