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第二十六話 平民ではない


「リア、少し良いですか?」


 次の日。朝食を終え片付けをしていたところにマルグリッドがわたしを呼んだ。もうすぐ魔力供給の時間なので呼びにきたのだろう。アモリも自分の作業をしていたが手を止めてマルグリッドの元に駆けてきた。


「先生、魔力供給ですか?」

「今行く準備をしますね」


 アモリとわたしが言うと、マルグリッドはわたしたちの前にしゃがみ込んで目線を合わせた。真剣な眼差しの中に優しさが見えてわたしはほっこりとした温かい気持ちになってしまう。


「アモリはこの夏で十歳になりましたよね」

「はい。……何かあるのですか?」


 孤児院長の食事会やらマルグリッドの勉強会などでバタバタしていたこともあって、もうすっかり暑い気候になっている。夏といっても問題ない時期だろう。

 マルグリッドが言っていることの真意が見えず、アモリもわたしも不思議そうな顔をする。


「魔力供給はだいたい十歳の誕生月で終わるのです。そのくらいから家の仕事を手伝うようになりますからね」

「え……、ということは……?」

「アモリの魔力供給は終わりにしますね。ただリアは誕生月が冬なのでそれまでは続けますね」


 マルグリッドが少し寂しそうに笑った。アモリといつも一緒に魔力供給をしてもらっていたのでアモリが卒業してしまうのは何だか物寂しさを感じる。アモリも同様のように感じているのか同じ表情を浮かべていたが、マルグリッドの表情を見てそれを消した。


「……わかりました。今までありがとうございました」

「アモリ……」


 アモリがぺこりとお辞儀をしながら言う。そして顔を上げた時に見えた横顔は何だか少し我慢をしているような表情に見えた。そんな表情をマルグリッドは見て、嬉しそうにほんの少し頬を緩めた気がした。


「……アモリ、魔力供給が終わっても私が貴女の育手(そだて)であることは変わりません。だからこれからも私を頼ってくださいね」

「……! 先生!」


 先程の表情とは打って変わって顔が輝き幸せそうな表情になった。関係がこれで終わりでないということを明言してもらってかなり安心したのだろう。


「貴女たち二人が私の育子(そだてご)なのですから」

「はい!」

「ではアモリはまた夜にね。お仕事があるのでしょう? 頑張ってきてくださいね」


 マルグリッドの言葉にアモリは機嫌よく返事をすると礼を一つして持ち場へと戻って行った。


「ではリア、私の部屋に行きましょうか。魔力供給のついでに話があるのです」

「はい」


 話と言われたら恐らく昨日のことだろう。マルグリッドは会議が長引いたのか就寝時間ギリギリになって魔力供給をしに現れたので話す暇もなかったのだ。

 わたしはマルグリッドの後に続いて食堂を後にした。


「昨日はよく頑張りましたね。ディミトリエ様……孤児院長が絶賛していましたよ」

「それは、良かったです」


 マルグリッドの部屋に繋がる廊下を歩きながら昨日のことを褒めてくれた。わたしはホッと息を吐いた。


「木札の説明もわかりやすくきちんと伝わったので良かったようですよ。料理を説明する者も安心した表情を浮かべていました」

「そうですか。工夫した甲斐がありました」

「私も食べました。本当に変わった料理ですが、美味しかったですよ」


 優しい笑顔で微笑むマルグリッドにわたしも笑顔を向けた。

 そのまましばらく歩くとマルグリッドの部屋の前まで来たのでマルグリッドは懐からベルを取り出し鳴らした。するとすぐにアリアが扉を開けたので、わたしは目線を下にした。


「おかえりなさいませ、マルグリッド様」

「ただいま戻りました。アリア、キャンデロロの家にこれを持って行ってもらえますか? お父様への手紙です」

「かしこまりました。今から行ってまいります」


 アリアはそう言うと、マルグリッドから手紙を受け取り、そのまま部屋を出ていった。マルグリッドは「ではこちらに」とわたしを促すと中に入っていった。わたしも付いていく。

