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第七十七話 石碑の前で 後編


 わたしが大切だ、と言われてもいまいちピンと来ず、眉が寄ってしまう。そんな前振りあったかなあ、と首を振ると、髪飾りが揺れた。


「オフィーリアが現れてからともに過ごす時間がとても心地よいと思うことが多くなったのだ。……不本意だが」

「さらっと酷いこと言いますね」

「周りに指摘されても見て見ぬふりを続けていたが、オフィーリアに婚約解消の話を持ち出されて、初めて『嫌だ』と思った」


 わたしがジト目でヴィルヘルムを睨みつけるが、彼は気にせず続ける。


「オフィーリアが王都行きを望むならと思ったが、そうでなかった。それならばこの婚約は私にも利がある。だから解消はしなくてもいい。オフィーリアが良いのだ」

「なる、ほど……?」


 あまりピンと来ず、首を傾けながら返事をする。

 わたしが王都に行きたいと勘違いしていたが、聞くとそうではないし、わざわざ婚約解消する必要はないってことかな。新たに令嬢を選んでとなるより、知っているわたしの方が楽だということか。


「領主様がそれでいいというのならわたしは構いません。それで今までの恩返しの一つになりますよね?」

「……オフィーリア、其方の人生のことなのに何故そんなに淡々としているのだ」

「あまりそういうのに慣れていないというか……。領主様は本当に良いんですか? 自分の地盤を固めるためにもその派閥のご令嬢を選ばれる方が良いと疎いわたしでも思ってますよ」


 わたしの言葉にヴィルヘルムは額に手を当てて大きく溜息をついた。そして残念な子を見るような目でわたしを見てくる。その目は本当にやめてほしいのだけれど。


「地盤を固める、それよりも私はオフィーリアに傍にいてほしいと思うからそう言っているのだが。オフィーリアを好ましく思っていると言ったら伝わるか?」

「あ、え!?」

「名も領主様でなく、ヴィルヘルムと呼んでほしいのだが」


 そう言いながらヴィルヘルムは手を伸ばし、わたしの髪の一房を撫でる。そして髪飾りに触れた後、目を細めた。

 突然の甘い雰囲気にビンタされたような気分になり、わたしはどう反応すべきか戸惑ってしまう。好意を向けられるなんて経験がなかったので、何が正解かわからず、青磁色の瞳を見ることができず、キョロキョロと彷徨わせる。

 そんな挙動不審なわたしを見て、ヴィルヘルムはフッと柔らかく微笑んだ。


「拒否されないだけでも大きな収穫だ。……わかったか、オフィーリア。其方が王都を望まないのなら婚約は解消しない」

「は、はい……。よくわかりました……」

「よろしい」


 満足したようにヴィルヘルムは口の端を上げ、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。顔が熱い。わたしは両手で両耳を触り、その熱を確かめるが、あまりよくわからなかった。


『ヴィルヘルム』


 息を整えていたら石碑から玲瓏な声が降ってくる。ヴィルヘルムが石碑を一瞥すると、森の精霊シヴァルディが臨界した。

 ちょっと待って、ここ、シヴァルディの眠りの場所……! つまりはやりとり、丸聞こえだったってことだよね?

 恥ずかしさから脳がプスプスと蒸気をあげそうなほど熱が上がるが、シヴァルディはそんなわたしを見ていたずらっ子のように笑った。彼女らしくない。


『まあまあですね。ジャルダンならばもっと機転のきく告白ができたのでしょうが、それは似なかったのですね』

「祖先ジャルダンと私は違う。私は私のやり方でやるだけだ」

『……意思の強さはジャルダンに似ていますね』


 シヴァルディは懐かしそうな目でヴィルヘルムを見た後、翠色の瞳をそっと閉じた。


『リア!』

「イディ」


 喜びの声を上げながらイディも現れる。彼女は確実にわたしに潜んで一部始終を見ていたのだろう。イディは前世のわたしの顔をニコニコさせながらわたしの肩をポンポンと叩いている。


『ヴィルヘルムがいれば、リアは王家から守ってもらえるね』

「……ん? どういうことだ、説明しなさい」


 イディの言葉に一瞬で真顔になったヴィルヘルムはこちらに説明を求めてくる。サーッと一気に熱が冷める。さっきのやりとりを説明しないといけないと思うと気がかなり重い。シヴァルディも少し心配そうな表情をこちらに向けている。

 どう言おうかと悩んでいると、ふわっと胸元が白色に光り、わたしの精霊力が抜かれていく。結構な量を取られたと思ったら、目の前に精霊王が現界した。抜き取られたせいなのか思わずよろめきそうになるが、気付いたヴィルヘルムがそっと背中を支えてくれた。


「プローヴァ様」

『ヴィルヘルム、すまない。説明は私からしよう』

「お願いいたします。先ほどの話はオフィーリアの引き抜きではなかったのですか?」


 ヴィルヘルムは上着を脱ぎ、地面の上に敷くと、わたしをその上に座らせようと誘導する。ちょっとそんな上等なものの上に座るなんてできないんだけど、と躊躇うが、有無を言わせず座らせてきた。何と強引な、と思うが、配慮は有難いので座って息を吐いた。

