第七十四話 コンラディン 中編
大変遅くなりました。4月から忙しくなり、体調を崩して執筆できていませんでした。ゆっくりになりますが更新はします。皆様も体調にはお気をつけください。
コンラディンの突然の問いに息を呑んだ。いきなり何を聞くのだろうという驚きと、どこかでイディたちのことがバレたのではないかという焦りが入り混じり、たらりと汗が背中を伝う。意図を見極めなければ。
「わたくしはジャルダン領プレオベール家のオフィーリアです。それ以外に何がありますか?」
「そういう意味で問うてない。正直に申せ、其方の精霊力量は異常だ」
「確かに他の方よりは豊富だと思いますが、異常な量ではないかと思います」
わたしは仮面を貼り付けてコンラディンに微笑む。異常と言われるのは解せないが、他者から見たらわたしの回復量は異常に見えるのだろう。きちんと幼少期から鍛えればそのくらいにはなるのでは、とも思うが、その実績はまだまだ先にわかることなので今わからないのは仕方ないことだ。
わたしの返答が気に入らなかったのか、コンラディンは深い溜息をついた。
「では別の角度から尋ねよう。其方の耳飾りを見せよ」
「こちらですか?」
一瞬怯みかけたが、我慢して自分の銀髪をかきあげ、付けてあるお守りを見せる。もしかして、と嫌な予感がするが、動揺すると相手の思う壺なのでできるだけ平常を心掛ける。わたしの耳飾りを確認するとコンラディンはじっと見つめた後、頷いた。
「そうだ。それを机の上に置きなさい」
「これで何をなさるおつもりですか? これはただの耳飾りで……」
「それでもだ。置きなさい」
ピリッと走る緊張感が恐ろしい。これがイディと作ったお守りだと悟られてしまったのか? と焦りからか手が震えそうになる。必死で堪えながらわたしは耳に付けていた飾りを外し、コンラディンの願い通りに机の上に置いた。イディの色である橙色の石がキラリと輝いている。
コンラディンはその耳飾りを手に取り、鑑定するかのようにまじまじとさまざまな角度から見つめる。しばらく見た後、「ただの飾りか」とボソッと呟くと飾りを再び机の上に置いた。擬態できていたようだ。良かった!
「……コンラディン様、もうよろしいでしょうか?」
「いや、最後に一つだけ」
「何でしょうか?」
まだ終わらないことに心臓が縮み上がりそうになりながらも何とか表情を取り繕う。早く終わってほしい。バレるのだけは勘弁してほしい!
「もしこれを壊そうとすればどうなるだろうか。なあ、オフィーリアよ」
「……!」
コンラディンの確信のあるかのような言葉に目を見開いてしまった。そしてそのコンラディンの手には護身用の短剣が握られている。このまま彼が一振りすれば髪飾りは砕け、その跳ね返りとしてコンラディンは傷を負うだろう。
コンラディンはこれがお守りだと知っているのか? だが先ほどの反応だと飾りにしか見えていないはずだ。
「この剣を刺しても良いか?」
「……それは」
「何故即答せぬ? ただの飾りならば剣によって壊れるだけだ。そう、ただの耳飾りならば」
掴んだ、と言わんばかりにコンラディンはその黒い瞳をスッと細めた。
……どうしよう。確実に追い込まれている。コンラディンは耳飾りがお守りだとわかっているからこのような言い方をするのだろう。ここで持ち帰っても良いか聞く……? いや、余計に怪しいしほぼ答えを言うようなものだ。却下だ。
コンラディンはわたしが答えを出さないことに苛立ちを感じたのか、剣の柄を確認するように持ち直す。
「では剣を振るうぞ?」
そう言ってコンラディンは大きく振りかぶった。
……ダメ! このまま振り下ろしたらお守りが発動する! 振るい方が悪かったらコンラディンは大怪我を負うし、最悪死に至る可能性もある。
「やめてください!」
気付けば叫んでいた。右手を前へ伸ばし、コンラディンの行動を止めようと立ち上がっていた。
そう、もう手遅れだ。何も誤魔化せない。コンラディンは振りかぶっていた剣を下ろし、剣鞘にしまう。そして先ほどとは異なり、柔らかな口調で問いかける。
「……オフィーリア、語れるか?」
どこまで気付いているのだろうか。だがここで嫌だとはもう言えない。わたしはこくりと頷いた。
「……わたくしは何を話せばよろしいのでしょうか」
「まずは其方は精霊様と繋がっているのではないか?」
白い髭を撫でながらコンラディンは微笑む。その問いは彼の考えが正解であると証明するためのものだ。
これを是と答えたらどうなるだろう? 王族を欺いた罪で処刑されるだろうか。いや、わたしだけでない。わたしを庇護しているヴィルヘルムも同罪で裁かれるかもしれない。……それはダメだ!
