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第二十八話 中庭の


「私はここまで。ここからはリアが運んで。真っ直ぐ行くと多分貴族様がいるから。はい、これ許可証」


 来客用の階まで無事に辿り着いてニコラは眉を下げながら言った。そして木札をわたしに手渡す。受け取って見ると、「料理人、孤児院長の命により特例に許可」と尖った字で書かれている。ここから先は貴族が通る場所になるので見窄(みすぼ)らしい子どもが歩く場所ではない。だからこれは出会い頭で罰せられないためにも重要なものだ。わたしはそれを懐に仕舞い込んだ。


「もう一度言うけど、貴族様と目線を合わせちゃダメだよ。こちらからは話しかけない!」

「はい、わかりました。肝に銘じます」


 わたしが真剣な表情で返すとニコラは少し安心したのか、「じゃあ後でね」と手を振った。わたしは軽く手を振り返すとワゴンを押して奥に向かった。

 このフロアに来るのは三度目だ。もう来ることはないと思っていたが、こんなに早くまたここを通ることになるとは思わなかった。しばらく真っ直ぐ歩く。カラカラとワゴンの車輪が音を立てている。イディはワゴンの端に腰掛けながらため息をついた。


『何が起こるかわかんないわね……』

「わたしもそう思う……あ」


 奥。何か緑のものが揺らめいているのが見えた。わたしは引き寄せられるように早足で向かう。


『待ってよ、リア! …………庭?』

「これ、先生が言ってた中庭だ」


 目の前には美しい景色が広がっていた。特に鮮やかな花々が咲き誇る様は壮観だ。きちんと手入れされており、計算されて花や草木が植えられている。その美しさに誘われ、わたしはワゴンを止めてふらふらと中に入る。


「綺麗……」


 大輪を咲かす花、密集して咲く小花など大小色とりどりでずっとここにいても飽きない。わたしは見回しながらどんどん奥地へと足を踏み入れる。


『あれは……』

「ん?」


 イディが指差す方向、目の前に大きな平べったい石が置かれている。そしてその石を包み込むように蔓性(つるせい)の植物が絡み付き、所々可憐な花を咲かせている。まるでその石を守るように。

 確かマルグリッドが中庭に初代王の記念碑が置かれていると言っていた気がする。おそらく目の前にあるそれがそうなのだろう。

 わたしから見て正面の石の面の部分は何故か蔓が伸びておらず何か彫られているようだ。わたしはよく見ようと近づく。


「文字だぁ!!」


 規則的でないが似ている雰囲気の羅列が見えてわたしは石に飛びついた。これは旧プロヴァンス文字か、それとも精霊殿文字か……、どちらだろうかと文字の形が記憶と結び付くか確認する。


「どっちも違う……?」

『ん?』


 何度も見返すがそのどちらとも結び付かない。では文字ではないのかと言われるとそれは否だ。これは何かが記されている。


「……ということは、これも未解読文字の可能性がある!?」


 新たに見つけた文字にわたしは思わず興奮して鼻息が荒くなる。そして手彫りされた優美な文字が書かれた石をペタペタと小さな手で触った。


「イディ! これ、何!? 旧プロヴァンス文字でも精霊殿文字でもない!! 読めなくてもイディは種類くらいわかるでしょ!? 文字の精霊なんだから!!」


 石からは一切目を離さず近くにいるであろうイディに問いかける。


『文字の精霊じゃなくて、(ことば)の精霊なんだけど……』


 そう文句を言いながらもイディはひょいと石の方に飛んできてじっと見つめて考えている。しばらくして『あっ!』と閃く声が聞こえた。


『これ、プローヴァ文字だ。プローヴァ……、精霊王様の名前を取ったこの王国統一時に広まった文字だよ!』

「プロヴァンスと響きが似てるけど、それって……」

『関係があると思うよ。初代王は精霊と心通わせたって創世記にあったでしょ?』


 ぽんと手を叩いて納得する。

 創世記には、初代王は精霊と心を通わせ大陸の悩みであった不作を精霊と協力して解消した、とあった。初代王をはじめまだ知らぬ王族に特別な力を持つとすれば別の話になるのかもしれないが、力を持つ精霊王と心通わせたことによって初代王はこの大陸の危機を救い王の座についたのではと推測できる。それならばこの王国の名前が協力関係にあった精霊王プローヴァの名前を(もじ)ったものになっていても何の不思議はない。


