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別話① 数年後のある日のこと フェシリア視点

本編終了後のお話です


「ふう……、一息つきましょうか」


 走らせ続けていたペンを止め、息をついて呟いた。その呟きを拾ったわたくしの側仕えのマリアンヌがいそいそとお茶の用意を始める。

 ここは執務室。わたくしは手に持つ自身の髪色の筆記具に目を落とした。憧れの方からもらった品で、本当は使うか悩んだが、戴冠式を経て、使うことを決めたのだ。今まで努力した自分への褒美、そしてわたくしをここまで押し上げてくれたオフィーリア様への感謝の気持ちを込めてだ。


 本来ならわたくしがこの国の王として君臨する可能性はゼロと同義だった。それはわたくしの父であり、今は亡きブルクハルトの意向もあったが、わたくしの精霊力は兄弟の中で一番低いものだったからだ。産まれてしばらくしてから、その低さを確認したブルクハルトの落胆は酷かったらしい。わたくしは小さすぎたので知らないが、母や側仕えたちがそう何度も繰り返し言っていたので、酷いものだったのだろう。

 おかげで父は母の元へ寄り付かなくなったし、わたくしの教育も全て母任せにしてしまった。父としても一国の王子としてもその対応はいかがなのもかとブルクハルトの周りの人間は眉を顰めたものだ。わたくしもそう思う。

 ブルクハルトは次こそはと大領地のフォンブリュー領の娘やトゥルニエ領の娘を次々に夫人に迎え、やっと満足のいく後継を手に入れられたようだ。

 そんな矢先にブルクハルトはお祖父様(コンラディン様)の怒りを買い、次期国王の座から下された。ブルクハルトは焦ったのか、お祖父様を害そうとしたが、お祖父様の持つお守りによって攻撃を跳ね返され、彼は儚くなった。自業自得と言わざる得ないが、あまり深い悲しみは襲ってこなかった。

 ブルクハルトが儚くなったため、次期国王の座が空座となり、わたくしたち兄弟にその話が回ってきたが、お祖父様が兄弟を集めてある提案をした。

 それは、精霊力を伸ばし、高い者が国王の座につく、というものだった。わたくしには事前に話を聞いていたが、本来の後継だったシュルピスの母は怒り狂っていた。お祖父様は溜息一つついた後、ブルクハルトの夫人たちを離宮へと追い出した。もちろんわたくしの母も含まれていたが、幼子を傀儡とするのはよくある手だからお祖父様の判断はある意味正しいと思う。母には申し訳ないけれど。

 その後、幼いシュルピスも含めて本当に兄弟だけで話し合った。しかしわたくし以外はまだお披露目も済んでいないので、自分の今後というものを想像することができておらず、お祖父様の提案を受け入れる方向になった。まあそれしか選択肢がなかったと言わざる得ない。


 わたくしはそこから努力に努力を重ねた。オフィーリア様が教えてくださった精霊力を伸ばす手段を限界までやり続けた。わたくしは兄弟の中で一番力の保有量が少ないので、努力を重ねるしかなかったのだ。


 そこまでして王座に近づきたかったのはオフィーリア様のためだ。

 オフィーリア様は本当に素晴らしい方だ。精霊力量は努力したわたくしより倍以上上回り、ジャルダン領主の夫人として、古代文字解読の学者として今もなお活躍している。そんなお方なのに、王家に媚を売ることなく、自分というものをしっかりと持っていらっしゃる。尊敬の念しかない。

 しかしお祖父様はそんなオフィーリア様を王家に取り入れようと画策された。そのせいで精霊王の怒りを買いかけてしまった。せっかく精霊たちがこのプロヴァンス王国に戻りかけていたのにも関わらずだ。

 精霊が再び消えるなんてことがあってはならないし、オフィーリア様を王家に縛るなどもっと考えられない。あの御方は自由であるこそ輝くのだから。決して鳥籠の鳥にしてはならない。


