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第二話 金色の文字と『魔法』


 必ずやあの文字を解読してやると誓ってから二日が経った。わたしは未だにあの講堂に行けていない。理由は忙しすぎるからだ。孤児院生活ということもあって自分のことだけでなく下の子たちの世話もしなければならないのが多忙に拍車をかけている気がする。菜園の整備、洗濯、掃除などやることが多く、子どもの体ではすぐに疲れてしまう。特に菜園は世話をしている割に収穫量が良くない。正直やっている意味があるのかと思うくらいだ。

 こんなに働いても食事も味付けが残念で美味しくない。ああ、日本食が恋しい。この食生活に慣れるのは時間がかかるかもしれない。


「何でこんなにやることが多いんだろう」

「仕方ないよ、下の子も多いんだから」


 ため息をつくわたしに対してアモリが困った顔で笑う。わたしたちは今、野菜の水やり中だ。水をやっている割には成長具合はあまり良くないと思うのだが、アモリに聞くといつもこんな感じなのだという。わたしが知っている野菜ではなく、この世界独特の野菜なのでそういうものなのかもしれない、と自分に言い聞かせておいた。


 はあ。あの文字、解読したいなあ……。


 講堂の壁に彫られたあの二種類の文字。下方の部分は何故か読めたのでそれを元にして上方を解読したい。けれど時間も道具もないので厳しい。この世界では自由に使える紙がないし、識字率も低い。実際に地面に書いて見せてみたが子どもたちは皆読めなかった。先生たちの中の一部の人間は羊皮紙に書かれた書類を読んで処理していたので読める人もいるのだと思う。

 パソコンもないから紙に書き出していく方法を取りたかったが、羊皮紙が主流では手に入れるのは難しいだろう。だから他の道具を手に入れる必要がある。

 そう悶々と考えていると、水桶の中の水がなくなっていることに気付く。畑を見ると水やりが終わっていた。


「思ったより早く終わったね」

「やっと終わった……」


 アモリが嬉しそうに言うが、わたしは疲労困憊だ。朝食から働きづめだ。しかも食事が美味しくないからかあまり食べられていない。

 わたしがため息をついていると、アモリは水桶と柄杓を所定の位置に片付けてくれていた。


「これで今日のわたしたちの仕事は終わりかな。暮れの鐘まで少し時間があるから各自休憩だね」

「え!」


 わたしは勢いよく顔を上げる。

 疲労困憊? そんなの吹っ飛びました! 初めてできた自由時間はもちろん文字解読に費やさせていただきますとも。

 わたしの喜びの表情を見てアモリが若干引いているのは気のせいにしておく。


「じゃあわたし、講堂に行ってくる!」

「ええ、またぁ? 暮れの鐘が鳴ったら夕食だからね!」

「わかってる!」


 行き先をアモリに伝えると、呆れた声だったが許可が出たので走って講堂に向かう。今さっき鐘が鳴ったばかりなので結構時間に余裕があるので嬉しさで足取りが軽くなっていく。講堂の場所はしっかり把握しているので最短ルートを通っていくとあっという間に着いてしまった。


「ふん、ふん、ふん〜〜」


 鼻歌を歌いながら講堂の扉をくぐり、壁の前にやってきた。

 相変わらず壁に彫られた文字は美しかった。シミ一つない真っ白な石壁に手作業で刻まれた整った筆跡たち。乱れることなく並んでいる様は感動すら覚えてしまう。わたしは壁に触れないように慎重に手を近づけて歴史を感じ、恍惚とした表情を浮かべた。ああ、幸せ。


「さてやりますか」


 長袖を捲り気持ち的に喝を入れる。しかしそのままわたしは動きを止めた。


 ああああ、紙がない!! これじゃ何もできないじゃないか!!


 愛しの文字たちに会えることが嬉しすぎて道具のことをすっかりと失念していた。このままでは講堂に来ただけでまたお預けを食らってしまう。それはもうごめんだ。

 辺りに良さそうなものはないかと見渡すが、もちろん紙やペンなどは落ちていない。しかもそれらは高価なようなので手に入れようとしても難しいだろう。わたしは両手を胸の前で握りしめて唸る。


「ああ神様仏様! どうかわたしに書くものを……!」


 そんなこと願っても無理なことはわかっているが、願わずにはいられない。素晴らしい遺物が目の前にあるのに届かないのは無慈悲だ。

 すると身体の中心からするすると何が抜けていく感覚がしたかと思うと、握りしめた手の中に何かがあることに気付く。


「ん?」


 恐る恐る手を開くと、掌には細身のペンが転がっていた。そのシルエットは前世で愛用していたボールペンにとても似ている。わたしはペン持ちし、上にかざして観察する。

 どこからどう見ても真っ黒のボールペンだ。


「ペンがあっても紙がないなあ……」


 そう言いながら観察していたペンを下ろすと、金色の一筋の線が虚空に刻まれた。


「え?」


 訳がわからずその線に触れようとするが触れずそのまますり抜けてしまった。この線はどこからと疑問に思うが、右手に持っていたペンじゃないかとすぐ答えに辿り着く。わたしはもう一度ペンを持ち上げて試し書きをするように、空中にくるくると円を描いてみる。

