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第三十一話 死に石


 孤児たちは感染症でない限り基本自室で過ごし療養することになる。しかし、倒れたというアモリは療養のため部屋には戻ってこず、代わりに他の職員を呼びに行き状況を説明したロジェが帰ってきた。

 わたしはロジェにアモリの居場所を聞き、急足で向かった。


「お医者様に見せたけど……、何故こうなっているのかわからないみたい」


 首を横に振りながらニコラは悲しみに暮れた顔で言った。マルグリッドはまだこちらに戻ってきていない。わたしは周りの制止を振り切って部屋の中に入った。


『白い……』


 イディの愕然とした声が隣から聞こえる。

 アモリは白くなっていた。いや、正しくは手足が血の気が失せたように白い。顔や首はまだいつものアモリの肌の色である薄橙色をしている。

 その様子から直感的にアモリの死を連想してしまい、震えが止まらずその場から動けなくなった。


「リア……、戻りましょ。そんな顔をしていてもアモリは良くならないわ」


 わたしの様子を見て心配したニコラが膝を突き、そっとわたしの肩を抱いた。

 これで戻ってどうなる? わたしは駄々をこねるように首を大きく横に振った。


「リア……」


 ニコラが呟くように言うと、後ろから足音が近づいてきた。


「アモリ!」


 振り返ると自身の焦りを隠さずに駆け寄るマルグリッドがいた。長い間マルグリッドと過ごしていてこんなに焦った表情を見せているのはわたしは見たことがなかった。マルグリッドは呆然と立ち尽くすわたしには目もくれず、アモリに近づき彼女の額に手を当てた。


「何故! 何故このような……!」

「お医者様は原因不明だと言っていました。何かたちが悪い流行病でしょうか……。こんな、手足が白くなるなんて……」


 ニコラは医者の見立てをマルグリッドに伝える。マルグリッドは首を横に振った。


「いいえ。この症状は違います。……死に石になりかけているのです」

「……死に、石?」


 ニコラの呟きにマルグリッドは頷いた。


「魔力を持っている人間に起こる現象です。魔力を持つ人間は死ぬと心の臓の部分に石ができるのです」

「石って……。それじゃあ、まるでアモリがもう死ぬみたいじゃないですか!」

「……しかし事実なのですよ」


 悲痛なニコラの叫びに対してマルグリッドは目を伏せながら言った。

 では何故突然、アモリは死にかけているのかという疑問が湧く。朝、アモリと別れる前までは元気そうにしていたし、手足はこれほど白くはなかったと思う。医者も原因がわからないと言っていた。もしかすると平民を診る医者だからわからないと言う可能性もあるのかもしれないが。


「先生。突然死に石ができかけるなんてこと、あるんですか?」


 わたしの問いにマルグリッドは小さく頷いた。


「稀ですがあるにはあります。特に中位の貴族から上の子どもが十歳を超えてから成人までに突然亡くなることがあります。だから貴族の間では十五の壁と呼ばれているのです」

「その、突然死の原因は……?」

「よくわかっていません。症状は特に熱もなく、手足から徐々に白くなっていくのが特徴です」


 わたしの問いかけにマルグリッドは首を横に振りながら答える。


「進行が緩やかに起こる者もいれば、アモリのように急激に進む者もいるので、対処法もわかりません。」

「それじゃあアモリを治せないじゃないですか!」

『リア……』


 わたしの叫び声にマルグリッドは悲痛な表情を浮かべ俯いた。わたしはぎゅっと拳を握り込む。わたしたちのやりとりを見ていたニコラはわたしを安心させるために、わたしの頭に自分の手を優しく置いた。


「落ち着いて、リア。アモリは平民だけど特別な魔力持ちなんでしょ? だからマルグリッド先生を呼びに行く時に、そっちのことがわかるお医者様を呼んでもらってるからそちらに任せましょう?」

「……それで、アモリは元気になるんですか?」

「……ええ、きっと良くなりますわ。だから信じましょう?」


 ニコラの話にマルグリッドは同調するようにニコリと笑みを張り付けて言った。


 ……絶対嘘の顔。難しいのか……。


 マルグリッドの表情はずっと見てきている。だから何かを誤魔化したい時や隠したい時は決まって笑顔を浮かべるのだ。アモリに関してここで線を引かれてしまった。


「マルグリッド先生もそう言ってるし、リアは部屋に戻ろう? もうすぐしたら夕食だし、ね?」

「いいえ! お医者様が来るまでで良いのでアモリの看病をさせてください!」


 ニコラが再びわたしの肩に手を置いて部屋の外に出るように促すが、わたしはそれを振り払って懇願した。しかし、マルグリッドが首を横に振ったのを見たニコラはわたしの背中をぐいっと押した。


「ダメよ。お医者様も来られてバタバタ慌ただしくなるからリアは邪魔になるわ。だから外に出てて」

「お医者様が帰られたら声をかけますから、リアは部屋に戻ってなさい」


 二人に断られては無理に意思を押し通すことはできない。わたしは苦しそうな表情で眠っているアモリを一瞥(いちべつ)した。相変わらず手足は死人のように白い。親しい友の死が目の前に迫っているのにも関わらず何もできない自分に悔しさを感じた。