「フェシリア様、お茶と菓子のご用意ができました」

「ええ、ありがとう」

「今日の菓子はベランジェール様が考案された菓子です。フェシリア様にぜひ食べていただきたいと」

「そうなの、ベランジェールが」


 ベランジェールはわたくしの妹だ。彼女は大領地のフォンブリュー領主に降嫁し、菓子の研究に精を出している。ベランジェールはオフィーリア様が考案された菓子の虜になり、かなりの初期の段階から王となるより、その方向へ進みたいと望み、それが叶ったのだ。今は領主夫人としてフォンブリュー領主を支えながら、日々菓子の研究に打ち込んでいる。たまに考案した菓子をこうやってわたくしに送ってくれるのだ。

 他の兄弟たちも王座より、研究の方に興味を示し、そちらへ進んでいる。これも元傍系の血筋故か。三番目のアルテュルは作物研究のためフリードリーン叔父様に師事し、末っ子のシュルピスは古代文字をオフィーリア様の元で研究したいと言い出した。文字を覚え始めた四歳頃からオフィーリア様の解読書を手放そうとしなかったので彼がその道に進むのは分かりきっていたが。

 そんなことを考えながらわたくしは菓子をつまんで一口食べる。柑橘の香りが口の中に広がる。これはお茶に合う。


「美味しいわ。ベランジェールに礼を言わねばね」

「手紙を書かれますか?」

「いいえ、精霊にお願いしますわ。……ああ、このお菓子、少し取り分けておいてくださいますか? プローヴァ様にもお持ちしないと」

「かしこまりました、フェシリア様」


 ぺこりと頭を下げると彼女はそそくさと準備に取りかかった。何とか本契約できたプローヴァ様にも妹の菓子を楽しんでもらいたいものだ。


 精霊がこの国に戻り、プロヴァンス王国は再び活気を取り戻した。貴族たちは精霊と心を通わせ、小さな奇跡を起こしている。この数年で本当に豊かになったものだ。

 それもこれもオフィーリア様のおかげだ。

 数年かけてオフィーリア様は領地の人型精霊を目覚めさせ、契約している。本来なら国王と領主が契約するはずだが、当時はそれが不可能だったためオフィーリア様に頼ることになってしまった。

 未だ領主の方は精霊力が足りないので契約には至っていない。例外として、ジャルダン領主のヴィルヘルム様は森の精霊シヴァルディ様と契約しているが。彼の場合は生い立ちが特殊だから仕方がない。

 あと十数年かけて各領地の後継を育てる計画だが、うまくいくだろうか。


「お包みしました。これをお持ちください」

「ええ、ありがとう」


 可愛らしい包装を受け取りながら礼を言っていたところに小さな光がふわりとわたくしの近くに寄ってきた。ふわふわと漂うような柔らかな光は精霊のものだ。わたくしが手を差し出すとその手のひらにちょこんと乗ってくる。オフィーリア様が言うには白色の精霊力を持つわたくしは好かれやすいとのこと。この光は。


「翠色ということはジャルダン! もしかして!」


 湧き上がる期待を胸にわたくしは精霊を一撫ですると、わたくしの耳元までスッと精霊が飛んできて翠色の光の粒を撒き散らした。


『フェシリア様、オフィーリアです。シュルピス様の件についてヴィルヘルム様の了承を得ました。今回の儀式の際に顔合わせできたらと考えています。また必要な資料等はプローヴァ様に託しておきますので、フェシリア様からシュルピス様に渡してもらえますか? わたくし、解読仲間ができるなんて嬉しくて嬉しくて仕方がありません……オフィーリア、落ち着きなさい。……は、はい! ではフェシリア様、また儀式の時にお会いしましょう。わたくし、楽しみにしていますね』


 光の粒が消え失せ、オフィーリア様の声が聞こえなくなる。もっと聞きたかったが、仕方がない。わたくしはふぅ、と息を吐くと、ここまでお使いに来てくれたお礼としてたっぷりの精霊力を注いであげた。この操作もだいぶ慣れたものだ。そして「わたくしも伝言お願いできるかしら」と言うと精霊はぶるりと振るわせ、わたくしの手のひらにちょこんと乗った。本当に可愛らしい。


