第二十二話 精霊石
火がつかない、なんてあるのだろうかと頭でぐるぐる考えるが答えは出ない。
『リア、ちょっと待ってて』
イディが出てきて竈を探る。いろんな方向から見て火がつかない原因を探ってくれている。
「は! 困ってるようだな、馬鹿め。たかが子どもが大人に楯突くからだ!」
横で作業していたはずのドミニクが小馬鹿にしたように笑った。これで、火がつかないのは彼の仕業かと合点がいった。
あれだけ言ったのに、何でわかんないかなー……。
ドミニクの妨害に呆れつつわたしも原因を探る。故障ならばドミニクたちも困ることになるでおそらくそれは違うだろう。わたしは竈のスイッチ付近や火口を確認していく。
「……ん?」
炎の切り替えの近くを触っていると、小さな丸い窪みがあることに気付いた。何かを嵌めるように凹んでいる。こんなの孤児院の竈にあっただろうか。
『これ、精霊力が空っぽだ。ないから点かないみたい!』
「そっか」
イディが竃に込められている精霊力を感知して言ったので、わたしも目を閉じて精霊力の有無を確認する。孤児院の竈をきちんと調べたことがないのでわからないが、イディの言う通り確かに精霊力がないのか炎のようなものが見えない。どちらかと言うと消えた後の焚き火のように煙が一つあるような感じだ。
精霊力を探知していて動かなくなったわたしを呆然として立ち尽くしていると勘違いしたのか、ドミニクは前掛けのポケットから木の箱を取り出しわたしに見せつけてきた。
「これがなきゃな、火はつかないんだ!」
そう言って木の箱を開けると小さな石のようなものが一つ収まっていた。そしてその石を摘み、わたしの目の前に突き出した。
「この竈の鍵だ! これを嵌めないと使えない! だからお前にはできない! さっさと諦めるんだな!」
「……へえ」
丁寧に石の説明までしてもらえたのである程度は把握して口の端を吊り上げた。わたしら目を閉じて精霊力の流れを感じると、その石に力が込められているのがわかる。
「イディ」
『うん、見た通りあの石に精霊力が込められてる。あんなカラクリなら何とでもできるわ!』
小声でイディを呼ぶと彼女もわたしと考えだったのか頷いて自分の胸をドンと叩いた。わたしはお願いの意味を込めて頷くとイディはわたしの目の前に飛んできた。
『リアの精霊力を使うけど同じ石を複製しよう。前の世界で言ったら充電式電池? の扱いになるのかな?』
「うん、お願い」
わたしは頷き手を差し出すとイディはニコッと笑って自分の手を置いた。そして頭の中でドミニクが見せた石と同じものを想像する。
するとランタンを作った時と同じようにイディの手とわたしの手の間から橙の色の光が生まれ広がっていく。光を中心として風も生まれ、わたしやイディの髪を軽く靡かせる。
目の前にいるドミニクは急に光ったり風が吹いたりする異様な光景に目を白黒させている。
『加護を与えた者の願い物をつくり給え』
そんな様子など知らないというようにイディが堂々たる声で唱えると、するりとわたしの中心部に溜まった精霊力が光の中に入っていった。そう思うや否やパンッと光が弾けて粒になり、光の粒がわたしたちに降り注ぐ。そして真上から小さな石が舞い降りてきた。
『できたわ! 嵌めてみて!』
「うん!」
わたしはすぐに石を掴むと、竈の窪みに石は吸い込まれるようにピタリと嵌まると、ふわっと赤く輝きを見せた。
『いい感じね、点けてみて!』
イディが楽しそうに言うとわたしはスイッチを押した。するとボッと青い炎が灯り、イディは『やったあ』と喜び、わたしは上手くいったと胸を撫で下ろした。そうしていると隣からギャーギャー騒ぐ声がする。
「な、な、なんだあ!? 俺と同じ石を何故お前が持っている!? なぜ何もないところで光やら風やら出てくるんだ!? せ、説明しろぉ!」
目を向けると、ドミニクが顔を真っ赤にしてわたしを指差していた。人に指差してはいけませんと文句を言ってやりたいところだが、そんな時間も勿体無いのでポゥとスウスウのスープをそばに置いていた杓子でかき混ぜる。このまま時折かき混ぜて煮詰めておいたら水分も飛んでとろみが付いてくるだろう。
そしてわたしは上手くいっているのに満足して鍋に蓋をする。横を見るとまだドミニクが騒ぎ叫んでいる。「説明しろ」の一点張りなのでわたしは向き直り何をしたのか伝えることにした。
「説明も何も。石を作ったんですよ」
「お、お前なんかに作れるはずがないだろう!? あの石は貴族様から借りるものだぞ!?」
「でも作った以外の説明はないです。……ではもう時間もないし他の作業もあるので。あとこの辺りを使わせてもらいますね」
これ以上相手をするのが面倒でわたしはきっぱりと言い切って火加減を見てその場を離れる。後ろでドミニクが騒ぎ立てているが気にしていられない。
別の鍋と油を引っ張り出し、台から刻んだクロケボと皮を剥いたパミドゥーを持って竈の元に戻る。鍋に油を多めに注ぐと火を付けて油を温め、その後にクロケボを入れて根気よく炒め始めた。
しばらくしてクロケボがしんなりしたらパミドゥーを潰しながら入れ、今回ここに持ち込んだ塩を取り出しそれも入れた。パミドゥーの酸っぱい独特な香りが広がっていく。あとはこのまま煮込んだら完成だ。
『あとはカツだけね。楽しみだな〜、リアのカツ』
あまりにも浮かれすぎた言葉にわたしは思わず苦笑いをしてしまう。
