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第三十三話 助けたい


 わたしは恐る恐る声のする方に顔を向けた。


 そこには美麗な女性が浮いていた。

 様々な木の葉を集めた髪飾りを着けた(つや)やかな深緑の長髪に、この孤児院の職員が身に(まと)う色の翠色の瞳。眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔立ちはこの世のものではないのではと疑ってしまう。

 その女性が森の精霊なのか。いや、そうに違いないと即座に判断し、わたしはふらつく頭を支えながら嘆願する。


「森の精霊様! アモリを、友だちを、助ける方法を教えてください!」


 自分の大声が頭に響いて痛みが走る。わたしはあまりの辛さに手で頭を押さえた。


『私を呼び出して開口一番がそれなのですか。……まあ良いでしょう。しかし、その前に聞きたいことが幾つかあります』


 精霊は眉を下げ、深いため息をつきながら言う。いきなりのお願いに呆れているようだ。

 聞きたいことがあると言っているが、正直そこは後にしてもらいたいところだ。アモリの死に石化はこうしている間にも徐々に進んでいる。人命がかかっているのだ。

 しかし精霊はわたしの心の内など気にも留める様子もなく、困ったように頬に手を当てた。


『まず、その銀髪──ジャルダンの血筋ではないはず。どうやってこの場所の秘密を知ったのですか?』

「講堂の、精霊殿文字、から……です……」


 ぐらんぐらんと揺れそうになる頭を支えようとするも、かくんと力が抜けてその場に倒れそうになる。どうにか倒れないようにイディがわたしの腹側に潜り込み、小さい体で支えてくれた。何とかわたしは体勢を整え、額に手を当てながら起き上がる。


『精霊様、この通りリアは精霊力を使い果たしかけています。無礼なのは承知ですが、精霊力について教えていただきたいことがあるのです』


 イディがいつもとは異なる口調で森の精霊に話しかける。わたしはこくこくと頷き、同意した。あとでどんな質問も受け付けるから、アモリの死に石化を止められる方法を知っているのなら先に教えてほしい。


『貴女のことも気になるところですが、あとでゆっくり聞かせてもらいましょう。急いでいるようですし……。さて、貴女たちは精霊力の何を聞きたいのですか? 友を助けたいと言いましたが』


 森の精霊はゆっくりと降下し、わたしの目の前にやってきてしゃがみ込んだ。そしてわたしの瞳をじっと見つめてくる。わたしのことを探るような目だ。


「友だちが、死に石になりかけています。特に病気もなく、朝まで元気だったのに……。何故突然、死に石になりかけるのか、教えて、欲しいのです。お願いします……」

『精霊様、ワタシからもお願いします!』


 わたしは真っ直ぐに精霊を見据え、そして頭を下げた。やっと見つけた可能性だ。何とかこの精霊から情報を得たい。

 すると、森の精霊は即座に知らないとは言わず、うーん、と考え込んだ。何か知っているのかもしれないとわたしは顔を上げると、森の精霊は難しそうな顔をしていた。


『……一つ聞きますが、その友というのは赤子ですか?』

「……いいえ。もう十歳になる女の子です」


 わたしの返答にさらに精霊の顔が渋くなる。そして、頬に手を当てて考え始めた。


『赤子でないのなら……、違うのでしょうか。……ですが、状況を見なければ判断できません。私をその友のところに連れて行けますか?』

「……はい! はい、もちろんです! お願いします!」

『ありがとうございます!』


 わたしとイディは頭をぺこりと下げ、礼を言った。

 とりあえずこれで何か原因がわかるかもしれない。一筋の光が見え、アモリを死から救うことができるのではないかと期待する。

 わたしは蹌踉(よろ)めきそうになる体に力を入れ、何とか立ち上がる。イディも心配して微力ながら支えてくれた。


「ありがとう、イディ……」

『いいのよ。ここで倒れたらダメだからね』


 わたしは力無く頷いて、森の精霊とともに中庭をあとにして、アモリのいる部屋へと向かう。


「ここ、です……」


 わたしはアモリが寝かされている部屋の前まで戻ってくると、体重をかけながらゆっくりと扉を開けた。

 酷い疲労感と熱っぽさでかなり足元がふらついている。限界はもう近そうだ。


「リア!?」


 がたん、と椅子を鳴らしながらマルグリッドが立ち上がった。夜中に突然現れたわたしに驚いているようだ。


「大丈夫ですか!? そんな顔色をして……!」


 わたしの顔色を見て、マルグリッドは心配で青ざめて駆け寄ってきた。わたしが思っている以上に顔色が悪いのだろう。わたしは「大丈夫です」と一言伝えたが信じてもらえず、心配そうな表情を浮かべている。

 しかし、マルグリッドがアモリを看病している可能性を考えていなかった。こんなこと少し考えたらわかるはずなのに、焦りと疲労と高熱が重なり合って冷静に考えることができていなかった。