でも否と答えるのも問題であるし、確実にバレる。もう逃げられない。変な汗が止まらない。
そんなわたしを見てコンラディンは髭を撫でるのをやめ、射抜くような鋭い目を向ける。
「もしその答えが是ならば、其方は何を思ってここまでやってきた?」
「…………」
「近い未来に王位を簒奪するつもりか。ヴィルヘルムとともに我々を蹴落としてこの国の主として君臨するつもりだったか?」
「それは違います!」
コンラディンの言葉に腹が立ってわたしは思いっきり言い返した。ああ、もう! こちらの苦悩も努力も知らないでコンラディンは何を言うのか。しかもヴィルヘルムを巻き込んで。腹の底から湧き上がる沸々とした怒りを何とか抑えつつ、わたしはキッと怒りの目をプロヴァンス王国の主に向ける。
「王座など興味もありません! フェシリア様にも言いましたが、わたしはただ文字解読がしたいだけなのです! 心穏やかにジャルダンの地で。だからそうなるためにこれまでどれほど頑張ってきたか知りもしないで! 王位を簒奪する? しませんよ! するならとっくに動いていますし、こんな回りくどいことしません! わたしが勝手に領地を渡って注いでますよ! 領主様を巻き込んでおきながらそんなことすら考えなかったんですか? ここまで気付いておいて!」
一息で怒りを吐いたせいで息苦しくなった。涙が出てしまったのか視界が歪んでいる。わたしは袖口で目元を乱雑に拭う。怒りが収まらない。
コンラディンは慌てて立ち上がり、「落ち着きなさい」と手を伸ばす。わたしは怒りのままその手を振り払った。するとコンラディンはテーブルに手をついて俯いた。
『リア! 落ち着いて!』
わたしの怒りに反応したのかイディが光を纏いながら姿を現す。コンラディンがいるがもうバレているのなら見えてしまっても構わないのか。イディはコンラディンには目もくれずわたしの目の前にやってきてわたしの両頬を挟み込むようにパチンと叩いた。
『感情を抑えて! 基本でしょ!?』
「イディ……」
『リアにはワタシたちがついてるよ! コンラディンと同じ土俵に立っちゃダメ!』
イディに喝を入れられ、メラメラと燃えるような怒りが徐々にだが鎮火していく。
『そうそう。大きく息を吸ってー吐いてー』
イディに言われるがままわたしは深呼吸を数回繰り返す。反復するたびに沸き出ていた怒りが鳴りを潜めていく。そしてスーッと頭が冷え、真っ先に思ったことは、「ヤバい」だった。
『落ち着いたようね。揺らめくものも完全に消えたみたい』
「コ、コンラディン様……」
イディの声を無視してしまったが、それよりも目の前のコンラディンを恐る恐る見る。コンラディンはどうしたものかと眉を寄せ、困惑した表情でただこちらを見ているだけだった。訳がわからないが正解か。
どどどどどうしよう!? 王様にこんな失態を見せてしまった! 腹が立ったとは言っても感情のままに動くなんて……! 不敬で処刑される!