「オフィーリア様、フェシリアです。お気遣いありがとうございます。シュルピスに渡しておきますね。あとひと月ほどでそちらに向かいます。今年もよろしくお願いします。楽しみにしておりますわ」


 わたくしが言い終えると、精霊はスッとそのまま外へと飛んでいき、気付けば消えてしまった。ジャルダン領に戻ったのだろう。こうやって精霊力をたっぷりと渡すことで精霊たちに声のみを届けてもらえるようになった。オフィーリア様が言うには『ユービン』というやつだそうが、なぜそんな言葉になったのだろうか。聞けばきっと教えてくださるだろうが、オフィーリア様を目の前にしたら優先するべきことが多すぎて聞けていないでいる。


「オフィーリア様からですので、優先的に予定に組み込んでください。あとシュルピスにも顔合わせの件を伝えますので……、ちょっと良いかしら?」


 わたくしが何もないところに声をかけると、再び真っ白な光がふわふわと現れて近づいてきた。その愛らしさに自然と目尻が下がってしまう。

 そしてわたくしが手を差し出すとそこにちょこんと乗ってきたので、一撫でしておいた。


「シュルピス、オフィーリア様から了承の返事が来ました。あとでいただいた資料を渡しに行くので、都合の良い時を教えてください」


 そう言うと精霊は手の上で軽く飛び跳ねた。「わかった」と言っているみたいだ。わたくしはお礼も込めてたくさん精霊力を注ぐと、「新城のシュルピスへ」と行き先を伝えた。精霊は名残惜しそうにゆったりと飛び立つとふわふわと飛んでいってしまった。これで確実に伝わるだろう。


「フェシリア様、ジャルダン領の儀式の予定ですがこれでよろしいでしょうか」


 よし、と思っていたところにマリアンヌがジャルダン領の滞在予定表を持って立っていた。つい先日ギルメット領の儀式と注ぎを終えたばかりだ。だが、オフィーリア様がいらっしゃるジャルダン領だからそんな疲れも飛んでいく。

 わたくしは予定表を受け取り目を通すが、ん? と眉を思わずひそめてしまった。


「マリアンヌ、ジャルダン領の滞在日数……少なくありませんか? シュルピスも連れて行きますのに……」

「……通常通りなのですが」

「オフィーリア様がいらっしゃるのですよ? たくさんお話ししたいのです! 何とかなりませんか?」


 困り顔のマリアンヌにわたくしは身を乗り出して懇願する。オフィーリア様がこちらにいらっしゃる機会などほぼなくなってしまったので、儀式の時ぐらいしか会えないのだ。だから希望を叶えるためにも滞在日数を増やしても問題ないだろう。


「……ですが他領よりは長いのですよ? これ以上長くされたらオフィーリア様もお困りになりますし、他領主も贔屓だと言い始めるのではありませんか?」

「…………」


 そう言われると黙るしかない。確かにジャルダン領以外は二週間程度だが、ジャルダンでは三週間強だったような……。その期間を楽しみすぎてあっという間なのであまり気にしたことがなかった。


「そんな禍の元になることなど許可できませんよ、フェシリア様。シュルピス様もいらっしゃいますが、顔合わせと今後の打ち合わせをするくらいでしょう。ですので通常通りで問題ないかと。それとお仕事も溜まっておりますから城にいる時間も必要ですわ」

「……わかりました。いつも通りで良いです」


 そこまで言われてしまうと滞在日数を増やすことはできないだろう。若干不貞腐れつつ返事をすると、マリアンヌはにこりと笑顔を向けてきた。その笑顔にしまったと慌てて笑顔を浮かべた。彼女を怒らせるのは後々面倒だから。