 するとわたしが描いた形のまま金色の線が浮き出てきた。


「すごい! これって魔法!?」


 興奮度が増して他にも三角やら丸やら様々な形を描いていく。ある程度まで描き切ると意味のない記号が空中に散乱してしまっていることに気付き焦ってしまう。


 え、どうしよう。消せないんだけど。


 苦し紛れに左手で記号を振り払うかのように動かすと、すーっと透き通るように金の光は消えていった。

 そうか、そうしたら消えるのかと思い、これで道具ゲットだ、と喜び鼻歌を歌いながら無意味な記号や線を左手で消していく。

 全てを消し切ると壁文字と向き合い、にんまり顔で下方部分の文章を読み始めた。まずはこの下の部分に書かれている文章がわからないと上の文章を解読するのは無理だ。じっくりと時間をかけて読んでいく。

 これは創世記? この国の成り立ちが書かれている。

 幾つかの国々が各々で存在していた時代に精霊と心を通わせた一人の青年がいた。彼はこの大陸の悩みであった不作を精霊の助言のもとで解消し、別々に分かれた国を統一していった。そして今の王族はその青年が始まりなのである。

 大雑把すぎる要約だが、そんな内容が古い言い回しで書かれていた。今まで精霊の類など見たことがないのでまるで御伽噺のようだと疑うが、実際は魔力云々があるので完全に否定できない。

 とりあえず下方部分の読み取りはできたので上の部分と照らし合わせていく。そしてペンを使って表にして書き出していく。下方部分の文字の仕組みは表音文字なので、上も似たものだと推測している。表音文字というのは、言葉の通り音を表す文字のことで、良い例がひらがなやカタカナだ。"あ"と書いて「あ」と読む文字のことを指す。他にも表意文字と言って、漢字が良い例で読み方が複数あるけれど、文字一つに意味があり見るだけで意味が伝わりやすくなるのが特徴だ。この場合だと解読にかなりの時間を費やすことになりそうだ。うん、すっごく楽しい!

 口元が緩んでしまっているが、わたしは解読のためにせっせと作業に取り組むことにして目の前の文字たちと向き合った。




 文章の半分くらい……、いや半分も行っていないところで体を揺さぶられた。はっとしてわたしを揺らすものを見ると、目を吊り上げたアモリだった。


「もう! やっと気付いた! 何回揺らしたと思ってるの!?」

「え?」

「声かけても揺らしてもなかなか気付かないんだから! 暮れの鐘、とっくに鳴ったよ!」

「え! もう!?」


 講堂の天井を見上げるとあんなに明るかった空が薄暗くなっている。もう日の入りしたのか。


「それと……」

「ん?」

「この金の浮いてるのは何? 触れられないし!」


 アモリが指差した先にはこの時間健闘した証である文字表があった。書き殴りなので字が汚いのはご愛嬌だ。


「え、『魔法』?」

「はあ? 何それ?」


 訳がわからないといった表情でアモリはわたしを見つめる。あれ、この世界って魔法の世界じゃなかったかっけ? アモリもわたしと同じようにマルグリッドから魔力をもらっているのでわかるはずだと思ったのだけれど。


「こんなの見たことないよ? こんなことできる道具なんて高価すぎて私たち使えないし……」

「道具?」

「そう。魔力を流して使う道具は見たことあるけど、そんなおかしなのないよ!」


 アモリの口ぶりにわたしの魔法は異様に映るらしい。やはり魔道具を使うのが一般的みたいだ。


「それよりこれ、消せないの? この落書き、先生に見つかったら怒られるよ」

「な! 落書きじゃないし!」


 この神聖な研究成果を落書きとは何事か。アモリの言葉に腹立てるが、確かに彼女の言葉にも一理あるので文句は飲み込んでおく。これがマルグリッドに見つかったらと想像するだけで怖い。

 しかし研究成果を消してしまうことなんてできない。紙があれば保存もできるし、持ち運びもできるのだが、何とかならないだろうか。

 打開策を考えていると、ふとスクリーンショットを思い出した。この宙に浮いた文字たちを画像として保存できないだろうか。スマホだったらポチッとしたらできるし、後で見返すこともできるのでとても便利だと思う。そう考えていると、ペンが出てきた時と同じように中心から何かが抜けていく感覚がしたかと思うと金色の文字たちが一斉に消え、手のひらに熱い塊が入り込んでいく。わたしは直感的にそれが時間をかけて作成した成果物だと感じ取った。消えてしまったけれど脳裏にはしっかりと文字表が表示されている。


 今さっきまで作業をしてたメモ、スクショできるんだ! 魔法って便利!


 日本での暮らしと比べて感動していると、急に全身が重くなる。


「……え?」

「リア!?」


 バランスを崩し倒れるのを防ごうとするが、体に力が入らない。そのまま床に崩れ落ちるとわたしの意識は遠くにいってしまった。


ブックマークありがとうございます!

執筆頑張ろうと思いました。


はじめての解読作業です。テンション上がりっぱなしですね。

次回、相棒登場です。

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