挙動不審におろおろしていると、イディが振り返り空中で腕を組み仁王立ちする。
『コンラディン』
イディはこの国の王の名前を呼ぶ。本来なら姿も見えないし、声も聞こえないはずなのにコンラディンはイディの方を見て目を見開いた。そして口をわなわなと震わせる。
『コンラディン、貴方に許可を出した。だからワタシの姿が見えるでしょうし、声も聞こえるでしょう?』
「あ、貴女様は……一体……?」
『ワタシの名はイディファッロータ。言を司る精霊になる』
イディの纏う雰囲気がいつもと全く違う。天真爛漫な感じではなく、こう…シヴァルディのような神々しいものを感じる。コンラディンはその場で膝をつき、小さい精霊を見つめるしかなかった。
『コンラディン、問おう。何故リア…オフィーリアを挑発した? 答え次第で人型精霊であるワタシを敵に回すことになる』
とても冷静に聞くように努めているようだが、イディの声に怒りが混じっているように感じる。イディの言葉からそれを読み取ったのか、コンラディンはごくりと息を呑んだ。そして軽く俯き、顔を上げる。
「イディファッロータ様、お答えします。私はオフィーリア様が国を望んでいないか再確認したかったのです」
『……詳しく言って』
「はい。以前から疑問に思っていたことが幾つかああったのですが、ジャルダンに来てオフィーリア様のお力を間近で拝見してからバラバラになっていた点と点が繋がっていきました。今、私がここにいるのは下準備を整えられた上で存在しているのてはないかと。そして我らを利用しているのではと疑惑が湧きました」
先ほどの脅しをかけてくるようなコンラディンではない。淡々と話している。その中に焦りや不安などの負の感情は見えない。
「精霊様がすでに目覚めているのではないかと。そして精霊様とお力を合わせ、国を動かそうとしているのではないか……そう思えたのです。精霊の王であるプローヴァ様が仮契約とはいえ、少量の精霊力であの御方は目覚め、膨大な力を秘める力の器やお守りを私に託したのは偶然でないと思うのが普通でしょう。あの儀式からわかるように王族を含め貴族たちの精霊力量の低下は顕著ですから」
『それだけ?』
「……決定的なものとしてはそちらの『お守り』です」
そう言ってコンラディンは机上の耳飾りに目をやった。これがお守りだとわかっていたようだ。
「ブルクハルトの襲撃の際、私は事前にプローヴァ様からお守りの腰飾りを身につけておりました。プローヴァ様の説明でお守りがどのような効果をもたらすのか伺っており、そのおかげで私やフェシリアの命は救われました。その後はブルクハルトの死後の処理もあり、考える暇がなかったのですが、少し落ち着いて思い出すとヴィルヘルムも同じ効果のあるものを使っていた気がしたのです」
ヴィルヘルムの腕輪が弾けたことを指しているのだろう。確かにブルクハルトの攻撃を受けたことにより、ヴィルヘルムに渡していたお守りが発動していた。
「そして、ヴィルヘルムのお守りが発動する時、わずかな時間ですがこの耳飾りと同じ色をしていたのを見ました。私の腰飾りも同様です。二つの装飾品の雰囲気が同じようなものですから、製作者は同じだと思いました。またあれは膨大な精霊力を保たねば作れないのでしょう? 私では作れないとプローヴァ様はおっしゃいましたし」
そう言って肩をすくめた。あまり考えていなかったことだったので、指摘されたら確かにと思った。腕輪も耳飾りも腰飾りも全てシンプルでとイメージして作成した。またイディの色である橙色もあるので製作者が同じと言われたらそう思うのも無理はない。
『それでわざわざ指摘してきたと。国を望む……それはリアが王になろうとしているか見極めるため?』
「はい。ですがフェシリアよりその意思はないということは聞いておりましたし、オフィーリア様の願いを阻むようなことをすることは許さないと言われていました。にわかに信じられませんでしたが、彼女の言うことは本当だったのですね……。オフィーリア様、疑いをかけて申し訳ありません」
コンラディンは深々と頭を下げる。一国の王がそのようなことをしても良いのだろうか。それにわたしのことを敬うように接している。わたしは「やめてください、お顔をあげてください」と慌てて首を振ると、少し安堵した表情を見せ、コンラディンは顔を上げた。そしてイディは眉を寄せながら腕を組み、指先でトントンと軽く叩きながら尋ねる。
『理解した、コンラディン。ではこれからリアをどうするつもり?』