 わたくしは彼女の機嫌を取るためにも、ジャルダン領滞在の時の憂いを取るためにも仕事に精を出すことにした。





 しばらく仕事に精を出していると、静かなはずの古城がバタバタとし始めて、ドタドタとした足音が近づいてきた気がした。


「姉上! フェシリア姉上!」


 声変わりしていない少し高い少年声と乱暴な扉を開ける音に驚き、顔を上げると、シュルピスが息を切らしている姿が目に入る。入室許可も出していないので本来なら有り得ないと眉をひそめられるものだが、兄弟間なので目を瞑ろう。

 シュルピスはそのままズンズンとこちらに向かってくると満面の笑みを向けてきた。


「……シュルピス、何故ここに? 貴方は勉強の最中でしょう?」

「そんなことより! オフィーリア様からの資料は!?」

「シュルピス……」


 手をズイッと差し出し、目的のものを要求しようとするその姿。ああ、フリードリーン叔父様と重なるものがある。血だな、と思う。

 お披露目は終えたとはいえ、まだまだ学ぶことが多い彼は家庭教師を入れてみっちり缶詰のはずだ。しかしここにいるということは彼女を振り切ってやってきたに違いない。わたくしの伝言を聞いていても立ってもいられず。……まあオフィーリア様だから仕方がないのはわかるが、わたくしももう少し予想して送れば良かったと多少の後悔がよぎる。


「待っていられなくて! それなら直接もらいに来た方が早いでしょう!?」

「……シュルピス様、フェシリア様もお仕事がありますから……」


 見かねたマリアンヌがそうたしなめるとシュルピスはハッとした表情へと変わる。気付いてなかったのか。……それはそれで問題であると思う。


「フェシリア姉上……、ごめんなさい……。すぐにでも見たくて……」

「わかりますが、よく考えてください。シュルピスの課題はそこですよ。このままだとオフィーリア様にご迷惑をおかけしてしまいますから、ジャルダン領に行くのも……」


 シュンとしたシュルピスに追い打ちをかける言葉を述べると、彼は青ざめ、首をブンブンと振った。オフィーリア様の元に行けなくなるのは回避したいようだ。


(正直羨ましいところもあるので、こんな風に意地悪をしてしまうのですが……)


 シュルピスがジャルダン領に行きたいと言い始めてから密かに思っていたことだ。まだ成人していないシュルピスは単独でジャルダン領に行くことはできないが、きっと成人したらすぐにでもジャルダンへと渡ってしまうだろう。やりたいことをやってほしいという姉心もあるが、憧れのオフィーリア様の元で日々過ごすのが羨ましい気持ちもある。


「……今後気をつけますから! 資料をもらったらすぐに新城に戻ってお勉強を再開しますから!」

「…………仕方ありませんね」


 懇願する様子がある意味微笑ましくて、わたくしは溜息一つつくと席を立って、マリアンヌに目配せする。彼女は困り笑顔でこくりと頷いて察してくれた。そして「お戻りになられたらお知らせくださいね」と言って下がっていく。扉が閉じられ、静寂になったところでわたくしはシュルピスに一歩近づき、声を潜める。


「……プローヴァ様のところに参りましょうか。お菓子もお渡ししたかったですし」

「ありがとうございます! 姉上!」


 満面の笑みで礼を言うシュルピスに苦笑しつつ、わたくしたちはプローヴァ様のいる精霊王の間に向かった。




フェシリアは無事?に国王になりました。オフィーリアは存命で、相変わらずだと思います。

別話②は精霊殿へ移転する話にしようかなぁとか考えています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読みましたが。 すごいね、最初から最後までどこまでも「本好き」の模倣。それも劣化版。 まぁみごとです。
[良い点] 名前の出てこなかった、シュルピス!かわいい。 [気になる点] そして、いつの間にか「解読所」ができている!と思ったけど、以前渡していた紙版でしょうか?ちゃんと、精霊道具になっている? コ…
[一言] 後日談やったー! そしてフェシリア様がトップまで上り詰めておられるw 姉弟揃ってオフィーリア大好きなのねえ 平和そうでなによりですわ
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