 部屋の中は相変わらず広く、調度品もそこそこの値のするものが置かれている。机、椅子などわたしたちが使っているものとは全然違う。

 マルグリッドは真っ直ぐに椅子に向かい座ると、わたしもその正面の椅子に腰掛けた。


「さて、アリアもお使いに行かせましたのでここには貴女と私以外の人はいません。だから込み入ったことを話しても誰も聞いていません」

「……昨日のことでしょうか?」


 わたしの問いにマルグリッドはゆっくりと頷く。


「もちろんです、リア……ではなく、オフィーリア。どういうことでしょうか?」

「先生、わたしも正直に言うと混乱しています。リアというのがオフィーリアを言いやすくした『愛称』だと思っていました。誰も指摘しなかったですし……」

「『愛称』? 名前は親が授けるものなので省略などしないのが普通です。ブルターニュの家で名前を呼ばれることはなかったのですか?」


 あの時は何も質問できなかったのであまり状況が把握できなかったが、やはり親しい相手と愛称を呼び合う概念がないのだということがわかる。

 では、わたしが捨てられる前にオフィーリアと呼ばれていたかと言われると、覚えていないのもあるがそもそも呼ばれたことがほとんどない気がするのだ。何となく覚えていることと言ったら広い部屋でボーッとしていたことくらいだ。両親の顔も思い浮かばない。


「……なかったです。そもそも名前以外の記憶がないんです」

「そう、ですか……」


 正直に答えるとマルグリッドは眉間に指を当ててため息をついた。何か不味いことでもあるのかと不安になってくる。マルグリッドが相手なので聞きやすいはずだ。なのでわたしは聞いてみることにした。


「ですが、孤児院長も平民に落ちた子どもと言っていたので、わたしは平民と変わらないのではないですか?」

「……死に石が出ていないから、厳密に言うと貴女は平民ではありません」

「へ?」


 平民でないと言われ、わたしは目をぱちぱちとさせる。


 平民ではない? 死に石がないから除籍できていないってまさか────。


「名簿から貴女の名前を除籍にするには亡くなったことが証明できる死に石というものが必要です。死に石は亡くなった後にできる人の魔力の塊。けれど貴女は死ななかった。死ななかったから死に石がない──」

「──ということは、わたしは名簿に残っている……?」

「そういうことになります。現状で言うと行方不明扱いでしょう」


 首の後ろからスーッと冷えていく感覚がした。


「今回のことでブルターニュ家の息女が生きていたこと、その息女の価値が高いことが孤児院長を中心とした派閥に知られてしまいました。平民ならば領主の庇護下にいる限り、無理矢理引き取られることはないのですが、貴族となると手はたくさんあるのです」


 つまりこのまま何も手を打たずに過ごしていると、領主の庇護下から勝手に出されてしまいわたしにとって不本意な状態になりかねないということだ。

 それは困る。壁文字を解読した後は、別の未解読文字を求めてその可能性が高いところに行く予定なのだ。未解読文字の資料や文献という貴重なものを孤児院長が持っているとは考え難い。そんなところに行くことになるなんてごめんだ。


「こればかりは孤児院長の考え次第です。今は領主視察が近いのですぐに動くことはなさそうですが、時が来たならば覚悟は必要かもしれません」

「どうにも、できないのですか……?」

「私の方で何とかできないかと思いましたが、芳しくありません」


 昨日話す暇さえなかったのはわたしのために動いていてくれていたのか。マルグリッドの気持ちに心が温かくなる。急に貴族になることが必ずしも幸せではないことを知っているのかもしれない。


「先生、ありがとうございます。孤児院長の考え次第ならまだどうなるのかわからないんですよね。それならわたしができることをやっておきます。……そして、心の準備も、しておきます」

「リア……」


 これ以上マルグリッドに頼りきりではいけないと思う。こんな事態になってしまったのなら腹を括るしかない。もしかすると孤児院長の料理人にレシピを幾つか流したので暫くは孤児院長も気が逸れて大人しいかもしれない。けれど出どころが一緒なので焼け石に水か。

 もしこの孤児院を離れる事態になったら壁文字の解読はやり切れなければ心残りになるに違いない。それは避けたいので出ていく前に解読してしまいたい。成人までまだ時間はあるが早め早めにやっておく必要があるやもしれない。


「わたし個人でできることは少ないと思います。でも最後まで自分が生きたいように生きられるように足掻きます」

『リア……』


 いつの間にかイディが出てきて心配そうに見つめている。


「まだわからないことが多いので確実にそうなるとは言えませんが、可能性を潰すためにも私も動ける範囲で動きますね」

「ありがとうございます、先生」


 マルグリッドが困ったような作った笑みで頷いた。


 足掻けるところは足掻いてやる。難しいところしかないかもしれないが、そのギリギリまで。


 まだ見えぬ未来を考えて、わたしは固く決意した。


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