「必ず、必ず、呼んでくださいね。待ってますから」


 そう言ってわたしは部屋の外へと駆け出した。そして何もできない自分への腹立たしさに身を任せて思いっきり廊下を走り抜けた。いつもならすぐ職員に見つかって鉄拳が飛んでくるけれど、領主視察の後の名残りなのか人ひとり見かけない。

 感情のまま走って走って走り抜けていくと、気付けばわたしのはじまりの場所である講堂に続く階段を降りていた。肩が上下してしまうほど必死に走ってしまっていたようだ。


『リア……、少しで良いから落ち着こう? このままじゃ、リアもしんどくなっちゃう』

「うん……」


 心配した表情をしたイディに諭され、わたしは頷いた。


『ここからなら、やっぱり講堂かな。講堂に行こう』

「わかった……」


 わたしはゆっくりと講堂へと歩みを進める。歩いていても気は晴れない。ぐるぐるとどうしたらいいのか考え込んで自分の無力さに悔しさが込み上げてくる。

 出てきそうになる涙を(こら)えながらわたしは講堂の扉の持ち手に手をかけた。自分の体重をかけ、扉を押すとギギギギ、と嫌な音を響かせながら扉は開いていく。わたしはできた隙間に滑り込み、扉を閉めるとそのままその場に座り込んだ。


『リア……』


 イディがわたしを気遣い、わたしの肩に手を置いた。


「ねえ、イディ。わたし、アモリを助けたい。どうしたらいいと思う?」

『リア……』


 イディの表情が曇る。


「イディは精霊でしょう? 精霊なら魔法を使ってぱぱっと助けられるでしょう?」

『そんなの、できない……。 ワタシは生まれてそこまで経ってないから、魔力……精霊力のこともあんまりわかってないの……』

「なんで……」


 わたしは拳を床に叩きつける。そしてふらふらと立ち上がり、絶望感に襲われながら壁に手を伝い歩く。


「じゃあどうしたら……、アモリを助けられるの?」

『人間のことは人間が一番良く知ってる。だからお医者さんに任せて、死に石になりかけてる原因を見つけてもらうしかないよ』

「じゃあ、わたしは何もできないってこと!?」


 きつく握りしめた右手の拳でゴンッと壁を叩く。

 そして、目にする。


「森の……、精霊……?」


 叩いた壁には目を閉じて両手を広げた女性の絵が描かれていた。まだ完璧に解読できたわけではないが、この女性はこの地を統べる森の精霊。大地を豊かにし、五穀豊穣を司る存在と書かれていた。


「精霊力のこと、詳しく知ってるかもしれない……!」

『どういうこと?』


 一筋の光が差し込んだようにわたしの気持ちが浮き上がってくる。イディはわたしのところへ飛んできて説明を求めた。


「森の精霊を目覚めさせる! そして、死に石になるのを止められるか聞く! 正しいかわからない。けど、今のアモリを助けるためには、わたしにはこれしかできない!」

『リア……』


 わたしは自分の顔を両手で叩いて喝を入れる。憂いている場合ではない。最後のギリギリまで足掻かないと結末は変わることなどないのだから。

 わたしは今まで調べ書き溜めてきた資料を取り出し広げた。広範囲に金色に光るそれはこのためにあったのか。そして、件の部分に触れた。


「『プローヴァとはじまりの王、精霊殿にて、かの精霊、翠色(すいしょく)をもって祀る。精霊殿、はじまりの王像に眠る。力込めん、深き眠り、目覚める』……」


 わたしは訳した文章を読み上げる。以前、この訳をイディに話したらこの場所が精霊殿じゃないかと言っていた。

 翠色をここの色だと言い、その衣を(まと)っていた職員たち。中庭の初代王の記念碑。決め手になる情報をこちら側は持っていないが、そんなことを言っている場合ではない。アモリという友だちの命がかかっているのだ。


「中庭に、行こう。やってみる価値はあると思う」

『でも、マルグリッドが──』


 イディの制止にわたしは首を横に振った。


「見つかったら殺されるかもしれない。でもアモリが死ぬのは嫌! 先生との約束を破ることになるけど、それでもわたしは行く!」

『リア、本気なんだね』


 わたしはしっかりと頷いた。するとイディも覚悟したかのように目つきが変わり、引き締まった表情になった。


『わかった。ワタシもリアに付いてく! ……でも、今すぐはリスクが高すぎる。だから今日の夜に中庭に行こう』

「……わかった。ありがとう、イディ」


 刻、一刻と迫っているが、わたしが生きた状態で中庭に行かなければ何の成果も得られない。時間は惜しいが、見つかる可能性を考慮すると仕方がないことだと自分に言い聞かせた。


「行こう、中庭へ」


 ────決戦は、今日の夜だ。


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