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第三十話 精霊殿と孤児院


「もしかして……、プローヴァ?」


 ペンを持つ右手が止まり、わたしは考え込む。人物名なので飛ばして解読していたが、もう一度読み返すと語感が似ているような感覚に襲われた。


『どうしたの?』


 わたしの呟きを拾ってイディが近づいてきた。わたしは金に光るある一節を指差す。


「ここのところ、プローヴァかなって。『ふろーふあ』って訳してたんだけど、精霊殿文字って濁音と半濁音、付けないでしょ? でも、一番の決め手ははじまりの王とセットになってるの」

『はじまりの王……初代王のことだよね。精霊と心を通わせた青年の』


 イディの言葉に私は頷く。

 初代王と心通わせた精霊がプローヴァだとわたしは推測している。だからこの一節に並列して書かれる「ふろーふあ」はおそらく精霊王に違いない。


『じゃあその一節は何で書いてあるの?』

「まだ曖昧なところがあるから予想した訳も入ってるけど……、『プローヴァとはじまりの王、建てた、精霊殿にて、その精霊をすいしょくでまつる』……」

『精霊殿、すいしょく……』


 子音の組み合わせによってどのように読むのかまだはっきりしていないものがある。日本語で言うと「ぢ」と「じ」のように昔はきちんと発音されていたけれど、時の流れによって区別しなくなってきたという例もある。子音の組み合わせが複雑なだけで似た発音に変換できるものが多いやもしれない。今は前後のわかる言葉から推測するしかない。


『精霊殿に森の精霊様が祀られてるってこと?』

「そういうこと。初代王が建てた精霊殿ってのがあるみたい」

『その後は?』

「ちょっと待ってね……」


 イディの問いに応えるためにわたしはその後を解読しかけたメモの部分を探す。走り書きやら注釈やら多くなりすぎてわかりにくい。本当にそろそろ整理していかないといけない。


「あ、これだね」


 そう言いながら先程見ていたところから少し離れたところに浮かぶ文字の羅列を指差した。イディはそちらの方に目を向ける。


「ここも合っているかわからないけど、『精霊殿のはじまりの王、……像に眠る。力込めん、深き眠り、目覚める』……だと思う。文になってないし少し不安だけど」

『精霊殿の像にこの女性の精霊が眠ってるってこと?』


 イディは壁に彫られた一節の下に描かれている眠っている女性の絵を指差しながら言った。わたしはこくりと頷き、肯定する。


「多分。でも精霊殿がどこにあるかの記述もないし。イディはこれ聞いてどう思う?」

『すいしょく、でしょ? それってマルグリッドたちが羽織っていた翠色(すいしょく)のことじゃないの?』

「そうだと思うけど、その言い方だとここが精霊殿みたいじゃない。ここは孤児たちが集まる孤児院よ」


 平民の子どもたちが寄せ集まって暮らす孤児院に森の精霊が眠っているなんてありえない、とわたしは首を横に振った。しかしイディは引き下がらず、わたしの目の前に飛んできた。


『ここって領主の管轄の場所でしょ? 少ないけど貴族も出入りしてるし。だからここってただの孤児院って言うには不自然すぎると思う』

「そう言われると確かにそうなのかな」


 わたしの中の感覚では領主はこの地を治める主だから自分の配下である貴族を使ってこのジャルダン領地の孤児院を運営していると思っていた。日本でも運営は違えど、運営費は国や県の税金で賄っているところが多いと聞く。それと同じ感覚だったが、思い返すとおかしな点もある。

 新しい領主に変わってから援助が来るようになったが、前の領主はこの孤児院に援助をしていなかったと聞く。金銭的な援助をしていないのにも関わらず、孤児院の管轄が領主であること、そして貴族が運営をしていることは確かに変だ。

 わたしが考え込んでいるとイディは付け足す。


『あとはじまりの王の像って言われると、ワタシはあの中庭の石じゃないかと思ったんだけど』

「初代王の形をした像じゃなくて? でも解読が間違ってる可能性もあるしなあ……」

『講堂のこの壁文字もあるし、ワタシはここが精霊殿じゃないかと思うんだけど……』

「可能性の一つとして持っておいてもいいと思う。けど、不確定であの中庭に入るにはリスクが高いよ」


 あの中庭は貴族が出入りするエリアにあるのだ。しかもその中庭は領主一族と孤児院長くらいしか入らない特別な場所だ。そんなところに入ったと貴族にバレたら処刑されるのは確実だ。