「それはよくわかった。聞いとくけど、イディはこの文字、読める?」


 ここが一番大切なことだ。読めるか読めないか、自分の解読へのモチベーションに関わってくる。まあ読めても黙っていてもらって解読するのだけれど。


『リアのお陰で精霊殿文字はだいぶわかってきたけど、プローヴァ文字は……。リアが読める文字は読めてるから解読してもらえたら読めるようになると思う』

「よっし! 問題ありません! ありがとう!!」


 わたしはガッツポーズを取り喜びを素直に表した。しかも今の言葉からわたしが読めない文字はイディも読めないということがわかった。それは良いことを聞いてしまった。口元がどんどん緩んでいく。これで未解読文字を心置きなく解読することができる。嬉しすぎて小躍りしてしまいそうだ。


『でもこれ、どうやって解読するの? 記念碑だから公文書のように別の文字で書かれてないんだよ?』

「気合いで……、と言いたいところだけど、わからないものをわかろうとするのは不毛だわ。どこかでプローヴァ文字と知ってる他の文字の文書を見つけないと……」

「そこで何をしているのです!?」


 突然の人の声に体がビクッと反応してしまう。反射的に振り返り声の主を確認する。

 そこに立っていたのは、怒りの表情をしたマルグリッドだった。その表情から直感的にヤバいと感じ取り、怒気を含んだマルグリッドの蒼い瞳からサッと目を逸らした。しかしマルグリッドはそんなことを気にせず、つかつかとわたしに攻め寄ってきた。


「リアの声がすると思ってきてみれば……、貴女はここで何をしていたのですか?」

「ええっと……、その……」


 考え言い訳する間も無くマルグリッドはあっという間にわたしとの距離を詰めてきた。こんなに怖い顔をしたマルグリッドを見るのは久しぶりだ。わたしは息を呑んだ。


「ここは私も立ち入らない中庭ですよ? もう一度聞きます。貴女はここで何をしていたのですか?」


 わたしの顔に近づけてマルグリッドは言った。


「えっと……、ニコラ先生と別れてから、み、道に迷ってしまって……、そしたら、この中庭が見えたので、こ、この奥かなあ……なんて……」


 我ながらしどろもどろで駄目な言い訳だ。こんな言い訳でマルグリッドを納得させることなどできるはずもなく、マルグリッドは呆れたように大きくため息をついた。


「……貴族が出歩く場所なのに迂闊(うかつ)な行動です。今回見つけたのが私だったので良かったものです! わかっていますか? リア」

「……はい」


 ぐうの音も出ずわたしは項垂(うなだ)れる。今回わたしを発見したのがマルグリッドだったのが幸いだ。もし別の貴族が私を見つけたのならば極刑は免れなかっただろう。ここは孤児院長と領主一族しか入れない場所だと以前マルグリッドが言っていたことから、とても大切な場所であるようだ。


「今回のことは目を瞑ってなかったことにします。私も中に入ってしまいましたから……。もうこんな危ない真似はしないでください」

「はい……、すみません、でした」


 一転して怒りの表情から子を心配する母親のような表情になったマルグリッドに対して、申し訳なく思い素直に謝る。わたしのために心を砕いてくれる貴重な存在なのにそのような顔をさせるつもりはなかったのだ。


「さあ、顔を上げて。料理を持っていかなければならないのでしょう?」

「……そうです」


 マルグリッドはニコリと笑うとわたしに背を向けて歩き出した。このまま付いてきなさいと言うことだろう。わたしは初代王の記念碑にもう一度振り返って見つめる。プローヴァ文字は今のわたしの能力では読み解くことができない。


 いつか、いつか、初代王の言葉を解き明かしてみせる! それまでは待ってて!


 どこかでプローヴァ文字に関する文献を探すか、公文書を見つける必要がありそうだ。わたしは記念碑に背を向け、中庭を後にした。

 そして入り口に置いてあったワゴンを押し、マルグリッドを追いかける。

 ここにやってきたのがマルグリッドで本当に良かったと胸を撫で下ろす。


『何とかなって良かったわね。危機一髪だったわ……』

「うん……。本当にそう思う……」


 次は孤児院長と領主だ。わたしは息を大きく吸って気持ちを切り替えた。今回、幸運の女神が微笑んでくれたことに激しく感謝した。


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