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第七十一話 茶会と贈り物と写本


 儀式が終わってからコンラディンとフェシリアは再びジャルダンの地をゆっくりとだが、回っていく日々を過ごすことになる。今回集めた精霊力の量はどうだったのだろうと気になっていたが、人目も気になって直接尋ねられなかった。まあ以前のように相談を持ちかけられなかったので、何とか溜まったのか、自分たちでどうにかしようとしているのか、どちらかだと思う。ヴィルヘルムはあまり突っ込んでいかないほうが良いと思っているみたいなので、わたしはそれに従う方が安全なのかもしれない。


 

「オフィーリア様、お招きいただきありがとうございます」


 儀式から一日経ち、午後にフェシリアが城のある一室に訪れた。わたしは城で専用部屋を持っていない。だがプレオベールの屋敷に王族であるフェシリアを招くのは難しいとのことで、城の客室を貸してもらったのだ。フェデリカやプレオベールの者たちを中心に部屋を整えてもらい、城の調理人たちに茶や菓子の用意をしてもらった。有難い限りである。


「ようこそおいでくださいました、フェシリア様。どうぞお座りくださいませ」

「ありがとうございます」


 礼を言うフェシリアの顔色が若干良くない。不調というよりは疲れ気味と言った方がしっくりとくる。フェシリアは年頃の少女らしくないくたびれた微笑みを浮かべながら薦めた席に着席する。彼女が座ったのを確認してフェデリカが飲み頃の茶を用意し始めた。


「……あの、とてもお疲れのようですが、日を改めた方が良かったでしょうか?」

「いえ! ……その、何と言いますか、昨日今日とジャルダンを回っているので……」


 そんなに疲れているのなら無理に茶会に来なくて良かったのにと思い、フェシリアに尋ねると彼女は慌てて首を横に振った。そしてフェシリアはフェデリカや自身の側仕えに視線をやり、気まずそうに言葉を濁す。

 ……なるほど、精霊力をお使いになって疲れていらっしゃるのか。

 それならばなおのこと無理しない方が良いのでは……と心配になってしまう。やはり日を改めた方が良いのではないだろうか。わたしのそんな考えをばっちり読んだのかフェシリアは慌てて言葉を足す。


「本当に少し休めば楽になるのですよ? わたくし、今日オフィーリア様にお会いできるのを楽しみにしていたのですからお付き合いくださいませ」

「……本当ですか? フェシリア様がよろしければ良いのですが……」


 弁解するフェシリアが必死すぎてわたしはそれ以上言えなくなる。

 するとフェデリカが茶の用意を終え、音も立てずにわたしたちの目の前に置いた。湯気が立ち、ついでにフルーティーな香りがする。今日の茶は絶対に秘蔵の品である。これは楽しまなければ。

 そしてフェデリカに合図を送り、茶菓子を置く。


「これは……?」


 見慣れないものだったのかフェシリアは首を傾げ、皿の上に置かれた菓子を見つめている。フフン、城の料理人を思いっきり頼って作り上げた一品だ。


「これはクッキーという菓子です。とても簡単にできるのですよ?」


 この世界の菓子の種類はそこまで多くなく、砂糖菓子が中心である。砂糖菓子は美味しいんだけど数多く食べられないし飽きるんだよね。

 今回フェシリアを招くにあたって城の料理人たちを貸してもらって作ったのだ。分量は少し研究しないといけなかったけど、それなりに美味しいものができたと思う。

 わたしはクッキーの一つを摘み、口に入れる。相手に振る舞う時、毒が入っていないことを自分で示すそうだ。……うん、バターが効いてて美味しい。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

「……いただきますわ」


 フェシリアがクッキーの一つを手に取って、思い切ったように口の中に入れる。そして目を丸くし、表情がぱあっと輝いた。


「美味しいです……! 香ばしく、ですがどこかしっとりしてて……、オフィーリア様が考案されたのですか? 素晴らしいですわ!」

「そ、そうですね……」


 喜んでいるが、クッキーは前世での記憶から作ったものである。考案したと言われると違うのだが、どう言ったら良いのかわからないので苦笑いして言葉を濁しておく。


「お土産にもいくつか包んでおきますからお持ち帰りくださいね」

「はい……! ありがとうございます。お祖父様にもぜひ食べてもらいたいです!」


 顔を綻ばせながらフェシリアは礼を言った。クッキーを作ってもらった甲斐があった。良かったと胸を撫で下ろす。そうしているとフェデリカが近づいてきて「オフィーリア様」とわたしの名を小さな声で呼んだ。ああ、そっかとフェデリカの用件を思い出し、わたしは小さく頷いた。フェデリカは微笑んで手に持っていた細長い小さな箱二つをフェシリアの目の前に置く。


「フェシリア様、お約束してからだいぶお待たせしてしまいましたが、品をご用意いたしました」

「まあ! もしかして……」

「はい、お揃いの品です」


 わたしの言葉にフェシリアの黒の瞳がキラキラと輝く。そしてその視線は机上の箱に向く。早く中身が見たいのだろう。わたしはすぐにフェデリカに蓋を開けさせる。その中身を見たフェシリアは嘆声を漏らした。


「とても悩んだのですがフェシリア様は研究もですが王族のお仕事もされると窺ったので……。わたくしも文官のお仕事を少しずつですが勉強していますから、お揃いの筆記具はどうかと思いまして」

「とても……素敵です!」


 フェシリアは興奮を抑えながらも、箱の中にあるペンを丁寧な手つきで取った。ゴテゴテした装飾にならないようにできるだけシンプルに、と指示して作らせたものだ。フェシリアの髪の色である青みがかった黒をベースにして、わたしの髪の色である銀をところどころ散りばめた逸品だ。