イディの言う通りあとはカツだけ作ったら良いので、その準備に取り掛かる。カロの肉を程よい形に切り、下味として塩を振りかける。
そして、小麦粉、カロの卵の溶き卵、事前に作って持ち込んだパン粉の順に肉を潜らせ、たっぷりの油に入れた。ジュワーッと心地よく食欲を唆る音が鳴る。
ああ……、わたしも食べたいなあ……。
香ばしい匂いにこのカロのカツを出すのが惜しくなりそうだ。しかしそんな訳にもいかないので、内心首を横に振って煩悩を捨てた。そうしていると衣が狐色になったので油から上げる。火が通っているか確認するために包丁でカツをカットする。ザクッと心地が良い音が耳に届き、わたしはにんまりと笑った。
『火も通ってるわね、いい感じ〜!』
確認したらどんどんカツを揚げていく。揚げるの自体時間はかからないので人数分をあっという間に揚げ切った。本当は付け合わせも作りたかったが、無駄な邪魔が入ったのであまり時間がないので断念した。あとはカツをカットしてそれぞれを盛り付けるだけだ。
ポゥのポタージュもいい感じになっているので、味を整えるために塩を入れて杓子をかき回す。ポタージュ、ソース、カツとそれぞれのいい匂いが厨房に漂っている。
そろそろ食事を出す時間になるので盛り付けていく。そして最後にパミドゥーのソースをトロリとかけて完成だ。
「できた……」
事前に聞いていた人数分あるか念入りに確認し、しっかりとあるのを見てホッと安堵する。あとはこれを持っていってもらうだけだ。
「なんだ!? こんな料理は見たこともねえ! こんなものを貴族様にお出しするのか!?」
達成感を味わっている最中なのに横からの言葉にげんなりする。横を見ると思った通りドミニクとその愉快な仲間たちが仁王立ちしていた。
「……はい、貴族様はこれを所望されてわたしを呼んだのです。だからこれをお出ししなければわたしが罰せられます」
相手にするのも面倒だしこれっきりのお付き合いだと思ったので、表情を隠すことなく言い切る。しかしそんなこと知らないと言わんばかりに茶髪の男性がわたしを指差した。
「俺は見てたぞ! ドミニクさん、アイツ大量の油の中に肉を突っ込んだりしてたんです! 貴族様に可笑しな料理なんかを食わそうとしてるんだ!」
「ハイケ、何だって!?」
ドミニクはわたしの方を見て睨みつけた。
この世界の人間にとってこの反応はごく普通の反応だ。でもこっちの方が断然美味しい。ただしょっぱいだけの料理は食べた気がしないのだ。
「……そこまで言うのなら、余りがあるので食べてみてください。文句があるならその後で」
わたしは鍋からポゥのスープとパミドゥーのソースを小皿に盛って差し出した。カロのカツは数に限りがあるのでそれはなしだ。
わたしの料理を前にしてドミニクたちは躊躇っているのか手を出さない。
「食べないんですか?」
「こ、こんなもの……食べられるわけが……!」
そう尋ねた瞬間にわたしが来た扉とは別の扉がガチャリと音を立てた。その音の方に目を向けると、上等な服装をした男性がズカズカと中に入ってきていた。
「ア、アルヴェーン様」
「時間だ。食事を用意しなさい」
先程と打って変わったようにドミニクたちは目線を下に逸らして畏まった様子を見せた。食事を取りに来る役、それとドミニクたちの態度からこの男性が貴族であると言うことがわかる。わたしも視線を下げて軽く頭を下げた。
「お前が今回特例の料理人か?」
「はい、そうでございます」
「作った料理はこれか? なんだ、これは」
アルヴェーンと呼ばれた男性はわたしに近づき言った。わたしの後ろにある料理を見たのか、不思議そうにアルヴェーンは尋ねてきた。
「こちらはポゥとスウスウを使ったポタージュになります。甘みが強いポゥと濃厚なスウスウの相性は良いので飲みやすく、パンを浸しても美味しいです」
「うむ。ではそちらの香ばしい香りがするのは何だ?」
わたしがポゥのポタージュの説明をする。アルヴェーンはそれを聞いた後、隣に置かれているカロのカツの方も気になっているのかまた尋ねてきた。
「そちらの方はカロの肉を使ったカツというものです。カロの肉にパン粉を付けて大量の油で揚げています。外はサクッとして、中はカロの柔らかい肉を味わうことができる逸品です。そして上にかかっているソースはパミドゥーを潰して煮込んだものです。ソースは量を調節してお召し上がりください」
「ふむ……」
アルヴェーンはそう言って黙り込む。説明が複雑だったのか覚えきれなかったようだ。その様子からわたしは「少し失礼しますがよろしいですか?」と一度断り許可を得てからその場を離れ入り口近くに置いてある荷物の元に小走りで行く。そしてマルグリッドに書いてもらった木札を両手で取って元の位置に戻り、アルヴェーンに差し出した。
「もしよろしければこちらを。本日の料理について書かれています」
「おお、良いな。もらっておこう」
アルヴェーンは安心した声を出してわたしが差し出した木札を受け取った。そしてアルヴェーンはわたしやドミニクたちにわたしの作った食事をワゴンに載せるように命じたので、せっせと載せていく。
「ご苦労だった」
木札を手に持ち、アルヴェーンは去っていく。あの扉の先には孤児院長たちがいる部屋に繋がっているようだ。とりあえず脅威が去ったことに安堵するとへたりと地面に座り込んだ。