 また、前回のようにマルグリッドに心配をかけたくない。


「先生に聞いてみて情報を集めてもいいかもしれない。先生ならきっと教えてくれると思うし」

『そうね、命を大切にするためにはそうする方がいいと思うわ』


 イディはわたしの言葉に賛同する。

 わたしは気になっていることを付け足した。


「まず、森の精霊を目覚めさせるっていう言葉が合ってるのかもわからないけどね」

『そっか……。精霊王が……』


 イディが初めてわたしの前に現れた時、この世界の精霊は何かがあって姿を見せることを精霊王から禁じられていると言っていた。イディはこの世界の分類から外れた精霊なのでどういうことなのかはよくわかっていないので詳細はわからない。仮に像を見つけて力──精霊力を込めたとしても目覚めない可能性もあるのだ。


「とりあえずわかんないことだらけだから情報を集めなきゃ。一番この領地のことを知ってそうで聞きやすい先生に帰ったら聞こう」

『そうね』


 そう言っていたら煌々と光っていたランタンが点滅し始めた。


 ……もう時間か。ああ、帰らないと。


 時間が経つのが早いことに落胆してしまう。もっとここで作業を続けたいが、領主もそろそろ視察を終えて帰る頃合いだろう。そうしたらマルグリッドもこちらに戻ってくるので、わたしが真っ直ぐ戻っていないのが露見してしまう。

 わたしは大きくため息をついた。


『仕方ないじゃない。マルグリッドに怒られたくないでしょ? …………うっ!』

「え? どうしたの?」


 イディが突然ピクッと体を震わせた。心配してわたしは声をかけるが、イディは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。


『なんか、少しゾクッとした気がして……。でも、もうなくなったから大丈夫。驚かせてゴメン』

「……? イディが大丈夫ならいいけど……」


 少々心配ではあるが、イディがそう言うならと一応納得する。

 わたしは帰り支度をするためにこの空間に出ている金色に光る文字たちを吸い取り、ランタンに含まれる精霊力も自身に戻した。すう、と吸い込まれていく感覚が心地よい。わたしは、はあと浅く息を吐くと「帰るよ」と待っているイディに声をかけた。

 そして、講堂の扉に手をかけ細心の注意を払って少しの隙間ができるくらいに開く。誰もいないか確認し、サッと外に出た。

 廊下を早足で通り抜け、階段を上り、アモリたちが待機している自室に向かう。子どもたちがいるエリアに来ても誰一人廊下にいないので、まだ領主は自分の城に戻っていないようだ。わたしは間に合ったと安堵しつつ、自室の扉を開けた。


「リアねぇちゃ!」

「リア姉ちゃんっ!!」


 扉が開く音で振り返ったレミとギィが涙を浮かべていた。


「レミ、ギィ。一体どうしたの? 涙なんか流して……」


 どういうことか事態を把握できないわたしは二人に駆け寄り尋ねる。ギィは嗚咽を漏らしながら泣き続けるだけで全く状況がわからない。わたしはレミの方に顔を向けた。


「アモリ姉ちゃんが……」

「アモリが? アモリがどうかしたの?」


 泣きながら目をゴシゴシと擦るレミの肩にわたしは自分の手を置いて尋ねた。レミは息を整えながら言葉を紡ぐ。


「アモリ、姉ちゃんが、……うっ、急に倒れた、の……っ!」

「!?」

『どういうこと……? 今日の朝元気だったのに!?』


 下を向いて泣きじゃくるレミはあまりの衝撃に言葉を失ってしまっているわたしなど気付かず続ける。


「部屋の、掃除……っ、してたら、アモリ、姉ちゃんが……、急に、胸を押さえて、……うっ、倒れて……。ロジェと一緒に、声、かけたけど……、起きてくれなく、て」

「今、アモリは!? どこにいるの?」

「ロジェが、ニコラ先生、呼びに行って……。お医者様、に、診てもらうって……」

「何で急に……」


 アモリが倒れた。胸を押さえて倒れた。

 心臓がバクバクと鼓動を打つのがわかるくらい動揺している。


 一体どういうこと……?


 わたしは震える自分の手をぎゅっと握りしめた。


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