 フェシリアはさまざまな角度からペンを観察した後、ほぅっと息を吐いてそれを胸元に引き寄せた。


「とても嬉しいです……。ありがとうございます。大切に大切に扱います」

「喜んでいただけて嬉しいです。これでお勉強やお仕事を頑張りましょう?」

「頑張れそうですわ! これを眺めているだけで元気が出ますから」


 再びペンを見つめて笑みを漏らした。ん? 眺めるだけ? この様子だと飾って楽しんでいそう。

 若干使用用途に一抹の不安を感じつつも、もうあげたものだから気にしてはいけないと自分に言い聞かしておく。


 今回プレゼントはこれだけではないのだ。わたしはフェデリカに頼み、一冊の本を持ってきてもらう。


「そちらは?」

「はい、こちらもフェシリア様に差し上げたいと思っていまして」

「本ですか?」

「本ですが、これは……」


 本を受け取り、表紙を開き中表紙をフェシリアに見せる。この王国で使われているプロヴァンス文字で書かれた題名部分を指差した。


「精霊殿文字の解読書……? まあ、これはもしかして」


 フェシリアが題を読み、口に手を当て驚いている。わたしは得意げに頷いた。


「わたくしが研究している精霊殿文字についてまとめたものです、まだ暫定ですが。本当はあとプローヴァ文字と旧プロヴァンス文字もあるのですが今回は精霊殿文字で」


 王族の皆様にはぜひとも文字の素晴らしさを知ってもらいたくて急遽写本したのだ。本当はイディと作った精霊道具でも良いかなーと思ったが、いくら擬態できるとはいえ危険だと即刻却下された。精霊道具なら精霊力を使えばぽんぽん作成できるから楽なんだけどな。まあ隠し切らねばならないことを考えるとリスクは取れないので、仕方なしに写本を空き時間にコツコツとする羽目になった。おかげで一つしか写せなかったのだ。残念すぎる。


「オフィーリア様の直筆……! 嬉しいです」


 かなり喜んでくれたようだ。フェシリアは写本を引き寄せ、大切そうに握りしめた。うんうん、文字の素晴らしさに気付いてくれたのはこちらとしても嬉しいことだ。こういう感じで布教活動をしていけば、このプロヴァンス王国に文字好きが増えていくし、新たな文字を解読したいと思う人も現れるだろう。「模様か?」とバッサリと切り捨てるどこかのジャルダン領主のようにあの崇高で素晴らしい産物を適切でない扱いをする人間は減ると思う。


「これで少しずつにはなりますがお勉強していきます。他にもあるとのことですがそれは完成しているのですか?」

「プローヴァ文字はまだわからないところもあるのでまとめきれていません。旧プロヴァンス文字は時間がなくて……。でも時間さえあればすぐに書けると思います」

「ぜひ完成されたら王家に。オフィーリア様の解読書として代々受け継がせていただきますわ」


 そんな大層なと驚いてしまったが、フェシリアの目は真剣そのものだ。わたしの欲望全開のものだし、まあ良いかなと頷く。王家に布教活動が認められたようなものだし。わたしの返答にフェシリアは花が咲くような笑顔を見せ、感謝を述べた。

 そして写本を名残惜しそうに側仕えに手渡すと、合図を送り退席させた。……あ、大切な話か、と気付けたのでわたしもフェデリカに下がるように命じる。扉が閉じられ、二人だけの空間になる。


「お気遣いいただきありがとうございます。報告しておくべきかと思いまして」

「報告とは石柱に注ぐことについてでしょうか?」

「はい」


 律儀に報告してくれるそうだ。どうなっていたか気になるし、有り難く聞いておこう。


「昨日と今日の午前で少しだけ回ってきました。六日後の二回目の儀式までに残りの半分まで注ぎ切りたいと考えています」

「あの、昨日の儀式ではどのくらい溜まっていましたか? 貴族たちの精霊力は落ちているはずなので満杯は厳しいとは思っていたのですが……」

「それについてはご心配なさらないでくださいませ。儀式終了時点では足りませんでしたが、わたくしの精霊力で注ぎ満たしておきました。決してオフィーリア様のお手を煩わせるわけにはいきません」


 フェシリアはきっぱりと言い切った。王族の方で何とかしたということだ。それならば良かったと安堵する。


「注ぎつつ、少し補充するを繰り返していますが、なかなか厳しいですね」


 茶の器に手をかけ、フェシリアは疲れた笑顔見せる。なかなか回復しないのだろう。


「今は一人でやりくりしている状態ですので最悪お祖父様に頼ることもできます。進度としては順調なので今のところ考えておりませんが」


 起き上がれないほどではないからということだろう。疲労が滲んでいたとしても円滑に事が進んでいるから現状維持の状態でいくということか。


「今回の結果次第でまた人員を調整しなければならないかもしれませんが、オフィーリア様には多くの精霊力を頂いておりますから後は王族(こちら)で何とかしたいのです」


 真剣な黒い瞳をこちらに向けてくる。彼女は責任感が強い。国王になればきっと良い一国の主になるだろう。


「……オフィーリア様」

「はい、フェシリア様」


 名を呼ばれ、フェシリアを見ると彼女は軽く目を伏せ、何か迷うように思案する。そうして意を決し、ガラス玉のような大きな瞳をこちらに向けた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル回収、キターーーーーー [気になる点] フェリシア、何言うの??ついていて欲しい、では無いと思うし。
[一言] ここでタイトル回収だーーー! 解読書、受け継がれていっちゃいそうですねw
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