 どう行動するのが正解なのかと働かない頭で考えを巡らそうとしていると、わたしの背後から森の精霊が素早く出てきて、マルグリッドを素通りしてアモリに近づいていく。


『この子どもが、貴女が救いたい友ですか?』


 そう言って精霊はアモリの側に屈み、苦しそうにうなされている彼女の頬に触れた。わたしは頷くと、精霊はアモリの頬を滑るように撫でて目を細くした。


『成程。本当に忘れ去られているのですね……』

『どういうことですか?』


 わたしもイディも精霊の言っている意図が読めず、首を傾げた。イディの問いかけに精霊は静かに首を横に振ると、頬を撫でた手をそのまま心臓付近に動かした。


『死に石は精霊力が身体の中で固まり、心の臓の部分に集まることでできるものです。精霊力が固まる原因は大きく二つ。一つは、老化や病によるもので流れ自体が悪くなること。そして、もう一つが────』


 そう言って精霊は目を閉じ、心臓部分に手のひらを置いた。


『体内の精霊力の流れを操作できていないこと、です。さあ目を閉じて、彼女の精霊力の流れを感じてみなさい。貴女ほどの精霊力の高さならば、わかるはずですよ』


 精霊は目を開け、わたしを横目で見てきた。やれということかとわたしは判断し、目を閉じふらふらになりながらも集中力を高めていく。

 真っ暗だった視界が急に明るくなり、二色の光源を感知する。イディ、マルグリッド、精霊、アモリのいる場所それぞれに光を感じるので、それが精霊力なのだろう。イディは橙色の血液のように膨大な液体が巡っているが、他の三人は緑色で量はそれぞれ異なっている。精霊が一番多く、アモリがかなり少ない。マルグリッドは中間よりかなり下といったところが。

 わたしはアモリの方に意識を集中させていく。


 何か変、だ……。


 水が流れるように身体の中を精霊力が循環している三人に対して、アモリは泥のように(とど)まって動きがほぼない。そして泥はゆっくりと心臓部分に集まってきつつあるようだ。これが集まって死に石になるのかと納得できるが、精霊力の流れを操作するという意味がいまいちピンとこない。

 わたしは首を傾げながら目をゆっくりと開けると、精霊はアモリの体を撫でた。


『流れが固まっているでしょう? これを治すには荒療治ですが、こちらで流れを作るしかありません。こうやって……』


 そう言ってぽう、と翠色の光が手から発せられる。そしてその光がアモリの体へと流れ込んでいく。


 ……あ、これは、魔力供給に似てる。


 今目の前で行われていることは、毎日朝夜とマルグリッドから受けている供給とほぼ同じ光景だった。光がどんどん流れ込んでいくとともに、アモリの手足の白さが徐々に良くなっていくのが見える。

 そうか、だから成長には魔力供給が必要だと言われていたのかとここで初めて納得する。自身の精霊力を子どもに流し、流れを作ってやる。そういう意味だったのか。

 でも何故作ってもらった流れが止まりかけてしまったのかという疑問が湧く。その疑問に応えるように精霊は続けた。


『この者は精霊力を使うことがなかったのではないですか? 使わないものは次第に廃れていくもの。使わず過ごしているとこのようになるのです』


 精霊の言葉にはっとする。わたしやマルグリッドは精霊道具に力を流すなどして力を使っているが、アモリはどうだったか。わたしが知る限り、他の子どもたちと同じように仕事をしていた。そして、最近になって十歳を迎えたから魔力供給も終わった。だから、そこからどんどん精霊力の流れが衰えていったのだ。


『とりあえず死に石になるのは止められそうですね。あとは自分で精霊力を使う練習をさせたら、もうこのようなことにはなりませんよ』


 精霊はそう言うとすっと立ち上がった。アモリを見ると苦しそうな表情から一転して穏やかに眠っている。わたしは危機を脱したことに安堵して、へたりとその場に座り込んだ。


「リア!? 返事を……!」


 急に力が抜けてしまったわたしの体をマルグリッドが支えてくれた。きっとずっとわたしに声をかけ心配していたのだろう。


「リア! 熱が……!」

「先生……、アモリ、が……」

「アモリがどうかしましたか? ……え、嘘……!」


 マルグリッドがアモリの方を見て驚愕する。真っ白になっていた手足は血の気が戻り、表情も良くなっているのだ。傍から見たら奇跡に近い光景だろう。


「アモ、リ……の、魔力……き……」

「リア!?」


 緊張の糸が切れてしまったのか、頭痛が酷く感じてきた。気分が悪い。声をかけるマルグリッドがどんどん白んでいく。


 ああ、この感覚知ってる……。初めて、力を使った時とおんなじだ……。


 わたしはそのまま意識を手放した。


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