 ヴィルヘルムの問いに精霊王はわたしを見ながら小さく頷き、彼の予想を否定すると、ヴィルヘルムを纏う空気がピリッと緊張感走るものへと変化した。


「先日コンラディン様が私に話したのはオフィーリアを王都に望む話でした。契約があるため無理だと突っぱねて終わらせましたが……」

『引き抜きはある意味引き抜きだが、コンラディンはオフィーリアの持つ繋がりを見破った』

「な……!?」


 精霊王の言葉にヴィルヘルムは絶句した。わたしに触れていた彼の手が小さく震えている気がした。

 繋がりというのは精霊のことだとすぐ理解したのだろうヴィルヘルムの顔はみるみると青ざめていく。


『見破られた過程は省くが、その繋がりを次世代へと欲したコンラディンはオフィーリアを取り込もうと画策した』

「……では、オフィーリアは」


 わたしの肩に乗ったヴィルヘルムの手に力が入っていく。最悪とはわたしが王家に行ってしまうこと。わたしが望んでいない結果だ。相変わらずヴィルヘルムらしくなく、青さを通り越して真っ白だと言いたいほど顔色は悪い。

 精霊王は緊張感走る中、首を横に振った。


『案ずるな、最悪は回避した』

「回避……? どのように……」

『繋がりを無理矢理得ようと思えば代償がある。この世は常にそうだ。……今回の場合は、我ら精霊の信頼を失うと』


 力が籠っていたヴィルヘルムの手がするりと落ちる。そして大きく息を吐いた。息するのを忘れていたのだろうか。


『ヴィルヘルム』

「すまない、シヴァルディ」


 ハッハッと小さな呼吸を繰り返していたヴィルヘルムを支えるようにシヴァルディが舞い降り、背をさする。それで少し落ち着いたようでヴィルヘルムは息を整えた。

 ヴィルヘルムを支えながらシヴァルディは首を横に振ると、少し考える仕草を見せた後、精霊王の方に顔を向けた。


『いいえ。……ですが確かにそれはありますね。無理にリアをジャルダンから取り上げたら、私は今後のことを考えますね』

『同じことを私も言った。……既に目覚めているクロネも同様に言うだろう』

『クロネなら完全拒絶でしょう』


 ……え、そんなに? あんなに彼女らは温厚なのに? と呆気に取られてしまうが、彼女らにとって契約者というのは特別らしい。しかもわたしが眠りから覚ましてくれた恩人であるからこそ、契約もしていない王よりも優先度は格段に上だと。義理、人情に厚いなあ、と思ってしまうが、それに助けられたのも事実なので有難く、その心を受け取っておくことにしよう。


『目先の素材を得るためにジャルダンやアダンを敵に回すのは大問題だろう?』

『そうですね、確かに……』


 プローヴァ様、わたしのこと素材って言いました? 精霊力も高いからそう言うのも仕方ないけど、何だかなぁ……。

 シヴァルディやクロネがそっぽを向いて協力しないとなると、どうなるのだろうか。配下の精霊たちは姿を隠してしまうのだろうか。それよりも力の器を作成する精霊王も協力しないとなると、王家の権威は一気にガタ落ちだ。それはこの国を大きく荒らす原因となりうる。……それはわたしの望むものではないな。


『そのような愚策は取るなと脅しておいた。だからオフィーリアを囲い込もうとはしないだろう。……ただオフィーリアが王位を望むとなればまた話は変わるが……』

「大丈夫です。望みませんから」


 きっぱりと言い切る。その意思は変わらない。

 わたしの目を見た精霊王は『わかっている』と瑠璃色の瞳を細めた。優しい王だ。ただコンラディンにそのような話をさせてしまったことが申し訳なく思う。精霊王もラピスの子に協力しないという決断はしたくないだろう。


「ならばオフィーリアは」

『現状維持だ。協力はしなければならないがジャルダンを出ることはない』

「良かった……」


 ヴィルヘルムは大きく息をついた。心からの安堵、と言ったところか。


『だがきちんと策は練っておきなさい。オフィーリアがジャルダンを出ることがないようにな』

「はい、肝に銘じます。ありがとうございます」


 精霊王の言葉にヴィルヘルムは深々と礼をする。精霊王は小さく息を吐き、軽く目を伏せると、わたしの方に瑠璃色の瞳を向けた。宝石のようなその瞳にわたしは釘付けになる。


『オフィーリア、私は其方の味方であり続ける。決して一人ではない。だから抱え込まずきちんと相談しなさい』

「はい、わかりました。ありがとうございます、プローヴァ様」


 わたしの言葉に口の端を少し上げ、精霊王は白の光の粒を散らせながら消えていった。精霊王が味方でいてくれるのは心強い。これからもこのご縁を大切にしていかないと。


「……さて、オフィーリア」


 ホッと一息ついていたところで、魔王のような聞くだけで震え上がりそうな低音が降ってくる。見たくはないが、そちらに顔を向けると真顔のヴィルヘルムがわたしを見下ろしていた。整った顔のせいかとても怖い。


「言いたいことがあるのだが」

「は、はいぃ……」


 ヴィルヘルムの言葉に何とまあ情けない声しか出なかった。


次話で本編完結になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 告白!! [気になる点] 本編終了!?
[一言] ヴィルヘルム様そっちは初耳だったかー 確かに先に耳にしていたらもっと焦りが出そうなもんですよね まあオフィーリアが王族入りなんか望むわけもなくプロポーズも無事成功で万々歳ですな! 改めて今後…
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